陽光の黒鉄
第50話 守る力
大和の艦上に史上二回目の対空戦闘用意のラッパが鳴った。目標のサンディエゴまでだいぶ近づいてはいるが、まだ射程範囲内には入っていない。
艦上では兵士達が大急ぎで必要な弾薬や冷却用の海水などの準備を行っている。また、衛生兵や手空き要員は艦上に転がっている遺体の収容や負傷者の介護。または元々人体の一部であったものの処理や壊れた備品の片付けなどを行っていた。
近いうちに主砲を発射するため、甲板上の人員には退去が命じられる。それまでが勝負だ。皆が必死で動いていく中で米陸海軍連合爆撃隊は決死の覚悟で迫っていた。たとえ翼が折れて帰れなくなれば突っ込んで敵と共に果てるほどの覚悟を決めている。何せ自分たちがこの勝負に負ければ、本国は敵の巨大な砲弾に蹂躙されることになるのだ。負けるわけにはいかない。
マイケル三等兵曹もその一人であった。彼がいるのはドーントレス急降下爆撃機の機銃座の席だ。機長はジョン上等兵曹だ。彼らはどちらもイギリス軍との海戦などにも参加しており、世界的な海軍でも珍しい対艦攻撃を何度か経験した飛行機乗りだ。
「マイケル! 気分はどうだ!」
前に座っていたジョンが呼びかけてきた。
「この椅子の乗り心地さえよければ最高です!」
「だよな! 今度グラマンに椅子だけ急降下で落としに行こうか? 自分らの執務用の椅子と交換してみろって!」
「最高ですね! この作戦が終わったらすぐ行きましょう!」
マイケルはできるだけ明るく答えた。そうで無いとやってられないであろう。何せ自分らの方に合衆国開国以来の危機を救うという大命が乗ってるのだ。
「まもなく敵の艦隊が見えてくる。マイケル、後ろは任せたぞ!」
「了解!」
マイケルはそう叫んで、目の前にある一二,七ミリブローニング重機関銃をつかんで標準機をのぞき込みつつ周囲を見渡した。日本海軍は空母はいるものの攻撃機という概念が存在しないため、陸上設備や船は攻撃される恐れが無い。ただ、それは陸上設備や船に限っただけの話だ。航空機にとってはむしろ大問題だ。その分、戦闘機が積んであると言うことであり、それらの攻撃対象は自分たち攻撃機だ。
先の戦闘でもかなりの仲間が帰っては来なかった。多くは日本海軍の戦闘機に撃墜されたのだ。戦闘が始まるまで日本海軍は大した航空機を持っていないと思われていたが、実際に戦闘してみればとんでもない。友軍が持っている戦闘機より遙かに速く旋回性能が高く、攻撃力が高いという化け物じみた戦闘機を持っていた。
そんなものに襲われたらと思うと背筋が凍り付く。手元にある重機関銃は破壊力こそ抜群であるが、手動の旋回機銃だ。とても戦闘機の素早い機動にはついていけない。狙われたらほぼ一貫の終わりだ。
機内に独特の緊張感が張り詰める。糸を張ったようにピンと静かな雰囲気と今にも爆発しそうなほど激しく何かが燃えているような雰囲気が混在している空気だ。
「見えた!」
ジョンが不意に叫ぶ。
見れば眼下、十一時方向にいくつもの白い航跡が見える。その光景は戦争で無ければいつまでも見ていたいほど美しい光景であった。何せ、真っ青な海の上に何本もの白い直線が地平線の向こうまで続いているのだ。だが、逆を返せばそれだけの艦船がサンディエゴを目指し、突き進んでいるのだ。これだけの艦艇が載せている砲弾がサンディエゴに降り注げば軍港自体が機能しなくなるどころか、街自体が吹き飛んでしまうかもしれないと思うほどの数である。
今、サンディエゴの街では陸軍を中心として民間人の避難が行われており、無線周波数を合わせれば民間の放送局のキャスターが避難を声高に叫んでいるニュースや人員を配置している陸軍将兵の無線が混在して聞こえてくるはずだ。
そこのど真ん中に砲弾が落ちてくれば大変なことになる。
(そんなことは俺たちが許さない!)
そう改めて決意を固めて前方の敵艦を見た。
こちらの思いをあざ笑う顔ごとく堂々と進んでくる。大型艦が何隻も中心に並び、周囲を小型艦が固めながら突き進む陣形、複縦陣と言われる陣形だ。
目標を捕らえると同時にその上空を飛んでいる羽虫のような黒点を見つけた。敵の護衛の戦闘機だ。
「タリホー!」
無線機からそんな声が聞こえると同時に戦闘機隊が一斉に前に出て行った。タリホーとは本来狐狩りで獲物をハンターが見つけた瞬間に使う言葉なのだが、戦闘機乗りが敵機を発見したときにも使用するようになった言葉だ。
前方で味方戦闘機隊と敵戦闘機隊が音を立てそうなほど激しくぶつかり合い、空戦を始めた。たちまち青空に何条もの飛行機雲が描かれ始める。
味方が追っていたり敵が追っていたりと状況は様々だ。
しかし、マイケル達にそれを助ける術も見ている暇もない。自分らに向かっている敵機や対空砲火を気にしなければ彼らが戦闘をしている意味が失われるのだ。彼らが最も望むことは一気でも多くの攻撃機が敵艦隊の上空に到達し、敵艦船を一隻でも足止めすること。
「地獄へ案内だ! マイケル!」
ジョンの叫び声と共に機体は急上昇を始めた。急降下の準備を始めたのだ。
アメリカ軍と日本軍の死闘がまたも始まったのである。
艦上では兵士達が大急ぎで必要な弾薬や冷却用の海水などの準備を行っている。また、衛生兵や手空き要員は艦上に転がっている遺体の収容や負傷者の介護。または元々人体の一部であったものの処理や壊れた備品の片付けなどを行っていた。
近いうちに主砲を発射するため、甲板上の人員には退去が命じられる。それまでが勝負だ。皆が必死で動いていく中で米陸海軍連合爆撃隊は決死の覚悟で迫っていた。たとえ翼が折れて帰れなくなれば突っ込んで敵と共に果てるほどの覚悟を決めている。何せ自分たちがこの勝負に負ければ、本国は敵の巨大な砲弾に蹂躙されることになるのだ。負けるわけにはいかない。
マイケル三等兵曹もその一人であった。彼がいるのはドーントレス急降下爆撃機の機銃座の席だ。機長はジョン上等兵曹だ。彼らはどちらもイギリス軍との海戦などにも参加しており、世界的な海軍でも珍しい対艦攻撃を何度か経験した飛行機乗りだ。
「マイケル! 気分はどうだ!」
前に座っていたジョンが呼びかけてきた。
「この椅子の乗り心地さえよければ最高です!」
「だよな! 今度グラマンに椅子だけ急降下で落としに行こうか? 自分らの執務用の椅子と交換してみろって!」
「最高ですね! この作戦が終わったらすぐ行きましょう!」
マイケルはできるだけ明るく答えた。そうで無いとやってられないであろう。何せ自分らの方に合衆国開国以来の危機を救うという大命が乗ってるのだ。
「まもなく敵の艦隊が見えてくる。マイケル、後ろは任せたぞ!」
「了解!」
マイケルはそう叫んで、目の前にある一二,七ミリブローニング重機関銃をつかんで標準機をのぞき込みつつ周囲を見渡した。日本海軍は空母はいるものの攻撃機という概念が存在しないため、陸上設備や船は攻撃される恐れが無い。ただ、それは陸上設備や船に限っただけの話だ。航空機にとってはむしろ大問題だ。その分、戦闘機が積んであると言うことであり、それらの攻撃対象は自分たち攻撃機だ。
先の戦闘でもかなりの仲間が帰っては来なかった。多くは日本海軍の戦闘機に撃墜されたのだ。戦闘が始まるまで日本海軍は大した航空機を持っていないと思われていたが、実際に戦闘してみればとんでもない。友軍が持っている戦闘機より遙かに速く旋回性能が高く、攻撃力が高いという化け物じみた戦闘機を持っていた。
そんなものに襲われたらと思うと背筋が凍り付く。手元にある重機関銃は破壊力こそ抜群であるが、手動の旋回機銃だ。とても戦闘機の素早い機動にはついていけない。狙われたらほぼ一貫の終わりだ。
機内に独特の緊張感が張り詰める。糸を張ったようにピンと静かな雰囲気と今にも爆発しそうなほど激しく何かが燃えているような雰囲気が混在している空気だ。
「見えた!」
ジョンが不意に叫ぶ。
見れば眼下、十一時方向にいくつもの白い航跡が見える。その光景は戦争で無ければいつまでも見ていたいほど美しい光景であった。何せ、真っ青な海の上に何本もの白い直線が地平線の向こうまで続いているのだ。だが、逆を返せばそれだけの艦船がサンディエゴを目指し、突き進んでいるのだ。これだけの艦艇が載せている砲弾がサンディエゴに降り注げば軍港自体が機能しなくなるどころか、街自体が吹き飛んでしまうかもしれないと思うほどの数である。
今、サンディエゴの街では陸軍を中心として民間人の避難が行われており、無線周波数を合わせれば民間の放送局のキャスターが避難を声高に叫んでいるニュースや人員を配置している陸軍将兵の無線が混在して聞こえてくるはずだ。
そこのど真ん中に砲弾が落ちてくれば大変なことになる。
(そんなことは俺たちが許さない!)
そう改めて決意を固めて前方の敵艦を見た。
こちらの思いをあざ笑う顔ごとく堂々と進んでくる。大型艦が何隻も中心に並び、周囲を小型艦が固めながら突き進む陣形、複縦陣と言われる陣形だ。
目標を捕らえると同時にその上空を飛んでいる羽虫のような黒点を見つけた。敵の護衛の戦闘機だ。
「タリホー!」
無線機からそんな声が聞こえると同時に戦闘機隊が一斉に前に出て行った。タリホーとは本来狐狩りで獲物をハンターが見つけた瞬間に使う言葉なのだが、戦闘機乗りが敵機を発見したときにも使用するようになった言葉だ。
前方で味方戦闘機隊と敵戦闘機隊が音を立てそうなほど激しくぶつかり合い、空戦を始めた。たちまち青空に何条もの飛行機雲が描かれ始める。
味方が追っていたり敵が追っていたりと状況は様々だ。
しかし、マイケル達にそれを助ける術も見ている暇もない。自分らに向かっている敵機や対空砲火を気にしなければ彼らが戦闘をしている意味が失われるのだ。彼らが最も望むことは一気でも多くの攻撃機が敵艦隊の上空に到達し、敵艦船を一隻でも足止めすること。
「地獄へ案内だ! マイケル!」
ジョンの叫び声と共に機体は急上昇を始めた。急降下の準備を始めたのだ。
アメリカ軍と日本軍の死闘がまたも始まったのである。
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