究極の捕食者 ~チート融合スキルで世界最強~
第7話 月夜の語らい
目を覚ます。
どうやらベッドの上のようだ。見慣れない天井。ってか暗くて天井が見えない。ここが久住の送られたという医務室だろうか。
「ここはどこ? 今はいつ? 私は誰? 誰って何? 何ってどういうこと?」
「何を馬鹿なことを言っているの?」
その声を聞いて驚く。暗くてわからないが、俺がこの声を忘れる訳がない。姫こと姫川璃緒だ。
彼女は黒く塗りつぶされた窓を指ですっとなぞる。すると、黒かった窓が透明になる。透明になった窓から、月明かりが入り込んでくる。
「まだ日は跨いでないわ。あなたはそうね、半日近く眠っていわ」
そうか。そんなものか。あれだけの一撃を喰らったにも関わらず、体の痛みは全くない。またクラスのみんなが回復してくれたのだろうか。
ボッチボッチ自称しているが、結構みんなに迷惑を掛けてしまっているな。
「あの……どうして何も言わないの? もしかして本当に記憶を失っているの?」
姫が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「大丈夫……あの時見た素敵な下着のことを俺はきっと一生忘れない」
俺にはひょっとしたら最初で最後の生の女性の下着姿かもしれないからな。あれ、悲しくなってきたぞ。
「あ、あれは忘れなさいよ! 覚えていても言わないのがマナーでしょ!」
「もう服を着てしまったんだな……残念だ」
「当たり前でしょう?」
いやぁでも、あんなにいいものを見られて、その上生きていられるなんて、俺の人生結構捨てたもんでもないのかもしれないな。
しかし、何で姫はここに来たのだろう。
「トドメを刺しに来たわけではないんだよね?」
「七瀬君は私を何だと思っているの? それに、殺すつもりならレインボーオーバードライブの出力を最大にしたわ。あれでも手加減してたのよ?」
悪戯っぽく笑う。そんな顔ですら可愛いのだから、もう反則だろう。可愛さも強さも。また服を融合させて脱がしたい感情を必死に抑えながら、俺は尋ねる。
「だとしたら、どうしてここに?」
「わ、わからない? 私がここまでしているんだから、わかりそうなものだけど」
え……どうしようマジでわからない。イケメンとかだとわかったりするんだろうか。
「わからないみたいね。私は謝りに来たのよ」
「いやそれ絶対わからないわ」
「蛍とゆとりに言われたのよ。謝っておけって。でも、正直罪悪感も謝罪の気持ちも全くないのよね」
本当に困っちゃうわと軽く言う。うん、やっぱりわかる訳無いよね。だが、ちょっと偉そうなところが姫っぽくて面白い。
「謝るのは、こっちのほうだよ」
俺は姫にまっすぐ向き直り、頭を下げた。
「クラスの和を乱して、本当にゴメン」
「え、ええ。わかってくれたのならいいんだけど。どうしたのよ七瀬君。今日はやけに素直じゃない?」
「君に負けて。真っ向勝負で容赦なく負けて、すっきりしたんだよ」
「???」
姫は困り顔で首をかしげている。無理も無い。俺自身も、凄く驚いている。昨日まで感じていた焦りも、焦燥感も。あの一撃で浄化されたかのように、心が晴れやかだ。負けて前に進む事があるのだと、驚いている。
「ま、意味は良くわからないけど、七瀬君が改心したのだとしたら、流石私としか言い様がないわ」
姫は腕を組み微笑む。
「いい七瀬君。私達のクラスは、この世界を救うっていう大事な使命に向かって突き進んでいるの! 遊んでいる暇なんてないのよ!」
そう言った姫川の目は。何の迷いも曇りもなく。ただ真っ直ぐだった。
「ああ、そうか……」
それを見て、俺は何故この子に対抗心を燃やしていたのか、理解した。
『やりましょうみんな』
あの日。この世界に初めてやって来た日。ガルム王子の言葉を聞いて、姫川は即こう答えた。そしてその時、俺は何を考えていた? 土地だとか、見返りだとか。そんなくだらない事を考えている間に、姫川は即、この世界の人々を救いたいと立ち上がった。そんな事が出来る姫川が、羨ましかった。見返りではなく、見知らぬ困っている誰かの為に立ち上がる。
その選択が出来る姫川が羨ましかった。
「けど、正直世界を救うのは姫川だけでも十分なんじゃないか? クラスメイトなんて居なくても……俺みたいな足手まといなんて居なくても、姫川一人で……」
「シャラップ! それ以上は七瀬君でも許さないわよ。」
シャラップって……。
「私はこのクラスが大好き。世界で一番、最高のクラスよ。そして、そんな最高のクラスメイト達と世界を救う。昔お父さんの部屋で読んだ漫画みたいだわ。最高だと思わない?」
どうしよう、全然思わない。このクラスには確かに良い人も大勢居るが、久住みたいなクズも居る。姫川を持ってして『最高』と言わしめるほどの物では無い気がするのだが。
「ピンと来ていないという顔ね?」
「うん。正直。俺にはこのクラスで、仲の良い人なんて一人も存在しないからね」
「そう、なら教えてあげるわ。私のクラスメイト達の魅力をね」
そう言って姫川は語り始めた。とても、嬉しそうな顔で。
「
篝夜蛍(かがりやほたる)は陸上に命を掛けていて、走っている時は本当に輝いて見えるのよ。
仙崎ゆとりは適当そうだけれど、デザイナー志望だったのよ。
久我茜さんは茶道の家元出身だけれど、その文化をこの世界に伝えられないかと考えている。
宮本正(みやもとせい)くんは難関大学を目指す傍ら、クラスの男子の勉強の面倒を見ていたわ。
大阪光(おおさかひかる)くんは性格と頭皮の二つで場を明るくする1組のムードメーカーよ。
彩場順平くんは機械をいじらせたら右に出るものはいないわ。
古海あかりさんは手品が物凄く上手なの。今度見せてもらうといいわ。
火灯環さんはファッションが凄いわよね。たまに校則違反をしているけれど、センスは抜群だわ。
久住強太くんは適当に見えるけれど、6人の弟さんたちの為に隠れてバイトをしている頑張り屋さんよ。
ジョシュア・鈴木くんは昆虫の知識なら高校生の中でもトップクラスなのではないかしら。
大田瞳くんは実家の焼肉屋さんを手伝っている。
早鳥千早くんは陸上部で県大会のエース。後輩の指導が上手らしいわ。
白峰優衣さんは保健体育の知識に秀でていて、看護師を目指していたらしくて、今は回復魔法の使い手。
綾辻里澄さんはアニメやゲームに物凄く詳しいの。以前借りた漫画は激しかったわ。
足立勇吾くんはバイクの知識に精通している。
桐切恭介くんはボランティア熱が高いわね。よく被災地に行っていたわ。
毛羅涼くんは音ゲーが大好きで、とても上手らしいわ。
紫木櫂くんは家がとても貧しいらしいんだけど、バイトを掛け持ちして家系を支える偉い子よ。
中村圭祐くんはサッカー部で空気を読む力が素晴らしいわ。
加賀大志くんはバスケ部で、朽木さんとお付き合いしているわ。
日暮夜子さんは忍者マスターと名乗っていたわ。もしかしたら忍術が使えるのかもしれないわね。
竹之内麻子さんは軽音楽部の元部長で、繊細な指先をもっているわ。
朽木里奈さんは彼氏の加賀くんとの絡みでクラスのみんなを和ませているゆるふわガールよ。
館田祥子さんは学年でもトップクラスの成績を誇る我がクラス自慢の女傑ね。
壱外秘恋さんは大人しいけれど、ピアノのコンクールの上位入賞者よ。
八神裕子さんはバドミントン部の副部長として、夏まで活躍していたわ。
芹沢貴子さんは美術系の大学を目指して勉強中。
狩野慎二くんは不良で成績の褒められたものではないけれど、その実誰よりも熱い心を持っている人だわ。」
俺は絶句していた。彼女のクラスへの愛に、ただただ言葉を返す事が出来なかった。同時に感じたのは劣等感だった。俺は人の嫌な部分を見つけるのが得意だ。けれど彼女は、姫川は人のよい所を探すのが得意すぎる。
姫川の熱い台詞を聞いて。俺が取るに足らないと思っていたクラスメイト達が、素晴らしい連中なんだと気付かされた。俺が知らない彼らの魅力を、彼女は沢山知っているのだろう。だからこそ、姫川はこのクラスが大好きなのだ。
大好きなクラスメイトみんなで、世界を救う冒険をしたいのだ。
けれど。
「狩野君の事は覚えている?」
「と、当然よ。忘れる訳が無いわ。無事だと……いいんだけれど」
不安げに顔を伏せる姫。わずかに顔が陰る。
「姫川の気持ち、よくわかったよ。姫川のクラスが最高って話も理解した。その上で、言わせてもらうけど」
そう、前置きして。これは俺が言わなくてはいけないこと。俺だからこそ、言える事だと思った。
「みんなに戦いを強要することは、良くないと思う。俺はほら、ボッチだから反抗も出来るけど。内心戦いたくなんて無いって思ってるヤツは、多いんじゃないかな? それを無理やり戦わせることは姫川にも出来ない……いや、許されないと思う」
「許されない……私でも?」
「君は一体なんなの? 偉いの?」
いや、そうじゃなくて。
「戦いだけじゃない。新しい道を見つける奴がいるかもしれない。やりたい仕事が出来たり、住みたい場所が見つかったり、恋をして、結婚する奴だっているかもしれない」
「それは……でも、今はそんな事ないわ! みんな纏まっている。私を中心に、高いモチベーションを維持しているのよ?」
「仲間はずれになりたくないからだよ。空気を読んでいるだけさ」
「そんな……こと……」
言葉は続かなかった。思い当たる節があって、それを今まで気が付かないようにしていたのだろう。さっきまでの明るさはどこへやら。今にも泣き出しそうなこの女の子に、それでも俺は言わなくてはならない。きっと姫川は、俺でも知らないような俺の良い所を言ってくれる。彼女はきっと知っている。見つけてくれている。その評価をマイナスにしてしまうかもしれないけれど。それでも。
今の内に。
「そんな事ない? でも、これからずっとそうとは限らない」
姫川璃緒は、普通の女の子の様に、目に涙を滲ませ、こちらを睨んでいる。その表情はとても等身大だ。勇者とか、クラスのリーダーとか。そういった責任が剥がれた顔。只のわがままで、ちっぽけで、仲間思いの、美しい少女の顔だった。
「小さなお城のお姫さま。君のお城は永遠じゃない。ここはあの狭い教室じゃないんだよ」
「……ッ!?」
とっさに手を上げた姫川。ビンタされるかと思ったが、その手は空中で止まったままだった。溢れ出した涙を気にすることもなく、こちらを射抜くように睨み付けている。どうしてそんな事を言うのか……そんな顔に見えた。
けど、だからこそ。俺はこの子に言わなくてはいけないのだ。彼女が今一番聞きたくないことを。いずれその時が来て彼女の心が壊れてしまわないように。俺が今小さな傷をつけて、慣らしておかなくてはいけないのではないだろうか。
「地球に居た時のクラスの延長として今を考えているなら、改めた方がいい。きっといつか、みんなついていけなくなる。そして、君は裏切られるよ。君が大好きなクラスメイト達に」
「そんなことは……」
無い。とは彼女は言わなかった。言えなかった。
「それでも私は……みんなを信じる。みんなで、このクラスでこの世界を正す」
「そう……」
その真っ直ぐな瞳に、俺の心は揺らいだ。一人くらい……そう、一人くらいは、こうやって馬鹿みたいに真っ直ぐな人間がいてもいいのかもしれない。きっと彼女はこの先、数々の挫折を味わうのだろう。多くの裏切りを味わうだろう。かつての、俺の様に。その度に、さっきみたいに泣きそうな顔をして……傷つく。だから。だからこそ。
俺だけは、彼女を裏切らないでいたい。そんな風になれたらと……強く思った。
 「ところで……」
一通り落ち着いたのか、仕切り直しとばかりに姫川が顔を上げた。再び強い意志の宿ったその目は、真っ直ぐにこちらを向いている。
「七瀬君、さっきからまるで他人事の様に話しているけど……まるで部外者であるかのように話しているけれど、あなたもこのクラスのメンバーなのよ? 大事なクラスメイトの一人なのよ? え、ちょっと何? なんでキョトンとしているの? ちょっと大丈夫?」
思わないところから不意打ちを喰らってしまった。だから……これだから真っ直ぐな人間は苦手だ。
まさか……散々ボッチボッチと言ってた俺が。
姫川にクラスのメンバーとして認識されている。たったそれだけのことで、滅茶苦茶嬉しいなんて。そんなことで喜んでしまうなんて、そんな自分を見つけたくなんてなかった。
「まったく七瀬君は不思議な人ね。あなたと話していると、いつもどおりの自分でいられなくなる」
「俺もだよ……」
ああ、もう。本当に、調子が狂う。
「姫川……俺……!?」
「何かしら……ッ!?」
姫川が立ち上がったその時だった。窓の外……西の方角から爆音が響き渡った。
高台に設置されている城からは城下町が良く見回せる。爆煙が上がっている場所はすぐにわかった。
「アレは……西門」
西門がクレーターと化しており、その周りの城門も見る影も無い。
そして、城門から一体のモンスターが飛び立つ。体のいたるところに岩石パーツを着けたそのモンスターはゆっくりと垂直に上昇していく。
そのモンスターの写真でも撮るかのようにスマホのカメラを構える姫川。
 「こうすると敵の情報を得ることが出来るのよ」
メテオドラゴン 魔力1000
  雲の中に生息するモンスター。体を丸めて落下してくるメテオインパクトは攻防一体の強力な技。
「あんなの……市街地に落ちたらお終いだぞ」
「七瀬君、直ぐに装備を整えて東広場に集合よ。私はみんなを呼んでくるわ」
「わ、わかった」
俺は立ち上がる。やっと聞こえて来たサイレンの様な不気味な音に、本当に今更ながら、戦いの世界に来たのだと、思い知った。
戦いが、始まる。
どうやらベッドの上のようだ。見慣れない天井。ってか暗くて天井が見えない。ここが久住の送られたという医務室だろうか。
「ここはどこ? 今はいつ? 私は誰? 誰って何? 何ってどういうこと?」
「何を馬鹿なことを言っているの?」
その声を聞いて驚く。暗くてわからないが、俺がこの声を忘れる訳がない。姫こと姫川璃緒だ。
彼女は黒く塗りつぶされた窓を指ですっとなぞる。すると、黒かった窓が透明になる。透明になった窓から、月明かりが入り込んでくる。
「まだ日は跨いでないわ。あなたはそうね、半日近く眠っていわ」
そうか。そんなものか。あれだけの一撃を喰らったにも関わらず、体の痛みは全くない。またクラスのみんなが回復してくれたのだろうか。
ボッチボッチ自称しているが、結構みんなに迷惑を掛けてしまっているな。
「あの……どうして何も言わないの? もしかして本当に記憶を失っているの?」
姫が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「大丈夫……あの時見た素敵な下着のことを俺はきっと一生忘れない」
俺にはひょっとしたら最初で最後の生の女性の下着姿かもしれないからな。あれ、悲しくなってきたぞ。
「あ、あれは忘れなさいよ! 覚えていても言わないのがマナーでしょ!」
「もう服を着てしまったんだな……残念だ」
「当たり前でしょう?」
いやぁでも、あんなにいいものを見られて、その上生きていられるなんて、俺の人生結構捨てたもんでもないのかもしれないな。
しかし、何で姫はここに来たのだろう。
「トドメを刺しに来たわけではないんだよね?」
「七瀬君は私を何だと思っているの? それに、殺すつもりならレインボーオーバードライブの出力を最大にしたわ。あれでも手加減してたのよ?」
悪戯っぽく笑う。そんな顔ですら可愛いのだから、もう反則だろう。可愛さも強さも。また服を融合させて脱がしたい感情を必死に抑えながら、俺は尋ねる。
「だとしたら、どうしてここに?」
「わ、わからない? 私がここまでしているんだから、わかりそうなものだけど」
え……どうしようマジでわからない。イケメンとかだとわかったりするんだろうか。
「わからないみたいね。私は謝りに来たのよ」
「いやそれ絶対わからないわ」
「蛍とゆとりに言われたのよ。謝っておけって。でも、正直罪悪感も謝罪の気持ちも全くないのよね」
本当に困っちゃうわと軽く言う。うん、やっぱりわかる訳無いよね。だが、ちょっと偉そうなところが姫っぽくて面白い。
「謝るのは、こっちのほうだよ」
俺は姫にまっすぐ向き直り、頭を下げた。
「クラスの和を乱して、本当にゴメン」
「え、ええ。わかってくれたのならいいんだけど。どうしたのよ七瀬君。今日はやけに素直じゃない?」
「君に負けて。真っ向勝負で容赦なく負けて、すっきりしたんだよ」
「???」
姫は困り顔で首をかしげている。無理も無い。俺自身も、凄く驚いている。昨日まで感じていた焦りも、焦燥感も。あの一撃で浄化されたかのように、心が晴れやかだ。負けて前に進む事があるのだと、驚いている。
「ま、意味は良くわからないけど、七瀬君が改心したのだとしたら、流石私としか言い様がないわ」
姫は腕を組み微笑む。
「いい七瀬君。私達のクラスは、この世界を救うっていう大事な使命に向かって突き進んでいるの! 遊んでいる暇なんてないのよ!」
そう言った姫川の目は。何の迷いも曇りもなく。ただ真っ直ぐだった。
「ああ、そうか……」
それを見て、俺は何故この子に対抗心を燃やしていたのか、理解した。
『やりましょうみんな』
あの日。この世界に初めてやって来た日。ガルム王子の言葉を聞いて、姫川は即こう答えた。そしてその時、俺は何を考えていた? 土地だとか、見返りだとか。そんなくだらない事を考えている間に、姫川は即、この世界の人々を救いたいと立ち上がった。そんな事が出来る姫川が、羨ましかった。見返りではなく、見知らぬ困っている誰かの為に立ち上がる。
その選択が出来る姫川が羨ましかった。
「けど、正直世界を救うのは姫川だけでも十分なんじゃないか? クラスメイトなんて居なくても……俺みたいな足手まといなんて居なくても、姫川一人で……」
「シャラップ! それ以上は七瀬君でも許さないわよ。」
シャラップって……。
「私はこのクラスが大好き。世界で一番、最高のクラスよ。そして、そんな最高のクラスメイト達と世界を救う。昔お父さんの部屋で読んだ漫画みたいだわ。最高だと思わない?」
どうしよう、全然思わない。このクラスには確かに良い人も大勢居るが、久住みたいなクズも居る。姫川を持ってして『最高』と言わしめるほどの物では無い気がするのだが。
「ピンと来ていないという顔ね?」
「うん。正直。俺にはこのクラスで、仲の良い人なんて一人も存在しないからね」
「そう、なら教えてあげるわ。私のクラスメイト達の魅力をね」
そう言って姫川は語り始めた。とても、嬉しそうな顔で。
「
篝夜蛍(かがりやほたる)は陸上に命を掛けていて、走っている時は本当に輝いて見えるのよ。
仙崎ゆとりは適当そうだけれど、デザイナー志望だったのよ。
久我茜さんは茶道の家元出身だけれど、その文化をこの世界に伝えられないかと考えている。
宮本正(みやもとせい)くんは難関大学を目指す傍ら、クラスの男子の勉強の面倒を見ていたわ。
大阪光(おおさかひかる)くんは性格と頭皮の二つで場を明るくする1組のムードメーカーよ。
彩場順平くんは機械をいじらせたら右に出るものはいないわ。
古海あかりさんは手品が物凄く上手なの。今度見せてもらうといいわ。
火灯環さんはファッションが凄いわよね。たまに校則違反をしているけれど、センスは抜群だわ。
久住強太くんは適当に見えるけれど、6人の弟さんたちの為に隠れてバイトをしている頑張り屋さんよ。
ジョシュア・鈴木くんは昆虫の知識なら高校生の中でもトップクラスなのではないかしら。
大田瞳くんは実家の焼肉屋さんを手伝っている。
早鳥千早くんは陸上部で県大会のエース。後輩の指導が上手らしいわ。
白峰優衣さんは保健体育の知識に秀でていて、看護師を目指していたらしくて、今は回復魔法の使い手。
綾辻里澄さんはアニメやゲームに物凄く詳しいの。以前借りた漫画は激しかったわ。
足立勇吾くんはバイクの知識に精通している。
桐切恭介くんはボランティア熱が高いわね。よく被災地に行っていたわ。
毛羅涼くんは音ゲーが大好きで、とても上手らしいわ。
紫木櫂くんは家がとても貧しいらしいんだけど、バイトを掛け持ちして家系を支える偉い子よ。
中村圭祐くんはサッカー部で空気を読む力が素晴らしいわ。
加賀大志くんはバスケ部で、朽木さんとお付き合いしているわ。
日暮夜子さんは忍者マスターと名乗っていたわ。もしかしたら忍術が使えるのかもしれないわね。
竹之内麻子さんは軽音楽部の元部長で、繊細な指先をもっているわ。
朽木里奈さんは彼氏の加賀くんとの絡みでクラスのみんなを和ませているゆるふわガールよ。
館田祥子さんは学年でもトップクラスの成績を誇る我がクラス自慢の女傑ね。
壱外秘恋さんは大人しいけれど、ピアノのコンクールの上位入賞者よ。
八神裕子さんはバドミントン部の副部長として、夏まで活躍していたわ。
芹沢貴子さんは美術系の大学を目指して勉強中。
狩野慎二くんは不良で成績の褒められたものではないけれど、その実誰よりも熱い心を持っている人だわ。」
俺は絶句していた。彼女のクラスへの愛に、ただただ言葉を返す事が出来なかった。同時に感じたのは劣等感だった。俺は人の嫌な部分を見つけるのが得意だ。けれど彼女は、姫川は人のよい所を探すのが得意すぎる。
姫川の熱い台詞を聞いて。俺が取るに足らないと思っていたクラスメイト達が、素晴らしい連中なんだと気付かされた。俺が知らない彼らの魅力を、彼女は沢山知っているのだろう。だからこそ、姫川はこのクラスが大好きなのだ。
大好きなクラスメイトみんなで、世界を救う冒険をしたいのだ。
けれど。
「狩野君の事は覚えている?」
「と、当然よ。忘れる訳が無いわ。無事だと……いいんだけれど」
不安げに顔を伏せる姫。わずかに顔が陰る。
「姫川の気持ち、よくわかったよ。姫川のクラスが最高って話も理解した。その上で、言わせてもらうけど」
そう、前置きして。これは俺が言わなくてはいけないこと。俺だからこそ、言える事だと思った。
「みんなに戦いを強要することは、良くないと思う。俺はほら、ボッチだから反抗も出来るけど。内心戦いたくなんて無いって思ってるヤツは、多いんじゃないかな? それを無理やり戦わせることは姫川にも出来ない……いや、許されないと思う」
「許されない……私でも?」
「君は一体なんなの? 偉いの?」
いや、そうじゃなくて。
「戦いだけじゃない。新しい道を見つける奴がいるかもしれない。やりたい仕事が出来たり、住みたい場所が見つかったり、恋をして、結婚する奴だっているかもしれない」
「それは……でも、今はそんな事ないわ! みんな纏まっている。私を中心に、高いモチベーションを維持しているのよ?」
「仲間はずれになりたくないからだよ。空気を読んでいるだけさ」
「そんな……こと……」
言葉は続かなかった。思い当たる節があって、それを今まで気が付かないようにしていたのだろう。さっきまでの明るさはどこへやら。今にも泣き出しそうなこの女の子に、それでも俺は言わなくてはならない。きっと姫川は、俺でも知らないような俺の良い所を言ってくれる。彼女はきっと知っている。見つけてくれている。その評価をマイナスにしてしまうかもしれないけれど。それでも。
今の内に。
「そんな事ない? でも、これからずっとそうとは限らない」
姫川璃緒は、普通の女の子の様に、目に涙を滲ませ、こちらを睨んでいる。その表情はとても等身大だ。勇者とか、クラスのリーダーとか。そういった責任が剥がれた顔。只のわがままで、ちっぽけで、仲間思いの、美しい少女の顔だった。
「小さなお城のお姫さま。君のお城は永遠じゃない。ここはあの狭い教室じゃないんだよ」
「……ッ!?」
とっさに手を上げた姫川。ビンタされるかと思ったが、その手は空中で止まったままだった。溢れ出した涙を気にすることもなく、こちらを射抜くように睨み付けている。どうしてそんな事を言うのか……そんな顔に見えた。
けど、だからこそ。俺はこの子に言わなくてはいけないのだ。彼女が今一番聞きたくないことを。いずれその時が来て彼女の心が壊れてしまわないように。俺が今小さな傷をつけて、慣らしておかなくてはいけないのではないだろうか。
「地球に居た時のクラスの延長として今を考えているなら、改めた方がいい。きっといつか、みんなついていけなくなる。そして、君は裏切られるよ。君が大好きなクラスメイト達に」
「そんなことは……」
無い。とは彼女は言わなかった。言えなかった。
「それでも私は……みんなを信じる。みんなで、このクラスでこの世界を正す」
「そう……」
その真っ直ぐな瞳に、俺の心は揺らいだ。一人くらい……そう、一人くらいは、こうやって馬鹿みたいに真っ直ぐな人間がいてもいいのかもしれない。きっと彼女はこの先、数々の挫折を味わうのだろう。多くの裏切りを味わうだろう。かつての、俺の様に。その度に、さっきみたいに泣きそうな顔をして……傷つく。だから。だからこそ。
俺だけは、彼女を裏切らないでいたい。そんな風になれたらと……強く思った。
 「ところで……」
一通り落ち着いたのか、仕切り直しとばかりに姫川が顔を上げた。再び強い意志の宿ったその目は、真っ直ぐにこちらを向いている。
「七瀬君、さっきからまるで他人事の様に話しているけど……まるで部外者であるかのように話しているけれど、あなたもこのクラスのメンバーなのよ? 大事なクラスメイトの一人なのよ? え、ちょっと何? なんでキョトンとしているの? ちょっと大丈夫?」
思わないところから不意打ちを喰らってしまった。だから……これだから真っ直ぐな人間は苦手だ。
まさか……散々ボッチボッチと言ってた俺が。
姫川にクラスのメンバーとして認識されている。たったそれだけのことで、滅茶苦茶嬉しいなんて。そんなことで喜んでしまうなんて、そんな自分を見つけたくなんてなかった。
「まったく七瀬君は不思議な人ね。あなたと話していると、いつもどおりの自分でいられなくなる」
「俺もだよ……」
ああ、もう。本当に、調子が狂う。
「姫川……俺……!?」
「何かしら……ッ!?」
姫川が立ち上がったその時だった。窓の外……西の方角から爆音が響き渡った。
高台に設置されている城からは城下町が良く見回せる。爆煙が上がっている場所はすぐにわかった。
「アレは……西門」
西門がクレーターと化しており、その周りの城門も見る影も無い。
そして、城門から一体のモンスターが飛び立つ。体のいたるところに岩石パーツを着けたそのモンスターはゆっくりと垂直に上昇していく。
そのモンスターの写真でも撮るかのようにスマホのカメラを構える姫川。
 「こうすると敵の情報を得ることが出来るのよ」
メテオドラゴン 魔力1000
  雲の中に生息するモンスター。体を丸めて落下してくるメテオインパクトは攻防一体の強力な技。
「あんなの……市街地に落ちたらお終いだぞ」
「七瀬君、直ぐに装備を整えて東広場に集合よ。私はみんなを呼んでくるわ」
「わ、わかった」
俺は立ち上がる。やっと聞こえて来たサイレンの様な不気味な音に、本当に今更ながら、戦いの世界に来たのだと、思い知った。
戦いが、始まる。
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