異世界転生チートマニュアル

小林誉

第4話 理想と現実

田舎の村だけあって出された食事は実に貧相なものだった。しかし、しばらく鉱山で生活していた剛士にとっては大変なご馳走に思え、周りの村人達に奇異の視線を向けられながら、テーブルに置かれた料理を片っ端から勢いよく平らげていく。


「料理はともかくとして、このエールって酒、不味いなんてものじゃないな」


この世界に普及している酒の大部分はエールと呼ばれるもので、ビールの味わいに比べると数段落ちる酒だ。しかも冷やす技術がないので常温で出てくるために、不味さに拍車がかかっている。そんなエールをちびちびとやりながら、剛士は食堂をぐるりと見回してみる。昼間剛士にきつく当たった女の子はこの宿の人間らしく、給仕としてあっちのテーブル、こっちのテーブルと忙しく行き来していた。料理を運んでくる時に一瞬胡散臭げに見られたものの、それ以外は特に反応せずに淡々と給仕に徹していた。


(にしても、村人は排他的だし娯楽はないしでろくな所じゃねえな。こりゃさっさと見切りつけて次に行くか?)


そんな村人達の態度に密かに腹を立てていたその時、彼の前に一人の人物が現れた。


「なあ、あんた。少し小耳に挟んだんだが、ここに移住を考えてるんだって?」


突然断りもせずに向かいの席に腰を下ろした男は、剛士より十歳ほど上の年齢に見える。髭面で筋肉質。エールの入った木製コップを持つ手はゴツゴツして、ひと目で肉体労働者のものだとわかる。鋭い目つきのその男は、手に持った杯をあおりながら剛士の返事を待つ。


「ええまあ……まだ決めたわけじゃないですけどね」


剛士はもともと人付き合いが得意ではない。なので話しかけられて答えることはあっても、必要もないのに自分から話しかけるのは稀なのだ。そんな性格だからか、突然こちらの了解も得ずに相席した男に対し、ほぼ条件反射的に警戒感を抱いてしまうのだ。


「こんな畑しかない所に住んだっていい事ないぞ。毎日毎日土をいじったって何も面白い事なんてない。いっその事俺と狩りでもしてみないか? 俺もこの歳になって一人で狩りをするのがしんどくなってきてな。手伝いが増えると助かるんだ。それに、獲物との命懸けの戦いを一度でも経験すると病み付きになるぞ」
「命懸けって……」


ドン引きする剛士の反応とは対象的に、男は上機嫌だ。酒が入っているせいもあるが、血なまぐさい事が好きな手合なのかもしれない。現代日本に生まれ育った剛士のような人間にとって、例え動物といえど身近で命が失われる機会と言うのはそうそうあるものではない。そんな人間の感性からして、男の提案は到底受け入れられないものだ。


「遠慮しときますよ。俺には出来そうにないし」
「そうか。残念だな。森にはエルフも居るってのに……」
「!」


エルフという単語に反応した剛士は思わず腰を浮かせてしまう。男はそれを見てニヤリと嫌らしい笑みを浮かべていた。


「気になるか?」
「な、何がですかな?」
「エルフだよエルフ。街中ならともかく、こんな田舎じゃ滅多にお目にかかれ無いからな。男だったら一度は目にしたいだろ?」
「…………」


エルフ――昔からファンタジーものには必ずと言っていいほど登場する種族だ。男女問わず美形揃いで、特徴的な尖った耳を持ち、精霊を従えたり弓の名手だったりするあの種族だ。寿命は永遠に近いとも言われ、醜く老いさらばえる事はない。彼等エルフ達はそこらの芸能人など足元にも及ばない魅力を持っているに違いない。


「なあ、狩人になるかどうかは置いといて、とりあえず一度俺と一緒に森に入ってみないか? ひょっとしたら気が変わるかもしれないし、それでも嫌だってんなら俺も無理強いしないよ」


男は勧誘の手を緩めない。まるで十年以上交流のなかった昔の同級生が「とりあえずお茶だけ」と言って誘い出し、実際に行くと宗教やネズミ講の勧誘だった――みたいな怪しさがあるが、エルフの事で頭がいっぱいな剛士はそれに気が付かなかった。


「じゃ、じゃあ……一度だけ。見学させてください」
「そう来なくっちゃな! じゃあ明日の朝、早速出かけようぜ」


雄の悲しい本能か、美女と聞けば顔を見ずにはいられない。剛士も例に漏れず、エルフとお近づきになる機会があれば飛びついてしまうのだった。その日の晩、まるで遠足前の小学生のようにソワソワと落ち着きを無くした剛士は、何度も身だしなみを整えたり自分の息が臭くないかをチェックしていた。そして翌日、宿を訪れた狩人の男と共に、剛士は森へと足を向ける。


「改めて自己紹介させてもらうぜ。俺の名はグエン。お前さんの名前は?」
「剛士です」
「ツヨシ……か。変わった名前だな。まあよろしく頼むぜ」


好奇心三割下心七割で剛士は深い森に分け入っていく。その顔は美女に会える期待でだらしなく歪み、どこから見てもただのスケベ親父だ。慣れない森での歩行は想像以上に困難で、木の枝に足を引っ掛けて転んだのは一度や二度ではない。何もしていないのに体中傷だらけになっていく剛士をグエンは呆れて見ていたが、特に何も言わずにいたので、長い時間をかけておっさん二人は森の奥へとたどり着いた。息が乱れ額に汗を浮かべる剛士は今にも倒れそうで、グエンに支えられる有様となっている。


「あの小屋にエルフの嬢ちゃんが住んでる。一応狩りをする時は彼女に挨拶してからってのがここの決まりでな。新人が会いに行く口実としては十分だろ?」


森の奥にひっそりと佇んでいた小屋のドアをグエンがこんこんとノックすると、中で何かが動く気配がして、ゆっくりと扉が内側から開かれていく。剛士は今までの疲れなど忘れて興奮状態だ。


(美形! エルフ! やっと会える!)


徐々に姿を現すエルフ娘。それに伴って剛士の興奮はピークに達したが、それは急速に萎んでいくことになる。


(おお! おおお……おお? えぇ……)


姿を現したのは確かにエルフの娘だった。大きく特徴的な耳、透き通るような白い肌。森の緑と同化するような色の服。そして流れるような金髪に青い目。だがそれを見た剛士は石化でもしたように固まってしまう。そう、確かにエルフは現れた。現れたのだが、それは剛士の想像とはかけ離れた姿だったのだ。


まず骨格がゴツい。小柄ではあるが筋張った体は森の中を駆け回るのに適した筋肉がついているのだろう。陽の光を反射する金髪は側頭部が刈り上げられていて、まるでモヒカンの出来損ないのようになっている。緑色の服はまるで失敗したリ○クのコスプレのようだし、青い目は彼女の気の強さを反映してか、大きく上につり上がっていた。かろうじて想像通りなのは耳の形ぐらいだろう。要するに、剛士の美的感覚から言って、彼女はブサイクだったのだ。


(ロード○島戦記のエルフを想像していたら、オブ○ビオンのエルフが出てきたでござる)


口から砂でも吐きそうな表情で固まる剛士を、何を勘違いしたのかエルフと会えた事で感極まっていると解釈したグエン。そんな二人の態度に怪訝な表情を浮かべるエルフが初めて口を開いた。


「グエン? この人は?」
「こいつはツヨシ。狩人見習いってとこだな。しばらくこの森で獲物を捕るから、その挨拶に寄らせてもらった」
「そう……じゃあお茶の一杯でもご馳走しないとね。中に入って」


促されるまま、ギクシャクとした動きで小屋の中へ進む剛士。世の不条理を恨みつつ、彼はどうやってこの場から逃げ出そうかと頭を使い始めるのだった。

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