【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
四十八時限目 月ノ宮楓は彼を知る[前]
彼女を色で表現するなら、薔薇のように燃え盛る紅色。でも、それだけで恋莉さんの美しさを表すには無理がある。林檎を見て「赤くて丸い果実」「食べると甘い」だけでは、その価値を正当に判断できないのと同じで、実際に触れて、嗅いで、その実を齧るまではわからない。視覚情報だけで判断するのは早計であり、その人となりをじっくり見極めるのが重要である。
……とはいえ、人間の第一印象は視覚に頼らざるを得ないのもまた事実。ならば、相手にとって『自分がどれほど価値がある存在か』を知らしめる必要がある。スーパーマーケットに並ぶ野菜の容姿が整っているのも、消費者の購入意欲を満たすためなのだから、当然、外見も貴重な判断材料になり得る重要なファクターでしょう。
それらを踏まえて、天野恋莉という女性は魅力的だと断言できる。
同じ女性の立場でも、彼女の艶かしい容姿には羨望の眼差しを向けてしまうほどです。出るところは出て、引っ込むところはしっかり引っ込んでいる。背丈は高身長の部類に入るるかも知れないけれども、それは女性に限った話で、殿方からは『理想的な身長』と太鼓判を押されても異論はなかった。でも、恋莉さんの魅力は大人顔負けの外見に非ず、その中身こそ評価されるべきだと思う。
恋莉さんの中には、私と似て非なる『プライド』を感じた。
物事を正当に判断できる目を持ち、道理に反する行いには面と向かって『NO』と言える強さも持ち合わせている。学力こそ私に劣るけれど、それだって恋莉さんを貶める要因にはならない。なにより、どんな状況であっても自分を貫こうとする意思は尊いもので、他人が容易く真似できる芸当ではない。
「美しくて気高い薔薇のような存在、それが天野恋莉という女性なのです」
恋莉さんの魅力を充分に説明した上で、疑問を投げかけるような目を佐竹さんに向ける。すると、佐竹さんは溜息を吐くように「はあ」と漏らした。私の話をじいと黙って訊いていたはずなのに、感銘を受けているような素振りすら見せない。
理解力に乏しいとはいえ、言語は共通しているはず。一から一〇……いや、一から三くらいまでを丁寧に伝えたのに、なにを言っても馬の耳に風だった様子。彼の学識を誤った私に過失があると捉えるべきでしょうか。
そんなはずはない。
「真面目に訊いて下さい」
とぼけ顔を見て、つい眉間に皺が寄る。
子どもを叱りつけるように、声を強くしてみた。
「訊いてるってえの」
抜作然とした態度で言いながら、
「恋莉万歳、これでいいか?」
と、おちょくるような口調で両手を控えめに上げて、万歳のポーズを取る。いい度胸ではありませんか。ならばこちらも皮肉の一つや二つを返してやりたいって気持ちが込み上げてきたが、わざわざ同じ土俵に立って物申す必要もないだろう、と吞み下した。それに、この遅鈍さが私を救ったと言っても過言ではないのだ。
「まあ、いいでしょう」
咳払いで場を整えてから、
「佐竹さんはあの日、恋莉さんの告白を断りましたよね」
「ああ。あのときはだれとも付き合うつもりはなかったからな」
「よく、欲望に打ち勝てましたね」
年頃の男子高校生が、見目麗しい女性に告白されて嬉しくないはずがない。相手が恋莉さんなら尚更のことだ。ついうっかり『はい』と返事してしまってもおかしくはない状況にも拘らず、その場の空気に当てられることなく断ったのは拍手して差し上げたいとすら思う。
「お、おう」
気のない返事をして、レモンティーに口をつけた。
ほどよく冷めたレモンティーは、レモンの香りがより引き立つ。苦味の少ない紅茶を選んだ高津さんの採択は、私の友人が来きているのを察してのことでしょう。比較的に飲みやすく、親しみがある茶葉を選んだのは正解で、佐竹さんは美味しそうに飲んでいる。細やかな気配りをさも当然のようにできるからこそ、高津さんはお父様から高く評価されている。私だって、高津さんへの信頼は厚い。
カップを受け皿に置くと、子細ありげな顔つきで前屈みの姿勢を取った。頭だけをこちらに向ける。
「楓が恋莉を好きな理由って、本当にそれだけか?」
虚を衝かれて唖然としている私に「そんな顔もするんだな」なんて、いけ好かない言葉を投げかけてきた。彼と私の関係性は良好ではあるけれど、恋人の意外な一面を見たような口振りをされるのは癪に触る。
「どういう意味でしょうか」
「いや、だから」
と前置きを入れて、
「どうもこうもねえよ。ただ、そう感じたんだ」
「そう感じた、ですか」
とき偶に、佐竹さんは確信を衝くような質問を投げることがある。教室での応対でもそう。偶発的なのか、それとも意図があってのことなのか、その判断は難しい。
質問がなにを示しているのか一考して、
「有象無象のなかに一際輝く宝石を見つけたら、目を奪われるのもでしょう」
そう答える。
佐竹さんは同意し兼ねると首を振った。
「クラス連中を有象無象って言いきってしまう辺り、なかなかやべえ感性してると思うぞ。ガチで」
私の感性よりも佐竹さんの語彙のほうが『やべえ』と思うのですが、それには触れずに大人しく続きを待った。佐竹さんは前傾姿勢をやめて、ソファーにぐぐっと寄り掛かる。イタリアから取り寄せたオーダーメイドソファーの座り心地は、座った人の心を虜にしてしまうほど心地がいい。このソファーで読書をしていると、ついついうたた寝をしてしまうので、それ以来、ソファーに座りながらの読書はやめた。
「楓が伝えたかったのは、恋莉が如何に素晴らしい女性か、だろ?」
「そうですが?」
「さっきの説明だと、絵画や彫刻を見るのと同じ感覚じゃね? この絵はこれこれこうで価値がある。……みたいな」
言われてみれば、たしかに。
私は『どれだけ恋莉さんが美しいか』を念頭に置いて、話を進めていた。彼女の魅力を伝えるのに必死だったといってもいい。これでは、美術品に舌鼓を打つコレクターと同じ。悔しいけれど、佐竹さんの言う通りだった。
「ロリ整列……じゃなくて、ええと」
あまりに酷い言い間違えに、品位を疑いそうになる。そもそも彼に、品性があるとは思えないが。
「理路整然、と言いたいのでしょうか?」
ああそれだ、と手を叩いた。
「理路整然と話してくれるのは有り難いけど、恋バナってのはもっとこう、なんつうか……、感情で語るもんだろ? 普通に、ガチで」
同級生と、恋愛について話した経験はない。
だれしも私を『人形可愛い』然とした目や、権力者に媚びるような態度で近づいてくるので、私情を交えるなどしてこなかった。
だから、梅高に入学してからおれまでの状況に、驚きや戸惑いがあったりする。
慣れない環境に適応するには、西施の顰みに倣って行動するのが吉、そう判断して日々を過ごしてきたけれども、コミュニケーションを得意とする佐竹さんには看破されていた。ぎこちない会話が、不自然に映ったのかもしかれない。
「あれだ。いつも言ってるやつ。鳴かぬなら、殺してしまえ、ホトトギス的な」
出し抜けに織田信長の冷徹さを詠んだ川柳を披露されて、なにを言いたかったのか暫し考え込む。佐竹さんの気まずそうな顔をぼうっと見ているうちに、ピンときた。
「欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れる。……我が家のスローガンですか?」
「お前すげえな。よく俺の言いたことをそう当てられるもんだ」
まあ、言い得て妙ではあったからですけど。
読んで頂きまして、誠にありがとうございます。もし差し支えなければ、感想などもよろしくお願いします。
これからも、当作品の応援をして頂けたら幸いです。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
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