【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
一百二時限目 梅高祭 ⑦
梅高祭二日目は土曜日という事もあり、学校見学がてらに来校する中学生や、その父母も多く目立つ。つまり、初日よりも業務が過熱化する可能性が高い。
初日にミスをしてしまった宇治原君は、気持ちを切り替えられただろうか? 教室の隅で佐竹と話している様子から、多少なりともリセット出来たらしい。ミスを引き摺ったままだと、新たなミスに繋がり兼ねないのだが、佐竹がそれを考慮しているのかは定かではないけど、お互いの会話に笑顔が視られるので、先ずは一安心。
梅高祭開催時間は一〇時からとなっている。
それまでの間に、各クラス、準備を進めて二日目に挑む。
慣れない作業の連続で、クラスの皆の顔に疲労と緊張の色が視られる。初日と二日目では客層が変わるので尚更に不安は募るだろう。いつもざわざわと騒がしいクラスなのに、今はしんと息を殺して、開催時間が刻々と迫る度に、溜め息のようなものが教室のあちらこちらから洩れている。これは、あまりいい状態とは言えない。
そんな時、我らが筆頭である月ノ宮さんが、教室の中央で「宜しいでしょうか」と、あまり宜しくない状況なのを危惧して声を上げた。
「皆さん。あと五分もすれば二日目が始まります」
その言葉に、皆の緊張が高まった気がした。
この言葉だけではただの事実確認なのだが、月ノ宮さんは泰然自若とした態度で優しく言い添える。
「初日のミスが脳裏に焼きついて、トラウマになっている方もいるかも知れませんが、失敗を恐れて前に進まない事こそが失敗なのです」
身振り手振りで語るその姿に、初々しさはまるで無い。
これまでこういった演説を何度も行ってきたという自信と、『お好み焼き喫茶』を成功させるという強い意志が訊き取れる。
その姿は可憐な花ではなく、揺るぎない信念を司る大木のようだ。
頼もしいと思う反面、こういう月ノ宮さんを知らない男子数人が度肝を抜かれているけど、そんな事はお構い無しに、月ノ宮さんは続けた。
「不安や恐怖で身が竦むのもわかります。ですが、この店を支えられるのは、他でも無く皆さんです。どうか私に力をお貸し下さい」
月ノ宮さんは、最後に頭を深々と下げた。
間然する所がないスピーチに、思わず息を呑むんでいると、今まで死んだ魚のようだった眼をしていた皆の眼に光が灯る。空気は一変して「やってやるぞ」ムードになった。
「さすがは楓ね。〝嶄然頭角を現す〟と言った所かしら」
隣で一緒にスピーチを訊いていた天野さんが、月ノ宮さんの言葉に耳朶を打ったと言わんばかりに頷いている。
「まあ、月ノ宮さんだからね」
月ノ宮さんの言葉を要約すると、よく言えば『一緒に頑張りましょう』、悪く言えば『馬車馬の如く働け』である。後者の意味に取られなかったのは、最後のお辞儀の効果だろう。……いや、考え過ぎかな?
意向はどうであれ、鶴の一声で全員のやる気を促すのは、さすがという他に無い。然りとて、これが月ノ宮製薬の跡取り娘の実力だ、と決めつけるにはまだ早い。これはまだ氷山の一角、月ノ宮さんはまだ何か秘策を練っているに違いない。──そう思わせるのは、あのあどけない微笑みの裏に、底知れぬ腹黒さを垣間見てしまうからだろうか。
「さて、私も仕事しなきゃね。──さあ、みんな! 持ち場に着いて!」
天野さんはお好み焼き部隊の部隊長だ。天野さんが二回手を叩くと、女性給仕に扮した女子達が持ち場に着く。因みに、我々執事の主管は佐竹なのだが……まあ、頑張れとしか言えない。
「優志さん」
……やっぱり、我関せず焉ではいられないか。
各々が持ち場に着いている中、僕は昨日と同じように教室の隅でマネキン・スカイウォーカーを決め込もうとしていたんだけど、それを許す月ノ宮さんではないらしい。当然と言えば当然なんだけど。
「やっぱり、しなきゃ駄目?」
「優志さんが執事としての役割を果たせるのなら構いませんよ?」
「選択肢を与えているようで与えていない物言いは止めてくれませんかね……」
「今日は昨日よりも忙しくなるので、バックヤードの出入りも頻繁に行われます。なので、着替えるのなら〝人気のない場所〟で〝なるべく早く着替えて〟下さいね」
学園祭なのに無茶振りもいい所だ。
もう既に一般入場もしているだろう。
そんな中、『人気のない場所』なんてあるだろうか? トイレは無理だろう。普段だったら職員トイレを使って着替える事も可能かもしれないけど、校内はひとで溢れているので無理だ。だから、体育館、グラウンドのトイレもアウト。
「早めに優梨さんを呼んで来て下さいね」
「わかったよ……」
とは言ったものの、着替えられる場所なんて本当にあるのだろうか? まあ、最悪の場合は、男子トイレで着替えて『女装喫茶なんですぅ〜、うふふぅ〜♪』と、素知らぬ顔で立ち去るのも手段のひとつだけど、なるべくなら目撃されたくない。
「どうしようかなぁ……」
「何がだ」
もしかして気配を消すのが癖になってたりしませんかね? いつの間にか隣にいた流星が、僕の独り言に口を挟んだ。 
「うわ、吃驚した」
「全然吃驚してないだろ。演技下手か? ……いや、上手いか」
流星が言っているのは『女装している時の僕』の事だろう。──そうだ。マイルドヤンキーメテ男君なら、こういう行事の時でも『穴場サボりスポット』的な場所を知っているかもしれない。
「ねえ、アマっち」
「わざとだろ、殺すぞ」
「誰も寄り付かないような場所ってないかな」
「誰も寄り付かない場所、か……」
流星は瞼を閉じて腕を組み、小首を傾げながら暫し黙考し、徐に口を開いた。
「そうだな。体育館二階にある倉庫なんてどうだ? あそこは大した物入ってないから施錠されないし、体育館二階は催し物も無い。誰も寄り付かない場所と言えば、そこくらいだろう」
「そうか、その手があったか!」
梅高の体育館は二階建てで、メインで使われるのは一階部分で、二階が使われる事は滅多に無い。梅高祭でもそれは同様で、演劇やバンド演奏は全て一階で行われる。こういう所に眼をつけるとは、さすがはサボりマスター。マイルドヤンキーの称号は伊達じゃない。
「ありがとう。じゃあ、早速……」
「オレも着いてく。一応、見張りがいた方がいいだろ」
「あ、うん。そうだね」
「月ノ宮と義信に話をつけて来るから、ちょっと待ってろ」
流星はそう言い残して、ふたりの元へと向かった。
どうしてそんなに気を回してくれるのだろうか? 流星の事だから、サボる口実が欲しいだけかもしれないけど、もしそうじゃなかったら……いやいや、流星は佐竹じゃないんだし、佐竹るような事は無いだろう。──佐竹るの意味が変わりつつある!?
「話はつけた。行くぞ、優志」
「あ、うん……ありがと」
僕と流星という組み合わせが珍しいのか、クラスの皆の視線が一気に集まる……と思ったけど、雪崩るように客が押し寄せて来て、僕らを気に掛ける暇はなかったようだ。
「これはヤバいな。早く済ませるぞ」
「そうだね」
教室を出る時に、佐竹とすれ違い様に眼が合う。
佐竹は何も言わず、意味有りげに頷いて、直ぐに業務へと戻る。僕にはそれが、「待ってるからな」と言われたような気がした。
──佐竹の癖に生意気だ。
ちょっとだけ、気の迷い程度に、その姿を『格好いい』と思っちゃったじゃないか。
……期待されていると、勘違いしちゃうじゃないか。
望まれているのは僕じゃない、優梨だ。
月ノ宮さんも、佐竹も、いち早く優梨の到着を待ち望んでいる。だから、ふたりの期待に早く応えなければと気が急いで、足取りも自ずと早歩きになっていた。
「こういう浮かれた行事は嫌いだ」
廊下で呼び込みをしている同学年の生徒達を睨みながら、流星がポツリと呟いた。彼らに罪は無いだろうに、それとも、学園祭に恨みでもあるのだろうか? 流星の言葉には私怨のような、怨念めいたものを感じる。
「どうして?」
「……また今度な」
思わせ振りな態度をする割に、自分の事は語りたがらない。──いつか訊く事になるのだろうか。その時、僕と流星の関係はどうなっているのか、それを考えるのはまだまだ先であって欲しい。
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