異世界イクメン~川に落ちた俺が、異世界で子育てします~

須方三城

時が迫る第48話

「1日の汗を流しましょー、だばだばだー」
「何だその歌は……」


 ユウカとキリカ。
 身長があべこべな感じの姉妹が、生まれたまんまの姿で堂々と浴場を突き進む。


 広い湯船には先客がいた。


 アリアトだ。
 頭の上にタオルを乗っけて湯船を存分に堪能している様子。
 普段はメイド組とまとまって入浴するのだが、今日はタイミングを逃してしまったらしい。


「…あら、お嬢様セット」
「一緒くたにするな」


 全く……と溜息を吐きながら、キリカはシャワーの方へ向かう。
 ユウカは迷うこと無く湯船へと進む。


「おいユウカ。湯船に入る前にはシャワーを浴びろと何年通しで言わす気だ」
「キリカちゃんが飽きるまで?」
「舐めとんのか!」
「……本当、どっちが姉でどっちが妹だが、わかんないわね」


 キリカの発言は大体姉らしくしっかりしているのだが……
 アリアトはもう、何度もキリカがユウカにおちょくられる所を目の当たりにしている。
 姉が妹に全力でおちょくられまくる姉妹なんて、かなりの珍例だろう。逆ならそう珍しくは無いんだろうが。


「何を言っているんだ。どう見ても私が姉だろうが」
「「…………」」
「胸の辺りを見て無言とかやめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 打ち合わせをした訳でも無いのに、ユウカとアリアトはキリカのその実にクライミングが難しそうな胸部を見てから、2人そろって黙祷を捧げる。
 アリアトに至っては黙祷中に胸で十字を切るおまけ付きだ。


 アリアトのさっきの発言は、何も「ユウカがキリカをおちょくる様」だけを指していた訳では無い。
 幼児体型の姉と恵まれている部類の体型の妹って事で、外見的なギャップも含めて、「どっちが姉でどっちが妹かわからん」と言ったのだ。


「……まぁ、アレよね。姉よりバストサイズ的に優れた妹なんて、世の中ごまんといるわよ、多分」
「そうだよ、それに、キリカちゃんは確かにバストサイズ的な意味ではアレだけど、頭の良さとか、私よりもずっと…」
「慰めに入るな! ハンパな優しさが1番人を傷付けるんだぞ!?」
「じゃあ貶せば良いの?」
「それはそれでやめろ!」


 どうしろってのよ、とアリアトは呆れた様につぶやきながら頭部のタオルの位置を直す。


「む、そう言えばアリアト。もうこの屋敷には馴染んだか?」


 とにかく話題を変える。
 言いながら、キリカはシャンプーハットを被り、シャワーの水温を少し温いお湯程度に調節。


「まぁ、我ながらびっくりするくらい馴染んでるわよ」
「だよねー」
「……1番意外なのは、あんだけの事をした私に対して、あなたがそうやって水鉄砲でちょっかい掛けてくるくらいフレンドリーな感じって事だけどね。ってかやめなさい、シバくわよ」
「アリアトももうウチで働くメイドさんの1人だしね」
「だから、何でそう簡単に割り切れるのかって話よ」


 この屋敷の連中が余りにも当然の如く受け入れるモンだから、グリーヴィマジョリティメンバーは当初、何かすんごいエゲつないどんでん返しが待っているのではないか、と全員ひやひやした物だ。
 結局、1ヶ月以上経った今でもんな事は欠片も無いが。


「ウチの連中は大体特殊な感性をしてるんだ。お前の培ってきた常識で測れると思うな」
「喉元過ぎれば毒も何とやらだよ」
「熱さ、じゃないかしら……?」


 毒はむしろ、喉元過ぎてからが本格的にヤバい気がする。


「……あ、そうそう。最近ちょっとした悩みはあるわ」
「ほう、それはいった…ぬひゃっ!?」
「ちょっと、今の間抜けな声は何よ」
「あー、多分、シャンプーハットの隙間からシャンプーが目に入っちゃったんじゃないかな」
「しょ、そ、そんな事っで悲鳴あげる様な子供じゃないわい!」


 とか言うわりに、めっちゃ必死に目をこすっている様に見える。


「な、悩みが出ると言うのは、良い兆候だぞ……で、その悩みとは、一体何だ」


 現状に悩みや不満が出てくるのは、現状に慣れ親しみ、更なる環境改善を望む様になった証だ。
 それだけ、この屋敷での暮らしに慣れてきたと言う事だろう。


「……何と言うか、こう、何でこれがこんなにも不満に感じられるかわからないんだけど……」
「何だ何だ」
「何、何?」
「……最近、ロマンに『馬鹿』と言われる回数がめっきり減ったと言うか、ちゃんと構ってもらえなくなったと言うか……」
「「!」」
「……ちょっと、何よ、姉妹そろってその不愉快なニヤニヤ顔は」
「いや、そりゃあ……ねぇ、キリカちゃん」
「まぁ、それは……なぁ、ユウカ」
「何よ、言いたい事があるならはっきり言いなさいよ」
「ロマンは変な奴にはモテるんだなぁ、と」
「モテ……はぁ?」


 その言葉から、キリカ達がどういう邪推をしているか、アリアトは大体察しがついた。


「一応言っとくけど、そういうのでは無いわよ。断言できる」


 アリアトはそんなに馬鹿では無い。過去には恋愛経験だってきちんとある。
 もしロマンにそういう感情を抱いているなら、はっきりとわかるはずだ。


「キリカちゃん、このテンションの否定はガチで違うかもだよ。シラけるね」
「ああ、久々に乙女なトークを楽しめるかと思ったのにな」
「……そっちから聞いといて、人の悩みを真面目に聞く気は無いの?」
「すまんすまん。だが、そうするとどういう訳だ?」
「だから、どうして不満に感じるかがわからないのが、悩みなの」
「ふぅん」
「こう……サラダの件からもう1週間くらい、1回も馬鹿って言われてないの……それがこう、何か、何かが物足りないと言うか、欠落感があると言うか」


 サラダの1件以降、アリアトはきちんとロマンの指示を聞くようになった。
 それが功を奏し、「お前は馬鹿か!」と言われる機会はほぼ無くなった訳だ。
 そして、そこ以外でロマンと関わるのは魔法を教える時くらい。
 魔法を教える時はアリアトが立場が上なので、ロマンも相応の言葉を選ぶ。


「……もしかして」
「何よ」
「アリアト、マゾ?」
「何でまたその話になるのよ!?」
「だって、ロマンに馬鹿って言われたいんでしょ?」
「う、ま、まぁそうなるのかも知れないけど……」
「じゃあ、マゾだよ」
「良い笑顔で嫌な断定しないでくれる?」


 アリアトとしては、何かこう、マゾと呼ばれる事にまだ抵抗がある。
 自覚は無いし、彼女自身、マゾヒズムへの理解度が低い事も要因だろう。


「まぁ、ロマンも事情が事情だ。残り3週間しか無い訳だしな。お前に構う心の余裕も失って来ているんだろう」
「3週間…そう言えば、今日魔法を教えてる時もそんな事言ってたわね。3週間後に何があるの?」
「聞いてないのか?」
「ええ、シングと一緒に魔法を教えて欲しい、としか」
「ゲオルとの『決闘』だ」
「ゲオルって……あの、世界最強とか言う? 魔王軍を壊滅させた奴よね」


 魔王軍との因縁があるだけはあり、その方面からゲオルの話は聞き及んでいるらしい。


「ああ、そのゲオルと、3週間後、ロマンは闘う事になる」


 1ヶ月と1週間前、グリーヴィマジョリティとの決着がついたあの日。
 ゲオルは、ある置き手紙を残していった。


 それは、ロマンに宛てたメッセージ。
 内容は実にシンプル。


『2ヶ月の時間をくれてやる。せいぜい必死に療養する事だ。2ヶ月後、俺はまたここに来る。覚悟をしておけ』


「ゲオルは、この決闘でロマンを倒し、サーガを殺す気、らしい」
「サーガってあのいっつもロマンに張り付いてる赤ん坊よね。何でまた」
「サーガちゃんはね、魔王さんの息子なんだって」
「……なるほどねぇ。魔王を討った男が、魔王の息子を狙う。まぁ道理っちゃ道理だわ」
「ま、他にも事情はある様だがな」


 キリカ達はゲオルの人となりを知っている。
 魔王の息子だから生かしておくのは危険、程度の理由で、ゲオルが進んで赤ん坊を手にかけるとは思えない。


 ゲオルは意外と楽観主義的と言うか、遥か未来の事を考えて動くタイプでは無いのだ。
 サーガがヤバい事をしでかす可能性を秘めているとしても、キリカ達の知るゲオルなら「実害が出そうになってから殺しても遅くないだろう。第一、ヤバい可能性って何だ。曖昧過ぎる。杞憂での徒労は御免被る」と放置するはず。
 依頼でも無ければ、積極的に危険な芽を摘もうなんて真似はしない男なのだ。


 ならそういう依頼があったのか、と思えるが、それだとおかしい事もある。
 ロマンの紹介状をキリカに送ったのはゲオルなのだ。
 サーガを守る男、サーガを殺すのに邪魔な存在を、ゲオルは自ら強くしようとしている。
 依頼で動いているのだとしたら、仕事の成功率を下げる様な真似をするはずがない。


「おそらく奴は、サーガを殺したいとは思っていないのだろうな」


 何らかの事情により、「サーガを殺す」という素振りを見せる必要がある。
 しかし、本来なら殺したいとは思わないし、殺す必要も感じない。


 だから、ロマンを強くさせようとしている。
 サーガを守る力を付けさせようとしている。


「…………」
「ん? どうしたの、アリアト」
「つまり、ゲオルに勝つために、あいつは魔法を勉強してるんでしょ?」
「ああ。マコトや私との特訓もそのためだ」
「非効率的だったわ」
「?」
「全く、そういう目的があるならさっさと言いなさいっての」


 アリアトは顎に手を当て、何やらつぶやき始める。


「確か、ゲオルってのは魔法に余り頼らない肉体武闘派、大剣1本でS級ダンジョンを制覇する程と聞いてるわ」
「ああ、あいつははっきり言って化物だ。A級ダンジョンなら丸腰で攻略できる」
「つまり、一撃一撃が必殺級と想定できる。反撃をもらう危険性の高い接近戦は避けるべき。でも、その身体能力の高さから考えて数週間程度の付け焼刃の中・遠距離魔法が命中する可能性は限り無く低い。命中させる事に重点を置くと威力が下がり、そもそも効かないなんて事もありえる。攻撃としてはロマンが最も攻撃力を発揮できる魔剣奥義状態での拳撃が最善」
「あのー、アリアトー?」
「そう言えば、元は武功を上げまくった軍人だったと言っていたな……」


 戦術分析には長けている、と言う事か。
 アリアトは完全に自分の世界に入りつつある。


「反撃のリスクを抑えるには、常に死角を取る位置取りでの立ち回り、もしくは超速でのヒット&アウェイ。相手が相手である以上、その両立が望ましい。でも、戦闘慣れしている者なら背後と言うポピュラー過ぎる死角からの不意打ち対策は怠ってはいないはず。つまりここで狙うべき死角は……」


 よし、とアリアトが勢い良く立ち上がった。


「…結構高位の魔法だけど、残りの3週間『これ』1つに絞って死ぬ気で訓練すれば並には使える様になるでしょう」
「あー、ロマンの魔法音痴を余り甘く見ない方が良いぞ」
「それでも、『これ』を使いこなす以外に道は無いと追い込めば、あいつならやれるでしょう」


 湯船から上がり、アリアトはスタスタと歩いて行ってしまった。
 早速ロマンに何か叩き込むつもりらしい。


「……あいつ、やっぱりロマンのこと好きだろ」
「シングと言い、自覚の無い好意って傍から見てて微笑ましいね」
「ふん、ロマンからすれば、素直な好意が欲しいだろうがな」


 シングもアリアトも、あんな調子だからロマンとそういう展開にならないんだ。


「全部終わったら、屋敷の者の総出で後押ししてやるのも面白いかも知れないな。クククク……」
「皆でお膳立てって事? 面白そう。でもねキリカちゃん、それ人の恋愛を応援する時の笑い声じゃないと思うよ」
「当たり前だ。ロマンは未だちょいちょい私の事を子供扱いするからな……ククク……」


 どうやら、その鬱憤晴しも兼ねるつもりらしい。


「……ま、何だ。サーガの件でお通夜ムードになられては、そういう事もできない。ロマンには、是非勝って欲しいものだな」
「そうだね。でも、ロマンならきっと大丈夫だよ」
「何か根拠があるのか? 一応、相手はゲオルだぞ」


 ロマンの敵は『世界最強』、つまり、この世界で1番強いんじゃね? と言われている男だ。


「テレビで言ってたよ、『この世で一番強いのは、子供を守る親だ』って」
「テレビ……」


 まぁ、あながち間違ってはいないかも知れない。
 ロマンが闘う原動力は、大体元を辿ればサーガのためだと聞く。


 そうやってロマンは、ここまで闘ってきたんだ。








 とある路地裏の先に、バーだったラーメン屋だった焼き鳥屋…だった団子屋がある。


「いらっしゃい!」


 そんな団子屋に訪れたゲオルを出迎えたのは、相変わらず無駄に元気な女店主。


「……まぁ、何だ。お前のその、何気に何でもそつなくこなすその順応性の高さは、評価に値する」
「あら、褒めたって1発しかヌいてあげないわよ」
「遠慮しておく」
「そう言えばあんたって、その辺の処理ってどうしてるの? 何かあんたが1人でしてる所って想像付かないんだけど」
「……そんな事より、注文を取れ、注文を」
「へいへーい。じゃ、ご注文は?」
「このきなこ団子とやらと、緑茶を一杯もらおう」
「あら、今日はジンカクテルじゃないの?」


 珍しー、と女店主が少しだけ意外そうな表情を見せる。
 この店に来る時、ゲオルはいつも必ずジン系のカクテルを注文するのだ。


「少し、体を調整している。万全の状態で『決闘』に臨むつもりだからな」
「決闘……? あんたが肉体調整をするなんて、よっぽどの相手な訳?」
「……ああ、1度、負けた相手だ」
「負けたぁ!? あんたが!?」
「今度は、本気で行く」
「ああ、成程、手を抜いて負けた訳ね」


 あーびっくりしたー、と女店主は安堵の溜息。
 ゲオルの実力を知る者からしたら、ゲオルが負けるなど天変地異が起きてもありえない事。
 よっぽど油断しまくった末に負けたんだろう、戦闘中にうたた寝しちゃったとか。そういう風に、女店主は脳内補完する。


「剣も、新調するつもりだ」
「本当に万全を期すつもりって訳ね。相手が気の毒だわ」
「それくらいすべき相手だと、俺は判断している」


 おそらく、あの少年は今、必死に勝つための手段を模索しているはずだ。
 こちらも、相応に備える必要がある。


 この決闘、ゲオルとしても手を抜く訳にはいかないのだ。
 手を抜いては、意味が無いんだ。


「全力の俺に勝てるくらいで無ければ、困る」


 それくらいじゃなきゃ、魔王の息子を任せるのは危ういだろう。
 その域にまで辿り着けていなかったのなら、止むを得ない。


 ゲオルは『約束』を果たすまでだ。



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