究極の捕食者 ~チート融合スキルで世界最強~
第23話 奥義―EXスキル
いつの間にか、この研究室とも教会の祈り場ともわからない部屋で、俺達はエッシャーの部下と思われる男達に囲まれていた。その男達はエッシャーの紋章と同じデザインの刻まれた鎧を着込み、剣やら盾やらを持っている。
「そういえば、イデア……さまを襲ったのは魔物とマッドネス隊の混成部隊だったっけ」
「ああ、やはりマルケニスとエッシャーは繋がっていた。つまりはガルムも。一国の王子が魔物と深い関わりを持つ人物と繋がっている。これは由々しき事態だ。この事実があれば、ガルム兄を失脚させられる」
「そうだな。しかも、先日の都市襲撃事件もあの女の差し金だ。恐らく全て計画通りだったんだろうぜ」
大方、俺達の力を試す為の茶番ってところか。だとすると、エッシャーのフレンドリーファイヤーに納得がいかないが。
「さぁ殺っちまえお前達! イデアは殺すな、だがスカルドラゴンとゴリラは殺して構わん!!」
エッシャーの掛け声で一斉に俺達に突っ込んでくる兵士達。
「フッ、マッドネス隊ごときが、私に勝てると思っているのか?」
不敵に笑いながら、自慢のジークセイバーⅡを構えるイデアを、俺は手で制した。
「なんだすぞら!?」
「君に味方殺しはさせられない。ここは俺達に任せてくれ」
「むっ……わかった。ここは騎士に守られる姫の立場を楽しませて貰おう」
……姫。それはよろしくない。しかし、良かった。大人しく引き下がってくれた。ゴネなくてよかったと思うと同時に、本当は人を殺したくはないのだろうというのを感じた。 イデアはそれでいい。汚いことは俺がやる。今の俺なら、心も体も人間ではなくなった俺ならば、大丈夫。
「コンボイ!」
「おう、わかったぞい」
俺の考えを察したらしく、コンボイは右手を機関銃に変化させ、天井に向かって円を書くような軌道でぶっ放した。恐らく予想していなかっただろうコンボイの行動に、兵士達の突撃する足が止まる。降り注ぐシャンデリアや天井の破片。だが、それらの落下でダメージを与えようなんて思ってはいない。なら自分で攻撃した方がよっぽど強力だ。俺の狙いは敵の周りに適当な物体を置くこと。
ヒレの化石の様な両手を天に掲げ、俺は融合を発動する。
その瞬間、兵士達が身につけているものが輝きだす。鎧が、兜が、剣が、周囲に散らばった瓦礫や残骸と交じり合い、そしてゴミとなる。俺の融合のやさしい使い方、広範囲武装解除だ。
「下着を残してやったのは俺の優しさだと思ってくれていい」
そう告げた。だが、それがエッシャーの臆病風を吹き飛ばし、怒りに火を灯したらしい。兵士達と同じく下着姿となったエッシャーは、憤怒の形相で俺を睨む。
「父上から頂いた俺の槌が屑になっちまった……貴様、許さん、許さんぞぉぉぉ!!」
「そんなに大事なら、持ち歩かずにトイレにでも飾って置けよ」
「ほざけぇえええ!!」
その声に反応して、武装解除された兵士達が俺目掛け突っ込んでくる。さて、丸腰で俺の様な魔獣に突っ込んでくるのはどんな気持ちなのだろう。
そんなことを考えながら、俺は近づいてきた一人の兵士に向かって尻尾を叩き付ける。目の前を横切るハエを払うような感覚で、人間の命を奪った。
悲鳴すら聞こえずに粉々に砕け散った仲間を見て、他の兵士達は戦意を喪失したようだった。ゆっくりと、俺を刺激しないように後ずさる。
「この中にいるよな? あの時、大砲を撃っていた奴が。弾を詰めた奴が。点火をした奴が。あの砲撃の混乱で、姫川が傷ついた。体も、心も。俺の大切な人の大切なものが傷ついた。まだ回復してない奴だっているんだ」
別に仲良くはなかったけれど。親しかった訳でも、もちろんなかったけれど。それでも、知らない仲ではなかった。そして、責任を感じて、自分を責めている女の子がいた。
「悪いけど、これはその仕返しだと思ってくれ」
やられたらやり返す。八つ当たりだ。俺は骨部分の羽、そして腕を本体から分離させる。パーツ単位で分解された骨は、40近くの部品となり、空中に浮遊する。やがて、それらは意思を持ったように空中を飛び回り、そして無抵抗な兵士達目掛けて襲い掛かる。
さっきのフェザービットの応用。ボーンビットといったところか。膨大な魔力によってとんでもない強度を得た俺の骨達は、あられもない姿となった兵士達を潰し、串刺し、切り裂いていく。
そんな阿鼻叫喚の地獄絵図となった惨状を、エッシャーは歯軋りをしながら見ていた。恨みがましい視線を、けれども俺は気にしない。まぁ、気にしたところで、この骨の姿では申し訳無さそうな表情を作ることすら出来ないのだが。
「どうした? 部下たちは全員死んだぞ?」
代わりに俺の口から飛び出したのは嘲笑だった。部下を失って尚、パンツ一丁、動けずに、しかし憎らしいものでも見ているかのような顔で、コチラを睨んでいるだけなのだ。まるで子供だ。これではお前の命令で死んだ部下達が浮かばれない。いや、殺した本人が言うのが一番浮かばれないか。
「お前……許さねぇ……絶対に許さねぇぞ七瀬素空!!」
「はっ……?」
許さない、か。それはこっちの台詞だとでも言ってやりたいが。生憎、そこまでの怒りを、憎悪をぶつけられて、ようやく俺は気が付いたのだ。このエッシャーという男を、それほど憎んでも恨んでもいないということに。
だが敢えて言うのなら「どうでもいい」というのが正直な感想だ。どうでもいい。それこそ道端に落ちている石の様に。
だが、そんな道端の石でも、放置すれば、躓いて転んでしまう人がでるかもしれない。それこそ、このエッシャーという男は自ら人の足を掴んで転ばせようとしてくる人間なのだ。そこいらの石よりも性質が悪い。
「イデア……構わないかな? 君のお兄さんを殺すことになるけれど」
「フッ、構わん。私は障害となるものを全て倒すと誓った。だが、素空に任せてしまっても良いのか?」
「良いさ。今の俺は魔物でも人間でもない。どんな勢力ですらない。今後に禍根を残すことなく、殺せる」
「おいおい、さっきから聞いていれば、俺を殺してもいいか? だとぉ? 大概にしろよ! テメェの戦い方を見ていれば解る。七瀬素空、テメェは戦いに関しちゃてんで素人だ! いくら膨大な魔力を持っていようが、所詮只の木偶の坊よ!」
「けれど、お前だって大事な武器を失ったはずだぜ?」
仕事を終え戻ってきた骨体のパーツを組みなおしながら俺は敵を挑発する。あのハンマーは既にゴミ屑となって消えた。もしかしたらイデアのジークセイバーⅡのように、何か由緒正しい、貴重なのかもしれなかった武器。勿体無いと思いつつも、あれが貴重であれば貴重であるほどエッシャーの心にダメージを与えることが出来るだろうと、心を鬼にして瓦礫と融合させたのだ。
「甘い、甘いぜ七瀬素空。俺達王子王女は国民の最前線に立って戦うため、生まれてきてから徹底的に戦闘技術を叩き込まれる。そして、自らが持つ紋章の力と合わせ、徹底的に魔物を殺す術を磨き上げるのさ。七瀬素空。これから体験するのは、テメェの様な魔力が高いだけの魔物じゃ到底敵わない、奥義とも呼ばれるべき技だ」
「前置きが長いよ」
ってか、それこそあの槌とセットなのではないのか? イデアは武器と紋章の能力と戦闘スタイルがセットになっていたが。
「見よ……我奥義!」
見たこと無い、見ようによっては面白い構えをとるエッシャー。途中で邪魔したい欲求に駆られたが、必死で我慢する。ここまで勿体つけて、そして喋ったのだ。それを瞬殺の前フリのようにしてしまっては、死に行くエッシャーに対して余りに失礼だ。
「まずいな。まさかエッシャーのヤツ、あれを使うつもりか」
イデアが呟いた。それに答えたのは、コンボイ。
「ムッ、まさかアレか? いや、しかしアレを使うという事は、相当の覚悟じゃぞ?」
「アレって何!? 気になるんだけど」
いざ受け止めてやろうと思っていたが、そんな反応をされると不安になってくるじゃないか。
「EXスキルには二種類あってのう。お主の《捕食融合》の様に、単純にスキルを極めた先に発生する超強力スキルもあれば、複数のスキルが複合し、一つの《奥義》として成立するものも存在するのじゃ」
「フッ、つまり……必殺技という事だ」
「必殺技!?」
姫川が使っていたアレか! なるほど……ってこの状況ヤバいんじゃないですかね。
「フッ、大丈夫だすぞら。エッシャーのくそ奥義なぞ、お前なら楽勝だ」
ニッコリと微笑むイデア。その安心しきった表情には、俺が負ける姿なんてこれっぽっちも想像していない、安心と信頼がある。だが、正直ちょっと怖くなってきた。今からでも前言撤回して敵の妨害を――
「もう遅いぜ! 死に晒せぇEXスキル――《人喰い筋肉》発動おおおおお」
エッシャーの額に浮かび上がる紋章。その刹那、まるで分身したかのように残像を生み出しながら俺に迫ってくるエッシャー。俺はガードすることも出来ずに、それを見ていた。
やがて、飛び上がり、俺の上の口の高さまで上昇すると、そこに正拳突きを叩き込んだ。そのエッシャーの攻撃の衝撃で、上の口……いや、ドラゴンの頭部が首から外れる。そして、外れた頭部は粉々に、砂の様になってしまった。
「どうだ!」
エッシャーのドヤ顔ならぬドヤ声が聞こえて来たが、生憎俺の視界は真っ暗になり、その顔を拝むことが出来ない。なんてことしやがる! たかがメインカメラをやられただけだ、とはならんぞ。サブカメラもないしな。だが、憎たらしい敵の気配だけは伝わってきた。俺も若干ニュータイプに目覚めているのかな……いや、多分違う。感覚が獣のそれに近づいているのだろう。
俺は感じ取った気配を頼りに敵を尻尾で巻き取る。
「ぐおっ!?」
意外と素早く動けたようで、敵は何の抵抗もなく俺に絡め採られた。あるいは、奥義とやらを使った反動があったのかもしれない。俺は尻尾の締め付けを徐々に強くしていく。
そうしている内に、徐々に再生していた上の口、頭部のドラゴンヘッドが元に戻った。改めて尻尾で巻き取っているエッシャーを見てみる。蟹の様に泡を吹き、白目を向いている。あれ、強くしすぎたかな?
こんな漫画の様な状態で、生きているのか死んでいるのか、その判断がつかなかった。
「何々? もしかして迷っているのかしら? そんな骨だけの姿になっても、人間としての倫理観は残っているのかしら。ねぇ七瀬素空君?」
この激しい戦闘の中、未だソファに腰掛けているマスマテラこと大場愛は、挑発するようにそう言葉を掛けてきた。
「いや、死んでるのか、気絶しているだけなのかわからなかっただけ」
「そう……なら教えてあげるわ。それ、気絶しているだけでまだ生きてるわよ。『汚い顔してるだろ。嘘みたいだろ。生きてるんだぜ?』って奴よ」
タッチネタとか古いっ! しかも生死が逆だし。だが、今ので確信した。この女はやっぱり。
「ねぇ、殺さないの?」
「……そう言われると、殺す気が失せてくるね」
俺は今後害がありそうだから殺そうとしただけで、別に積極的に殺したいわけではない。殺せコールなんて貰ったって嬉しくない。なんだか、萎えてくる。だが、それが敵の作戦の様な気もしたので、エッシャーの体を天井に思いっきり叩き付けた。彼の体は天井を突き破り、三階を超え屋根すらつきぬけ、空へと消えていった。
「お見事」
パチパチパチと、大場は三回だけ乾いた拍手をした。
「さて、聞きたいことは山ほどあるんだけど」
「でしょうね、そんな顔をしているわ」
適当なことを言う。俺の表情なんて読める訳が無いのに。
「いやぁでも、本当に感謝するわ。さっきまでは仲間の様な感じを出していたけれど、実際あの男をうっとおしく思っていたのよ。倒してくれて、満足」
「そもそも、アンタとエッシャーはどういう関係なんだ?」
「アンタなんて、年上に対して失礼よ七瀬素空君? 私の事は大場さんと呼びなさい。で、エッシャーと私の関係が聞きたいのね? いいわ、それなら教えてあげる。『関係』なんて言葉を使うと、なんだか大人で淫らなことを想像させてしまうかしら? 残念ながら七瀬素空君が考えるようなアダルティックな関係ではないのよ」
話が長い上に、なんだか文体が面倒くさい。変な女だ。俺が思春期全快な、それこそ些細な言葉からすぐにエロいことを連想してしまうような人間だと思われていることに不満を覚えないでもなかったが、余計な突っ込みを入れるといつまでも本題に入らなそうだったので、スルーする。
「普通に仕事の関係よ。私はこの屋敷、及び穴の管理をガルム様から任された。けれど、私が管理しているかどうかをチェックしにくるのはエッシャーだった」
少しだけ寂しそうに目を伏せながら、けれども口元の笑みを絶やさずに大場は続けた。
「以前から、ここはガルム様の大いなる目的の最重要拠点だった。けどガルム様は既にこの屋敷には興味を失っているみたい。でも、いつかここでの研究成果がガルム様の役に立つときが来るかもしれない。だから私は研究を続けている。エッシャーは、私が開発した魔物だったりを、色々連れまわして実験してくれていたわ。あれで暴れるのが大好きだったから、助かっていた。けれど、最近私を口説くようになってきてね。うっとおしかったのよ」
そんなに美人という訳ではない大場だったが、エッシャー的には魅力だったようだ。まぁ確かに、大人の余裕的なものは感じる。
「一応確認なんだけど、アンタがマスマテラ・マルケニスでいいんだよな?」
「大場さん……でしょう? まぁそうよ。元々マスマテラ・マルケニスというのは、この場所を管理していた一族が代々受け継いできた名よ。ここの名前はヘルズゲート。魔物が集まる森の奥。かつて《英雄》や《勇者》と呼ばれた存在がこの地下に多くの強大な魔物を封印してきた。そんな化け物たちが復活しないように管理するのが代々のマスマテラ・マルケニスの名を持つ者達なのよ。それこそリアンデシア誕生から数千年に渡って。けど、今は私がその名を受け継いだ。いや奪った。それからはガルム様の為にたくさんの魔物を収集していたわ。研究の為」
あのコレクターやオタクと周囲の魔物達から呼ばれていたマスマテラ・マルケニス。モンスターを集めるのが趣味なのではなく、研究材料として、レアモンスターを欲していたのか。どんな魔物かと思っていたが、それが人間の女だったなんて。しかも。
「アンタ日本人だよな?」
「もう、大場さんでしょう? 言葉遣いは良くした方が、年上女性の好感度は高くなるわよ。そう、お察しの通り、私は地球の日本から10年前にやって来た。それじゃあそこから話しましょうか」
あ、これ長くなる奴や。そんな悪寒が、背筋を通り抜けたような気がした。背中無いけどね。
「そういえば、イデア……さまを襲ったのは魔物とマッドネス隊の混成部隊だったっけ」
「ああ、やはりマルケニスとエッシャーは繋がっていた。つまりはガルムも。一国の王子が魔物と深い関わりを持つ人物と繋がっている。これは由々しき事態だ。この事実があれば、ガルム兄を失脚させられる」
「そうだな。しかも、先日の都市襲撃事件もあの女の差し金だ。恐らく全て計画通りだったんだろうぜ」
大方、俺達の力を試す為の茶番ってところか。だとすると、エッシャーのフレンドリーファイヤーに納得がいかないが。
「さぁ殺っちまえお前達! イデアは殺すな、だがスカルドラゴンとゴリラは殺して構わん!!」
エッシャーの掛け声で一斉に俺達に突っ込んでくる兵士達。
「フッ、マッドネス隊ごときが、私に勝てると思っているのか?」
不敵に笑いながら、自慢のジークセイバーⅡを構えるイデアを、俺は手で制した。
「なんだすぞら!?」
「君に味方殺しはさせられない。ここは俺達に任せてくれ」
「むっ……わかった。ここは騎士に守られる姫の立場を楽しませて貰おう」
……姫。それはよろしくない。しかし、良かった。大人しく引き下がってくれた。ゴネなくてよかったと思うと同時に、本当は人を殺したくはないのだろうというのを感じた。 イデアはそれでいい。汚いことは俺がやる。今の俺なら、心も体も人間ではなくなった俺ならば、大丈夫。
「コンボイ!」
「おう、わかったぞい」
俺の考えを察したらしく、コンボイは右手を機関銃に変化させ、天井に向かって円を書くような軌道でぶっ放した。恐らく予想していなかっただろうコンボイの行動に、兵士達の突撃する足が止まる。降り注ぐシャンデリアや天井の破片。だが、それらの落下でダメージを与えようなんて思ってはいない。なら自分で攻撃した方がよっぽど強力だ。俺の狙いは敵の周りに適当な物体を置くこと。
ヒレの化石の様な両手を天に掲げ、俺は融合を発動する。
その瞬間、兵士達が身につけているものが輝きだす。鎧が、兜が、剣が、周囲に散らばった瓦礫や残骸と交じり合い、そしてゴミとなる。俺の融合のやさしい使い方、広範囲武装解除だ。
「下着を残してやったのは俺の優しさだと思ってくれていい」
そう告げた。だが、それがエッシャーの臆病風を吹き飛ばし、怒りに火を灯したらしい。兵士達と同じく下着姿となったエッシャーは、憤怒の形相で俺を睨む。
「父上から頂いた俺の槌が屑になっちまった……貴様、許さん、許さんぞぉぉぉ!!」
「そんなに大事なら、持ち歩かずにトイレにでも飾って置けよ」
「ほざけぇえええ!!」
その声に反応して、武装解除された兵士達が俺目掛け突っ込んでくる。さて、丸腰で俺の様な魔獣に突っ込んでくるのはどんな気持ちなのだろう。
そんなことを考えながら、俺は近づいてきた一人の兵士に向かって尻尾を叩き付ける。目の前を横切るハエを払うような感覚で、人間の命を奪った。
悲鳴すら聞こえずに粉々に砕け散った仲間を見て、他の兵士達は戦意を喪失したようだった。ゆっくりと、俺を刺激しないように後ずさる。
「この中にいるよな? あの時、大砲を撃っていた奴が。弾を詰めた奴が。点火をした奴が。あの砲撃の混乱で、姫川が傷ついた。体も、心も。俺の大切な人の大切なものが傷ついた。まだ回復してない奴だっているんだ」
別に仲良くはなかったけれど。親しかった訳でも、もちろんなかったけれど。それでも、知らない仲ではなかった。そして、責任を感じて、自分を責めている女の子がいた。
「悪いけど、これはその仕返しだと思ってくれ」
やられたらやり返す。八つ当たりだ。俺は骨部分の羽、そして腕を本体から分離させる。パーツ単位で分解された骨は、40近くの部品となり、空中に浮遊する。やがて、それらは意思を持ったように空中を飛び回り、そして無抵抗な兵士達目掛けて襲い掛かる。
さっきのフェザービットの応用。ボーンビットといったところか。膨大な魔力によってとんでもない強度を得た俺の骨達は、あられもない姿となった兵士達を潰し、串刺し、切り裂いていく。
そんな阿鼻叫喚の地獄絵図となった惨状を、エッシャーは歯軋りをしながら見ていた。恨みがましい視線を、けれども俺は気にしない。まぁ、気にしたところで、この骨の姿では申し訳無さそうな表情を作ることすら出来ないのだが。
「どうした? 部下たちは全員死んだぞ?」
代わりに俺の口から飛び出したのは嘲笑だった。部下を失って尚、パンツ一丁、動けずに、しかし憎らしいものでも見ているかのような顔で、コチラを睨んでいるだけなのだ。まるで子供だ。これではお前の命令で死んだ部下達が浮かばれない。いや、殺した本人が言うのが一番浮かばれないか。
「お前……許さねぇ……絶対に許さねぇぞ七瀬素空!!」
「はっ……?」
許さない、か。それはこっちの台詞だとでも言ってやりたいが。生憎、そこまでの怒りを、憎悪をぶつけられて、ようやく俺は気が付いたのだ。このエッシャーという男を、それほど憎んでも恨んでもいないということに。
だが敢えて言うのなら「どうでもいい」というのが正直な感想だ。どうでもいい。それこそ道端に落ちている石の様に。
だが、そんな道端の石でも、放置すれば、躓いて転んでしまう人がでるかもしれない。それこそ、このエッシャーという男は自ら人の足を掴んで転ばせようとしてくる人間なのだ。そこいらの石よりも性質が悪い。
「イデア……構わないかな? 君のお兄さんを殺すことになるけれど」
「フッ、構わん。私は障害となるものを全て倒すと誓った。だが、素空に任せてしまっても良いのか?」
「良いさ。今の俺は魔物でも人間でもない。どんな勢力ですらない。今後に禍根を残すことなく、殺せる」
「おいおい、さっきから聞いていれば、俺を殺してもいいか? だとぉ? 大概にしろよ! テメェの戦い方を見ていれば解る。七瀬素空、テメェは戦いに関しちゃてんで素人だ! いくら膨大な魔力を持っていようが、所詮只の木偶の坊よ!」
「けれど、お前だって大事な武器を失ったはずだぜ?」
仕事を終え戻ってきた骨体のパーツを組みなおしながら俺は敵を挑発する。あのハンマーは既にゴミ屑となって消えた。もしかしたらイデアのジークセイバーⅡのように、何か由緒正しい、貴重なのかもしれなかった武器。勿体無いと思いつつも、あれが貴重であれば貴重であるほどエッシャーの心にダメージを与えることが出来るだろうと、心を鬼にして瓦礫と融合させたのだ。
「甘い、甘いぜ七瀬素空。俺達王子王女は国民の最前線に立って戦うため、生まれてきてから徹底的に戦闘技術を叩き込まれる。そして、自らが持つ紋章の力と合わせ、徹底的に魔物を殺す術を磨き上げるのさ。七瀬素空。これから体験するのは、テメェの様な魔力が高いだけの魔物じゃ到底敵わない、奥義とも呼ばれるべき技だ」
「前置きが長いよ」
ってか、それこそあの槌とセットなのではないのか? イデアは武器と紋章の能力と戦闘スタイルがセットになっていたが。
「見よ……我奥義!」
見たこと無い、見ようによっては面白い構えをとるエッシャー。途中で邪魔したい欲求に駆られたが、必死で我慢する。ここまで勿体つけて、そして喋ったのだ。それを瞬殺の前フリのようにしてしまっては、死に行くエッシャーに対して余りに失礼だ。
「まずいな。まさかエッシャーのヤツ、あれを使うつもりか」
イデアが呟いた。それに答えたのは、コンボイ。
「ムッ、まさかアレか? いや、しかしアレを使うという事は、相当の覚悟じゃぞ?」
「アレって何!? 気になるんだけど」
いざ受け止めてやろうと思っていたが、そんな反応をされると不安になってくるじゃないか。
「EXスキルには二種類あってのう。お主の《捕食融合》の様に、単純にスキルを極めた先に発生する超強力スキルもあれば、複数のスキルが複合し、一つの《奥義》として成立するものも存在するのじゃ」
「フッ、つまり……必殺技という事だ」
「必殺技!?」
姫川が使っていたアレか! なるほど……ってこの状況ヤバいんじゃないですかね。
「フッ、大丈夫だすぞら。エッシャーのくそ奥義なぞ、お前なら楽勝だ」
ニッコリと微笑むイデア。その安心しきった表情には、俺が負ける姿なんてこれっぽっちも想像していない、安心と信頼がある。だが、正直ちょっと怖くなってきた。今からでも前言撤回して敵の妨害を――
「もう遅いぜ! 死に晒せぇEXスキル――《人喰い筋肉》発動おおおおお」
エッシャーの額に浮かび上がる紋章。その刹那、まるで分身したかのように残像を生み出しながら俺に迫ってくるエッシャー。俺はガードすることも出来ずに、それを見ていた。
やがて、飛び上がり、俺の上の口の高さまで上昇すると、そこに正拳突きを叩き込んだ。そのエッシャーの攻撃の衝撃で、上の口……いや、ドラゴンの頭部が首から外れる。そして、外れた頭部は粉々に、砂の様になってしまった。
「どうだ!」
エッシャーのドヤ顔ならぬドヤ声が聞こえて来たが、生憎俺の視界は真っ暗になり、その顔を拝むことが出来ない。なんてことしやがる! たかがメインカメラをやられただけだ、とはならんぞ。サブカメラもないしな。だが、憎たらしい敵の気配だけは伝わってきた。俺も若干ニュータイプに目覚めているのかな……いや、多分違う。感覚が獣のそれに近づいているのだろう。
俺は感じ取った気配を頼りに敵を尻尾で巻き取る。
「ぐおっ!?」
意外と素早く動けたようで、敵は何の抵抗もなく俺に絡め採られた。あるいは、奥義とやらを使った反動があったのかもしれない。俺は尻尾の締め付けを徐々に強くしていく。
そうしている内に、徐々に再生していた上の口、頭部のドラゴンヘッドが元に戻った。改めて尻尾で巻き取っているエッシャーを見てみる。蟹の様に泡を吹き、白目を向いている。あれ、強くしすぎたかな?
こんな漫画の様な状態で、生きているのか死んでいるのか、その判断がつかなかった。
「何々? もしかして迷っているのかしら? そんな骨だけの姿になっても、人間としての倫理観は残っているのかしら。ねぇ七瀬素空君?」
この激しい戦闘の中、未だソファに腰掛けているマスマテラこと大場愛は、挑発するようにそう言葉を掛けてきた。
「いや、死んでるのか、気絶しているだけなのかわからなかっただけ」
「そう……なら教えてあげるわ。それ、気絶しているだけでまだ生きてるわよ。『汚い顔してるだろ。嘘みたいだろ。生きてるんだぜ?』って奴よ」
タッチネタとか古いっ! しかも生死が逆だし。だが、今ので確信した。この女はやっぱり。
「ねぇ、殺さないの?」
「……そう言われると、殺す気が失せてくるね」
俺は今後害がありそうだから殺そうとしただけで、別に積極的に殺したいわけではない。殺せコールなんて貰ったって嬉しくない。なんだか、萎えてくる。だが、それが敵の作戦の様な気もしたので、エッシャーの体を天井に思いっきり叩き付けた。彼の体は天井を突き破り、三階を超え屋根すらつきぬけ、空へと消えていった。
「お見事」
パチパチパチと、大場は三回だけ乾いた拍手をした。
「さて、聞きたいことは山ほどあるんだけど」
「でしょうね、そんな顔をしているわ」
適当なことを言う。俺の表情なんて読める訳が無いのに。
「いやぁでも、本当に感謝するわ。さっきまでは仲間の様な感じを出していたけれど、実際あの男をうっとおしく思っていたのよ。倒してくれて、満足」
「そもそも、アンタとエッシャーはどういう関係なんだ?」
「アンタなんて、年上に対して失礼よ七瀬素空君? 私の事は大場さんと呼びなさい。で、エッシャーと私の関係が聞きたいのね? いいわ、それなら教えてあげる。『関係』なんて言葉を使うと、なんだか大人で淫らなことを想像させてしまうかしら? 残念ながら七瀬素空君が考えるようなアダルティックな関係ではないのよ」
話が長い上に、なんだか文体が面倒くさい。変な女だ。俺が思春期全快な、それこそ些細な言葉からすぐにエロいことを連想してしまうような人間だと思われていることに不満を覚えないでもなかったが、余計な突っ込みを入れるといつまでも本題に入らなそうだったので、スルーする。
「普通に仕事の関係よ。私はこの屋敷、及び穴の管理をガルム様から任された。けれど、私が管理しているかどうかをチェックしにくるのはエッシャーだった」
少しだけ寂しそうに目を伏せながら、けれども口元の笑みを絶やさずに大場は続けた。
「以前から、ここはガルム様の大いなる目的の最重要拠点だった。けどガルム様は既にこの屋敷には興味を失っているみたい。でも、いつかここでの研究成果がガルム様の役に立つときが来るかもしれない。だから私は研究を続けている。エッシャーは、私が開発した魔物だったりを、色々連れまわして実験してくれていたわ。あれで暴れるのが大好きだったから、助かっていた。けれど、最近私を口説くようになってきてね。うっとおしかったのよ」
そんなに美人という訳ではない大場だったが、エッシャー的には魅力だったようだ。まぁ確かに、大人の余裕的なものは感じる。
「一応確認なんだけど、アンタがマスマテラ・マルケニスでいいんだよな?」
「大場さん……でしょう? まぁそうよ。元々マスマテラ・マルケニスというのは、この場所を管理していた一族が代々受け継いできた名よ。ここの名前はヘルズゲート。魔物が集まる森の奥。かつて《英雄》や《勇者》と呼ばれた存在がこの地下に多くの強大な魔物を封印してきた。そんな化け物たちが復活しないように管理するのが代々のマスマテラ・マルケニスの名を持つ者達なのよ。それこそリアンデシア誕生から数千年に渡って。けど、今は私がその名を受け継いだ。いや奪った。それからはガルム様の為にたくさんの魔物を収集していたわ。研究の為」
あのコレクターやオタクと周囲の魔物達から呼ばれていたマスマテラ・マルケニス。モンスターを集めるのが趣味なのではなく、研究材料として、レアモンスターを欲していたのか。どんな魔物かと思っていたが、それが人間の女だったなんて。しかも。
「アンタ日本人だよな?」
「もう、大場さんでしょう? 言葉遣いは良くした方が、年上女性の好感度は高くなるわよ。そう、お察しの通り、私は地球の日本から10年前にやって来た。それじゃあそこから話しましょうか」
あ、これ長くなる奴や。そんな悪寒が、背筋を通り抜けたような気がした。背中無いけどね。
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明日
マッスルカーニバル強そうでいいですね。ちょっと想像しづらかったかな?