俺は5人の勇者の産みの親!!

王一歩

第63話 劣等種の幻魔・ファンタジア(2)

 エピは試験管の中で生まれた。
 外で手を振る研究者を見つめるだけで、手も足もない。
 記憶だけはちゃんとしていたことを研究者に伝えたら驚いてたっけ。

「ここで君は生まれたんだね。なんて可愛い姿なんだ」

 ファンタジアは透き通った体で小さなエピを見つめる。
 そして、手をギュッと握られるエピも懐かしい自分の姿を眺めながらため息をついた。

 これは、昔の記憶だ。
 客観的に自分を見るのは初めてで、かなり混乱しつつある脳の中身をなかなか整理できずにいた。

 幻覚……、だろうか。

 ファンタジアの手の温もりが伝わってエピの心は掻き撫でられる。
 いいや、ここは現実だ。
 エピは過去に戻ってきたんだ。

 昔のエピが試験管の中で小さな目を瞑って眠っていると、2人の男たちがピンク色の髪の女の子を研究室に連れてきた。

「やめてくださいっ! なんなんですかあなたたちはっ!」

 その女の子は胸が大きくて、痩せ型で、可愛くて、可愛かった。

「おや、これは美人さんの登場だね。それにしても誰かさんにそっくりだけど……?」

「……」

 女の子は涙を流しながら男たちのされるがままだった。
 当時のエピはその生命の神秘をガラスの中から眺めていた。

「おやおや、強姦ですか。そういえば、この頃の魔界は乱世で殺人や強盗が頻発したからね」

「……」

 男の人が突起を押し込むと、女の子は大声を上げて泣き叫んだ。
 試験官が揺れて、実験台がゆっくりと倒れていく。
 何もできない小さなエピは重力に逆らえずに地面に落ちていった。

「痛い痛い! やめてぇぇぇ!」

 それからは女の人がやめてくれ、やめてくれと泣き叫ぶ声がさらに大きく聞こえた。
 羊水から投げ出されたエピは何もできずに干からびていくのを待っていた。

「面白いね、エピソード。ここまで男性は女性に対して暴行を働けるものなんだね。君はこの光景をただ見守ることしかできなかっただなんて、なんと悲しいことか」

「……」

 喘ぐ女の子、猛る男の人。
 何時間も何時間もその轟音が続き、ついに鳴り止んだ。
 彼女は鼻血を出しながら目を痙攣させていた。

 そして、数時間ぶりに静かになる。

 目を開けたまま眠っている女の子の鼻から血の川が流れて干からびかけたエピのところまで来た。

 その時、たまたまエラの部分に血液が流れ込んで噎せた。
 その瞬間、エピの体はどんどん大きくなって行った。

「……なるほど、こうして君は誕生したんだね、他人の遺伝子を盗んで」

「……」

 その時が本当のエピの誕生日だ。
 ピンク色の髪に豊満な肉体、エピと同じ顔をした女の子の乾いた目をそっと閉じさせてあげると、脱ぎ捨てられた服をデタラメに着て外に出た。

 しかし、どこかその女の子とは違う部分があった。
 二本の尻尾のせいで白い布が履けないし、短い羽根のせいで服は上手く着れない。
 言葉は脳に浮かぶのに発音が難しい。
 試しにあの女の子の喘ぐ声を真似する当時のエピ。
 すぐに研究者が駆けつけて捕縛された。

 金槌やネットで拘束されていくエピを透き通った体で眺める本当のエピ。
 ファンタジアは強く手を握ると、その場面から遠く遠くの未来へと飛んでいった。

  ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎

 行き着いた先は真っ白な服を着せられてガチガチに拘束されたエピがいる実験室だ。
 エピは食事と排便が必要ないことを良いことに24時間ずっと同じ体勢で捕縛されていた。

「君はここで生きてきたのかい? 悲しい生物の保管には細心の注意を払うとされていたが、ここまで強固とはね。実験体に感情があるなら道徳を侵してしまう、感情がないなら工事と理論は同じ、魔人とは美しい思想の持ち主だ。君は生きていたのかい? 死んでいたのかい、エピソード? 死んでいたんだよね、心は。死体をバラしても罪には問われないんだ、君は偶然生まれたタンパク質の塊に過ぎないからね」

「……」

 エピは黙って昔の自分を見つめる。
 目には頑丈なアイマスク、口に繋がられていたのは大きな管。
 そこから支給される粘土の高い金属を時々飲まされた。
 口の中に入ると同時に熱で皮膚がただれて繋がる。
 腹の中に溜まっていく熱の塊が当時のエピはすごく不快で不快で仕方がなかった。

 それでもエピは飲み続けた。

「……」

「はぁ、君はよくもここまで酷い仕打ちを受ける姿を吐き出さずに見れるものだな。僕は飽きた、次へ行こう」

 ファンタジアが指を鳴らすと、さらに未来へと飛んでいった。
 消えていく瞬間に見えた自分の口元。
 笑っていたのか?

  ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎

 学校。

 エピは実験の途中で、感情の定着を観察する名目である施設に入れられたのだ。
 周りはエピと同じ境遇の魔人ばかり。
 エピは当時、文字が読めても言葉は話せずにいた。
 だから、誰と関わる事もなく一人で小説を読んでいたのだ。

 『幸せになるための秘訣』。
 どこにでもありそうなタイトルの小説を学校に来る前に書庫から取ってきて読みふける。
 その日常を何年も繰り返してきた。

 ここは、そのワンシーンだ。

 服はいつもの白い服で、ピンク色の髪を珍しく結ってみた日だ。

「おい、キメラ!」

 エピは読んでいた小説を取り上げられる。

「キメラ! お前ってなんでそんなに背がでかいんだよ! ここは5年階級だぞ?!」

「……うぅ、ああっあぅ……」

「うわっ、キメラが喋った! あはははっ!」

 周りの子供達はエピが喋れない事を言い事に虐めたりからかったりして日頃の研究者に対する鬱憤を晴らしていたのだ。
 虐められる事の悲しみを理解できない当時のエピはされるがままで、感謝したらいいのか激昂すればいいのかすらわからない。

「エピソード、これが現実なのか。子供達は辛辣だ。そしていて残酷だ。君はこんな仕打ちを受けても憤らないとは、大した空虚さだ。君は生物なのかい?」

「……!!」

 喋れない。
 この次元に飛ばされてからずっと。
 発声する補助器がなければ喋ることすらできないのだ。

 少年たちは、エピの大切にしていた小説を鉤爪でボロボロに引き裂くと、楽しそうに地面に叩きつけて踏みにじった。
 エピはそれをぼっとしながら見つめていた。

「気持ち悪いんだよ、キメラの分際で! お前がいなければ俺らの実験も早く終わるはずなのに、お前がいるから俺たちは後回しにされるんだよ!」

 少年は私の顔を殴ると、勢いで地面に倒れこむ。

「泣けよ、喚けよ化け物! お前なんて死んじまえばいいんだ!」

 一人の少年は小説を持ち上げると、ペンでサラサラと文字を書く。
 そして、エピの目の前に叩きつけた。

 この瞬間、エピの物語の中に大きな文字を刻まれたような気がしたのだ。
 小説の盤上、それは人生そのもの。
 エピは小説の中で感情を作り、幸せな世界を紙切れの上に作り建てて、大切な夫と仲睦まじい生活を送る、そんな物語を作っていたのだ。

 エピが好きな小説家の人は、第1話の前に必ず添える言葉があった。

『エピソード』

 この言葉は小説を初めて読んだときに見た文字だった。
 だから、エピは主人公の名前の代わりに『エピソード』って名前にすり替えながら読んできた。
 エピの本当の名前は覚えられないほど長い単語の羅列。
 だからこそ、名前が欲しかった。

 キメラ、それが私のあだ名。
 エピソード、それが私の空想上の名前だ。

 だから、小説の中に別の登場人物を書かれることが何よりも悔しくて、怒りを覚えた。

 このとき、始めて一本の光がエピの周りに生み出された。
 キラキラした剣のような物体がエピの周りに飛び交う。

「……ああっううっ、ああ」

「な、なんだよ、気持ち悪いから来んなよ」

 ファンタジアはニヤリと笑う。
 ギュッと握られた手、エピは当時の自分を止めようと手を伸ばすが届くわけもない。

「これが業かな? エピソード。君の深層心理の最下層だ。君はこれを見ないために鏡の中を曇らせ続けてきたのだろう? 非常に美しい感情だ、汚い部分を隠すためにさらに汚いもので押し固めて蓋をする。それこそ嘘、偽り、虚像の原点だ! きひひひひひっ!」

「……!!!!」

 そして、立ち上がったエピは小説を拾い上げると、少年の首が空を舞う。
 吹き出した雨が小説にポツポツと落ちると、静かに物語に染み込んでくる。
 エピは小説の場面に目を通していた。

『今日は大雨で周りに人はいない。でも、彼はきっとここまで傘を届けてくれるに違いない。そんな確信を持って待ち続ける事数時間。結局彼は来なかった』

 淡白でつまらない文章でも、エピは感情移入することが出来た。
 これからの小説の展開はまだ当時のエピは知らない。

 結局彼はその日事故で死んでしまって、主人公は一人で生きていくことになる。
 その辛さに耐えきれずに首をナイフで掻き切って死ぬのだ。

『悲しみのエピソード』

 昔のエピはスッと小説から現実に目を向けた。

 キャンバスの上の様に真っ赤な空間。
 ベトベトした温い空気と生臭い教室。
 飛び回る一本の剣。
 肉塊と化した数十名のクラスメイト。
 悲しい、悲しい。

 立ったまま泣き出すエピを眺めながら、ファンタジアは呟く。

「……人生は、小説ではない」

 そして、エピとファンタジアはその結末を見ることなく別の次元へと飛んでいく。
 剣が少年の頭に何度も何度も突き刺さり、その痛みが去りゆくエピの心にも突き刺さった。

  ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎

 白い部屋。

 何もない空間でただただ立ち尽くす。
 時間旅行を終えたのか、喉が透き通るような感覚が戻る。
 補助器がちゃんと喉に引っかかっているようだ。

「……ファンタジア。結局何がしたかったの?」

 真っ白なピアノを弾くファンタジアの動きが止まると、目の前にエピが愛した剣たちが現れた。

「これら全ては君の罪そのものだ。贖罪する気はあるかな? エピソード」

 美しい剣たちががクルクルと浮遊し始めると、一斉に刃先をエピに向ける。

『悲しみのエピソード』

「これは君があの日皆殺しにした罪だ」

 それは私の胸に突き刺さると、あたりに鮮血が吹き出る。
 赤く染まるエピの服が徐々に重たくなっていく。

『やる気のないエピソード』

「これは、君が戦争の時に見張りを怠ったために壊滅した軍の責任の罪だ」

 腹に突き刺さると、背骨を貫通して地面まで通っていく。
 瞬間、エピの下半身は動かなくなった。

『怒ったエピソード』
『強気のエピソード』

「これらは全て君の傲慢さが生んだ感情だ。心の動きに任せて殺していった魔人たちへの贖罪だ、受け取るがいい」

 二本の刃が私の太ももに貫通すると、大量の血液を噴出しながらひしめき合う。

『怖がりなエピソード』
『寂しがり屋のエピソード』
『卑屈なエピソード』

「これらは君の身勝手が生んだ感情だ。敵前逃亡を行ったエピソードは救えた命すらも捨てたのだ。どれだけそいつらが辛かったかわかるか?」

 3本の剣はエピの腕に突き刺さると、まもなく重さで空を見上げる。

『大人びたエピソード』
『誘惑のエピソード』
『卑猥なエピソード』

「これらはエピソードの魅惑に現を抜かして罪を犯した者の呪いだ。不特定多数の男を魅了した挙句、その者たちの好意ものとも切り刻んだことの罪だ」

 3本の剣がエピの頭に突き刺さると、軽々と首が揺れ動く。

 そして、最後の一本。

『見栄を張るエピソード』

「これは君の意識を作った最も重い罪だ。この感情により動いてきたといっても過言ではないさ。君は大きく、大きく見せようと無意識に感情を肥大化させていったんだ。結果、大きすぎた背中には誰もつくことはない孤軍になってしまって。だから僕が終わりにしてあげるよ、君の罪は僕が責任持って終わらせよう」

 剣がエピの首に突き刺さる。
 重さに耐えられなくなった細い血管が音を立てながら千切れると、ようやく私は重たい体から飛び出した。

 無数の剣が刺さったエピの体は、力なくファンタジアの前に倒れた。
 目の前に突き刺さった3本の剣を眺めながら、全ての人たちに対して謝り続けた。

 エピは感情がないことをいいことに、恐れをなして逃走したり、気分転換で仲間を八つ裂きにしたり、悪行の限りを尽くしていた。
 それでも魔王様は私の存在を軍に惹き置いてくれていた。

 幹部名は『孤軍の剣舞』。
 最強すぎるが故に部隊人数は一人。
 そう、たった一人。
 エピに近寄ったものは容赦なく切り刻まれるからだそうだ。

 そして、地面に剣が落ちると、ズルズルと重たい頭が地面に落ちていく。
 そろそろ眠りの時間の様だ。

 この体では勝てない、ファンタジアに。
 ならば、脱皮をすればいい。

 まぁ、どうせそういうことだろう。
 魔力はまだ1%も使ってないし、何度でも死ねるし。
 今日は休むことにしよう。

 勝ったつもりかな?
 ファンタジアには負けないって最初に言ったのになぁ。

「……12本目はどこだ、エピソード?」

 ファンタジアが首だけのエピを睨みつけてる。
 バカだなあ、だってエピは化け物なんだよ?

『認めたくないエピソード』。

 そう、私はたった十二分の一の存在、心の最弱な部分のエピソードだ。
 そんな、エピに勝って嬉しいのかな?

 まぁ、そろそろ暖まってきたし、殺しちゃおうかな。
 最後に自分の魔法を披露できて楽しかったでしょ。
 ねぇ、ファンタジア?

 つづく。

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