第１５話　王女との出会い

　体が軽い。人間だった頃も別段太っていた訳ではなかったが、それでも、今の体と比べたならば重いと言わざるを得ない。それもそのはず。俺の今の体重は推定１８キログラムほど。身長、いや、体長は８０センチほどなのだ。コウテイペンギンと同じくらいの大きさである。
　そんな俺は今、変わらず森にいる。森で戦闘中だ。

「逃がすか！　お前の様な貴重な奴を差し出せば、マスマテラへの良い手土産になる」

　敵対しているのは人語を話す河童だ。成人男性ほどの身長で、頭にはＣＤディスクの様に輝く皿、そして学ランの様なマントを羽織っており、物凄い猫背と長い手足で妖怪感をかもし出しながら追ってくる。ともだちにはなれそうもない凶悪な顔つきが怖い。
　人型や喋るところを見るに、フロストデビルの様に魔人タイプなのだろう。ならば、生きての融合は難しい。

「おいおい、逃げるなよ！」

　俺の魔力数値は測れないのだろうか。だが、俺は逃げている訳では断じてない。敵の観察をしているだけだ。俺は戦いに慣れていない。その上、今はペンギンの体なのだ。正直どうやって戦うかなんて想像もつかない。魔力でのごり押し以外では。だが、逆に言えば、奴を倒し融合すれば、人型に近い体を手に入れることが出来るのではないかとも思うのだ。
　そう、俺だっていつまでも子供向け映画の主人公キャラの様な見た目をしている訳にもいかない。ここは絶対に勝たねばならぬのだ。

　俺は隠れていた草むらから飛び出た。そんな俺の姿を見て、敵の河童は皿の陰に隠れた鋭い眼光を怪しく光らせた。だが、敵の姿が見えやすくなったのはこちらも同じ。直に《真紅眼》を発動して敵の能力を測る。

カッパーロード　魔力１０３００
 攻撃のバリエーションが多く、魔力の扱いに長けている。

　かなりの魔力量。俺が出逢った中では最強クラスだ。本気モードのフロストデビルと同じくらいか。

「喰らえぇぇ！！」

　おじぎの様に頭を下げる敵。頭部の皿がこちらに向いた。思わず目を瞑りたくなるほど輝く皿からは、極太のレーザーが発射された。
　俺は右に飛び回避。だが、すぐに頭部を俺が避けた方へと向けて、二発目を発射してきた。それを『空中浮遊』のスキルを発動し再び回避。まるで風船に乗せてもらったかのようにふわりと体が浮かび上がった。これは気持ちいい。
　そして、上空の木に掴まり、隣の木に飛び移る。ペンギンは鳥ではあるが、飛べない。だがそれでも浮遊スキルと組み合わせることで、空を飛んでいるかのように華麗に敵の攻撃をかわし続けていた。
　意外にも連射の聞く皿からビームを何回も撃ってくるカッパーロード。皿が乾いたら死ぬ……なんて迷信はこいつには通用しなそうだ敵の懐に飛び込みたいところだが、いかんせんこの体では難しい。今の体の部位で一番攻撃力が高いのは間違いなく鋭いクチバシなのだが、敵にクチバシを突き刺すという行為を行う決心がなかなかつかない。人間で言ったらキスするみたいな感じじゃん？　ちょっと、いやかなり気持ちが悪い。

「キュエエエ」

　ならば遠距離攻撃しかあるまいと《暗黒核》を発動させ、闇属性の魔力を練り上げる。それを渦、いやトルネードの様にして、敵に向かって放つ。

「そんな単純な攻撃は効かんよ！　――ウォーターウォール！」

　地面に腕を突き刺したカッパーロード。そして魔力を注ぎ込み、地中深くから水を呼び出す。大地を突き破り現れた水は天高く舞い上がり、壁となってカッパーロードを守護する。込めた魔力が足りなかったか、こちらの攻撃は防がれてしまったようだ。水魔法まで使えるとは。なかなかに強力な魔物のようだ。
さらには、降り注ぐ水を全身に浴びて、若干元気と潤いを取り戻したようにも見える。

「――ハイドロカッター！！」

　すかさず、空中に舞っていた水を吸収し、指先からレーザーの様な細い水流を発射してきた。素早い攻撃だったが間一髪回避。
　だが、避けても避けても敵は攻撃を放ってくる。先ほどのビーム攻撃といい、息もつかせぬ連続攻撃が得意なようだった。
　俺も姿こそペンギンだが、魔力数値では負けてない。なのにここまで手が出せないとなると、いよいよ戦いでは素人なのだということを認めざるを得ないだろう。
　勝ちパターンが無い。勝ち筋が無い。まぁ先日手に入れたばかりの体なのだ。当然といえば当然だが、そこは、今後意識していた方が良いだろう。だからこそ今は、勝ち方にはこだわらない。まだ、それを決める時ではないのだ。

「おっ、ようやく観念したか！」

　敵の攻撃が緩めになってきた状況を見計らって、カッパーロードの前に姿を現した。俺の言葉は恐らく通じないので、降参の証として、両手で万歳の形を作る。
　そんな俺の様子を見て愉快そうに目を細めながら、こちらに近づいてくる河童。そして、道端で本物のペンギンを見つけたかの様に、その両手で俺を抱き上げた。
　物凄い力でクチバシの下の、喉にあたる部分を掴まれる。喉のつもりで絞めているのだろうが、生憎、俺の体は見た目も、それ以上に中身が通常の生物を超越したカートゥーン体型。苦しまない俺を不振に思ったのか、カッパーロードが首を傾げた。今がチャンス。
　俺は８０００を超える全魔力を闇属性に変換し放出。闇とは本能に直接死を意識させるもの。光を頼りに生きる生物の天敵。生理的な恐怖を肌で感じたのか、カッパーロードは慌てだす。

「こ、コイツ！？　冷たい！？　あ、あれ、手を離したくても、離れない！？　この、糞、糞おおお」

　恐怖で体が硬直している事に気が付かず、慌てふためく河童さん。本能的に死が間近に迫っている事を悟ってか、その言動は口汚くなっていく。だが。俺は闇の放出を止めない。

「さ、寒い……水の中で暮らす俺が……こんな」

　わざわざ至近距離まで近づいてきたコイツが悪い。俺がお前との戦いでネックにしていたのは距離だ。そして、水魔法を発動させることすら出来ない（させようとしたら邪魔するけど）。コイツは調子に乗って魔力を使いすぎた俺の全力を防ぎきるほどの魔力は残っていないだろう。生まれて初めて感じる寒さに怯えながら、純粋な魔力量による暴力で、カッパーロードは死に至る。
　俺は敵から離れ、改めてその姿を確認する。少し変な匂いがするが、ようやく融合する条件が整った。さて、出来れば強力な攻撃魔法が来てくれればいいんだけど。
　俺は新技《捕食融合》を発動する。吸収合体に特化した融合。物言わぬ姿となったカッパーロードの亡骸は光の粒子となって、俺のところに舞い戻る。そしてその後、激しい痛みが全身を襲ってきた。って、これは変わらんのかーい。

　ぎちぎちと内側から体が引っ張られているような感覚に吐きそうになりながら、丸い体でのたうち回る。忘れちゃいけないとまた混ぜるイメージを抱きつつも、今度は前の様に意識が落ちないことに不安を抱きつつ、大声をあげながら、苦痛に耐えた。
　その感、ふと、誰かに見られているような感覚に襲われた。だが、そんな感覚も全身の痛みによってすぐにどこかへ流されていく。
　そして、一時間ほどの時間が過ぎたとき、何かが切り替わった感覚がした。突如、ペンギンだった時の体の動かし方とか、動き方の感覚が消え、全く違う何かが自分の中に生まれた。

　これは、どこと無く人に近い……？

「これ……あっ！？」

　声が出た。相変わらずクチバシはあるようだが、今回は声が出る。人間の時とは全く違う感覚だが、べろの動きで文字を言い分けることが出来る。もしかして、カッパの口の構造を手に入れた？

「す、凄っ」

　俺は立ち上がる。そして、立ち上がる動作で足の関節の位置や長さをある程度把握する。この感じは、毎度楽しい。今度は人型を引けたようで、俺は安心する。だが、立ち上がると少しだけがっかり感にも襲われる。身長はそこまで伸びては居なかった。１２０～１３０センチくらいだろうか。
　手足はどうやら羽ぽいが、飛ぶ為の物ではないようだ。羽というよりは、より腕に近くなった。爪が生え、戦いには便利そうだったが。言うならば、俺は鳥人間になったのだ。一応羽ばたいてみるが、飛べない。というよりも、飛べないと理解している。飛ぶ為の動作が思いつかない時点で、今のこの体では飛べないのだ。空中浮遊のスキルで数十センチ飛ぶのが精一杯だろう。しかし、融合直後に出来上がった体のことがある程度把握できるのは、融合系スキルの良いところだった。


固体名：七瀬素空　魔力数値：１０９８０

種族名：合成魔獣

所持ＥＸスキル
《捕食融合》

所持魔法
なし

所持スキル
《融合》《真紅眼》《暗黒核》《冷却保存》《空中浮遊》

耐性
なし


　新しいスキルはどうやら手に入れられなかった様だったが、魔力数値はついに一万の大台に乗ったようだ。これで俺は、この世界に来た時よりも１００倍強くなった事になる。

「簡単なもんだな……もう」

　そんな言葉が口から飛び出た。さて、俺は今何を言おうとしたのだろうか。

　もう……。

　もう帰ってもいいんじゃないか？　そんなことを言おうとしていたのだろうか。事もあろうか、まさか。俺ともあろうものが。ずっとずっと一人だった俺が。

　『さみしい』とでも思っているのだろうか？

「ないない。ないわー」

　俺は首を振る。表に出てきた弱い心を必死に押しとどめる。いけるところまでやる。強くなるところまで強くなると決めたではないか。もう決心が緩んだと言うのか。甘い。俺は数日一人で居ただけで寂しくなるような、そんな奴ではないのだと、言い聞かせる。俺に仲間なんて居ないし、要らない。寂しくなんて無い。そうやって生きてきたのではなかったか？　例えどんな怪物に成り果てようと。成れの果て、世界から粛清されようと。姫川と並べるくらいに強くなるまでは。俺は帰れない。

「ほほう、貴様面白いな」

　だから、頭上から聞こえた少女の声も、幻聴では無いだろう。寂しさから来る幻聴では、決して無い。

「どういう技だ……？　只食っただけには見えなかったが？」

　俺は恐る恐る声のした方向を見る。木の上に立っていたのは一人の少女。胸と腰にだけ煌びやかな装飾の施された銀色の鎧を着ているが、手足は露出している。
恐らくは機動性重視の装備。そして、そのさらに上。恐ろしく整った顔立ちを意地悪い笑い顔に歪めた少女。黒い髪が木の陰になっても尚、美しく輝いている。

「誰？」

「私の顔を知らないとは……いいだろう。私の名はイデア。誇り高きローグランドの第三王女、イデアだ。覚えてといい化け物！」

　少女はドヤ顔でそう名乗った。