異世界イクメン~川に落ちた俺が、異世界で子育てします~

須方三城

解放する第41話

「ふむ」


 薄暗い廊下で独り、キリカは静かにつぶやいた。


「まぁ、アジトと言うのだからな。侵入者の進行を遅らせるため、行き止まりフェイクの道を無数に用意するのは当然だ」


 彼女の前には、壁。


「つまりだ。この状況は、敵が優れていると言うだけで、決して私が劣っているがために陥っている状況では無い」


 もう、実は5回目なのだ。
 行き止まりに当たるのは。


「…………」


 彼女の言い訳がましい独り言に、応答は無い。
 それが更に彼女を惨めな気分にさせる。


「……ふふふ、ふふふふふ……」


 もういいや、とキリカはつぶやき、常人には見えない魔剣、カムイを抜刀する。
 何か、ブチ切れて手当たり次第に壁や床を斬り刻んで進むのは、子供っぽくて嫌だ。


 でももう、アレだ。
 どうせ誰も見てないなら、良いじゃんもう。


「私の家族に手を出した挙句にこの仕打ち……! グリーヴィマジョリティ……私はもう、堪忍袋の緒が切れたぞっ!」


 不可視の斬撃を、瞬く間に幾千発も放つ。
 それは最早、斬撃と言うよりも破壊の波。
 あらゆる物質を、文字通り粉微塵に刻み散らす。


 どっかーん、と言う愉快な破壊音。
 しかし、壁の向こうに空間は無かったらしい。
 派手なクレーターができただけだった。


「…………なら、床ぁ!」


 これまた、下にも空間は無かったらしい。
 いくら掘っても、クレーターが深くなるだけだった。


「悔しくない……悔しくないぞ……」


 ちょっと涙目になりながら、キリカは元来た道を引き返す羽目になった。






 一方、床を砕き抜いてきっちり進む事ができたゲオルさん。


「随分とボロボロだな。一応大丈夫そうだが、無茶はするな。そこで寝ていろ」
「お、おう……お言葉に甘えさせてもらうぜ……」


 雷撃を浴びすぎたせいで動けないベニムを気遣いつつも、ゲオルは目の前の老人を警戒する。


「ほはっ……これはこれは……『世界最強』なんて呼び声高い冒険者様じゃあないか」


 ゲオルは下手なアイドルよりも知名度が高い。
 老人もゲオルの顔と、その名声は聞き及んでいる様だ。


「一体何故、こんな所においでかな?」
「師の屋敷を荒らす連中がいると聞いてな」
「師……ほう、まさかデヴォラの奴め…お前さん程の男も輩出しておったのか」
「……無駄話は好きでは無い」
「これこれ、年寄りの話に付き合うのも、若者の仕事だろうに」
「生憎、俺はもうそれほど若くは無い」


 ゲオルは金色の手甲に覆われた右手で、自身の背丈を超える尺の大剣を、簡単に振りかぶる。


「俺は、敵対者に生命の保証はできない。どうする、ご老人」
「警告か。存外、優しいのう、世界最強」


 自身の腹から滴る鮮血も気にせず、老人も双剣を構えた。


「じゃが、悪いな。『こういう展開』を、ワシは望んでおったんじゃ」
「……ふん、死に場所を求めていたと。くだらんな」
「そう言うな。老人が夢を語っておるんだぞ」


 心の底から、喜びに悶えている。
 そんな表情を浮かべながら、老人が饒舌を振るう。


「アリアトの言う、『素敵な世界』にも興味はあるが……それ以上に、欲しい物がある」
「…………」
「この手で、『強者』に勝つ快感じゃよ」
「!」
「お前さんはさっき、ワシが死に場所を求めているとでも思った様だが、違うぞ」


 老人が欲しているのは、勝利。
 ただの勝利じゃない。格上からもぎ取る、勝利だ。
 そのためなら、死のリスクだって受け入れ、逆にそれすら楽しんでみせる。


「ワシは1度だけ、奇跡的にあの魔剣豪に勝利した事がある。弱者が強者を打ち破る瞬間……あの快感は素晴らしいぞ。特に、自分が弱者側だとな…!」


 語る口の端から唾液が溢れる程、老人が高揚し始める。


「昔からじゃ……! そう、昔からな! 豆粒みたいな小僧の時から、ワシは強者を打ち破る快感を貪って来た……!」
「………………」
「たった数人の小僧で構成された特攻部隊で、魔人の大隊に挑み、ワシ独りだけが『勝ち残った』あの時の快楽……お前さんにはわかるまい……!」
「……狂っているな」
「ああ、自覚はあるよ。あの嬢さんや、そこの若者、それに今まで対峙してきた者も皆、ワシとは違ったからな」


 老人は、自身に挑む格下の相手に、いつも問う。
 何故、格上である自分に立ち向かうのかと。
 その問いへの返答は、無数にあった。
 でも、老人と同じ答えが返って来た事は、1度も無かった。


「……正気ではやってられん事が、この世には多すぎる」


 一瞬だけ、老人の瞳に悲愴の色が宿った。
 本当に、一瞬だけ。


「……そうか」


 きっと、今のが老人の『素』なのだろう。狂人を演じる、本当の人格なのだろう。


 この老人は、狂気に身を任せる事で、心を守っている。


「……心底、くだらんな」


 それを理解した上で、ゲオルはそう切り捨てた。


「どんな悲劇を見てきたかは知らん、知る気も無い。だが、悲劇の主人公ぶって不貞腐れている内は、救われる事など無いと知れ」


 それは、彼の実体験から来る言葉だった。


 老人の言葉から、ゲオルは察した。
 グリーヴィマジョリティという組織の『性質』を。


 元々ある程度、予想はしていた。
 少人数組織マイノリティグループで世界を変えようなんて事を考える連中が、まとも生い立ちであるはずがないと。
 特に、グリーヴィマジョリティの編成は老若男女を問わないと聞いて、ほぼ確信していた。


 そして、この老人の様子。
 この者達は、昔の自分と同じだ。
 ゲオルは、確信した。


 だから、言う。
 あの時、自分が言われた言葉を。


「何故、救いを求めない? 貴様達は今、自分の首を絞めているだけだぞ」


 ゲオルの言葉の意味を、老人は理解したのだろう。
 少しだけ、笑みの種類が変わった。


「そのセリフは、他の若い連中に言ってやれ」
「……! まさか、貴様……」
「言ったはずじゃ。『自覚』はあると」


 老人は、気付いている。
 グリーヴィマジョリティという組織が犯している、最大のミスに。負の連鎖の起点に。


「ワシはただ、強者と闘い、勝利をもぎとる。そのために、この生命を燃やして生きとるんじゃ」


 気付いている。
 グリーヴィマジョリティという組織が泥沼にはまりつつある事に。グリーヴィマジョリティには、まだ「やりなおせるかも知れない」希望があった事に。その希望がもう、潰えかけている事に。


 この老人は、全部気付いている。


 その上で、自分が強者と闘いやすい環境を維持するために、黙っていた。
 グリーヴィマジョリティが泥沼に沈んでいく様を、共に沈みながら眺めているんだ。


 自己防衛のための、まがい物の狂気に従い、この老人は何もかもを失おうとしている。
 そして、それでも構わないと、狂気に身を任せている。


「現魔剣豪と闘えれば良いと考えていたが……『世界最強』が釣れるとは、ワシぁこの組織の中じゃあ運が良い方だ」
「……狂人……それも、クズ地味ている」
「グリーヴィマジョリティは皆、己の幸福を追求しておる。なりふり構わずな。ワシも、ただそれだけと言う事じゃ…よ!」


 老人が、仕掛ける。
 双剣を振り上げ、ゲオルへと斬りかかった。


 振り下ろされた一閃を、ゲオルは大剣で受け止めた。
 続いて来るのは、ゲオルの腹を狙った剣による刺突。
 そちらは手甲で覆われた手で掴み止める。


「!」


 老人は剣を引こうとしたが、掴み止められたその剣は、ビクともしない。
 大理石の床をも深く斬り裂く剣でも、その手甲ごとゲオルの指を斬り落とす事は叶わなかった。


 金色の手甲。ゲオルが唯一装備している防具。
 これは、超S級ダンジョンの奥深くに生息するとあるドラゴンの鱗を数年単位の時間をかけて加工し、仕立てた逸品だ。
 その強度は、直径10数メートル規模の隕石の直撃すら耐え抜く程と言われている。


 ちなみに、10メートル級の隕石もたらす被害は、核兵器2発分の破壊規模に相当すると言われている。


 一瞬で亡国を生む様な一撃に耐えられると言うのだ。
 例えそれが誇大広告だったとしても、大理石程度の硬度であるはずが無い。


「……甘く見るなよ、若僧が」
「!」


 雷撃が、ゲオルの全身に流れ込む。


「くは、ほはははははっ! 出力最大じゃあっ! これだけの電力ならば、剣を、手甲を伝い、お前さんの肉を焼く事もできるじゃろう!」


 老人の双剣が、悲鳴を上げる。
 刀身の刃が、少しずつこぼれ始める。


「もっと、もっとじゃ!」


 老人は、気にせずに更なる出力上昇を魔剣に命令する。


 魔剣にだって、限界はある。
 その限界を越えれば、魔剣には膨大な負荷がかかる。
 ゲオルとロマンが闘った時、コクトウが急激な能力使用に耐えられずに気絶した様に。


「どうじゃ! 激しすぎて悲鳴もあげれんか!」
「甘く見るなよ、老いぼれが」
「っ……!?」


 ゲオルが大剣を振るい、魔剣ごと老人を払い飛ばす。
 その動作にも、立ち姿にも、雷撃の後遺症は一切見られない。
 少し服が焦げ臭くなっただけ。


「その程度、『雷帝』の一撃にも遠く及ばない。あの少年の一撃を比較に出すのなら、毛ほどでも無い」
「雷帝じゃと……!?」


 確かそれは、『究極の魔獣種』と呼ばれる化物達の一角だ。


「所詮、狂気に任せた力などその程度だ」


 縄張りを、群れを守るために放たれる一撃。
 理不尽にも思える死が迫る赤子を、救うための一撃。
 ゲオルが今まで浴びてきた攻撃には、強い意思があった。


 この老人の雷撃からは、何も感じ無い。


「警告は、さっき済ませたぞ」


 一瞬。
 瞬間移動でもしたのかと思える様な速度で、ゲオルは老人の目の前に移動した。
 その大剣は、既に高く振り上げられている。


「くっ……」


 双剣を交差させ、老人は盾を作った。
 ゲオルの剣速には敵わないと判断し、防御を選んだ。その判断は、攻撃を選ぶ『よりは』良い判断だったと言える。
 だが、結果は同じだ。


 ゲオルの振り下ろした一撃が、青白い魔剣の刀身を砕く。
 そして老人の肉を、骨を、盾一文字に斬り裂いた。


「……半歩下がったか」


 ゲオルは、老人を右肩から完全に両断するつもりだった。
 だが、老人は寸前で僅かに後退し、自身の肉体が分離してしまう事だけは避けた様だ。


「まだ……」


 老人は痛覚制御を行っている。
 例えどれだけダメージを受けようと、肉体さえ動くなら闘える。


 そんな老人を、ゲオルは大剣の腹で思いっきり殴り飛ばした。


 バッゴアァッ! という、人体と壁が衝突しただけとは思えない音。
 そんな音を立てて、老人の体は壁に見事なクレーターを造り出した。


「まだ、動ける様だったが……これで決まったな」


 痛覚制御をしていようが、人間は脳震盪を起こしてしまえばそこまでだ。
 壁に頭からめり込んだ状態で、老人は意識を失っていた。


「……相変わらず、滅茶苦茶だ……」


 それが、ゲオルの圧倒的耐久力&物理戦法へ向けた、ベニムの感想。


「……む?」


 ゲオルの足元に散らばっていた、魔剣の破片。
 それらが、弱々しく、光り始めた。


「……ア…リガ……ト……」


 その拙いつぶやきの後、光は潰えた。


「……ふん、よほど、ロクでも無い使われ方をしてきたらしいな」


 ゲオルは、今まで多くの魔剣を見てきた。
 そのどれもが、魔剣としての不自由な境遇に不満はあるものの、第2の人生を前向きに生きていた。
 砕かれて…つまり、2度目の死を味わわされて、礼を言う様な魔剣など、あの中にはいないだろう。


「………………」


 砕けた魔剣の破片を拾い上げ、ゲオルは少しだけ目を瞑る。
 黙祷だ。


「……同情、と言う訳では無いが……せめてもの冥福を祈る」


 ゲオルも、魔女達と同じく『化物』なんて称される身。
 そのよしみだ。











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