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Kfumi

chapter 14 夏季休暇 -1

1  8月20日 夏季休暇


 蝉時雨が炎天下を舞う夏空のある日。
 神谷陽太は宵崎高校へと向かっていた。しかし、いつもの制服ではなく、ラフに纏めた私服である。
 7月下旬から宵崎高校は長期夏季休暇に突入している。
 今学期に入ってから、『審判』と呼ばれる謎の事件によって、沢山の生徒が死亡している。
 そんな陽太たちのクラス3年1組にとってこの夏季休暇はかなりの助け舟であった。
 宵崎高校には3年受験生の勉強合宿といった行事は存在しない。各々の責任で勝手に、というのが学業方針である。
 つまり、陽太はこの8月に入ってからクラスメイトと顔を合わせる機会などほぼ皆無だった。
 それにしても誰かが『審判』によって裁かれたという話は陽太の耳には入ってきてはいない。
 『審判』とは学校教室内限定の『呪い』のようだ。だとしたらこのまま永遠に夏季休暇が続いて欲しいと思うばかりであった。
 そんな陽太が何故、夏季休暇真っ只中に宵崎高校へ向かっていたかと言うと、それはある男との待ち合わせをしている為だった。
 「やあ。神谷君。久しぶりだね」この灼熱の暑さの中、霧島響哉はあっけらかんとした顔で宵崎高校校門前にやって来た陽太を迎えた。

「わりい。待たせたな、霧島」
「そんなに待ってはいないよ。お陰で最近お気に入りのネット推理小説を読破したところだ」
「結構待ってるじゃねえか」

 陽太は霧島と『審判』そして『御影充・零兄妹』に関する調査のため、宵崎高校校舎前にして今日日約束をしていたのだ。
 勿論、胡桃沢桜もその約束をしていたわけではあったのだが。

「あれ? そういえば胡桃沢さんはどうしたんだい?」
「ああ、あいつ元々身体が弱いから。夏休みに入る前に俺たちと一緒に色々無茶したからか、最近体調崩しがちなんだ」

 初耳だとでも言わんばかりに霧島は目を丸くした。

「そうなんだ、それならしょうがないね。でも休みの日に男二人で待ち合わせなんて、超絶に気持ち悪いね」
「てめーが呼んだんだろが」

 脇に公園があり、親子連れや少年少女たちが遊びほうけている。
 噴水から放たれた水飛沫が太陽に反射し、キラキラと輝いては堕ちるのを繰り返していた。
 そんな様子を眺めながら陽太はこの一ヶ月のことを考えていた。
 8月第一週目、二週目は怖かった。
 怯えていた。
 いつか自分や桜の身にも罪人の称号が訪れるのではないかと。
 しかし何も起こらなかった。
 どうやら『審判』は学校内でしか起こらないようであると確信した。
 それからというもの久しぶりに恐怖の日常から解き放たれたように過ごすことができた。

「夏休みのお陰か学校にいるよりも安心ではあるよな……」
「安心? 神谷君、危機感は持っておいてほしいね。僕たちは今でも命を狙われている身と言ってもいい。『御影充』を倒さない限りはね」
「わかってるよ。倒すんじゃなくて供養だろ。それで今日は何すんだよ」
「うん。最近乙黒さんを通じて色々と調べてみたんだ。だからその調査結果を聞きにでもいくところから始めようか」
「そういえば霧島。夏休みに入る前、御影零さんと話したときに色々わかったって言ってたよな?」
「ああ」
「まさか御影零さん自身が……何か恨みを持って……『審判』を?」
「否定はできないけど。だとしても非現実的すぎるね。彼女一人でここまでの超能力操作的殺人事件を起こせるとは」
「うーん。だよな」
「僕が気になったのはそこじゃない。まず一つ目『御影充』と『御影零』は血が繋がっていないこと。そしてもう一つは『御影零』が言っていた『あの女』とは誰か」

 オレンジ色に輝くあの7月下旬の校舎廊下で御影零は確かに言っていた。
 『あの女』と。

「『あの女』……。誰のことを言っているのかわからないな」
「僕たちは御影充を虐めて死に追いやった人間、つまりいじめの主犯は男子生徒だと思いこんでいた。女子生徒だったという可能性はあり得るね」
「『あの女』イコール虐めの主犯である可能性か……」
「もしくは……母親、とか」
「母親って……御影充と御影零のか? まさか、どうして御影零が母親を恨むんだよ」
「どうあれ離婚したことは事実であるだろうし、結果として御影充は死んでしまった。となれば……母親の管理不届きを恨んでもしょうがない、かな?」

 陽太は腕を組み、考え込んだ。
 母親が離婚をし、自分が捨てられたと感じた御影充は自殺へと追い込まれた?
 本当にそうなのであろうか。

「……」
「まあその線から行けば、僕たちができる御影充への供養ってのは、『あの女』を殺してあげることじゃないかな?」
「おい! 霧島、お前!」
「ふふ。冗談だよ。それにこの推理は『御影充』ではなくて『御影零』の思い込みが真実であると仮定した際の可能性だ」
「……」
「兎にも角にも、御影充の家族構成の調査は既に乙黒さんに依頼しているから、安心してくれ」

 霧島の作り笑顔は相変わらずであった。

「ただね。『あの女』とやらが御影充を虐めていた奴だとした場合、今回の『審判』で裁きを与えたいであろう『あの女』とやらは……『3年1組』に関係しているんじゃないかな、って」

 陽太は背筋に悪寒が走り、じわっと汗が湧き出る感覚を味わった。

「いや……でも10年も前の話だぞ? いったい誰が……?」

 霧島はそんな陽太を見て、爽やかな笑みを浮かべた。

「神谷君。若返りって信じるかい?」

 陽太は、自らの身体からじわっと汗が吹き出る感触を味わった。

「もしくは不老」
「そんな……うそだろ?」

 そんな陽太を見て、霧島は鼻で笑った。

「冗談だよ。そういう展開があったら面白いかなって思っただけさ」

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