俺は5人の勇者の産みの親!!

王一歩

第57話 私の事、好き?


 私は目を覚まさないエータの唇をペロッと舐めてみる。
 スヤスヤと眠るエータは相変わらず起きることはなく、気持ち良さそうにむにゃりと唇を動かす。
 私は起きたかと思ってさらに気配を薄くするが、どうやらただ夢の中で美味しいものを食べただけのようだ。

「……びっくりしたよ」

 私はスゥッとエータの前に姿を表すと、再びエータの顔にツインテールを近づけていく。
 エータは少しだけ苦しそうに汗ばんで、鼻をヒクヒクとさせる。
 あの時のアイネの悪夢を見ているのか、甘い夢を見ているのかだけでも知りたいよ。
 ……私とキスしてる夢とか見てるわけじゃないよね?

 そっとエータの頰を撫でてみる。
 男の子だからゴツゴツしていると思いきや、意外と私のほっぺと変わらない柔らかさと弾力と、カッコいい頬骨があった。
 お試しでその頬骨に私の唇で擦ってみた。

「んっ……」

 エータが口を動かした瞬間、私の姿が窓ガラスから消えた。
 エータは寝返りを打つと、同じようにスヤスヤと寝息を立てた。
 硬いタイルの上なのに、なんでそんなにスヤスヤ寝れるんだろ。
 私はエータの顔の方に回り込んで、今度は鼻にキスをしてみた。
 人狼の礼儀として『敬意を示します』の意を込めた振る舞いのキスだ。

 ちゅっ。

 反応を示さないことをいい事に、私は何度も何度も鼻にキスをした。
 作法だから普段は何とも感じないのに、なぜだかエータにすると細かい息が口から飛び出す。

 はぁ……はぁ……。

 興奮……してるのかな、私。

 私の心臓がきゅんきゅんして、肺の機能がいつもの倍以上になってるのが分かる。
 きついよ、なんだか辛いよ。

 私は最後にエータの唇に触れてみる。
 両手の親指でエータの唇をニュっとすると、エータの唇が尖る。
 私は同じように唇を尖らせると、ゆっくりと近づけて行く。
 私のファーストキスだ。
 一度死んでしまったから、あの次元の私のキスはノーカウントになってしまったからね。

「……これは、あるべき時に戻るための儀式だからね? 仕方がないことだからね?」

 息を荒げながら、エータの淡い唇に私の唇が吸い込まれて行く。
 何度も何度も繰り返した決心の中で、私はやっと一つの答えに辿り着いた。

 やっぱり、エータにキスしたい。



 ……!



 目があった。

 キラキラとしたエータの目だ!

「いっはいよぉ!」

 ギチギチになったエータの唇が、何かを私に伝えようとしてる!
 てか、気づかないうちにエータの唇を握り潰してるじゃん!
 興奮のあまり全く気にしてなかったよ!

「ご、ごめんエータ!」

 私はエータから離れると、二つの拳で尖った唇を隠す。
 握り潰されたエータの頰がまるでニッポンのお面のひょっとこの様になってしまっている。

「いたた、なんて事すんだよテルさん! 顎が砕けちゃうよ!」

 エータはぷんぷんしながら頭から蒸気を発すると、私も違う種類の蒸気を顔から飛び出させてしまう。

「ごめんね、本当に! そんなつもりはなかったんだよぉ!」

「て、てかここどこだよ! 病院……だよな?」

 エータは辺りを見渡しながらふと自分の姿を鏡に移す。

「あ、あれ?! なんで鏡に映ってないの、俺!」

 エータは不思議そうに鏡を擦るけど、映るわけないじゃん。
 私が魔法をかけてるんだから。

「て、テルさんっ! 何がどうなってんだよっ! リュートとか江夏さんとかは?!」

 パニックになったエータはわたわたと暗い部屋の中で走り回る。
 でもね、私は狼だから真っ暗でも見えるんだよ?
 ニヤケてるでしょ、エータ。

「……ねぇ、エータ」

「はっ、はいっ!」

 エータはピタッと気をつけをすると、私の方に機械仕掛けのおもちゃみたいな動きで振り向く。

「あのね、私、リュート君とこれからエッチするんだ」

「う、うん」

「……エータはさ、その事についてどう思う?」

「ど、どう思うって……」

 エータは頭を掻きながら私のワガママな質問の答えを考えてくれてる。
 なんで私、エータにこんなこと聞いてるんだろ。

 ……止めて欲しいの?
 リュート君とのエッチを。

「……い、良いんじゃねぇの? だって、テルさんってリュートのこと好きなんだろ? 好きな人とエッチなことできて良かったじゃねぇかよ」

 私はその言葉を聞くと、心臓の根元がギュッと締め付けられる。
 寂しくなるような感覚が胸の中で暴れまわると、急にエータを叩きたくなってしまう。
 私がみんなに嫌われてしまう1番の原因なんだよね、一方的なワガママ。
『能がないチワワ』なんて裏で言われてるのは知ってるよ。
 私は能が無いんじゃない。
 能を使えないんだ、ワガママってのは一番醜くて汚い感情なんだよ。

「あ、あっそ。エータは私がリュートとエッチしても良いんだね、なんとも思わないんだね。私のおっぱい揉んだのはやっぱりわざとだったんだ」

「は? おいおい、ちょっと待てよ。それとこれとは全く関係ないだろ!」

「てっきし、エータは私の体に興味があって触ってくるのかと思ってたよ! でも、リュート君とエッチするのは止めないんだね、やっぱり私をただのおっぱいだと思ってたんでしょ!」

 やめて、私!
 何を言ってんのか私でもわからない!
 エータは私とリュートがエッチしないとダメなことを知っててそう言ってくれてるのに、なんてワガママなの、私!

「エータの変態っ! 私のおっぱい揉みしだいておいて、私のことをなんとも思ってくれてないなんて最低だよっ! エータなんて大っ嫌いだ! 大嫌いだ!」

 だめだ、もう止められない。
 何にも悪いことしてないエータに当たり散らして、私からぶつかっておっぱいを揉ませた側なのに変態呼ばわりして。

 ……最低だよね、私。





「な、何にも思ってないわけじゃないし」





「えっ……」

 エータは私の体の正面に向くと、キリッとした顔で私のことを見つめてくる。

「何にも思わないわけないだろ。テルさんがリュートにぐちゃぐちゃにされるって考えるだけで許せないっての」

「……」

「逆に聞くけどさ、テルさんって俺のことどう思ってるの?」

「そ、それは……」

 私はぐっと頰に力を入れた。
 唇を噛んで全てを我慢する。
 ワガママな私に対して怒らずに、そんなこと言われるとは思ってなかった。

「そ、それは……!」

 声が出ない。
 私の心の中では解答は決まってるのに、それを言い出せるための心の余裕がない。
 肺に酸素が入らない。

 すると、エータは私の頰にハンカチを当てる。
 今日だけで何回泣いたんだろう。
 あ、でもよく考えたら保健室でおっぱいを揉まれたくだりは消えたんだっけ。

 じゃ、じゃあ本当にエータとは初対面同然じゃん!

「わ、私はエータのこと……」

 怯えてしまう、エータのこと。
 あの時の記憶は全て無くなったんだ。
 エータと過ごした保健室、保健室を出た後に一緒にベンチで話した時間も、悩みを相談し合った時間も、キスも告白も全て……。

「私、エータのこと……良い友達だと思うよ?」

 私はそう言ってしまうと、ハンカチを握る手が止まった。
 私はその時に気づいてしまった。

 本当に、本当にエータのことを好きになってしまったこと。
 そして、その感情をもう伝えることができなくなってしまったこと。

「そ、そうか……」

 エータは私の嘘を聞き入れても、優しく涙を拭き取ってくれた。
 私は珍しく、声を出さなくても泣くことができた。
 本当に心から溢れ出す感情の涙は、自分の意思とは関係なく出てしまうことをこの歳になって気づいた。

 やっぱり、私は嘘つきの人狼なんだ。

「う、うん。優しいよね、エータは。私のためにここまでしてくれるなんて」

「ま、まぁな。テルさんが泣いてると、俺も悲しくなるしな」

「ありがとう、エータ」

 もう、戻れないよ、今更好きだなんて言えないよ。
 なんで、いつも私は嘘をついてしまうんだろう。

「俺もテルさんのこと、良い友達だと思うよ! だから泣かないでくれよなっ!」

 エータは私の赤髪を撫でながら苦しそうに笑った。
 私は口が開かなくて、訂正することはできなくなったようだ。
 友達だなんて思ってないよ、だって私たち付き合ってたんだよ……?
 あの一瞬だけでも、幸せだったよ……?

「ね、ねぇエータ」

「何?」

「あのね、久しぶりに私、男の人とキスするんだ。だから、リュート君とキスする時に下手くそって思われたくないからさ、練習台になってくれない?」

「えっ! そそ、それって俺とキスするってことか?!」

「そ、そうね。エータが嫌なら別に良いけど」

 私はいつものように笑いながらエータを見つめるが、心の中ではもう自分が何を考えているのかわからない。

 嘘だよ。
 私は一人も男の人と付き合ったことないし、増してはキスはノーカンを除けば一度もしたことないよ。

「べ、別に良いぜ。てか俺で良いのかよ」

「良いも何も、そのためにエータをここに連れてきたの。練習台になりそうな人がエータしかいなかったし。だから、仕方なくエータを連れてきただけっ!」

「し、仕方なくか……」

 エータはそう呟くと、私の頰に手を当てる。
 私は抵抗することなく、エータのキラキラした目を見つめていた。
 エータの優しさに手を添えて、彼の優しい唇が触れてくれるのを待つ。

 目を瞑ると、瞼の裏に怒りの日のエータが現れた。
 彼は、死にそうな私に気を使ってくれたから告白してくれたのかもしれない。
 少しだけ期待してたけど、やはりエータも極限の状況だったからこそ出た虚言だったのかもしれないと思えた。
 そう、あの時の告白は嘘だったんだ。
 私を励ますための甘言だったんだね。

 それでも、私はエータが好きだよ?
 だって、こんなにも愛が胸の中で溢れてるんだから。

 エータの舌が私の中に入ってくると、それを吸い込むように私も舌を絡める。
 お互いにぎこちないのはあの時と変わらない。
 相変わらず下手くそだな、ふふっ。

「……俺、ディープキスすんの初めてだから練習台になるかわかんねぇよ……」

「大丈夫、私もへたっぴだから」

 痛いほど鋭いエータの思いが私の胸を突き刺す。
 こんなにも痛いキスってないよね。
 お互い、良いお友達なんだよ?
 こんな関係のまま、私たちはこれから生きていくのかな?

 ……そんなのやだよぉ……。

 私は激しく、さらに激しくエータの思いに絡みつく。
 一方的な恋をするのはいつもの事。
 リュート君の恋だって、実際はただのお邪魔虫になっただけだったし。
 だから、今回の恋はどうにか成功させたかった。
 私のものにしたかった。

 エータが好き。
 エータが好きっ!

「エータっ! エータぁっ!」

「テルさんっ!」

 ぬちゅ、くちゅっ。

 エッチな音が真っ暗闇の中で響き渡る。
 誰も私たちを見つけることはできない、なぜなら私たちは人狼だから。
『たち』だよ?
 だって、エータも私の事を食べてくれる狼さんだからね。

 ◆◆◆◆◆◆

「ごめんごめん! 待たせちゃって!」

 バタンと扉を開けて入ってきたのはテルだった!

「ちょっと、テル! 何してたのよ! 私はもうとっくに魔力回復してんだから! 早くリュートとエッチしてきなさいよ! 時間がないのよっ?!」

「ちょっ、カノン! なんかだんだん言い方がストレートになってませんか?! 俺、一様お前の彼女だかんな?!」

「わかってるわよ! いちいち細かいこと言ってると禿げるわよ、リュート!」

「なっ?! そのツンツンしてる態度で禿げるわっ!」

 俺はカノンの頰をびいっと引っ張ると、彼女も俺の頰を思いっきり引っ張る!

 あだだだだだ!

 そんなこんなしてると、テルはふふっと笑う。
 右手には誰かの手が握られてる。
 俺は扉の奥の方を覗いてみると、そこにいたのは茶髪でオレンジ色のパーカーの青年がいた。

「え、エータ! やっぱりテルと一緒にいたのか!」

「おぉ、そうだよ。テルが出て行っちゃったから探しに行っててな。見つけたから連れ戻してきたんだよ」

 その割にはテルがエータの手を引いているように見えるが。

「そうそう! エータはリュート君とは違って私を迎えにきてくれる優しいお友達なのよっ! カノンのとこばっかりに行くアホとは格が違うのよ、格が!」

「なっ、なんだとテル! 俺の格はエータよりも下だってのか!」

「そうだよっ! エータはね、私を救ってくれるヒーローなんだからっ!」

 テルはエータの肩を叩くと、『恐縮です』と青年は自分の頭を撫でる。

「なるほど、だからエータ様はいなくなっていたのですね。本当に友達思いで優しいお方ですのね」

 アリアもエータのことを認めたのか、八重歯を見せながら笑う。
 みんな、ほっこりした雰囲気になってよかったよ。

「はいはい、なんでもいいからちゃちゃっと済ませてきなさいな。あと1時間もないんだからっ!」

 カノンが手を叩いて、俺とテルの肩を同時に持つと、赤髪のツインテールが揺れる。

「いやっ! 私はいいよ! 魔力ならたっぷりあるから!」

 テルはクルクルと回ると俺の方にお辞儀をした。

「だ、ダメよ! 力を付けないと結界作るの無理でしょ!」

「大丈夫だって、カノン! 私の底無しの力は小さい頃から知ってるでしょ!」

 テルは舌を出しながらピースサインの姿を寄越す。
 いつもよりかなりテンションの高い彼女は重たい胸をぷるぷると揺らして俺の前に現れる。

「だから、リュート君! 今度ゆっくりしようね!」

 テルはウインクすると、ぴょんぴょんと俺の周りを跳ねる。
 まぁ、別に俺的にはどっちでもいいんだが……。

「だ、ダメよ! あんたの記憶消さないと私の魔力が無くならないでしょうが! 行ってきなさいよっ!」

「あれ、カノン? 魔力無くならなくても良くない? もしかして、もう一回リュート君とエッチしたいだけなんじゃないのぉ〜?」

 テルはじとぉっとした目でカノンを眺めると、顔を真っ赤にしながら頰に手を当てる。

「ちっ! 違うわよ! テルがしたくないなら別にいいのよっ! ちょ、リュートなんでそんな目で私を見るのよっ!」

「ええっ?! いやいや、なんにもしてないだろっ!」

「あんた、さっきあんなことしておいてまぁだ私にエッチなことしたいの?! 変態リュートだわっ! 変態っ! アホリュート!」

「お、おいっ! なんでいっつも俺のせいにするんだ! カノンこそ俺の目の前でくぱぁって」

「うっ、うるさぁぁぁぁい!」

 ばちぃぃん!

 俺の頰に紅葉ができると、みんなは漫才を見ているかのように笑っていた。

 やっぱり、テルがいるだけでこんなにも楽しくなるんだ。
 やっぱりテルは必要だ。

 そして、テルはテンションが最高潮に達したのか、再び外に走っていく。
 エータの姿が消えたのを見たところ、おそらくテルがエータの手を引いたんだろうな。

 よかったじゃねえかよ、エータ。
 二人とも、お幸せに。

 ★★★★★★

「ちょっ! テルさん! いいのかよ、折角あんなに練習したのに!」

 私は耐えきれずにエータを引っ張って飛び出してしまった。
 こんなに幸せになったことなんて生きてきた中でなかったよ。

 そのうち、もっと仲良くなった時に『好きだよ』って伝えればいいよね?

「いいのっ! 魔力はもう胸いっぱいに詰まってるからっ!」

 私から言うよ。
 その時は、絶対に嘘はつかない。
 人狼でも、時々は素直になってもいいよね?

「ねぇ。私の事、好き?」

 へへ、聞こえないでしょ?
 だって、こんなに私の胸が高鳴ってんだもん!

「えっ、なんか言った?」

「いいや! アホエータって言ったの!」

「おっ、どういうことだよ、それ!」

 ふふ、可愛いなぁ、エータ。

 その時まで、私が告白する時まで一緒に生きていこうね、エータ。

 これからも大好きだよ。

 つづく。

「俺は5人の勇者の産みの親!!」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

  • 王一歩

    可愛いは正義さん
    そう言っていただけて嬉しいです!
    テルちゃんはエータ君が大好きですからね〜笑
    これからのテルちゃんも是非見てあげてくださいね!
    頑張っちゃいますよ〜!笑笑

    0
  • 可愛いは正義

    こんな可愛い女の子と恋ができたらいいのになぁ(*^^*)テルが一番可愛い!

    1
コメントを書く