異世界イクメン~川に落ちた俺が、異世界で子育てします~

須方三城

修行前夜の第28話

 シングの看病のおかげかどうかは置いといて、俺は2日で充分に動ける様になった。
 それでも、今日1日は休めと言われたので、ゆっくり休んでいた訳だ。


 そして、夜中。


「……どこの世界でも、風呂ってのは変わらない力を持ってるよな……あぁー」
「うい?」
「ロマン、ジジくさいぞ」


 本日の業務を終え、執事組全員が大浴場の湯船の中で雁首をそろえていた。
 もちろん俺とサーガも一緒だ。
 男供皆そろって1日の汗を流している訳だ。俺がかいた汗の大半は寝汗だが。


 しかしまぁ、本当に広い風呂だ。
 1人で入ったら不安になるくらい広い。
 リアルにマーライオンとか初めて見た。まぁ金色では無く白色彫刻だが。


「明日からは執事業務再開と…ついに修行開始か」


 ゲロの如くお湯を吐き続けるマーライオンを軽く叩きながら、なんとなくつぶやいてみる。


「魔剣奥義体得の修行、か」


 頭に乗せたタオルの位置を直しながら、執事長が応答してくれた。


「ん? そういや、執事長やベニム達は、魔剣奥義の修行ってどんなのか知ってんの?」
「詳しくは知らないぜ」
「僕も」
「ヒエンやラフィリアさんから軽く話を聞いた事がある程度だ」
「いー」


 まぁ誰も魔剣なんて持ってないしね。
 つぅかサーガ、お前が知らないのは知ってるから。


「聞いた通りなら、個人個人でやる事は大きく異なるらしいが、共通する事はある」
「共通?」
「魔剣と対話し、『完全な信頼』を勝ち取る事、だ」


 コクトウと対話……っていつもしてるぞ。
 あいつ寂しいと死ぬタイプだから、最低でも1時間に1回は話かけてくるし。


 その時、風呂の外で「ビーッ!」という甲高い音。


「かかったぜ、執事長さん」
「……またか」


 執事長がやれやれと言った具合に深い溜息。


「ロマンが来てから、頻度が以前と同じくらいになったね」
「……何か申し訳ないな」
「気にするな。ベニムやランドーが入った時もそうだった。新入りが入った時期の恒例行事の様な物だ」


 今の音は、ベニムが仕掛けた魔法道具トラップが発した、『捕獲成功』の音だ。
 何を捕獲したかと言うと、まぁ、端的に言えば『覗き魔』だ。






「毎回毎回トラップの種類と配置を変えるなんて……卑怯者」
「そりゃ毎回同じじゃ躱されるからな」


 脱衣所前の廊下。網にくるまれ天井から吊るし上げを食らっている1人の少女、ユウカ。
 とりあえず俺達はしっかり普段着を纏って、彼女の前に立つ。


「ユウカお嬢様、性的好奇心が旺盛なのは、生物学的に大変よろしい事です。ですが、覗きは犯罪ですよ」
「覗きなんてしてない。私はここの前を通っただけ。冤罪」
「一応言っとくぜお嬢様よ。そいつぁドアノブを捻った時に起動する様にセッティングしたんだぜ」
「……そう、私は確かに覗こうとした、でもそれの何が悪いの?」
「今さっき、執事長が犯罪だって言ったよね」
「法律でこの感情こうきしんは抑えられない。そう、言わば私は希望の探索者シーカー。どんな困難にも立ち向かう」
「かっこ良さげな感じで言われてもね」


 覗くのは好き、でも覗かれるのは気に入らない。
 生粋の攻めのエロ野郎、ランドーが呆れた様に笑う。


「とにかく、今後は控えていただきたい。ベニム、外せ」
「あいよ」
「……約束はしない」
「いや、しろよ」
「ぶい」


 このお嬢様は……






 風呂を終え、自室へと向かう俺とサーガとランドー。
 抱っこが良い、とゴネだしたので、サーガは胸に抱いている。


 ベニムは残っている対ユウカトラップの取り外し作業で風呂に残り、執事長はユウカを部屋まで送るという事で別行動になった。


 その道中、フロントホール。


「ん? 何してんだ、シング」
「おお、ロマンか!」


 シングがキョロキョロと何かを探し回っている。


「シングさん、こっちにもいません!」
「シェリーまで……」


 今日は泊まり込みの日のシェリーも、同じく何かを探している様子だ。
 ってか何で未だに鎧を着ているんだろう。流石に兜は外しているが。
 意外と着心地がいいのか、あの鎧。


 まぁ、それはともかく、一体2人して何を探しているんだ。


「実は、さっき珍妙な物を見つけてな」
「珍妙な物?」
「うい?」
「動いて喋るぬいぐるみだ」
「ぬいぐるみぃ?」


 動いて喋る、確かにそら珍妙だが、魔法か何かじゃないのか?
 そんな必死に追いかける物でも無い気がする。


「魔法だとしても、この屋敷にそんな魔法を使う奴はいないだろう」


 確かに。俺が聞き及んでいる限りでは、そんなファンシーな魔法を使う奴はいない。
 それならば、捕まえて何なのかを検めてやろう、ともなるか。


「ちなみに、どんなぬいぐるみなんだ?」
「こう、これくらいのサイズの、ウサギとクマだ」


 そう言って、シングは虚空にバスケットボールくらいの円を描く。


「ういう!?」


 クマさん!? とサーガが反応する。
 そういやお前、クマさん好きだっけか。
 ヘルと対面した時もやたら触りたがってたしな。


「あのぬいぐるみさん達、何かを探している風でしたね」
「ああ、『此処ニモ無イナ』とか、『全然見ツカラナイネ』とか会話していたからな」


 何かを探す謎のぬいぐるみ……一体な…


「おいクソガキ、あそこを見ろ、柱の影だ」
「ん?」


 コクトウが何かに気付いたらしい。
 言われた通りに柱の方へ視線をやると、そこにはある物が、いた。
 それは俺と目線があった事に気付き、ビクゥッと震える。


 ……クマだ。茶色い生地がベースの、クマのフェルト人形。大きさはバスケットボールくらい。


「……シング、あれか?」
「ん? おお、まさにアレだ!」
「クゥ、見ツカッタ!」


 何か、機械音声みたいな声だ。
 あれだ、地下鉄の券売機で回数券買った時の「10枚発券シマス」ってアナウンスする声があるだろう、あんな感じ。


「逃ゲルゾ、ラビッ子!」
「モウ、何見ツカッテンノヨ、クマッケンジー! コノドジ!」


 口喧嘩をしながら、柱の陰から飛び出すクマと、全身桃色のウサギのぬいぐるみ。
 そのまま東側へと駆け出して行く。


「ぼー!」


 サーガのテンションが弾け上がる。


「逃がす物か!」
「僕も追うよ」
「しゃあねぇ、俺達も……」
「はい、行きま…きゃひっ」
「え?」


 俺の背後、シェリーの可愛い悲鳴が聞こえ、何やら俺に影が迫る。


「ちょ」


 どてんしゃーん、と間抜けな音と共に、俺は鎧の崩落に飲み込まれた。
 要するに、俺のすぐ後ろでドジッ子重歩兵がすっ転んで、俺を押し潰す形になった訳だ。
 腕を伸ばし、どうにかサーガは無事に済ませる事ができたが……


「あたたた……きゃあ!? ロマンさんが白目剥きかけてる!?」
「だぼーん!」
「クソガキィッ!」


 ……そらね、一応ね、まだ筋肉痛残ってるからね。
 シェリーはただでさえ体がデカい分、重量がある。それ+鎧の重量だ。
 今の俺の体で受け止めるのは、結構キツい。


「……何故、何も無い所で転ぶ……?」
「す、すみません! 私昔からよく転ぶ子で……」


 天性のドジッ子か……


 反転しかけていた瞳を気合で戻し、俺はどうにか立ち上がる。
 シング達は、俺達の事態に気付かずにあのぬいぐるみ達を追いかけて行った様だ。
 もし気付いていたら、サーガが怪我したかも知れないこの状況で、シングが他の事に構う訳が無いし。


 っととと、ちょっとフラついてしまう。


「あ、ああ、大丈夫ですか、本当にごめんなさい! お部屋まで運びます!」
「え、あ、ちょ、のわはっ!?」
「ぶぅ!?」


 何かを言う間も無く、シェリーは俺の体をひょいっと持ち上げ、お姫様抱っこ。
 ……男女の配置、違くない?
 ってか、女の子に抱っこされてるのに、鎧のゴツゴツ感のせいで色々台無しだ。
 鎧に対して負の感情を抱いたのは、生まれて初めてである。
 特に胸当てを開発した奴には殺意さえ覚える。
 このプレートさえ無ければ……


「……ところで、今更だけど何でまだ鎧着てんの?」
「あ、これですか? 執事長さんが、『ここは仮にもA級ダンジョン内、安全は確保しているつもりだが、何があるかわからない、気は抜くな』と言っておられたので」
「だからってお前……」
「私の魔法は、鎧があった方が都合も良いですし」


 シェリーの使う魔法は『ラージングチャージ』。
 触れている物体を一時的に巨大化&硬質化させるという物だ。
 シェリーの戦闘スタイルは、その身に纏っている鎧の手甲を巨大化させてブン殴る、という物だと聞いている。


 本当、この子はつくづく『デカい』と縁がある。
 本人は色々デカい事が若干コンプレックスの様だが。








 結局、あのぬいぐるみ達は捕獲できなかったそうだ。
 何でも、地下倉庫に逃げ込んだ所は確かに見たらしいのだが、そこで見失ったとの事。
 まるで雲隠れでもしたかの様に、跡形も無く消えてしまったんだそうだ。


 突然に現れ、何かを探し、そして唐突に消えたぬいぐるみ。
 一応執事長やキリカに報告はしておいたが、2人とも何の心当たりも無いと言う。
 一体、アレは何だったのか、謎のままだ。


 しかしまぁ、俺には今、謎のぬいぐるみよりも重要な事がある。


 ついに、明日から魔剣奥義会得のための修行が始まるのだ。


「よし、こんなモンでいいかな」


 俺は今、ダンジョン攻略時にもらった招き猫をピッカピカに磨き終えた所だ。
 話通りなら、こいつは俺に迫る『最悪の運命』を回避させてくれるモンだからな。大事にもするさ。


 ……先日、シングに強制採尿された時はウンともスンとも言わなかった。
 それは、1つの事実を物語る。
 俺には、今後アレ以上の『最悪の運命』が待っている、という事だ。
 それを予期しているからこそ、この招き猫はあの時には発動しなかったのだろう。


 一体、何が起こるのだろう、不安だ。
 ついにラフィリア辺りに最後までヤられてしまうとかだろうか。
 まぁ、何にしても、こいつはそれを回避させてくれる訳だ。


「おいロマン、終わったのならもう寝るぞ」
「ぶぅー……」
「おう」


 さぁ、猫も磨き終わったし、ゆっくり寝よう。
 明日から、ついに修行が始まるのだから。








 肉の焼ける匂いがする。
 いや、焦げる匂いだ。


 大切なあの人が、苦しんでいる。
 僕の目の前で、苦しみ、喘ぎ、涙を流している。


 あの人は、痛めつけられていた。
 得体の知れない、禍々しい何かに。


 その熾烈な責め苦に、あの人は苦悶の表情を浮かべていた。


 でも、悲鳴だけは、上げなかった。


 歯を食いしばって、必死に耐えていた。


 僕を心配させないためか、あの人は、不意に笑った。
 脂汗を滝のように流しながらも、今にも崩れてしまいそうな歪な笑顔を浮かべたんだ。


「大丈夫」


 震える声。
 激痛の余り、裏返りかけている様な、本来ならば情けないと思える声。
 そんな声で、あの人はそう言った。


「もう、大丈夫だから」


 そこから、不可解な現象が起きた。
 あの人の崩れかけの笑みが、だんだん、整っていくのだ。


 本当に、大丈夫なのか?


「もう、大丈夫だ」


 声が、落ち着きを取り戻していた。
 さっきまで、あんなに苦しそうだったのに……


「だって……」


 あの人の手が、僕の方へ伸びてきた。
 きっと、いつもみたいに、僕の頭を優しく撫でてくれようとしたのかも知れない。


 でも、その手は僕に届く事は無く、黒い燃え粕になって崩れ落ちた。


「もう、痛みも何も、感じ無ぇから」








「だぼん!」
「んおぅ!?」
「サーガ様!?」


 突然、耳元で響いた大声に俺の意識が叩き起こされる。
 シングも同様。


 室内はまだ暗い。夜中だ。


「ど、どうしたんだよ、急に……って、すごい汗だな」


 声の主は、サーガ。
 すごい汗だくで、何かに怯える様に目を見開いている。
 こんなサーガ、初めて見た。


「大丈夫か? 何か恐い夢でも見たのか?」
「……うい……うー?」


 あれ、思い出せね、とサーガが首を傾げる。


「だぼん、ぶふ」
「ロマンの夢を見ていた気がする、そうだが……」
「それで汗ぐっしょりな上に大声上げて飛び起きるって、酷くね?」


 何? 俺が夢に出ると悪夢なの?
 俺が一体何をしたって言うんだ。
 お前に嫌われる様な事なんて、全く身に覚えが無いぞ。
 何故なら、好かれたいと日々思いながら行動しているからな。


「むいー……」


 何だかなぁ……と何かに引っかかっているご様子のサーガ。


 まぁ何にせよ、こんな寝汗まみれで再度就寝しては風邪を引きかねない。
 軽く一風呂浴びせてやるとしよう。


「アタシがやる。お前は寝ていろ」
「え、でも……」
「明日は修行なんだろう? ゆっくり眠れ。サーガ様、構いませんね?」
「うい」
「お、おう。じゃあ頼むわ……」


 どうやら、シングの中でまだ俺への恩返しは継続中らしい。
 有り難い事だが、またいつ過剰看病されるかも知れないという恐怖が、少しだけ俺の血色を悪くさせる。


 まぁ、何だ。再来するかも知れない過剰看病の恐怖は置いといて、今回は有難い気遣いだ。甘えるとしよう。


 ……それにしても、サーガは一体どんな夢を見たんだろう。
 俺が出てくる夢、らしいが……



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