究極の捕食者 ~チート融合スキルで世界最強~

神庭圭

第4話 裁判と離別

 元来地味な性分だった。だから目立つことなんてあまりなかった。いや、全く無かったと言っていい。まぁ、目立てる能力が無かったというのが本当のところなのだが。しかし、だからといって悪いことや馬鹿をやって目立とうということもしなかった。無憂無風十年一日。平和な日常を過ごせるとばかり、思っていた。
 そんな俺が、今は会議室の前に立って皆の注目の的になっている。まさかこんな日が来るなんてね。世の中本当に何が起こるかわからない。だが、実際こうしてみると、みんなの視線を集めるというのも、案外悪くないのかもしれない。
 これが『俺の過ちを断罪する学級裁判』じゃなかったら……ね。


***


 あの後、怒り狂った姫川璃緒こと、姫はガルム王子に会議室を貸してくれと迫った。そしてそのまま皆を集め、俺を壇上に立たせて説教を始めたのだった。俺の「不慮の事故でした」という真っ当且つ正当な言い訳は、聞き入れては貰えなかった。聞き入れて貰う為の好感度も信用度も、圧倒的に足りない。
 この中で唯一の大人にして担任である黒崎先生は「給料がもらえない以上、僕はお前達の先生でもなんでもない」と言い、会議室の後ろに腰掛けながら、さも愉快そうに俺のことを眺めていた。なんてヤツだ。もう二度と《先生》とは呼ばない。

「もーいいじゃねーか璃緒。怪我したのだって本人だけだし、反省してんだろうしさー」

 もううんざりだと言わんばかりの態度の篝夜蛍(かがりやほたる)が姫に告げた。篝夜とは小学校が一緒だったのだが、覚えているのか、それともいないのかはわからない。俺に話しかけてくることはない、このクラスのカーストトップの一人。だが、俺みたいな奴を庇ってくれるのだ。見かけによらず、小学校時代のように、いい奴なのかもしれない。

「まぁ……確かに大怪我をしたのは七瀬君一人だけだけど、それでいいとは思わない。下手したら、クラスの誰かが死んでいたのかもしれないのよ蛍?」

 厳密に言うと、もう一人久住というクズが被害を受けていて、さらに言うと絶賛治療中でここには居ないんだけど、姫の記憶からは抜け落ちているらしい。
 学校中から彼氏を作らない事を不思議がられていた姫は《男嫌い》と《女好き》の二つの噂を流されていたが。男嫌いというのは間違いではないのかもしれない。
 哀れ久住。

「んー、私もしょうがないなって思うよー。あくまでさっきは自分のスキルを試す場だったわけでしょ? 失敗は失敗だけど。悪意があった訳じゃないと思うよ?」

 姫のもう一人の友人、仙崎ゆとりも俺のフォローに回ってくれる。こうしてみると俺に多少の人望があるように見えるかもしれないが、そうではない。
 篝夜蛍、仙崎ゆとりの両者共に、若干暴走気味な姫のストッパーになっているのだ。そして、これから嫌でも協力していかなくてはならないクラスの空気が悪くなるのを阻止しようとしているのだろう。
 姫のスペックはこの世界でも破格だ。だからこそ、姫がリーダーとしてこのクラスをまとめていくことに、誰も異論は無いはず。
 だが、姫は正義感の強さもさることながら、男性を見下しているところがある。その高貴なる鉄の処女っぷりも男子からの人気の理由なのだが、行き過ぎて、反感を買うこともある。それを抑えるためのストッパーが篝夜と仙崎だ。あの2人が姫を支えるフォーメーションなら、きっとこのクラスも上手くやっていけるはずだ。
 だから頼む! 俺のやらかしたことも上手くまとめてくれ!! なるべく穏便に。久住君がなんでもしますから!

「じゃあ、七瀬君はスキル融合の使用禁止。何か実験する時は必ず私の許可を取るように。いい?」

「ああ、オッケーオッケー。これからは気をつけるよ」

 そう言って、俺は席に戻る。姫はまだ怒り足りないといった表情だったが、やがて諦めたようにため息をついた。穏便に済んで良かった。約束を守るつもりはさらさらないが、これでなんとか皆の視線からは逃げられた。しかし、姫と話す口実が出来たのはラッキーだ。これからは堂々と話しかけられる。けど、無視とか塩対応されたら立ち直れないから、やっぱり止めておこう。触らぬ姫に祟り無し。

「さて、じゃあ今後の方針ね。とんでもないことになっちゃったけど、クラスとしての方針を決めておきましょう」

 張り切っていきましょーといった様子で、まるでいつものホームルームの様な調子で仕切りなおす姫。
さながら遠足前日の小学生のようなテンションだ。場違い感。だが、会議室の皆のテンションは思いのほか低い。
 先ほどまでは、今起こっていることが現実という実感が無かったのだろう。どこかお祭り気分と言うか、そんな感じだったのだ。それが、さっきの事件で急に現実に戻された。今更ながらに、ここが地球ではない。そしてもう地球には帰れないという事実が、じわじわ効いて来たのではないか。俺のやってきたことが切っ掛けになっているという鋼の真実からは全力で目を逸らそう。開き直るのがストレスを溜めずにボッチる秘訣だ。

「うっ……うう、帰りたい」
「ちょっと……泣かないでよ……私まで……」
「母ちゃん……そうか、もう会えないのか」
「今日……妹の誕生日だったんだよなぁ」

 一人が泣き出したのを皮切りに、皆ぼやくように色々と不安を零し始めた。

 姫の横にいる篝夜が「あちゃー」と言う顔、仙崎は「ありゃりゃー」といった顔をそれぞれしている。
この時点で、2人は既にこのホームルームが意味を成さないと、上手くいかないと理解したようだった。

 「どうしたのよ皆? もう家に帰れないことなんてわかりきっているじゃない! 今更そのことを嘆いたってしょうがないでしょう? 私達には、この世界の人たちを救うっていう、地球に居た時よりも大きな使命があるのよ! 喜ばしいことじゃない! 頑張りましょうよ!」

 皆の様子に困惑した姫が、正義の味方のようなことを言う。確かに恐ろしい程の正論だ。得に俺は「もう家に帰れないことは確定している。嘆いたってしょうがない」って所がかなり気に入った。どうしようも無いくらい、本当のことだしな。
 この切り替えの早さ……本当に姫は凄い人間なんだ、自分とは違うのだなと思い知らされる。だが、普通の人間はそうそう切り替えることは出来ない。与えられた使命に燃えたりしない。自分の能力を試せる環境に心トキめかない。正しいだけじゃ、人の心は動かない。少しは心を休める時間が必要だ。

「ちょっと冷たくない……」
「私疲れた……只でさえ今日は会議続きだったのに」
「姫はチートスペックだからいいけどよう」

 等、不満が表れている。そして、少しのざわめきは波及し、大きくなっていく。あっと言う間に会議室はノイズに包まれた。ひとつひとつの言葉はなんて言っているのかわからない。だが、確実にマイナスな発言なのだということがわかる。

 良くない空気だった。

「くだらないな」

 座っていた椅子を倒し、立ち上がる一人の男子生徒が居た。それなりに高めの偏差値を誇る我がクラスで、唯一の不良、狩野シンジ。威圧的なまでに高い180超えの身長が、野生動物のような戦うための筋肉に包まれている。凄まれたら泣いてしまいそうな鋭い眼光を思いっきり振りまきながら、ゆっくりと会議室の出口に歩いていく。その様子に場が一瞬だけ静まり返る。

「くだらないってどういうこと?」

 その背に、姫の声が掛けられる。

「姫川。お前に言う必要は無い」

 狩野君は不良ゆえに、まぁまぁの偏差値を誇るうちのクラスでは浮いた存在である。俺とは違う理由でボッチだが、実はそんな彼に前から一目置いていたのだ。
ベタではあるが、彼が野良猫の飼い主を必死に探しているところを、見たことがある。
横断歩道を渡れない老人をおぶっているところを見たことがある。
カツアゲされている隣のクラスの、友人でも無い生徒の為に体を張って戦った事を知っている。
 喧嘩に明け暮れているが、クラスメイトや無関係の人間には決して手は上げなかった硬派な彼がここまで大きな声を上げるなんて珍しい。

「必要無くはないわ。不満なら言って。私に出来ることがあれば……」

「不満なんて、言い出したら切りが無いだろう? 俺は不安で不安でしょうがない。子供にも泣かれるくらい怖い顔だと自負しているが、それでもな。今にも泣き出しそうなくらい不安だよ。それはお前も一緒じゃねーのか姫川?」

「何を言って……?」

「そうか。お前はそうだよな。そうだろうな。けどな。お前とこいつ等は違うぞ。姫川」

 狩野君は立ち止まり、そして振り返る。子供も泣くという怖い顔は、しかし俺には年相応の男子高校生に見えた。

「な、何よ?」

「お前はこの世界の人たちを助けたい。そう言ったよな?」

「ええ。私だけじゃない。このクラスのみんなで、それを成し遂げたいと思っているわ」

「その前に、救わなくちゃいけない奴等が、いると思うんだが」

「え……」

姫は首を傾げた。傾げてしまった。狩野君は、静かにゆっくりと、残念そうに。悲しそうにため息をついた。
 そして、狩野君はクラス全体を見渡す。同じ教室で共に学んだ仲間たちを、一人残らず記憶しているかのうように、ゆっくりと。やがて、最後に俺と目が合った。

「お前も来ないか七瀬? こういうの苦手だろう?」

「まぁ苦手なんだけどね。苦手過ぎて吐きそうなくらいなんだけど。もう少しだけ頑張ってみるよ」

「そうか残念だ……なら、最後に言っておこう。これは俺の勘だから、真に受けなくてもいいんだが」

「……?」

「あのガルム王子と言ったか。アイツは、怪しい」

「うん。俺もそう思う」

「流石だな。奴からは……そうだな。俺はいじめっ子が嫌いなんだ。嫌い過ぎて、いじめっ子オーラに敏感なんだが」

「いじめっ子オーラ」

「ヤツは、そんな感じだ。とにかく、気に食わねぇ」

「それって……」

「おっと、無駄話が過ぎた……じゃあな。縁があったらまた会おう」

 そう言うと、彼は光の粒子となって消えてしまった。皆驚いたが、何かしらのスキルだったのだろうと納得した。
 ちなみに、何か通じ合っている風な俺と狩野君の会話だったが、実は良くわからない。あんなキャラだったことにも驚きなのに。しかし、最後の言葉。思わせぶりだな。彼の勘がどれほどのものか解らないから、判断のしようが無い。
 どうしようも無いので、フッと格好つけて前に向き直ると、恨みがましい目をした姫と目が合った。え、何? 違うよ。今のは全く俺のせいじゃないよ?

「んーゆとり的には、みんなには休みと時間が必要だと思うな。このどうしようもない事実を、受け入れる時間がさー」

「……その様ね。考えてみたら、6時間勉強して、その後文化祭の準備をしてて、それからこの事件だもんね。私の配慮が欠けていたわ」

「んじゃ、そういう訳で、部屋に行こう部屋! 王子が用意してくれた部屋だから、きっと滅茶苦茶豪華だぜ!」

 篝夜が明るく務めながら、解散を告げる。若干空気が軽くなる。本当にあの三人は良いバランスだな。と思いつつ、俺も立ち上がる。この日の為に、城の一角に、来客用の宿舎をわざわざ建造していたらしい。その準備の良さが、少し怖かったけれど。
 皆がばらばらと立ち上がった時。会議室の扉を開き、一人のメイドが入ってきた。

「勇者候補の皆様、お食事の準備が完了しました。テラスまでご案内いたします」

 どうやら、休めるのはもうちょっと先になるようだった。

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