陽光の黒鉄

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第26話 魚雷を躱せ

 阿武隈の行き足が止まったとき、大和もまた追い詰められつつあった。
 主砲や機関室など主だって戦闘に関係する兵装には被害は出ていないが、副砲や高角砲群、後部射撃指揮所と言った部分が被害を受け、艦内で火災も発生している。


 しかし、狙っていた敵二番艦に命中弾を出し、次から斉射という状況にはなっていた。
 直後、敵艦隊に動きが起きた。


「敵艦隊、回頭! 面舵を切ります! 本艦隊から遠ざかる進路です!」


 敵は第一水雷戦隊の動きから投雷したことが分かったのであろう。艦を魚雷に相対させて被害を最小限にとどめるつもりらしい。


「長官、一時的には丁字を描くことは出来ますがこれでは敵艦に逃げられます! 恐らく敵はこれを利用して逃げるつもりです!」


「確かに。第二戦隊に伝えよ! 取り舵一〇度! 敵を追撃する!」


「護衛の第六戦隊より緊急電! 『敵水雷戦隊、貴隊らに向かう! 注意されたし!』」


「何!」


 見れば左舷側から小型艦艇が突撃をしてきている。
 その後方には第六戦隊の重巡部隊が追いすがろうとしており、先ほどの米艦隊と立場が逆転した状況だ。


「長官! どうなされますか!」


 宇垣が緊迫した面持ちで古賀に問う。


「進路そのまま! 敵艦の投雷を確認次第、舵を切る!」


「進路そのまま! 各艦に伝えます」


 宮里が電信室を呼び出し、内容を伝える。
 その最中、後方から小太鼓を連打するような音が聞こえきた。第二戦隊の各艦が高角砲や副砲を使って敵駆逐艦を払いに掛かったのだ。


「砲術長、左舷に指向可能な火器を使って敵駆逐艦を追っ払え!」


「了解!」


 砲術長の威勢の良い返事と共に艦橋後部から生きている高角砲や副砲の連射音が聞こえ始める。


「敵水雷戦隊、止まらず! 距離一七〇!」


 そういった直後、大和の周囲に水柱が上がり始める。先ほどの35.6センチ砲弾の水柱と比べると遙かに小さい。敵水雷戦隊の敵の12,7センチ砲弾が降り注いでいるのだ。
 突撃してくる敵艦の数は軽巡四、駆逐艦一〇の計一四隻だ。


「敵の軽巡よりも駆逐艦を狙え! 敵に射点に尽かせるな!」


 各艦の艦長は砲術長に指示を送る。
 戦艦にとっては敵の主砲などは当たっても怖くはない。何せ戦艦同士の殴り合いでも持ちこたえるよう設計された装甲だ。軽巡如きの主砲ではびくともしない。だが、魚雷ともなれば話は変わる。
 艦腹をぶち破られれば最悪沈むし、速力低下、砲撃の命中率の低下などは避けられない。
 こうしたことを考えればより雷装の充実している駆逐艦を狙うのは当然のことと言えた。


「敵戦艦、周囲に水柱は確認できず! 水雷戦隊の魚雷は外れた模様!」


 皆は残念そうな顔になるが、これは仕方の無いことだ。逆にこれからは自分たちが躱す番と言えよう。


「敵水雷戦隊、距離一五〇!」


 見張り員からの報告があった直後、敵駆逐艦の内の一隻が突然爆発した。
 おそらくは乗せてあった魚雷に砲弾が命中。誘爆を起こしたのであろう。
 その直後、今度は左舷側にいた駆逐艦が一隻、艦上に閃光が走る。その直後、急速に速度が弱まっていく。この艦は機関系統にダメージを受けたのであろう。速度が落ちた時点で袋だたきに遭い、あっという間に穴だらけにされ海上を漂う松明と化した。


 しかし、それでも突撃を止める気配はない。


「距離一二〇!」


 ここまで来ると命中率は必然的に高くなる。
 また一隻に直撃弾が出て、艦上に閃光が走る。閃光が収まるとその艦は艦橋を根こそぎ持っていかれていた。だが、機関や他の兵装は無事なので突撃は続けている。その艦にもすぐに終止符は打たれることとなる。周囲を大量の水柱が包み、その間で巨大な閃光と雷鳴のような轟音が響いた。それらが収まったとき、その海上には何も浮いていなかった。


 その艦の最後を見届けた他の艦はついに投雷を決意。
 次に次に取り舵を切り、魚雷を発射していく。


「全艦、取り舵一杯!」


 古賀が指示を出す。すぐに無線室から命令が飛び、大和に習い各艦が取り舵を切っていく。
 しかし、大型艦というのは巨大な慣性力が働いているため、舵がきくまでに時間が掛かる。魚雷が到達するのが先か、それとも舵が先か。その一点に全ては掛かっている。


「雷跡多数視認! 本艦九時方向、距離九〇!」


 見れば真っ白な航跡が着々と接近してきているのが分かる。 


「距離八〇!」


 その報告が来た直後、艦が回頭を始めて行くのが分かる。艦橋が気持ち左に傾いていき、艦橋職員が左足に力を入れていく。


「舵戻せ!」


 宮里は操舵長に早めの指示を送る。大和は舵が効くまでの時間こそ遅いが一旦効き始めるとそこからは早い。
 立て続けに砲術長に指示を出す。


「撃ち方止め!」


 これは舵がきいていては撃っても無駄玉になる事が多いからだ。
 あっという間に艦首は魚雷と相対する。


「扶桑以下、第二戦隊、本艦に続き、取り舵を切ります!」


「当たってくれるなよ!」


 宇垣は祈るように言う。
 相対したことから魚雷との距離が急速に近づいていく。


「距離一〇!」


 もう距離は殆どない。
 宮里は心の中で手を合わせ、祈った。


「魚雷、本艦右舷及び左舷を通過! 魚雷の回避に成功です!」


 その言葉が聞こえた瞬間、艦橋内の誰もが安堵の声を漏らす。
 しかし、その直後大和の後方から何かが衝突するような音立て続けにがこえた。


「扶桑、右舷に水柱一本確認! 被雷した模様!」


「伊勢、左舷に水柱一本確認! 同じく被雷と思われます!」


 米戦艦は回避に成功したものの、日本海軍は戦艦二隻が被雷するという事態に陥ったのだ。


「くそ!」


 宇垣は思わず海図台を殴りつけた。

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