【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

■【五章 Can't stop,】■


 東京某所で開催されたオタクたちの祭典サマーコミックフェスティバル。

 通称〈サマコミ〉と呼ばれるこの祭典は、一日およそ一〇万人以上の人々が訪れるビッグイベントだ。参加者の目的も多種多様で、自分の趣味を大々的に晒け出す者もいれば、それを写真に収めることに全力を注ぐ者もいる。

 溜まりに溜まった欲望を心ゆくまで発散するいい機会だ、と俺の前を通り過ぎていった痩せ眼鏡の男が、隣を歩く友人に熱っぽく語っていた。

 彼ら〈オタク〉にとっては、四年に一度開催されるオリンピックよりも一年に二度行われるコミックフェスのほうが重要らしい。価値観は人それぞれだし、オリンピックとは趣旨も全く違うけれど、念願であったこのイベントは、彼らにとってもオリンピックと言っても過言ではないのかもしれない。

 とはいえ、人が大勢集まれば、それなりにトラブルも生じる。

 今年の夏は猛暑が続き、熱中症で運ばれた患者の数は、例年を上回る数字になった、と朝のニュース番組でやっていた。そのときは、まるで海外の出来事を見ているような気分で傍観していたけど、この会場でも数人が熱中症で病院に搬送される姿を見て、リアルにガチだって思った。そればかりではなく、暴力事件がコスプレ広場で発生したとの報告もあった。

 この場合の暴力とは、殴る蹴るの喧嘩ではなく、露出の多いコスプレイヤーにお触りしたってことだ。欲望を解放するのは構わない。だが、他人に迷惑をかける行為はその限度を超えているだろう。

『節度を持って、楽しいイベントにしよう』

 そんなルールはどこにも書いちゃいないけど、ルールに書いてないからやっていいって言い分は、どの場所においても通るはずがない。犯罪は犯罪なんだ。見つからなければいい、憲法に記載されていないからいいでは世紀末のようなデストピアになってしまう、と気がつかないのだろうか。

 午前中、姉貴が描いた薄い本を売り捌きながら、そんなことを考えていた。

 世界平和はいつになったらやってくるんだろうな、ガチで。



コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品