【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
一百八時限目 佐竹と雨地 ①
ゴミ捨て場は食堂から少し離れた校舎の裏にある。少しじめじめとした陰気臭い場所だから、好んで近寄る者もそういない。フォトジェニックな写真を撮るのなら、ここよりもっとインスタ映えしそうな、体育館やグラウンドを選ぶだろう。砂利と、剥き出しになっている土。剥き出しているので乾いているはずなのだが、ゴミ捨て場一帯の地面は湿っている。恐らくは、掃除のおばちゃんがゴミ捨て場を掃除してくれているからだろう。だけど、皆がゴミを放り投げるので、ゴミ袋から出る謎の汁が地面を濡らしているのではないだろうか? と、気持ち悪い想像をしてしまう。
プレハブ屋根に、左右と前は緑のネットフェンスで囲まれていて、背面だけ灰色のコンクリートブロックを積み上げた壁になっている。どこにでもありそうな、典型的なゴミ捨て場だ。もちろん、生ゴミが混ざりあったカオスな刺激臭も折り紙付き。こんな場所、誰が好んで掃除しようか。ネットフェンスの扉を開けながら、掃除のおばちゃんは大変だなどと、人並みな感想を呟いて、俺は両手に持っていたゴミ袋をよっこらせとゴミ山に積み上げた。
「あと何往復すりゃいいんだ……」
ジャン負けの罰ゲームで致し方無く引き受けた役目だが、リーダーであろう俺の役割ってこんな下っ端っぽい雑務もやらなきゃならないのだろうか? リーダーってそういうものか? そう言えば、来る時の電車のドアの窓に『リーダーシップを発揮する方法』みたいな本の広告シールが貼ってあったのを思い出し、そういう勉強もしておけばよかったかもしれないと後悔。まあ、一千二百円+税の金を払うのなら、もっと有意義な使い道を検討するよな。それに、そういう本は楓辺りが持っているはず。……ま、今更読んでもって感じだ。
秋晴れのいい天気なのにゴミ捨てとは、俺も損な役目を押し付けられたもんだ。──両手に染み付いた臭いを嗅いで眉を顰めながら、そんな事を思った。
校舎裏には数人の生徒が屯している。
クラス連中が後片付けに汗を流している中、アイツらは所在無さげに額を寄せて、一体、何を話しているのやら。暇なら俺のクラスの片付けを手伝えよ、ガチで。
そんな連中から距離を取るようにして離れた場所に、見慣れた金髪姿を見つけた。この学校で金髪に染めているのは、同じクラスのアイツしかいない。悪目立ちするからもう少し色を落とせとアドバイスしたが、完全にスルーされた過去があり、それからは髪色についての助言は控えていた。
こうして視ると、普通に目立つんだよなぁ。……というか、学校に来てたのかよ。来てたなら片付け手伝えっての。俺はソイツに文句の一つや二つ言っやろうと、所在無さげに額を寄せている四人組の後ろを抜けてから声をかけた。
「おい。アマっち」
八の字を寄せながら、俺がいる方を向いたアマっちは、不機嫌極まりないとでも言いたげな表情で、「そのあだ名で呼ぶな」と抗議するが、抗議したいのは俺の方だ。
「学校来てるなら片付け手伝えっての」
「あ? 知るかよ」
いや、知っとけよ。普通にガチで。
今日は梅高祭の片付けのために設けられた日だ。
それを知らずに登校したってのは筋が通らない。
まあ、アマっちはそういう意味で『知るかよ』と言ったわけじゃないのはわかるが、俺もここで『はいそうですか』と引き下がるわけにはいかないのだ。だって俺は、曲がり形にもホールリーダーを任されていたからな!
「アマっち、そうは桶屋が儲からないぞ」
「あのなぁ……。そういう言葉を使うのなら、ちゃんと覚えてから使え。〝そうは問屋が卸さない〟と〝風が吹けば桶屋が儲かる〟がぐちゃぐちゃに混ざって、失敗したフュージョンみたになっているぞ」
「どっちも似たようなもんだろ?」
「全然違う」
「マジか!?」
問屋も桶屋も商売だろ? だから似たようなもんだとセットで覚えてたのが間違いだったのか。しかし、普段真面目に授業を受けていないアマっちに指摘されるとは。さてはコイツ、裏で勉強するタイプだな。マラソン大会で『俺、足遅いからさぁ』と油断させて、上位に食い込むやつだ。中学一年の頃、俺はこれをクラスメイトの野島にやられた。野島、まじ許すまじ。マジで。その足で卓球部って、選ぶ部活おかしいだろ。
……だけど、何やかんやいい奴だったと、野島の事を思い馳せていたら、アマっちは俺を無視するように、ひとりでにどこかへと向かおうとする。俺はアマっちの背中に『チョ・マテヨ』さんばりの「ちょ待てよ!」を投げかけた。だが、アマっちは足を止めずに、そのまま体育館の方へと砂利を蹴飛ばしながら歩いていった。
後を追いかけたいが、如何せんスリッパでこれ以上外を出歩きたくない。こうなるなら、ちゃんと上履きに履き替えておけばよかった。上履き万能説。砂利を踏むと痛いのは同じだけどな! ……俺、肝臓かどこか悪いのか?
このまま黙ってアマっちを行かせられるか! 何とかアマっちを呼び止める事は出来ないかと、無い知恵を搾る。ぎゅぎゅっと。
「アマっち! 教室には優志もいるぞ!」
どうしてそんな事を言ったのか自分でもよくわからないが、それはきっと、お好み焼き喫茶の功労者がアマっちと優志だったからかもしれない。どうせ「うぜぇ」と言われて立ち去るんだろうと思っていたが、その言葉を訊いたアマっちの足がぴたりと止まる。俺の方を振り向いたアマっちの表情に、笑みなんて一切無かった。
「だから、何だ」
「あ、いやぁ……」
俺は地雷を踏み抜いたのか?
それとも、優志との間に何かあったのか?
俺が言葉に詰まっていると、アマっちはゆっくりと俺に向かって歩いてくる。無表情なのが怖い。どうせなら眦を決して、怒りを顕にしてくれていた方がまだいい。その方が、これからどう対処するべきか考えられる。
アマっちは俺の前で立ち止まると、
「お前のそういう所、頗る嫌いだ」
なんて、かなりショックな一発をお見舞いしてきた。
「優志と何かあったのか……?」
「別に何も無い。オレと優志は仲がいいわけでもないしな。そんなにアイツが気になるのなら、もっと世話してやったらどうだ。……オレの時みたいにな」
「どういう意味だ?」
「そのまんまの意味だ。……じゃあな」
立ち尽くす俺を他所に、アマっちは体育館の脇を抜けて、グラウンドの方へと消えて行く。その後ろ姿に、俺は何だか不安を覚えた。その不安の正体が何なのかはわからない。わからないから不安になる。
アマっちは入学当初から言葉数の少ないヤツだった。
世の中に興味が無いというような雰囲気に関しては、優志と似たものがあるけど、アマっちの場合は優志のそれとはまた違った無関心さだったと、今にして思えばそう感じる。だから俺は、アマっちがクラスで絶対に孤立するだろうと思って声をかけたんだが、それが迷惑だったのか……?
「嫌い、か……」
面と向かって、冗談ではなく、本心でそう言われたのは初めての経験で、校舎裏の雰囲気も相俟ってか、俺の心にも鬱々とした影が差したような気がした。
「このままってわけにもいかねぇよな、……普通に考えて」
俺は一度校舎の中に戻り、靴に履き替えるべく昇降口を目指した。
……この胸騒ぎは、放置してはいけないやつだ。
漠然とした不安だが、アマっちからすれば意味の無いお節介かもしれない。それでも、このままこの会話を終わらせたらいけないと、俺は廊下を駆ける。
途中、先生に注意されて歩いたけど。
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