【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
一百十九時限目 管鮑の交わり
月ノ宮さんも天野さんも、この時間には起きていたらしく、数秒間のコール音の後、『もしもし』『おはようございます』と応答があった。月ノ宮さんは兎も角、天野さんはもっとゆっくりしていると思ったんだけど、女子って朝は忙しいのだろうか? 男子諸君なら絶対寝てる。この時間に起きたとしても、朝食を食べて二度寝を決め込むまである。そして翌日の学校で『俺、二度寝してたわ』と謎のドヤりをするのだ。まあ、睡眠自慢した所で「へえ」くらいの感想しか持てないけど、小学校高学年から中学一年までならギリギリ『二度寝』がステータスになるので、ドヤ顔をキメッ! とする理由もわかる。更には『昨日夜更かしして』まであればフルコンボだドン! 高校生になるとそれが通用しなくなるのは、勉強に忙しくなるからだよね? 予習と復習って大切だもんね? ……違う、のか?
月ノ宮さんの声はいつ通りではきはきとしている活力に満ちた声だ。それに引き換え、天野さんは少し気怠げだった。寝起きでは無いのだろうけど、まあ、朝だから仕方が無い。女性は低血糖なひとが多いし、他にも何か色々と理由があるんだろう。多分、知らないけど。
『ねえ、佐竹の声が聴こえるんだけど気のせい?』
『そういえば、佐竹さんっぽい声が聴こえましたね。幻聴でしょうか?』
「俺もいるぞ」
佐竹はテーブルの中央においた携帯端末のマイクに向かって、存在をアピールするかのように声を上げた。
『……気のせいみたいね』
『気の所為でしたね』
「嘘だろ!?」
『冗談よ。……なんでアンタがこんな時間に優志君といるのよ』
「それは僕から説明する」
どうせ佐竹が説明した所で幼稚園児の絵日記みたいな説明にしかならないだろうから、説明役は僕が買って出る。どうして佐竹が僕の家にいるのか、琴美さんの事、そして彼女さんの事、同性婚の話、そして姉弟喧嘩に発展した経緯、僕が知り得た情報の全てを語り終えると、スピーカー越しからふたりの嘆くような溜め息が重なって聴こえた。
「それで、今日の買い物なんだけど、佐竹も同行させていいかな?」
『致し方無いでしょう』
『そうね。楓もそう言ってるし、いいんじゃない?』
「ふたり共マジサンキュ! これぞ〝管鮑の交わり〟ってやつだな」
「なに……!?」
さ、佐竹がことわざの正しい使い方をした……、だと……!?
『佐竹さん、ちゃんと学習してますね』
そういう月ノ宮さんの声は何だか嬉しそうに聴こえたが、天野さんは『佐竹のくせに難しい言葉使わないでよ』と文句を垂れた。
因みに『管鮑の交わり』の意味は、〈お互いを充分理解して信頼しあい、利害によって変わることなどない、極めて親密な交わり〉という意味だ。……って、あれ? 僕らの関係ってそんな親密な間柄だっただろうか? やっぱり少々違和感。でも、月ノ宮さんが嬉しそうなので水を差すような真似はしないでおこうと心の奥にしまい込んだ。
「それじゃ、最後にカラオケでパーっとやろうぜ!」
「「「それだけは却下」」」
「お前ら息合い過ぎだろ!?」
満場一致で却下されて、佐竹はぶうぶうと文句を垂れるが、そんな佐竹は放置して、僕ら三人で話を進める。そもそもカラオケに行っても、彼、彼女らが知っている曲を歌えないんだよなぁ。……モンパチくらい? 広い宇宙のあなたに逢いたくてぇ〜って歌っても、僕には地球外に逢いたいひとはいないもんな。既に隣には宇宙人がいるし。宇宙人はタオルをぶんぶん回しそうな歌が好きそうだし、……女子ふたりはどんなアーティストが好きなんだろう? ──ふっと、そんな興味を抱いた。
集合時間、場所は変わらずにそれじゃあと通話を終わらせると、何も音が流れていない静かな空間が浮き彫りとなり、気まずい雰囲気が流れる。チクタクと秒針を進める時計の音がやたら静けさを強調して、余計に虚飾が露顕してしまっている気がする。
「こ、珈琲のお代わりは、いる?」
「お、おう。まだ飲み終わってねぇや……」
「そう、だよね」
まるで互いを牽制しているようなやり取りだ。牽制はバレないようにするものなのに、まるで『今から一塁に牽制球を投げるぞ』と、ランナーに伝えてから投げる意味不明な状態。こんな状態で三日間も過ごさなければならないと思うと、由って来る所を早めにどうにかして欲しいけど、それは詰まる所の『琴美さん結婚問題』を解決するのと同義になる。そんなの、結婚相談所の職員じゃなければ不可能だ。いや、職員でも手に余る案件だろう。──またまた寧日の無い日々を過ごす事になりそうだ。
「なあ、優志。ひとつお願いがあるんだが……」
「なに?」
今回のは『あのさ』ではないので、僕もさして身構えずにいられる。
「……何か食う物を恵んでくれないか? 実は朝食を食べずに家を飛び出して、無我の境地でここを目指してたから、コンビニに寄るのも忘れててさ」
無我の境地って、どれだけ無心で僕の家を目指してるんだよ……。
「ああ、いいよ。パンとサラダと目玉焼きくらいしか用意できないけど」
「最高! 超いいね!」
なんだこいつ、魔法使いなの? シャバドゥビタッチヘンシーンするの? ヒィヒィ言いたいのは僕の方なんだよなぁ。
再びキッチンへ戻って冷蔵庫の野菜室を確認すると、レタスとキャベツが半分、きゅうりが二本、トマトがふたつあった。人参もあれば色が鮮やかになるけど、佐竹に出すだけだし、なんならトマトひとつ皿に盛って『これが至高のサラダだ』と言い切ってしまうか。使うトマトはスーパーに売ってるトマトだけど。
ジャッパンジャッパンザブンザブーンと野菜を水道水で洗い、スライサーでカットしたキャベツに、一口大に切ったレタスを和える。その上に微塵切りしたトマトを飾れば完成。目玉焼きを焼きながら、頃合いを視て霧吹きで水分を得た食パンをトースターで三分焼く。チン! となるぐらいでフライパンの火を止めれば、半熟の目玉焼きの出来上がり。食パンには薄っすらとマーガリンを塗って艶を出し、そこにマヨネーズを適量塗り、目玉焼きを乗っければあら不思議、バッグの中に入れて振り回しても型崩れしない、ラピュタ風目玉焼きトーストだ。
「はい、どうぞ」
「ヤバいウマそうだな、おい」
「まあ、サラダはダンデライオン風だけど、具材が色々足りなかったね。ドレッシングはフレンチしか無かったからこれで勘弁」
テーブルの上に業務用のフレンチドレッシングを置くと、佐竹はそれをサラダにぐるぐるかけて、まるで草食動物のようにむしゃむしゃ。次に目玉焼きトーストをもぐもぐ。あっという間にごっそさんした。
「あー、普通に美味かったわ」
「作り甲斐の無い感想を全然どうもありがとう」
全然を強調して皮肉を交えてみたけど、佐竹には全く通用しないようだ。佐竹は頬に黄色を咲かせながら、嬉々とした声で「おう!」と返事する。
「お前、やっぱり女子力高いな。もう女子でいいんじゃね?」
「そうなれるならいっそ楽かもね」
以前ならそう言われて、あれこれ考えをぐるぐるしていただろう。でも、答えを出した今、自分の性別に対して煩悶する事は無い。だから「いっそ楽だ」と冗談を言える。腑に落ちる答えが見つかっていれば、佐竹の軽口も軽口として受け入れられるので、会話もスムーズに進んだ。
「これは夕飯も楽しみだぜ」
「夕飯はカップ麺だよ。佐竹だけね」
「マジか!?」
「冗だ──」
……言いかけて止める。
沙汰は真剣な表情で顎に手を当てながら、
「よし、スーパーカップの豚骨にするか。いや、カップヌードルの新作も気になる。……両方食うか? いや、さすがにそれは……優志ならどっちを選ぶ?」
と、夕飯にカップ麺を食べる気満々で僕に訊ねてきた。
「……冗談なんだけど」
「冗談かよ!? ガチかと思ったわ! ……さすがにそこまで迷惑もかけらんねぇし、割とガチでカップ麺でもいいぞ?」
急に訪ねてきた事を、佐竹なりに申し訳ないって思っているんだろう。だから多分? カップ麺でも問題無いぜ! なんて形だけでも視せたんだろうなと推察してみたんだけれど、眼が本気だったんだよね……実はカップ麺大好きか!?
「帰宅の時間が遅くなければ、スーパーで食材買って……、カレーか鍋かな?」
「おおっ! カレパか鍋パだな!」
なぜ彼ら陽気な民は、何でもかんでも『パーリー』にするんだろうか。そんなにパーリーが好きなら、クラブでバイブステンアゲパーリナイしてくればいいのに。そしてドラゲナイしてSEKAI NO OWARIを堪能すればいい。──酷い偏見だな。
僕は佐竹のパーリープランを右から左に流しながらも「うんうん、そうだね」と親身になって訊きながら、これからどうしようかと考えていた──。
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