異世界イクメン~川に落ちた俺が、異世界で子育てします~

須方三城

置いてけぼりをくらう第37話

「……ありがとう。言葉では感謝を表現し切れない」
「いや、別にそんな……あくまで俺のやりたい事、だしさ」


 サーガの父になる。
 俺は、そう決意した。
 その決意を、他人のせい…いや、他人の手柄にしてたまるか。


 俺は、俺の本心に従っている。


 簡単な道では無い事は承知の上だ。
 それでも、やるんだ。
 やりたいと、思うから。


「……そう言えば、アルさん」
「何だ?」
「サーガの名前にも、意味があるのか?」
「当然だ」


 嬉々として、魔王は語ってくれた。


「あの子は、とある予言を受けていてな。将来、『世界を滅ぼす魔王』か『世界を救う英雄』になるらしい」
「魔王か、英雄……両極端だな、おい……」
「で、だ。まぁ、我輩としては、後者になって欲しい。だから『英雄譚サガ』から名を拝借し、サーガとした訳だ」
「へぇ」
「サーガが生まれる前に、クロエ……我が妻と共に決めた名だ」
「その奥さんは……」
「……もういない。『魔女』、だったからな」
「え?」


 今の文脈だと、死去の理由が『魔女だったから』と言う風に聞こえるのだが……


「知らないのか? 魔女の宿業を」
「宿業?」
「魔女は子を産むと、死ぬんだ」
「!」


 まさか、コクトウが以前言いかけていた『魔女が受ける2つの罰』って奴か。
 子を産むと死ぬ、そして死後、記憶を無くして魔剣に生まれ変わる。
 それが、魔女の運命。


「……辛かったろうな」


 せっかく、腹を痛めて子を産んだのに、その子の成長を見れずに死ぬ宿命。
 それが、魔女。


「……それでも、彼女は、笑っていたよ。幸せだった、とな」
「そうか」
「……君に、もう1つ頼みがある」
「?」
「まぁ、向こうは記憶を無くしているだろうから、わからんだろうが……もし、もしもだ。クロエと名乗る魔剣を見つけたなら、伝えて欲しい言葉がある」


 そうか、そのクロエさんは魔女だった訳だから、魔剣に転生しているはずだ。


「約束は果たせなかった、済まない、とな」
「……わかった。必ず、伝える」


 約束とやらが何なのか、聞くのは野暮ってモンだろう。
 俺がクロエさんとやらに会える可能性は低いが、会えたのなら、必ず伝えておく。


「ところで、どうやって肉体に戻るんだ?」


 さっき、この魔王はその手段について考えがあると言っていた。


「魔力とは魂魄から生成される。つまり、魂魄だけの今の我輩達は、魔力の源の塊だ」
「ふむふむ……ん?」


 魔力の塊だから、なんだって言うんだろうか。


「生霊とは生命活動レベルが低下し、魂魄と肉体の結合が緩んでいる状態だ」
「うんうん」


 まぁ知らんけど。


「生命活動レベルを元に戻せば、自動的に魂魄と肉体は再び強く結びつく、そうは思わんか」
「う、うーん?」


 もっともらしくは聞こえるな。
 すごい安直な発想、と言ってしまえばそこまでだが。


「と言う訳で、今から君に、我輩の持つありったけの魔力をブチ込む」
「あれ、急に意味がわからなくなったぞ」
「我輩の膨大な魔力で、君の魂にエネルギーを与え活性化させる。魂が元気になればどうにかなる。後は気合だ」
「おいちょっと待て、あんたが馬鹿なんじゃないかと言う疑惑が俺の中で緊急浮上した」


 特に最後の一言が不安を掻き立てまくる。


「我輩の魔力量は、あのアリアトとか言う女を軽く凌駕するぞ。こんだけ流し込めばどうにかなるはずだ」
「どうにかなるはず、のどうにかの部分を詳しく説明してくれ」
「理屈ではない」
「考えがあるって言ってましたよね!?」


 ダメだ、この人、馬鹿だ。馬鹿って言うか雑だ。結構な雑さだ。


「魔力注入療法は『古くから』……いや、『古くは』最もポピュラーな心肺蘇生術だったと聞く。大丈夫だ」
「いや、今の言い直しは致命的だぞあんた」


「古くから(現代まで)」、では無く、「古くは(使われてたけど現代では……)」と言い換えたって事は、そう言う事だろう。


「細かい事は気にするな。重要なのは結果としてどうなるかだ」
「まぁ、確かに……」


 そう言って魔王が立ち上がる。
 俺も合わせて立ち上がる。


 確証は無くても、確かにこれが今1番「どうにかできそう」な手段ではある。
 やるだけやってみよう。


「ん? ってかちょっと待って。これって魔力上限値の拡張じゃ…」
「何だそれは?」
「あ、いや、……まぁいいや」


 この空間では感覚が無いし、拡張による激痛も感じないはずだ。


 ……っていうか、成程な、心肺蘇生術にもなるわな。
 ありゃ電気ショックなんかより効くもの。


「では、行くぞ」
「お願いします」


 魔王の無骨な手が、俺の額に触れる。


 おお、流れ込んできた。
 すげぇ感覚だ。力の濁流、そんな感じ。
 シルビアの時とは比べ物にならない。シルビアのよりも、大きくて、熱い。そんな感じだ。


 もっと具体的に言えば……そうだな、まるで鼻フックだけで天井に吊るされて全身の毛と言う毛を乱暴にむしり取られながらその毛穴を拡張器具で無理矢理こじ開けられてそこに泡立て器とスタンガンとチャッカマンをねじ込まれて出力全開にされた挙句に全身を金属バットと鉄の棍棒でまんべんなく均等に叩き揉まれアルゼンチンバックブリーカーを決められつつ全身の関節という関節に逆ひしぎをかけられている様なそんな本当にマジで筆舌では尽くせない様なひんぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああうあうあああぁぁぁあああぁああああぁぁどぅふっあべでぅああああぁヴぁあヴぁっヴぁあああひあひあああぁぁっああああああぁぁぁぁああああでゅっはあああぁあああぁぁあああぁぁぁああぁぁあぁっっっ!!!!?!?!?!?!?
























「何できっちり痛いんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
「きゃあっ!?」
「ぬおぉう!?」


 って、痛っ!? 全身痛い!?
 何? まだ続いてんの……って、違う。
 痛みの種類が、全然違う。


 全身が、鈍い痛みに包まれている。
 拡張の、あの容赦無く常に全開の痛覚攻撃とは違う。


「っぐ……」


 ここは……医務室か……?
 俺がいるのは、白いベッドの上だ。
 隣のベッドには、


「姉貴……」


 虚ろな目で天井を見つめ続ける姉貴。
 それに、その他のグリーヴィマジョリティメンバー達。
 ラフィリアは……いないな。


「……本当に戻って来た……」


 魔王の雑理論が奇跡的に的を射ていたらしい。


 うっ……つぅか本当にあの黒いモヤはダメージのフィードバックだった様だ。
 俺はミイラ男かよ、と自分で突っ込みたくなるくらい包帯ぐるぐる巻きだ。
 そらもう見事なくらい。どこの長州派維新志士だよって感じだ。全身火傷、って点まで同じとは、笑えない。ヒエンからグレンジンを借りたら完璧だ。


「ろ、ロマンさん! 意識が戻ったんですか!?」
「うぉぉ! 奇跡だ! マジだよな!? マジで戻ったんだよな!?」
「あ、お、おう。おはよう、シェリー、ヘル」


 重歩兵とパンダ。
 画面的にも本人達の関係性の薄さ的にも、何か珍しい組み合わせだな。


 ……とりあえず、俺の今の状態を把握しておこう。
 全身至る所に火傷……特に、左顔面と背中は感覚が無くなる程に念入りにやられている。
 左目は……失明してるかまではわからないが、少なくともしばらくは開けないな。
 右手の肘から下がギプスで固定され、指先だけが出ている状態だ。


 ……ああ、さっきまで瀕死の重体って扱いだったんだろうな。
 シェリーとヘルのリアクションでもわかる。


 痛過ぎて逆に感覚が鈍ってるのは、不幸中の幸いと言った所か。
 ……いや、今さっきの拡張のせいで、火傷の痛みが大した事無い様に感じられるだけかも知れない。
 一応、全身火傷ってモロに生死に関わる重傷のはずだが……


 だから拡張って嫌いなんだよチクショウ。
 その癖、ゲオルやブルケイオスに拡張を行ったから、バチでも当たったか。
 自分がされて嫌な事は人にしてはいけない、という神からの戒めかも知れない。


「コクトウさんも起きてください! ロマンさんが起きましたよ!」
「んにゃ…? 何を……って、何ぃっ!?」


 寝ていた……のかは見てくれではわからないが、壁にかけられていたコクトウから驚いた様な声が漏れる。


「おお、うぉぉおおお! クソガキ! 何死にかけてんだこのボケェッ!」
「いきなり酷いなおい……」


 死にかけてた人間にかける言葉では無い。


「って、テメェ……クソガキ……だよな?」
「はぁ?」


 何だその質問は。
 俺は俺、正真正銘、お前がクソガキと呼ぶロマンだ。


「いや、だって、魔力の量と質が……別人クラスじゃねぇか……!?」
「え、あ、あぁー……」


 どうやら、魔王様が流し込んだ魔力がそのまんま俺の体内に滞留しているらしい。
 シルビアによる拡張ではそういう事は無かったが、今回は相手が相手だし、量が量だ。
 俺の体から抜けきるには時間がかかるかも知れない。
 もしかしたら、痛みが軽減されているのは魔王の魔力の恩恵だったりするかも知れない。


 ……っていうか、今回の拡張で俺の魔力上限値はどこまで行ってしまったんだろうか……
 今までに輪をかけて、「魔力のセーブが効かなくなって魔法が使えない」なんて事にならなきゃいいが……


「……まぁ、何だ。心配かけて、ごめん」
「もう……! 本当に……皆心配してたんですよ! シングさんなんて大荒れだったんですからね! アリアトって人を八つ裂きにしてやるって……」


 アリアトの名前を何で……ああ、コクトウから聞いたのか。


「っ……まぁ、荒れるわな……サーガが拐われちまった訳だし……」


 忘れてはいけない事が、1つ。
 ユウカとサーガが、敵の手の中に在ると言う事。
 サーガの安全の保証が無い、そら、シングが荒れるのも……


「サーガちゃんの事もですが、ロマンさんの事でもです」
「え?」
「……ロマンさんは、全然わかってないです。自分が周りの人にどう思われているか、ちゃんと把握すべきだと思います」
「あ、お、おう……」


 あのシングが、サーガに危機が迫ってるこの状況で、俺の事まで気にしてくれてたとは……意外だ。
 ……いや、今はそんな事より、


「っぐ……」
「あ、動いちゃダメですよ!」
「そうだぜ、お前はアホみたいな重傷だ」
「だ、い、丈夫……イビルブーストで……」


 っ……流石に、立ち上がるのは厳しいか。
 それでも、弱音は吐いてられない。


 ベッドから降りてコクトウを手に取ろう。
 そして、イビルブーストで無理にでも体を動かす。
 さっきも言ったが、サーガが危ない。寝てる場合じゃないんだ。
 ラフィリアを探して、キリカの元へ連れてってもらおう。
 そして、魔王の言っていた通り、魔剣奥義を……


 そんな俺の体を、無理矢理、ベッドに押さえ込む2本の手。
 シェリーの手だ。


「そういうのが、わかってないって言うんです! あなたが無茶したら、またシングさんが悲しむんですよ! シングさんだけじゃないです……皆も…私だって辛いんですよ!?」
「っ……ご、ごめ……っげふ……」
「あ、ああああ!? 勢い良く押し過ぎた!? ごめんなさいロマンさん! 死なないで!」
「こういう所ではドジッ子属性抑えろよクソノッポ女ぁ! シャレになってねぇぞ!」
「お、抑えられる物なら、こういう所じゃなくても抑えてますよう!」
「だ、大丈夫だから……ゆすらないで……マジで……死……」
「わあぁぁああああ!? ロマンさんの口からエクトプラズム的な物が!?」
「そんなギャグ漫画じゃあるまいし…ってうおぉぉい!? お、押し込め! 早く押し込め! 喉の奥まで押し込め! 手で押し込んで水で流し込め!」






 復活早々、また生死の境を彷徨う所だった……


「もう……無茶はしないでくださいよ……?」
「あ、ああ……」


 無茶をしようとして、する前に殺されては溜まった物では無い。


 それに冷静に考えてみたら、どうしようも無いんだ。
 魔剣奥義習得しても、グリーヴィマジョリティの所在がわからん現状では。


 ……でも、どうする?
 ユウカとサーガを守ってくれる結界はそう長くは持たない、魔王はそう推測していた。
 事は一刻を争う。


「執事長は?」


 とにかく、寝ているだけよりは現状を聞きたい。
 窓の外はすっかり真っ暗、つまり夜だ。
 俺がアリアトにやられてから、もう半日近くが過ぎている。
 何か、執事長達の調査でわかった事があるかも知れな…


「マコトさん達なら、グリーヴィマジョリティのアジトに乗り込んで行きましたよ」
「あーそうなんだ。じゃあ今は会えな………………んんん?」
「戦力的に、攻めに重点を置く、との事で、屋敷の防衛は私とヘルさんに任された訳です」
「まぁ、連中が防衛そっちのけで攻めてくる可能性は低いって話だがな。目的の誘拐は果たしてる訳だし」
「……ちょっと待って、アレ? え? ん?」
「どうしたんですか?」
「……シェリー、ごめん、もう1回言ってくれ」
「戦力的に、攻めに重点を…」
「違う、その前」


 かなりの爆弾発言だった気がする。


「皆さんは、グリーヴィマジョリティのアジトに殴り込みをかけてますよ」
「アジトわかってたんかい!?」
「は、はい。実はですね…」
「こうしちゃいられねぇ!」
「あ! ダメですって! 大人しくしててください!」
「アリアトの話はコクトウから聞いてんだろ!?」


 まともに戦っても、奴には勝てない。
 膨大な魔力を元にした再生力と、自由度の高い攻撃。


 魔王が言うには、コクトウの魔剣奥義状態なら、それを打破できるらしいが……


「聞いてます! マコトさん達が無策で乗り込む訳無いじゃないですか!」
「え、何か策が?」
「はい、魔力切れまで殺し続けるって言ってました」


 それ無策に等しいじゃねぇか!


「そんなん無理に決まってんだろって、俺っちも言ったがよ……」
「何でもっと全力で止めねぇの!?」
「いや、あいつらが、あのクソテレポート女に頼んだ助っ人の名前を聞いたら、まぁそれでイケるかも知れねぇと思ってよ」


 クソテレポート女って……ラフィリアさんか?
 助っ人って一体……


「話に聞いていたより元気そうだな」
「!」


 医務室に入ってきたのは、キリカだ。
 何か、すんごい汗かいてるし、息も絶え絶えで……すげぇ急いできた感があるが……


 助っ人って、キリカか。
 こいつは見た目のせいで忘れがちだが、魔剣豪の名を継承する人物。
 これ以上の助っ人は無いだろう。


「キリカ、丁度良か…」


 最後まで、俺は言えなかった。


 キリカの後ろに立つ、3つの影。
 1つは、ラフィリア。
 残りの2つは……


「よう、ダチ公。本当、割と元気そうで何よりだぜ」
「……久しぶりだな、少年。こういう形で再会する事になるとは、思っていなかったぞ」
「なっ……お、お前ら……」


 ……成程な……この助っ人組の安心感は、凄まじいわ。


 ……あれ、これもしかして、俺マジで寝てて良いパターンじゃね?







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