究極の捕食者 ~チート融合スキルで世界最強~

神庭圭

第30話 裸と風呂

 それは突如襲ってきた。

「ああああがががががががががががががが」

 全身が痺れたように痛い。痛い。

「ぐべべべべべべべべぼぼぼぼ」

 4メートルの巨体でもって、屋敷の床をのた打ち回っている。

「なぁコンボイ。急にすぞらが面白そうなことを始めたのだが」

「いやイデア。これ苦しんどるんじゃろ。遊んでる訳では……無いよな?」

 そんな確認はいらなああああいてててててて。

「でであああががががぎぎぎ」

 苦しい、痛い。尋常じゃなく。

「こりゃ間違いなく神樹の影響じゃのう」

「し……ん……じゅ?」

「そうじゃ。素空、お前さんは強くなりすぎた。この森は比較的神樹の影響は薄い土地じゃ。じゃが、ゼロではない。魔力が大きくなった今、その影響が出ているという訳じゃよ」

「そんな!? ではすぞらはこのまま……面白いポーズのままで死んでしまうのか?」

 悲痛な声を出すイデア。確かに今「止まるんじゃねーぞ」的な格好だが……面白いポーズ言うな。しかし、あながちそれも間違いではないのかもしれない。痛みが、尋常ではなく大きくなっていく。このままでは、本当に死んでしまうのでは?

 クソ、こうなったら覚悟を決めるしかねーか。

「がががが俺ぎぎぎは止ぐぐぐまげげらおおおおねーべべべか」

「何か言おうとしておるらしいが、全然聞こえんのう」

「うむ。すぞらは私の全裸が見たいと言っている……気がする」

 ちげーよ。

「素空さん、神樹の影響をなくすには《人化》するしかありません」

 その時、舌足らずな幼い声が聞こえる。ゴリラの孫、通称:孫リラだ。少し日焼けしたような健康的な褐色の肌に、長い黒髪、そして輝く金色の目が非常に可愛らしい美少女だ。大場にもゴリラにも似なくて本当に良かったね。

「ひ……と……か?」

「そうです《人化》です! かつてこのリアンデシアに君臨した魔族達も、皆平時は人に擬態して過ごしていました」

 人化……そういえばそんなスキルも習得していた。なるほど、これで人間の姿に擬態出来るわけか。

 早速使わせてもらうぜ。

「……」

 念じた途端、すっと体が小さくなる感じがした。目を開けて、自分を確かめてみる。確かに……人間の姿だ。かつて人間だったからわかる。これは紛れも無く。

「ねぇ、誰か鏡をもっていない?」

「どーぞ」

 孫リラちゃんが笑顔で手鏡を差し出してくれた。ピンクの装飾の為された可愛らしいデザインだった。

「おお、気が利くね。流石女の子だ」

「いや、それワシの」

「あ、そうなんだ」

 まぁいいか。俺は孫リラから受け取ったコンボイの手鏡を覗き込む。

「お、おお!」

 そこに写っていたのは、紛れもなく人間だった頃の七瀬素空の顔だった。

「俺だ……俺の顔だー!!」

 踊りだしたいくらい嬉しかった。まぁ、人化するにあたって、一番馴染み深い七瀬素空の体が選ばれただけの事なのだろうが。そう。だから完全に人間に戻れた訳じゃない。けれど。少しくらいは浮かれても良いだろう。

「ふむふむ、それがすぞらの本当の顔なのだな。ふむふむ。思ったよりも可愛い顔をしている」

 俺の顔をじろじろ見ながら、イデアが言った。

「しかし、服を着ているとはな……残念だ。全裸サービスを期待していたのは私だけではあるまい?」

「いや、君だけでしょ」

 軽く突っ込みを入れつつ、その時になって初めて服を着ていることに気が付いた。黒いパーカーみたいな服だ。これ、実家にあった普段着だよな。服まで再現されるとは、ありがてぇありがてぇ。

「成功したよ。そして、助かった。ありがとうな」

 痛みが無くなり元気を取り戻した俺は、孫リラの頭を撫でた。孫リラは嬉しそうに顔を綻ばせる。その表情はゴリラというよりも、ワンちゃんのようだった。

「むー、すぞら。私の頭を撫でろ!」

「いや、どうしたイキナリ?」

 なんか突然イデアが絡んできた。道端の酔っ払いかよ。どうしてそんな事を言い出したのかわからない。

「頭が駄目なら、そうだな、胸を撫でてみよ」

「素空さん、この王女様、どうやら頭が駄目みたいです」

 謎の代替案を出したイデアを一蹴する孫リラ。この幼女、どうやら怖いもの知らずと見た。

「貴様、我が家臣コンボイの孫娘だと思って甘くしていたが……。これ以上の無礼は許さないぞ? 私が王女と知っての無礼か?」

「え、ワシってイデアの家臣になってるの?」

 涙目で困惑するコンボイの肩を叩きつつ、俺は二人の女の間に火花が散っているのが見える気がして、頭を抱えた。

「王女とか関係ないですー。私ゴリラですので」

「ぐぬぬ、確かに……」

 肉体年齢推定7、8歳。実年齢0歳の幼女ゴリラに言い負かされて涙目の王女。どうやら口は孫リラの方が強いらしい。
 がっくりと膝を突きうな垂れるイデア。これ以上彼女が心にダメージを受ける前に、助けに入る事にする。

「さて、体が滅茶苦茶べとべとだから、お風呂にでも入ってさっぱりしたいなー。けど俺はこの屋敷のどこにお風呂があるのかわからないぞ。困ったな」

「そういう事なら私にお任せを。ちょっと準備をしてまいりますので、お待ちください」

 ぴょいん! と部屋を飛び出していく孫リラ。大場の記憶を引き継いでいるというのは本当のようで、この屋敷の事は手に取るようにわかるらしい。おそらく風呂の準備に言ったのだろう。コンボイがまだ敵がいるかもしれないからと彼女について行き、イデアもフラフラとどこかへ行ってしまった。

「う~ん一人か。それじゃあ……掃除でもする?」

 いや、ステータスの確認をしろよ。そう自分で自分に突っ込みたかったが、血やぬるぬるで汚れたこの部屋が、気になってしょうがなかったのだ。


***


 粗方の掃除を終えた俺は、イデアを探して屋敷を彷徨い始めた。そう聞くと俺の中での優先度が「イデア<掃除」になっているという誤解を受けそうだが、断じて違う。

 イデアの実力を信用しているからこそ、単独行動を認めているのだ。

 それに、屋敷を知り尽くした孫リラちゃんがあれほどまでに気を抜いているのだ。脅威は、もう去ったと見て間違いないだろう。

「しかし、温泉か」

 随分と長いこと、風呂って入っていなかった。水浴びとかだけだったからなぁ。
 俺はイデアを探す傍ら、適当な部屋に入って探し物を開始する。ここはどうやら客室のようだ。さっそく物色を開始する。そして、目当てのものを発見する。俺は誰のものかも解らないタンスから、バスタオル的な布を取り出す。流石に石鹸は無いか。

「どうしたすぞら! 早く風呂に行くぞ」

「ああ、今行くよ」

 部屋を出ると、イデアが声を掛けてきた。いつものドヤ顔を浮かべた表情からは、先ほどの落ち込んだ様子は見受けられない。立ち直り早いですね。

 そんな彼女の格好を見てみると、かぴかぴのシャツとスパッツにどこで見つけたのか石鹸やらが入った桶を手に持ち、頭に畳んだタオルを乗せている。

「ノリノリだねイデア……さま」

「フッ、今更『様』なんてつけるな。私とお前の仲じゃないか」

「う、うん、そうだね」

「フッ、おいおいこれから我々は風呂に行くのだぞ? なのに着衣とは無粋だ。今すぐに脱ぐがいい。
おっと裸が恥ずかしいか? 気にするな。私とお前の仲じゃないか」

「うん、そうだね……いやいや、流石にそんな仲の人は居ない」

「チッ」

 舌打ちしやがったな。何が気にするなだ。まだ脱ぐには早いだろうって。しかし、全裸で一緒のお風呂に入るって、結構な仲なのではないだろうか。

 あまり深く考えないようにしてゴリラ達の待つ温泉に向かう。
 まだまだ破壊の跡が残る一階に下り、細い通路を通って奥の方へと進む。一端外に出てからさらに石作りの小道を進んでいくと、突如ローマのテルマエのような建物が現れた。
 この石は大理石なのだろうか。しかし、そんな考察を挟む余地もなく、俺の目は温泉以上に異常な光景に奪われてしまう。

 なんだかありえないスピードと軌道でコンボイと孫リラが戦っていた。えっと、何してるの?

「おぬし達が遅かったからな。お楽しみなのかと思って、孫と鬼ごっこをして遊んでおったのじゃ」

「ねぇねぇ素空さん! ジジったら鬼ごっこが凄く強いんだよー!」

「へぇ、鬼ごっこしてんたんだ。お兄さん、わらなかったよぉ」

 鬼ごっこにしては、お互いの軌道が3Dだった気がするのだが。地を蹴り中を舞い……って感じだ。この様子だと、孫リラも案外魔力数値だったり戦闘力だったりが高いのかもしれない。

「じゃあ素空さんも来たし、温泉に案内してあげるね!」

「おっと、その前に……」

 俺はもう一枚持ってきたバスタオルを孫リラの胴体に巻きつける。少しだけくすぐったそうに笑っていた孫リラだったが、巻き終わると不満げな顔をした。

「なんかこれ動きづらい~」

「我慢しろ。これからは服を着て生活しなくちゃいけないんだからな」

「ええ~服ぅ?」

「そうだ」

 滅茶苦茶不満そうだった。その辺りの感覚はゴリラのままなのか、参ったな。いくら人間の道を踏み外しまくった俺であっても、幼女を裸で過ごさせるわけには行かない。例え本人の望みであっても。

「うぅむ、服なんて要らんと思うがのう」

「おい保護者!?」

 このジジイ何を言ってやがる。要らん訳ないだろうが。駄目だ。こいつじゃあ。そうだ、この中で唯一まともな人間のイデアなら!

「この子供、まさかそれですぞらを誘惑しているつもりか……まさか、貴様もすぞらを狙っているのか!?」

 駄目でした。嗚呼、期待した俺が馬鹿だったぜ。

「どうだろうねぇ……でも、私は素空さんのいた世界の知識も持ってるからねー! 私の方が素空さんを喜ばせる力は上だと思うな」

「フッ、大事なのは知識ではない……色気だ! そうだろうすぞら」

 ああ……風呂が、遠い。

 ちなみにイデアさんの事は本当に可愛らしいお嬢さんだと思っているけれど、色気は……。


***


「うう……お風呂って、怖い」

「いいから入れ」

「うぎゃっ」

 温泉という触れ込みだったが、厳密には違うらしい。そもそも近くに火山が無いから当然ではあるのだが。地下にある魔力結石が水を温め、様々の効能を持った温泉を生み出しているらしい。そんな風に得意げに解説してくれた孫リラだったが、いざ初めてのお風呂となると怯えてしまった。
普通ならゆっくり慣らすのだろうか、イデアは蹴りで幼女を湯の中に叩き込んだ。ひどい。

「乱暴な娘じゃのう。どうじゃ素空。あんな狂暴な娘は辞めてワシの孫を抱け。ワシに似てお利口さんじゃ」

「コンボイに似ているかどうかはともかく、あの見た目を抱いたら、俺はもう二度と太陽の下を堂々と歩けなくなるよ」

「まぁ、焦るな焦るな。じきに美人になるじゃろうて」

「まぁ、そうだろうけどさ」

 なんだかんだあって、俺達は結局一緒に温泉に浸かっている。初めは男女で分けようと言ったのだが、イデアが俺と一緒がいいといったり、ゴリラが孫リラと一緒がいいと言ったり、孫リラがイデアと一緒は嫌だといったり、ゴリラが俺とも入りたいといったりで醜い揉め事が起こったので、結局全員で入ることにした。まぁ、俺も口では真面目そうなことを言っているが、女の子の裸を見るというのは、なかなか悪くない。正直幸せ過ぎて今が人生の絶頂といった感じだ。つまり最高。

 っていうか、女の子の全裸とか初めて見たぜ!? イデアなんて恥じらいがないから全然エロくないしな! なんだろう、芸術?イデアと孫リラが水を掛け合う姿なんて、一生眺めていられる気がする。幸せだなぁ。こんなところを姫川たち同級生に見られたら……うん、死ぬなぁ俺。

「お主ら、もう少し落ち着いて浸からんか。疲れが取れんぞ」

「安心しろコンボイ! 私は疲れ知らずだ。それに、この小娘に序列というものを教えてやらねばならん」

「ジジ助けてー! この人大人げ無いよー」

 水を掛け合いながら追いかけっこをする2人を眺めながら、俺は疲れを癒す。いや、肉体的には疲れなんて無いのだが。温泉とは不思議だ。心の疲れさえ、取ってくれているような気がする。



***


 体の穢れを落とし、そして肉体的にも精神的にも疲れを癒した後、俺たちは三階の談話室の様な場所に集まった。魔物も出入りしていたのだろう、コンボイでもギリギリ出入りできる大きさのドアで助かった。
 俺と孫リラとイデアが服を着ているのを見て、「ワシも何か着たくなってきた」とコンボイが面倒なことを言い出したのだ。ねぇよ、3メートル半のゴリラ用の服なんて!

「いや、俺が話したいのは、今後の方針だよ」

「もちろん、ガルムを倒し、ミスラ姉様を王にする」

「そう。けど、それにも色々な方法があるよね。ガルムを殺すのか、そうではないのか……とか。その辺り、ミスラ様はどんな方針なの?」

 それは、兄弟を殺してでものし上がるのか否か。どういう方針を持つ人なのか。

「う~む、わからんな。実はミスラ姉は王になりたい、なってやりたいことがあると言ってはいるが、では王になるために具体的にどんなことをしているのかまでは、知らないのだ」

「やっぱり、ミスラ様に一度会う必要があるね」

「なんだすぞら、姉様を狙っているのか?」

「いや、倒すとかじゃなくて……あれ、狙っているって命のことじゃなくて……あれ?」

 変なチャチャを入れるな、頭がこんがらがる。プンスカしながらも、俺の横にくっついてくるイデアを冷めた目で見ながら、孫リラが言った。

「でも素空さん、あなた、そのままリアンデシアに行ったら、死んじゃいますよ?」

 死の宣告をされた。幼女に。えぇ、どういうこと?

「では質問しまね」

「は、はい」

「貴方の知っているガルム王子の魔力数値……それはいくつですか?」

 魔力数値……? あれ、知らないな。王族は平均1000くらいって言ってたから、勝手にその程度なのかと思っていたが。

 知ってる? という目でイデアのほうを見る。

「ガルム兄の魔力数値は1300~400程度。その日のコンディションで上下する。そこに五大精霊の力を加えて……最大でも500000万だろうな。さっきの姿の素空ならば楽勝だ」

 五大精霊。リアンデシア城の地下に封印されている精霊。火、水、風、土、雷のそれぞれ5つの属性を持ち、魔力数値も500000あって最強クラスの精霊。ローグランド家の王族は契約する権利を持つという。契約に成功すれば、五大精霊の魔力を借りて引き出す事が出来る。

「今現在の五大精霊の契約状況ってどんな感じです?」

 孫リラがイデアに尋ねる。

「うむ。風の精霊と契約しているのが私。そして雷がガイウス。ガルムは土の精霊と契約しているな」

 ガイウス、確かガルムと敵対している第三王子だったか。

「残りの精霊は? 未契約?」

「いや、現国王のメレボスが水の精霊と。そしてガルム直属の精鋭部隊《星の騎士団》の騎士団長が炎の精霊と契約している」

 星の騎士団……か。俺が居た時にはとうとう会うことは無かったな。

「つまり、ガルム陣営には二体の精霊が居るってことか」

 手ごわいな。

「何、心配することはないだろうすぞら。お前ならあんな雑魚共余裕だ」

「いや、そうとも限らないです」

 楽観するイデアに冷たい突込みを入れる孫リラ。うん、それは俺も思う。

「お忘れですかイデアさん」

「何をだ?」

「さっきまで素空さんが、苦しそうに地面にのたうち回っていたのは何故でしたっけ?」

「あっ……」

 どうやらイデアも思い至ったようだ。

「す、すぞら。今のお前の魔力数値って……」

「さっき確かめてみたんだけど……1万」

「そんな……あんなに強かったのに、それだけか」

 これでも十分強いけれど……ね。何せこれでも、この世界に来たときの100倍強いのだから。しかし、ガルム達が精霊から50万引き出せるとすると、その50分の1だ。確実に負ける。だが、俺には考えがあった。恐らく、誰も思いついたこともないようなウルトラQ。
 恐らくは地獄に堕ちるような行為だろうが、それでも。俺が勝つ為ならこうするしかないという手が。

「俺が本気を出せないは神樹のせいだ。だから、俺は神樹を切り倒そうと思う」

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