Duty
chapter 18 第5の審判 -5
5 9月16日 Mの悲劇
屋上へとやって来た静間はきょとんとした目を陽太たちに向けて告げた。
「キミたち、いったい何を言っているのですか。神谷君に呼ばれたから来てみれば、私が御影浪子先生で、さらに審判を企てた犯人?馬鹿なことをいうのは止してください」
陽太と霧島は依然として静間を睨みつけている。
陽太の言葉に代わるようにして霧島が口を開いた。
「まず……一つ目。貴方、静間先生が御影浪子ということは100パーセントの確定事項です。既に戸籍すら入手しています。まあ、法外な方法ではあるかもしれませんが」
「なぜ……ただの高校生である貴方たちにそんなことができるわけが――」
「そして、二つ目。……審判を企てたというのが貴方であること。これを静間先生は否定しますか?」
「当たり前です」
静間は一切の表情も崩さずに答えた。
「じゃあ……黙って聞いていてくれ」
陽太が静間を睨みつけいった。
「それで、そのままのスタンスを貫けるというのであれば、静間先生は犯人ではないということになる」
「……だから、私は――」
「もう俺たちに『審判』は通用しない」
唖然とした桜の目に静間の頬の筋肉が一瞬だけ強張ったように映った。
静間が困惑しきったような笑みを浮かべて答えた。
「どういう意味なんです? 審判とは御影充君の呪いーー」
「スタンフォード監獄実験」
霧島の一言に静間は大きく目を見開いた。
明らかな動揺が走っていた。その表情を見逃さなかった陽太は追い打ちをかけるように告げた。
「言ったろ。仕組みを理解したって」
「静間先生、当然ご存知ですよね?」
「……」
静間は否定も肯定もせずに視線を地面へと落とした。
その様子を眺め、霧島が続けた。
「1971年にスタンフォード大学の心理学部で行われた実験。場所は刑務所をイメージされて、生徒たちは看守役と囚人役にグループ分けされ、それぞれにあった設備を与え演じさせた……最初はそれだけのはずだった。だが最終的にその実験は過激さを増していった。囚人はより囚人らしく、看守はより看守らしく行動をとることになり、囚人役は非人道的な待遇にすら遭うようになった」
霧島は間を空け、ひとつ息を整えるとさらに続けた。
「その監獄実験の被験者に現れた症状は実際の監獄に収容された囚人のものと酷似。そのリアルさに危険と判断され、実験は中止された。最終的には克服されたとはいえ、精神的外傷(トラウマ)が遺った被験者もいただろうね」
静間は抑揚のない声でいった。
「それが、3年1組で起きている『審判』と何の関係があると?」
「似ているとは、思いませんか? 『罪人』と『審判者』の関係性。そして、僕たちのクラスで起きている惨劇に」
「……」
陽太の質問に静間は何とも答えなかった。
その様子を見て霧島が続けた。
「『Mの悲劇』……あれは静間先生が御影充についてまとめたファイルだと言いましたよね?」
「そうです」
「違いますね」
静間は一瞬、霧島を睨みつけたように見えた。
「言いましたよね。静間先生……いや御影浪子については調べがついているって」
「……」
「あれは、御影浪子が大学時代の心理学部に所属していたときに書かれた論文です」
「……」
陽太はポケットから折りたたまれた紙を取り出しその紙に書かれた文字を追うようにしていった。
「タイトルは『Mの悲劇』、心理学部3年、氏名『御影浪子』。どうして、これをアンタが持ってんだよ。静間先生」
「……」
静間は無表情のまま何も答えない。
霧島が陽太に続けていった。
「僕の父がね、言ったんですよ。この3年1組で起きている現象は、スタンフォード監獄実験に似ているかもしれないってね。この実験は心理学者ミルグラムとアイヒマンという人物の提唱した理論の応用と言われています」
陽太はポケットから取り出した御影浪子の論文のコピーを指さしいった。
「ちゃんと読ませてもらったが、『Mの悲劇』のMってのはミルグラム(Milgram)のことっぽいな」
「それと静間先生の部屋の本棚にあった『Eテストの検証』という本も御影浪子の著作物ですね。『Eテスト』のEはアイヒマン(Eichmann)のEのことです」
陽太と霧島は静間を睨みつけた。
「この心理実験のテーマは、『どんな善良な市民でも、恐怖のもとでは残虐な行為も犯してしまうのか?』だ」
「この『審判』とは決して非現実的非科学的な呪いなんかじゃない。理論立てて作られた現実的な実験。3年1組の生徒たちに対し、心理的に罪悪感を植え付け、そして今までのカーストの憎悪から、死を以て裁くことができる権利を与える。それは審判の宣告と無意識下での自殺へと追い込む。そして大量殺人事件へと発展させた。違いますか?」
「別にアンタが犯人じゃないって否定してもらっても構わない。だが、こんな理論に俺たちは負けない。もう誰も殺させない」
「静間奈美子、先生……」
陽太と霧島が静間を睨みつけるなか、桜のか細い声が響いた。
静間はゆっくりと深呼吸をしながら、陽太たちのほうへと向かって歩き始めた。
そのまま通り過ぎ陽太たちを眺めるように立ち、眼鏡を外し捨てた。
そして、その眼鏡を思い切り踏みつけ、大きな舌打ちをして告げた。
「本当にガキは何を考えているのかわからない」
「……」
その声に陽太たちは背筋が凍りつくのを感じた。
予想はしていた。
だが、恐怖を感じてしまった。
改めて実感してしまった。
静間奈美子が犯人なのだ、と。
「はあーあ。黙って『御影充の呪い』だとでも思っていれば良かったのに。折角整えた舞台が台無しだ」
「動機は何だよ?」
陽太は絞り出すような声で静間を睨みつけながらいった。
「何が?」
「俺たちのクラスに『審判』を起こした動機は何だ! 10年前に自殺した御影充の復讐か!」
静間は唖然として黙った。
そして、堪えていたような笑いが込み上げてきた。
「……ぷっ。くくく、ははははは! はあ~? 復讐? 何故? 私があんな奴のために復讐なんてするわけないでしょう!」
陽太たちの顔から血の気が引いた。
「え……」
その衝撃から声が漏れた。
静間は続けていった。
「だって、充が虐められていたとき見て見ぬフリをしていたクラスの担任は私だったんだから!」
「なっ……」
陽太たちは絶句した。
「充の最期も見た! アイツ、最期は泣きながらこの屋上から飛び降りたんだ! 馬鹿で雑魚な奴だよ! 母親なら悲しむべきなのか? あんな姿を見て? あははははっ! 私は何も感じなかった! 充は無様で醜いガキだと思ったよ! あははははっ!」
心の奥底に隠していた嘲笑が込み上げてくるのを我慢するようにして静間は告げた。
「いじめとか、A軍だとか、C軍だとか、お前たちの事情なんて、本当に鬱陶しくて面倒くさい。クラスの安っぽい下品な友情とか、薄汚いステータス気取りの猿真似恋愛とかも、ほんとにガキの勘違いの馴れ合いだ! お前たちは本当に無様な劣等生物だ!」
「母性の欠落した母親め」
霧島はかつてないほど冷徹な声で告げた。
怒りを固めて絞り出したような声だった。
「母性……ね。そんなものは私には必要ない。人間が持つくだらない感情のひとつだ」
静間は陽太たちを眺めて、不気味に唇を釣り上げた。
「このまま続行して審判実験が100パーセント成功するとは言い難い。仕組みを完全に理解した人間が紛れて可能かどうかというのも非常に興味深いが」
ぶつぶつと呟き、静間は再び陽太たちを睨みつけた。
「私が行ったのは審判だけじゃないお前たちのクラスに鮮明なスクールカーストを作り出すことから始めた。そのほうが『審判』を始めたときにお前たちの中にお互いを憎しみ合う報復心を作りやすいからね」
静間は楽しそうな穏やかな笑みを浮かべていった。
「本当に無様で滑稽で。お前たちは自分の立場が守れるのならば、誰が傷ついても構わない。それはA軍だろうが、C軍だろうが同じこと。本当に……見ていて愉快だった」
陽太は握りしめた拳を震わせた。
なんなのだ、この人間は。
【御影……浪子……変わっ、しまっ……】
静間は高らかな笑いとともにいった。
「これは人類史に残る偉大な心理学的実験だ! 絶対に失敗するわけにはいかない!」
その声に被せるように陽太は力を込めていった。
「人の命をなんだと思っていやがる!」
すぐさま静間は声を荒げていった。
「弱者である人間の尊厳を平気で踏みにじるガキどもが勝手なことほざくな!」
陽太は言葉が出てこなかった。
「それが貴方のこの『審判』を行った動機ですか?」
霧島が冷たい声でいった。静間は笑みを浮かべつつ答えた。
「恐怖による支配から生まれた秩序のもとで、お前たちにお互いを思いやる心を取り戻させてあげようとしただけですよ。どうです? 実際うまくまわっていたでしょう?」
陽太は苛立ちの声でいった。
「お前は最低の人間だ」
「せめてでも、そういうことを言っておいたほうが先生らしいでしょう?」
睨みつける陽太を横目で見つつ、静間が薄ら笑いをしながら続けた。
「大変だったわ。私はこの実験の土台であるスクールカーストから丁寧に作り上げるため、しっかりと貴方たち一人ひとりを研究した。日々の素行から性格・行動予想まで。お前たちガキの身の上なんて見たくもなかったから反吐が出たけどね。『審判』のためなら我慢できた」
「あー」と思い出すようにして、静間は一度鼻で笑い続けた。
「例えば『山田秋彦』。彼は、最初はC軍の生徒だった。だけどA軍のパシリから始まってA軍まで登りつめた。それはどこまでも臆病な人間だったから。誰よりも傷つけられるのを怖れていた弱虫だったから」
第2の審判で裁かれた山田秋彦のことすら、静間はしっかりと熟知しているような言い草であった。
興味のない素振りをしながらも、審判のために静間は刻々と準備を進めていたということのようである。
「山田を悪くいうんじゃねえ」
陽太の言葉に静間は呆れ顔で告げた。
「悪いわね。そういったつもりはないけど。現実のステータスを伝えただけ」
ゆっくりと陽太たちから遠ざかるように静間は歩きながら続けていった。
「山田秋彦はそんな貧弱な精神ステータスだったから。だから彼を最初の罪人に選んだ。そうしたらやっぱり震え上がっちゃって。誰よりも媚を売って無様に死んでいった。情けないけど、彼のお陰で審判によりリアリティが乗ったから感謝している」
そのとき、陽太たちの頭のなかに冷たい風がすり抜けたように感じた。
そして、そのまま何もかもを吹き飛ばしていったかのような。
今の静間の発言が、まるで意味がわからなかったからである。
もう一度、頭の中で反芻してみた。
しかし、やはり意味がわからなかった。
「ちょっと待て……何を言っている?」
陽太は小さな声ながらも疑問を口にした。
「最初の罪人は、第1の審判で裁かれた『五十嵐アキラ』だぞ?」
その疑問が静間に届いた瞬間に、静間は再び堪えきれないように笑った。
「なんだ……。お前たち、少しはできるのかと思えば。やっぱりただのガキ。馬鹿ね」
ゆっくりと静間が振り向き、にやっと不敵な笑みを浮かべた。
「『審判』のため土台を整える必要があるっていったでしょう? 『審判にはルールが存在する』。それをお前たちの潜在的脳裏にも刻み付ける必要がある」
何かを理解した霧島の顔が蒼白になっていった。そして、
「嘘……まさか……」
と呟いた。
唖然とする陽太たちの背後で何かが揺れたような気がした。
それは科学者が身に着けるような白衣の裾が風でなびいたものだった。
そんなフード付きの白衣を身に着けた二人が陽太たちの背後にやってきていた。
そして、その二人はゆっくりとフードを外した。
乱れた脳内のまま陽太たちはゆっくりと振り返った。
それに合わせ静間が続けていった。
「そんな『審判のルール』を教えるためにはお手本が必要……つまり」
陽太たちの背後には#いるはずのない二人が立っていた。
そんな陽太たちを嘲笑うかのように静間は言い放った。
「第1の罪人と審判者である、五十嵐アキラと東佐紀は、私の部下だ」
屋上へとやって来た静間はきょとんとした目を陽太たちに向けて告げた。
「キミたち、いったい何を言っているのですか。神谷君に呼ばれたから来てみれば、私が御影浪子先生で、さらに審判を企てた犯人?馬鹿なことをいうのは止してください」
陽太と霧島は依然として静間を睨みつけている。
陽太の言葉に代わるようにして霧島が口を開いた。
「まず……一つ目。貴方、静間先生が御影浪子ということは100パーセントの確定事項です。既に戸籍すら入手しています。まあ、法外な方法ではあるかもしれませんが」
「なぜ……ただの高校生である貴方たちにそんなことができるわけが――」
「そして、二つ目。……審判を企てたというのが貴方であること。これを静間先生は否定しますか?」
「当たり前です」
静間は一切の表情も崩さずに答えた。
「じゃあ……黙って聞いていてくれ」
陽太が静間を睨みつけいった。
「それで、そのままのスタンスを貫けるというのであれば、静間先生は犯人ではないということになる」
「……だから、私は――」
「もう俺たちに『審判』は通用しない」
唖然とした桜の目に静間の頬の筋肉が一瞬だけ強張ったように映った。
静間が困惑しきったような笑みを浮かべて答えた。
「どういう意味なんです? 審判とは御影充君の呪いーー」
「スタンフォード監獄実験」
霧島の一言に静間は大きく目を見開いた。
明らかな動揺が走っていた。その表情を見逃さなかった陽太は追い打ちをかけるように告げた。
「言ったろ。仕組みを理解したって」
「静間先生、当然ご存知ですよね?」
「……」
静間は否定も肯定もせずに視線を地面へと落とした。
その様子を眺め、霧島が続けた。
「1971年にスタンフォード大学の心理学部で行われた実験。場所は刑務所をイメージされて、生徒たちは看守役と囚人役にグループ分けされ、それぞれにあった設備を与え演じさせた……最初はそれだけのはずだった。だが最終的にその実験は過激さを増していった。囚人はより囚人らしく、看守はより看守らしく行動をとることになり、囚人役は非人道的な待遇にすら遭うようになった」
霧島は間を空け、ひとつ息を整えるとさらに続けた。
「その監獄実験の被験者に現れた症状は実際の監獄に収容された囚人のものと酷似。そのリアルさに危険と判断され、実験は中止された。最終的には克服されたとはいえ、精神的外傷(トラウマ)が遺った被験者もいただろうね」
静間は抑揚のない声でいった。
「それが、3年1組で起きている『審判』と何の関係があると?」
「似ているとは、思いませんか? 『罪人』と『審判者』の関係性。そして、僕たちのクラスで起きている惨劇に」
「……」
陽太の質問に静間は何とも答えなかった。
その様子を見て霧島が続けた。
「『Mの悲劇』……あれは静間先生が御影充についてまとめたファイルだと言いましたよね?」
「そうです」
「違いますね」
静間は一瞬、霧島を睨みつけたように見えた。
「言いましたよね。静間先生……いや御影浪子については調べがついているって」
「……」
「あれは、御影浪子が大学時代の心理学部に所属していたときに書かれた論文です」
「……」
陽太はポケットから折りたたまれた紙を取り出しその紙に書かれた文字を追うようにしていった。
「タイトルは『Mの悲劇』、心理学部3年、氏名『御影浪子』。どうして、これをアンタが持ってんだよ。静間先生」
「……」
静間は無表情のまま何も答えない。
霧島が陽太に続けていった。
「僕の父がね、言ったんですよ。この3年1組で起きている現象は、スタンフォード監獄実験に似ているかもしれないってね。この実験は心理学者ミルグラムとアイヒマンという人物の提唱した理論の応用と言われています」
陽太はポケットから取り出した御影浪子の論文のコピーを指さしいった。
「ちゃんと読ませてもらったが、『Mの悲劇』のMってのはミルグラム(Milgram)のことっぽいな」
「それと静間先生の部屋の本棚にあった『Eテストの検証』という本も御影浪子の著作物ですね。『Eテスト』のEはアイヒマン(Eichmann)のEのことです」
陽太と霧島は静間を睨みつけた。
「この心理実験のテーマは、『どんな善良な市民でも、恐怖のもとでは残虐な行為も犯してしまうのか?』だ」
「この『審判』とは決して非現実的非科学的な呪いなんかじゃない。理論立てて作られた現実的な実験。3年1組の生徒たちに対し、心理的に罪悪感を植え付け、そして今までのカーストの憎悪から、死を以て裁くことができる権利を与える。それは審判の宣告と無意識下での自殺へと追い込む。そして大量殺人事件へと発展させた。違いますか?」
「別にアンタが犯人じゃないって否定してもらっても構わない。だが、こんな理論に俺たちは負けない。もう誰も殺させない」
「静間奈美子、先生……」
陽太と霧島が静間を睨みつけるなか、桜のか細い声が響いた。
静間はゆっくりと深呼吸をしながら、陽太たちのほうへと向かって歩き始めた。
そのまま通り過ぎ陽太たちを眺めるように立ち、眼鏡を外し捨てた。
そして、その眼鏡を思い切り踏みつけ、大きな舌打ちをして告げた。
「本当にガキは何を考えているのかわからない」
「……」
その声に陽太たちは背筋が凍りつくのを感じた。
予想はしていた。
だが、恐怖を感じてしまった。
改めて実感してしまった。
静間奈美子が犯人なのだ、と。
「はあーあ。黙って『御影充の呪い』だとでも思っていれば良かったのに。折角整えた舞台が台無しだ」
「動機は何だよ?」
陽太は絞り出すような声で静間を睨みつけながらいった。
「何が?」
「俺たちのクラスに『審判』を起こした動機は何だ! 10年前に自殺した御影充の復讐か!」
静間は唖然として黙った。
そして、堪えていたような笑いが込み上げてきた。
「……ぷっ。くくく、ははははは! はあ~? 復讐? 何故? 私があんな奴のために復讐なんてするわけないでしょう!」
陽太たちの顔から血の気が引いた。
「え……」
その衝撃から声が漏れた。
静間は続けていった。
「だって、充が虐められていたとき見て見ぬフリをしていたクラスの担任は私だったんだから!」
「なっ……」
陽太たちは絶句した。
「充の最期も見た! アイツ、最期は泣きながらこの屋上から飛び降りたんだ! 馬鹿で雑魚な奴だよ! 母親なら悲しむべきなのか? あんな姿を見て? あははははっ! 私は何も感じなかった! 充は無様で醜いガキだと思ったよ! あははははっ!」
心の奥底に隠していた嘲笑が込み上げてくるのを我慢するようにして静間は告げた。
「いじめとか、A軍だとか、C軍だとか、お前たちの事情なんて、本当に鬱陶しくて面倒くさい。クラスの安っぽい下品な友情とか、薄汚いステータス気取りの猿真似恋愛とかも、ほんとにガキの勘違いの馴れ合いだ! お前たちは本当に無様な劣等生物だ!」
「母性の欠落した母親め」
霧島はかつてないほど冷徹な声で告げた。
怒りを固めて絞り出したような声だった。
「母性……ね。そんなものは私には必要ない。人間が持つくだらない感情のひとつだ」
静間は陽太たちを眺めて、不気味に唇を釣り上げた。
「このまま続行して審判実験が100パーセント成功するとは言い難い。仕組みを完全に理解した人間が紛れて可能かどうかというのも非常に興味深いが」
ぶつぶつと呟き、静間は再び陽太たちを睨みつけた。
「私が行ったのは審判だけじゃないお前たちのクラスに鮮明なスクールカーストを作り出すことから始めた。そのほうが『審判』を始めたときにお前たちの中にお互いを憎しみ合う報復心を作りやすいからね」
静間は楽しそうな穏やかな笑みを浮かべていった。
「本当に無様で滑稽で。お前たちは自分の立場が守れるのならば、誰が傷ついても構わない。それはA軍だろうが、C軍だろうが同じこと。本当に……見ていて愉快だった」
陽太は握りしめた拳を震わせた。
なんなのだ、この人間は。
【御影……浪子……変わっ、しまっ……】
静間は高らかな笑いとともにいった。
「これは人類史に残る偉大な心理学的実験だ! 絶対に失敗するわけにはいかない!」
その声に被せるように陽太は力を込めていった。
「人の命をなんだと思っていやがる!」
すぐさま静間は声を荒げていった。
「弱者である人間の尊厳を平気で踏みにじるガキどもが勝手なことほざくな!」
陽太は言葉が出てこなかった。
「それが貴方のこの『審判』を行った動機ですか?」
霧島が冷たい声でいった。静間は笑みを浮かべつつ答えた。
「恐怖による支配から生まれた秩序のもとで、お前たちにお互いを思いやる心を取り戻させてあげようとしただけですよ。どうです? 実際うまくまわっていたでしょう?」
陽太は苛立ちの声でいった。
「お前は最低の人間だ」
「せめてでも、そういうことを言っておいたほうが先生らしいでしょう?」
睨みつける陽太を横目で見つつ、静間が薄ら笑いをしながら続けた。
「大変だったわ。私はこの実験の土台であるスクールカーストから丁寧に作り上げるため、しっかりと貴方たち一人ひとりを研究した。日々の素行から性格・行動予想まで。お前たちガキの身の上なんて見たくもなかったから反吐が出たけどね。『審判』のためなら我慢できた」
「あー」と思い出すようにして、静間は一度鼻で笑い続けた。
「例えば『山田秋彦』。彼は、最初はC軍の生徒だった。だけどA軍のパシリから始まってA軍まで登りつめた。それはどこまでも臆病な人間だったから。誰よりも傷つけられるのを怖れていた弱虫だったから」
第2の審判で裁かれた山田秋彦のことすら、静間はしっかりと熟知しているような言い草であった。
興味のない素振りをしながらも、審判のために静間は刻々と準備を進めていたということのようである。
「山田を悪くいうんじゃねえ」
陽太の言葉に静間は呆れ顔で告げた。
「悪いわね。そういったつもりはないけど。現実のステータスを伝えただけ」
ゆっくりと陽太たちから遠ざかるように静間は歩きながら続けていった。
「山田秋彦はそんな貧弱な精神ステータスだったから。だから彼を最初の罪人に選んだ。そうしたらやっぱり震え上がっちゃって。誰よりも媚を売って無様に死んでいった。情けないけど、彼のお陰で審判によりリアリティが乗ったから感謝している」
そのとき、陽太たちの頭のなかに冷たい風がすり抜けたように感じた。
そして、そのまま何もかもを吹き飛ばしていったかのような。
今の静間の発言が、まるで意味がわからなかったからである。
もう一度、頭の中で反芻してみた。
しかし、やはり意味がわからなかった。
「ちょっと待て……何を言っている?」
陽太は小さな声ながらも疑問を口にした。
「最初の罪人は、第1の審判で裁かれた『五十嵐アキラ』だぞ?」
その疑問が静間に届いた瞬間に、静間は再び堪えきれないように笑った。
「なんだ……。お前たち、少しはできるのかと思えば。やっぱりただのガキ。馬鹿ね」
ゆっくりと静間が振り向き、にやっと不敵な笑みを浮かべた。
「『審判』のため土台を整える必要があるっていったでしょう? 『審判にはルールが存在する』。それをお前たちの潜在的脳裏にも刻み付ける必要がある」
何かを理解した霧島の顔が蒼白になっていった。そして、
「嘘……まさか……」
と呟いた。
唖然とする陽太たちの背後で何かが揺れたような気がした。
それは科学者が身に着けるような白衣の裾が風でなびいたものだった。
そんなフード付きの白衣を身に着けた二人が陽太たちの背後にやってきていた。
そして、その二人はゆっくりとフードを外した。
乱れた脳内のまま陽太たちはゆっくりと振り返った。
それに合わせ静間が続けていった。
「そんな『審判のルール』を教えるためにはお手本が必要……つまり」
陽太たちの背後には#いるはずのない二人が立っていた。
そんな陽太たちを嘲笑うかのように静間は言い放った。
「第1の罪人と審判者である、五十嵐アキラと東佐紀は、私の部下だ」
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