異世界イクメン~川に落ちた俺が、異世界で子育てします~
本能に任せる第8話
ゴウトさんの一撃を受け止めた瞬間、俺は浮遊感を感じた。
うん、昨日と全く同じだなチクショウ。
とりあえず受身を取ろう。そう考えながら俺は宙を舞った。
「……ふむ、今日はこの辺にしておくか」
ドサッ、と草原に落ちた俺を見ながら、ゴウトさんはそんな事を言った。
「……もう少し……早くそのセリフを聞きたかった……」
夕日が空を焦がす頃。
俺は満身創痍で草原に転がっていた。
本日も、ゴウトさんの一撃を耐えきる事はできなかった。
「だ、大体……何であんたそんなに強いんだよ……」
「農夫が強いのは当然だ」
あーなるほどー……って、いや、納得いかねぇよ。
農夫が剣を振るい慣れててたまるか。
「父さんは、母と結婚してこの牧場を継ぐまで、S級冒険者として世界中を旅していたんです。強いのは当然の事ですよ」
「S級というと、魔王様を討った連中と同格か……納得の腕っ節だな」
「あだぶ」
「S級……」
A級でもあの大虎をぶっ倒せる訳だから、その上となると……そら敵わねぇわ。
「位なんぞ関係無い。結局の所は気合だぞ。前にも言ったが、お前に足りないのはそこだ」
「……また根性論かよ……」
「シンプルだが、それが全てだ。1に気合、2に体力、3でようやく技巧だ」
気合でなんとかなれば苦労はしないのだが……
「ロマン、お前はどこか、いつも冷静な部分がある。それが、多分ストッパーになってしまっているんだ」
「ストッパー?」
「不意に訪れる冷静な思考が、『常識的に無理』という判断を下し、お前の体を萎縮させている。俺にはそう感じるぞ」
確かに、俺は混乱したり突然の急展開に見舞われたりすると、逆に冷静になったりする節がある。
さっきも、浮遊感を感じた瞬間に俺の思考は『落下時のダメージだけでも減らそう』などと割と冷静な判断を下していた。
良く言えば切り替えが早い。
悪く言えば諦めが早い。という事か。
「明日は、俺の腕っ節の強さだのなんだのは全部忘れて、ただガムシャラに踏ん張る事だけに集中してみろ」
「そんだけで変わるもんか?」
「お前のタフさはもう軽く人外だ。後はその『常人の常識で限界を決め付ける癖』さえ捨てて、本能任せに体を使える様になれば、きっと化けるぞ」
16年間、俺は自他共に認める常人だったのだ。
そういう癖がいつの間にか付いている、というのはおかしな事ではない。
常人として生きるために思考が最適化されているという事だろう。
ここに来て、魔力やスタミナは完全に常人の範疇を超えてしまったらしいが、実感はあまりない。
俺の中で、俺はまだ常人の括りから出ていないのだ。
地の性格がナルシストという訳でも無いのだ。そう簡単に「俺、最強」とか認識できる訳無いだろう。
それにしても人外って言い方は酷くないか……
「とにかく、百聞は一見に如かず、だ。とりあえず、やってみろ。出来るまでやってみろ。そうすりゃ出来る」
「……暴論だ……」
「暴論じゃない。諦めなきゃその内できる。自然の摂理だ」
いや、根性論の皮を被った暴論にしか聞こえませんが。
……でも、百聞は一見に如かず、ってのはそうかも知れない。
何にせよ、俺は何もかも素人。
一刻も早く冒険に出られるレベルに達するには、あれこれ自分で考えるよりゴウト達の指示に従うのが早いはずだ。
善処するだけしてみよう。
「だぼん、あぶ」
夜。俺とシングが寝室で寝る準備をしていると、サーガが俺を指差し何かを言った。
「…………」
何が言いたいのか、相変わらずわからん。
抱っこしろとか、クソをする時は発言と動作の法則性のおかげで大体わかるのだが……
たまに雰囲気だけで訴えてる事がわかったりもするが、わからない時の方が多い。
言語が通じない赤ん坊だし、仕方…
いや、少し頑張ってみるか。
昼、言われたばかりだ。常人の常識で限界を決め付ける癖をどうにかしろ、と。
考えて見れば、シングはこいつの言っている事をかなり正確に通訳できていた。
……もしかして、気合さえあれば赤ん坊の言ってる事でもわかったりするのでは無いだろうか。
いや、有り得ない……とは思うのだが、百聞は一見に如かず、との事らしいし。
一度、「その気になれば理解できなくは無いんじゃね?」という精神的スタンスで耳を傾けてみよう。
「…………」
「あいあ」
「…………」
「あぶ」
……何だろう。
本当に、本当に適当な直感だが、何か「歩きてぇ、超歩きてぇ」と言っている……様な気がする。
「……もしかして、歩く練習がしたいのか?」
「うぶ」
コクリ、とサーガがうなづいた。
お、もしかして、当たり……なのか。
俺はサーガの腋に手を差し込み、立ち上がらせる。
すると、サーガは「発進!」と言わんばかりに一声あげて、足を動かし、てこてこと歩き始めた。
まぁ、歩くと言っても、サーガのほとんどの体重を俺が支えてる訳だが。
ああもう、それにしてもこのたどたどしい歩き方可愛いなもう。
あんよの練習中じゃなけりゃとりあえず1回抱っこしてる所だ。
……元々俺は、男子の割には小動物とか可愛い物が好きな所あったが、サーガのせいでかなり悪化した気がする。
これが赤ん坊の力か。
「ほう、貴様もようやくサーガ様の御言葉が理解できる様になったか」
シングが感心した様にうなづいている。
「……直感だったんだけど、当たってたのか?」
「ああ。サーガ様は『いつまでもハイハイじゃあ格好つかねぇぜ』と仰られていた」
「…………」
俺が感じたより随分生意気な言い回しだった。
とにかく、当たっていたのなら何よりだ。
意外とイケそうだ、直感任せ。
……まぁ、偶然かも知れないが。
翌朝。リビング。
俺はサーガを膝に乗っけて朝食のヨーグルトを与えていた。
「あぷ」
「りんごは無ぇよ。ほれ、口開けろ」
「い」
「我侭ぬかすな」
「だぶ! ばぼん!」
「脅したって無い袖は振れねぇんだよ。俺としても誠に遺憾だがな」
「……一体、どうしたんですか」
リビングにやってきて早々に目を丸くするセレナ。
……まぁ、朝起きてリビングに来てみたら、赤ん坊と会話する男がいるのだから、目も丸くなるだろう。
とりあえず朝の挨拶を交わし、セレナは俺とサーガの前に座った。
「昨日まではそんな流暢に会話成立していなかったでしょう……というか一応確認ですが、成立してるんですよね」
「ああ、まぁ8割くらい」
「あだい」
そうだぜ、とサーガがうなづく。
「ロマンもようやくお世話役の基礎スキルを身に付けたのだ。アタシの指導の賜物だな」
「お前を師事した覚えは全く無いんだけど」
基本、傍で見てるだけで、ちょいちょい通訳入れてくるだけだっただろお前。
「ま、あれだ。ゴウトさんに言われた通り直感に任せてみたら、なんとなく理解できた」
「うっぷす!」
「……理解に苦しみますが、問題無く意思の疎通ができるなら、それに越した事は無いですね」
「ああ」
後は、この調子でゴウトさんの一撃を受けきるだけだ。
ああ、今日も空が綺れ……いでっ!
「昨日よりはマシになったが、まだまだだな、ロマン」
「うぐ……なんでだ……!」
「まだ必死さが足りない。冷静さが残ってるんだ。ほれ、もう1回だ」
「おう……!」
ズボンに付いた草を払い、立ち上がる。
木刀を握る手に力を込める。
必死さが足りない……
思考を振り払い本能に身を任せているつもりなのだが、まだガムシャラという域に達し切れていないという事か。
「……木刀を下ろして、少し瞑想してみろ」
「瞑想……」
指示された通り、目を閉じて意識を集中してみる。
その時だった。
俺の全身を、鋭い何かが駆け抜けた。
それが殺気だと気付いた瞬間、ドァッ! という大きな踏み込み音がすぐ近くから聞こえた。
「!?」
急いで目を開けてみれば、もう目と鼻の先でゴウトさんが木刀を振りかぶっていた。
その踏み込みの凄まじさを物語る様に、草が飛び散っている。
「なっ……!?」
汚ぇ、不意打ちかよ、ふざけ……
って、ごちゃごちゃ考えてる場合か、俺は今木刀を構えていない。
あの怪物じみた一撃を、モロに喰らってしまう。
……そうだ、またこの状態だ。
危機的状況なのに、俺はまた冷静に物を考えている。
これが、ダメなんだ。
なら、
「っ、がぁぁぁぁああああああああああっ!」
邪魔な思考を吹き飛ばす様に、俺は叫ぶ。
考えるな、本能に任せろ。
そして、
気付けば、俺は、ただ立っていた。
いつの間にか構えていた木刀で、ゴウトさんの一撃を受け止めて。
「……え?」
「……どうだ? それが、今のお前の『火事場の馬鹿力』だ」
全身がミシミシと嫌な軋み方をしてる。
でも、吹っ飛ばされてない。
「あ、お、俺、やっ……」
喜ぼうとした瞬間、思いっきり吹っ飛ばされた。
「ぐぇ!?」
「気を抜くな、精進が足りん」
「……ひっでぇ……」
だが、今までのただ痛いだけの感覚とは違う。
少しだけ、すっきりした。
こう、何もかも吐き出せた様な感じだ。
この爽快感に似た何かが、ストッパーという奴をぶっ壊して全力を発揮できた、という証明…なのだろう、か。
「冷静になるのは攻める時だけで良いんだ。受ける時は、とにかく本能的になれ。考えてから動いてちゃ対応が遅れる事もある」
「お、おう……」
「とにかく第一ステップ、『直感の防御行動』は及第点をくれてやる……さて、じゃあ次はお望みの技巧の授業だ。本能的に技術を駆使できる様になるまで、体に叩き込むぞ」
「お、お手柔らかに……」
いつだって本能的に効率的な防御が行える。
そんな理想形態を実現できれば、確かに心強いだろう。
「……よし」
とにかく、一歩前進だ。
さぁ、早速次のステップとやらを……
「んち!」
「…………」
とりあえず、替えのオムツとウェットティッシュを取りに家へ戻る事になった。
うん、昨日と全く同じだなチクショウ。
とりあえず受身を取ろう。そう考えながら俺は宙を舞った。
「……ふむ、今日はこの辺にしておくか」
ドサッ、と草原に落ちた俺を見ながら、ゴウトさんはそんな事を言った。
「……もう少し……早くそのセリフを聞きたかった……」
夕日が空を焦がす頃。
俺は満身創痍で草原に転がっていた。
本日も、ゴウトさんの一撃を耐えきる事はできなかった。
「だ、大体……何であんたそんなに強いんだよ……」
「農夫が強いのは当然だ」
あーなるほどー……って、いや、納得いかねぇよ。
農夫が剣を振るい慣れててたまるか。
「父さんは、母と結婚してこの牧場を継ぐまで、S級冒険者として世界中を旅していたんです。強いのは当然の事ですよ」
「S級というと、魔王様を討った連中と同格か……納得の腕っ節だな」
「あだぶ」
「S級……」
A級でもあの大虎をぶっ倒せる訳だから、その上となると……そら敵わねぇわ。
「位なんぞ関係無い。結局の所は気合だぞ。前にも言ったが、お前に足りないのはそこだ」
「……また根性論かよ……」
「シンプルだが、それが全てだ。1に気合、2に体力、3でようやく技巧だ」
気合でなんとかなれば苦労はしないのだが……
「ロマン、お前はどこか、いつも冷静な部分がある。それが、多分ストッパーになってしまっているんだ」
「ストッパー?」
「不意に訪れる冷静な思考が、『常識的に無理』という判断を下し、お前の体を萎縮させている。俺にはそう感じるぞ」
確かに、俺は混乱したり突然の急展開に見舞われたりすると、逆に冷静になったりする節がある。
さっきも、浮遊感を感じた瞬間に俺の思考は『落下時のダメージだけでも減らそう』などと割と冷静な判断を下していた。
良く言えば切り替えが早い。
悪く言えば諦めが早い。という事か。
「明日は、俺の腕っ節の強さだのなんだのは全部忘れて、ただガムシャラに踏ん張る事だけに集中してみろ」
「そんだけで変わるもんか?」
「お前のタフさはもう軽く人外だ。後はその『常人の常識で限界を決め付ける癖』さえ捨てて、本能任せに体を使える様になれば、きっと化けるぞ」
16年間、俺は自他共に認める常人だったのだ。
そういう癖がいつの間にか付いている、というのはおかしな事ではない。
常人として生きるために思考が最適化されているという事だろう。
ここに来て、魔力やスタミナは完全に常人の範疇を超えてしまったらしいが、実感はあまりない。
俺の中で、俺はまだ常人の括りから出ていないのだ。
地の性格がナルシストという訳でも無いのだ。そう簡単に「俺、最強」とか認識できる訳無いだろう。
それにしても人外って言い方は酷くないか……
「とにかく、百聞は一見に如かず、だ。とりあえず、やってみろ。出来るまでやってみろ。そうすりゃ出来る」
「……暴論だ……」
「暴論じゃない。諦めなきゃその内できる。自然の摂理だ」
いや、根性論の皮を被った暴論にしか聞こえませんが。
……でも、百聞は一見に如かず、ってのはそうかも知れない。
何にせよ、俺は何もかも素人。
一刻も早く冒険に出られるレベルに達するには、あれこれ自分で考えるよりゴウト達の指示に従うのが早いはずだ。
善処するだけしてみよう。
「だぼん、あぶ」
夜。俺とシングが寝室で寝る準備をしていると、サーガが俺を指差し何かを言った。
「…………」
何が言いたいのか、相変わらずわからん。
抱っこしろとか、クソをする時は発言と動作の法則性のおかげで大体わかるのだが……
たまに雰囲気だけで訴えてる事がわかったりもするが、わからない時の方が多い。
言語が通じない赤ん坊だし、仕方…
いや、少し頑張ってみるか。
昼、言われたばかりだ。常人の常識で限界を決め付ける癖をどうにかしろ、と。
考えて見れば、シングはこいつの言っている事をかなり正確に通訳できていた。
……もしかして、気合さえあれば赤ん坊の言ってる事でもわかったりするのでは無いだろうか。
いや、有り得ない……とは思うのだが、百聞は一見に如かず、との事らしいし。
一度、「その気になれば理解できなくは無いんじゃね?」という精神的スタンスで耳を傾けてみよう。
「…………」
「あいあ」
「…………」
「あぶ」
……何だろう。
本当に、本当に適当な直感だが、何か「歩きてぇ、超歩きてぇ」と言っている……様な気がする。
「……もしかして、歩く練習がしたいのか?」
「うぶ」
コクリ、とサーガがうなづいた。
お、もしかして、当たり……なのか。
俺はサーガの腋に手を差し込み、立ち上がらせる。
すると、サーガは「発進!」と言わんばかりに一声あげて、足を動かし、てこてこと歩き始めた。
まぁ、歩くと言っても、サーガのほとんどの体重を俺が支えてる訳だが。
ああもう、それにしてもこのたどたどしい歩き方可愛いなもう。
あんよの練習中じゃなけりゃとりあえず1回抱っこしてる所だ。
……元々俺は、男子の割には小動物とか可愛い物が好きな所あったが、サーガのせいでかなり悪化した気がする。
これが赤ん坊の力か。
「ほう、貴様もようやくサーガ様の御言葉が理解できる様になったか」
シングが感心した様にうなづいている。
「……直感だったんだけど、当たってたのか?」
「ああ。サーガ様は『いつまでもハイハイじゃあ格好つかねぇぜ』と仰られていた」
「…………」
俺が感じたより随分生意気な言い回しだった。
とにかく、当たっていたのなら何よりだ。
意外とイケそうだ、直感任せ。
……まぁ、偶然かも知れないが。
翌朝。リビング。
俺はサーガを膝に乗っけて朝食のヨーグルトを与えていた。
「あぷ」
「りんごは無ぇよ。ほれ、口開けろ」
「い」
「我侭ぬかすな」
「だぶ! ばぼん!」
「脅したって無い袖は振れねぇんだよ。俺としても誠に遺憾だがな」
「……一体、どうしたんですか」
リビングにやってきて早々に目を丸くするセレナ。
……まぁ、朝起きてリビングに来てみたら、赤ん坊と会話する男がいるのだから、目も丸くなるだろう。
とりあえず朝の挨拶を交わし、セレナは俺とサーガの前に座った。
「昨日まではそんな流暢に会話成立していなかったでしょう……というか一応確認ですが、成立してるんですよね」
「ああ、まぁ8割くらい」
「あだい」
そうだぜ、とサーガがうなづく。
「ロマンもようやくお世話役の基礎スキルを身に付けたのだ。アタシの指導の賜物だな」
「お前を師事した覚えは全く無いんだけど」
基本、傍で見てるだけで、ちょいちょい通訳入れてくるだけだっただろお前。
「ま、あれだ。ゴウトさんに言われた通り直感に任せてみたら、なんとなく理解できた」
「うっぷす!」
「……理解に苦しみますが、問題無く意思の疎通ができるなら、それに越した事は無いですね」
「ああ」
後は、この調子でゴウトさんの一撃を受けきるだけだ。
ああ、今日も空が綺れ……いでっ!
「昨日よりはマシになったが、まだまだだな、ロマン」
「うぐ……なんでだ……!」
「まだ必死さが足りない。冷静さが残ってるんだ。ほれ、もう1回だ」
「おう……!」
ズボンに付いた草を払い、立ち上がる。
木刀を握る手に力を込める。
必死さが足りない……
思考を振り払い本能に身を任せているつもりなのだが、まだガムシャラという域に達し切れていないという事か。
「……木刀を下ろして、少し瞑想してみろ」
「瞑想……」
指示された通り、目を閉じて意識を集中してみる。
その時だった。
俺の全身を、鋭い何かが駆け抜けた。
それが殺気だと気付いた瞬間、ドァッ! という大きな踏み込み音がすぐ近くから聞こえた。
「!?」
急いで目を開けてみれば、もう目と鼻の先でゴウトさんが木刀を振りかぶっていた。
その踏み込みの凄まじさを物語る様に、草が飛び散っている。
「なっ……!?」
汚ぇ、不意打ちかよ、ふざけ……
って、ごちゃごちゃ考えてる場合か、俺は今木刀を構えていない。
あの怪物じみた一撃を、モロに喰らってしまう。
……そうだ、またこの状態だ。
危機的状況なのに、俺はまた冷静に物を考えている。
これが、ダメなんだ。
なら、
「っ、がぁぁぁぁああああああああああっ!」
邪魔な思考を吹き飛ばす様に、俺は叫ぶ。
考えるな、本能に任せろ。
そして、
気付けば、俺は、ただ立っていた。
いつの間にか構えていた木刀で、ゴウトさんの一撃を受け止めて。
「……え?」
「……どうだ? それが、今のお前の『火事場の馬鹿力』だ」
全身がミシミシと嫌な軋み方をしてる。
でも、吹っ飛ばされてない。
「あ、お、俺、やっ……」
喜ぼうとした瞬間、思いっきり吹っ飛ばされた。
「ぐぇ!?」
「気を抜くな、精進が足りん」
「……ひっでぇ……」
だが、今までのただ痛いだけの感覚とは違う。
少しだけ、すっきりした。
こう、何もかも吐き出せた様な感じだ。
この爽快感に似た何かが、ストッパーという奴をぶっ壊して全力を発揮できた、という証明…なのだろう、か。
「冷静になるのは攻める時だけで良いんだ。受ける時は、とにかく本能的になれ。考えてから動いてちゃ対応が遅れる事もある」
「お、おう……」
「とにかく第一ステップ、『直感の防御行動』は及第点をくれてやる……さて、じゃあ次はお望みの技巧の授業だ。本能的に技術を駆使できる様になるまで、体に叩き込むぞ」
「お、お手柔らかに……」
いつだって本能的に効率的な防御が行える。
そんな理想形態を実現できれば、確かに心強いだろう。
「……よし」
とにかく、一歩前進だ。
さぁ、早速次のステップとやらを……
「んち!」
「…………」
とりあえず、替えのオムツとウェットティッシュを取りに家へ戻る事になった。
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