【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

八十一時限目 新学期の始まりは彼に何を問うのか


 今日は全校集会の後にホームルームがあって、それでおしまい。

 授業が無いのは気楽でいいけど、それ以上に鬱積した心が重たくて参るなぁ。こういう時は早く帰って寝てしまおう。──そう思いながら帰り支度を済ませて、彼、彼女達に一瞥もくれず教室を出た。

 廊下で騒ぐ同学年連中を掻き分けるように昇降口を目指すと、既に運動部がグラウンドで声を上げている。二階別棟からはユーフォが鳴り、体育館ではバッシュの刻みのいい音が響いているんだろう。

 彼らは今、青春真っただ中であり、明日に向かって走りながら、俺達の戦いはこれからだ! と、息巻いているに違いない。心做こころなしか打ち切り感が漂う言い回しだけど、大丈夫か? ──大丈夫だ、問題ない。彼らにはきっと神がついているだろうから。

 ややうんざりしながら昇降口に到着して、下駄箱から履き潰した靴を取り出して履き替えている途中、

「優志!」

 ……と、後ろから声をかけられた。

 その声の主がいるであろう方向を振り返ると、そこにはちょっと残念な語彙力の乏しいイケメンが肩で息をしながら、痛ましい笑顔を僕に向けている。

「……佐竹。何か用?」

あそこ・・・で待っててくれ! 用事が終わったら行くから!」

「わざわざそれを言う為だけに廊下を全力疾走して来たの? メッセージ送ればいいのに」

「お前、家に忘れて来ただろ。何回も送ったぞ!?」

「え?」

 そう言われて片手に持っている鞄をガサゴソと漁る。

「いや、持ってるけど?」

「じゃあ、バッテリー切れてね?」

「……あ、本当だ」

 あの時音楽を止めたと思っていたけど、もしかしたら止まってなくて、ずっと流れっぱなしになっていたのかもしれない。やっぱり、充電は毎日するべきだったか……。

「恋莉も楓も、お前と連絡つかなくて焦ってたんだからな!? ……ったく、俺らがお前を放っておくと思ったら大間違いだぞ」

「なにそれ、青春漫画の読み過ぎじゃない?」

「うっせ! ……絶対に待ってろよ? 俺らも用事を終わらせたら行くからな」

「はいはい。わかったから早く戻りなよ」

「おう。また後でな!」

 馬鹿じゃないか? ──本当に、馬鹿だと思う。

 僕自身が、本当に大馬鹿者だ。

 勝手に諦めて、勝手に拗ねて、勝手に離れようとしていたけど……まだ、続いていたんだ。

 それを喜びとして表現するのが照れ臭くてつい悪態を吐いてしまったが、いつか僕は素直にそれを表現出来る日が来るだろうか? 何度も呪った『青春』を『いい思い出』として記憶出来る日がやって来るのだろうか? わからない。

 わからないから、怖い。

 先ずはコンビニか百均に寄って、切れたバッテリーをどうにかしないとな。百均に売ってればいいけど、そもそも百均のモバイルバッテリーで何とかなるだろうか?

 それは、試してみないとわからない。

 だけど、何となく、それこそ曖昧だけど、大丈夫なんじゃないかと思えるくらいには、僕の鬱積した心は、不意に見上げた夏の面影を残す青空のように晴れていた──。



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