異世界冒険EX

たぬきち

アロード

「何だあれは?」

 気づけば女神の空間。目の前には険しい顔をしたアッサム。

「あれって?」

「とぼけるな。何で魔力無効なんて持ってるんだ?」

「…………」

 良かった。完全にバレたかと思った。そういえばアイギスもそう言えって言ってたな。

「とでも言うと思ったか?」

「……!?」

「ここや別の空間ならともかく私の世界で使ってバレない訳がないだろ! 無効化ではなく、あれは……っ!?」

 急にアッサムの険しい顔が更に険しくなった。

「? どうしました?」

「すぐに戻すからメアリーを連れて逃げろ! お前の計画には必要だろ!」

 アッサムはそう言うと少し焦った顔で軽く手を振る。

 冗談の類ではなさそうだ。

「メアリー!」

「ユウトさん? どうしました?」

 一瞬にして元の世界へと戻った俺は、メアリーの名を呼びながら走る。
 
「逃げるよ! アルフ達もだ!」

「逃がさないよ?」

 逃げ出すために走り出した瞬間、幼い子供のような声と同時に、突然目の前が真っ暗になった。

 これは……闇か。空間が黒く塗りつぶされたみたいだ。思わず立ち止まり、辺りを見る。

 仲間の顔も、地面も何もかもが見えない。

「……どうなってるんだ?」

 サンが呟きと共に、小さな光の玉を生み出される。
 
「馬鹿! 光を消せ!」

「遅いよ?」

「っ! 防御魔法だ!」

 小さな破裂音。それと同時に複数のうめき声。

 誰がやられたんだ……?

「……実験体の観察に来ただけなのに、面白い人達が揃ってるなぁ」

 一瞬で現れた闇は一瞬にして晴れ、俺の数メートル先には、くしゃくしゃの髪の気怠そうな顔をした少年が立っている。

 ……女神が逃げろと言うことはこいつが勇者、もしくはその仲間か。

「……大丈夫か?」

「あ、はい」

「問題ありません」

「…………」

 とりあえず距離を取り、メアリー達の様子を伺う。メアリーとアルフとエレナの三人は、顔に焦りを浮かべつつも問題なく立っている。

 だが、

「なんの魔法だ……?」

 サン達、泥の涙の面々は倒れたままだ。

 その体は灰色に染まっており、色から判断するなら石化状態、のようだ。

 触ってみればわかるのかも知れないが、そんな隙は見せられない。

「最近発明した魔法だよ? 当たった相手の魔力を強制的に使い、石化の効果を与える。そしてその効果は魔力切れまで続く。そしてこれが透明化」

 そう言った少年の姿が一瞬ぼやけ、その一瞬後には姿が消える。

「光魔法を利用したものだけど、中々魔力消費がエグいからそうそう使えないけどね」

 何もなかった場所に再び少年の姿が現れる。

 ……透明化に石化の魔法。不味いな。

 泥の涙のメンバーは諦めて、今いる奴らで逃げるしかない、か。

「……? まさかお前は……!」

「知ってるのか? アルフ」

 困惑した表情から一転、怒りの形相に変わったアルフに尋ねる。

「あいつは! アロードは、僕の……いや、僕たちの両親の仇です!」
  
 ……またかよ。フロリアもそうだったよな、確か。

「仇って酷いなー。君たちの為を思って殺ってあげたんだよ?」

 アロードとやらは柔らかな笑みを浮かべ、そう告げる。

 罪悪感など少しも感じていないようだ。

「ふざけるな! <<炎剣覚醒>>」

 リッチの時と同じように、アルフが剣を指でなぞると、刀身が激しい炎に包まれる。

 いや、リッチの時とは違う。刀身そのものが炎になっている。
 
「ほらね? 両親がいた時は発動すら出来なかったじゃない。それが今は――」

「うるさい!」

「…………<<ALL UP LEVEL2>>」

 走り出したアルフを俺は止める事は出来ない。負けると思っていても。

 今日出会ったばかりの俺に言えることはないし、せめて強化魔法を発動しておいた。

「…………!」

「え?」

 逃げようかと考えていると、後ろに強烈な魔力を感じ、慌てて振り返る。

 そこにはエレナがカードを生成している姿があった。

 ……そうか。あの時の魔法はエレナの魔法か。

 これなら……もしかすると。

「メアリー、フロリアに連絡を頼む」

「ユウトさんは?」

「倒せそうだったら倒すかな……」

 おそらくアッサムからフロリアへ連絡がいっているだろうが、とにかくメアリーにはこの場にいてもらっては困る。

 僕の計画の鍵の一つなのだから。

「わかりました」

 言い終わると同時にメアリーはその姿を消した。

「おー。あっちもエリアテレポート覚えたんだ。やっぱり親なんているだけ邪魔みたいだねー」

「…………」

 何でこいつが知ってるんだ? メアリー以外使えるやつはいないらしいし、俺もアッサムから聞いて知ったのに。

 メアリーの魔法、エリアテレポート。

 その能力はマークした場所にどこからでも瞬間的に移動できるというもの。

 現在マークしてるのはフロリアの家とギルド、東西南北の街の入り口。

 また場所だけでなく、人間に対しても一人だけマーク出来る。メアリーはフロリアに対してマークしている。

「やっぱりあの二人の親も殺して正解だったね」

 よどみなく言葉を続けるアロードは透明化を発動しているようで、その姿は見えない。

 おかげでアルフは当てずっぽうに剣を振り回している。

 それにしてもあの二人……? メアリーと誰かの親も殺されてるのか?

 どちらにしても悪人は確定か。

「<<エリアサーチ>>」

 とにかく倒すには姿を見付けないといけない。

 風魔法の応用で一定の空間を風でサーチする。

 風とは空気の動きにほかならない。であれば周囲一体に風を送り、その反応を見れば……。

「……見つけた。やっぱり透明になっただけで質量はあるのか」

「ん? 君は誰かな?」

「…………魔王だ。お前らにとってはな。<<ピットフォール>>」

 本当は発見した瞬間には、土魔法を発動しているが、無詠唱で出来るのは隠しておいた方がいいだろう。

 そう考え、俺は地面に手をつき発動する。

「っ!?」

 アロードの足元の地面が砕け、一メートル四方程度の暗い穴に落下していく。

 終わりだ。

「アルフ! エレナ! 穴に向かって攻撃!」

「……!」

「わかりました!」

 エレナは無数の光の剣を生み出し、その全てを穴へと落としていく。

 綺麗に連なった光の剣が、轟音を立てながら穴の中へと吸い込まれていく。

「<<爆炎陣>>」

 続いてアルフが炎の剣を穴に突き立て、唱える。

 荒れ狂う炎の竜巻が穴の底から巻き起こる。

「<<ヘビーストーン>>」

 俺もまた遥か上空に生み出した圧縮された小さな塊を穴へと落とす。その重量は400キロ程度。

 これに位置エネルギーを加えれば、少なくとも並の人間なら全身がバラバラになるはずだ。

「……感触がない?」

 しかし、塊はそのまま穴の底に落下し、落下音が響く。いるはずのアロードに当たることなく。

「なるほど、なるほど。中々強いじゃない。もしかして君がゴート達を倒したっていう二人のうちの一人かな?」

 後ろから聞こえたその声に、慌てて振り向く。

「ちっ……」

 そこには楽しそうににやつくアロードが立っていた。

「お前の目的は何なんだ? 何で俺たちを殺さない?」

 今もその前も、殺そうと思えば出来たはずだ。

 なのに攻撃されたのは泥の涙のメンバーのみ。わけがわからない。

「僕の目的? んー……今は魔王討伐を楽に出来ないか、だね」

「…………?」

「例えば君たちが倒したリッチも、僕が改造して強化した魔族なんだよ。魔族や魔物に殺される魔王ってのも面白いかな、ってね」

 嬉々として語るアロードは隙だらけのように見える。

 だが、穴の中から脱出した方法がわからない以上、迂闊な事は出来ない。

「戦力実験の為にどこかの街を襲わせようと思ってたのに……ま、君たち程度にやられるようじゃどっちにしても駄目かな」

「…………っ!?」

「ん? ああ。ドルカは僕たちが住んでるし、襲わせないから安心してよ」

「……そういう問題じゃないだろ!」

「そう? なら他の魔物や魔族を襲わせればいいの? でもそれって同族を殺させる事だよ? 酷いなぁ」

 こちらを煽るような表情で言葉を続けるアロード。

「それは……仕方ないだろ。俺は、同じ人類の味方なんだから」

「っ! あは、あははは! 人類の味方ってハハハハ!」 

 ケラケラと腹を抱えて笑うアロード。何なんだこいつは。

 アルフとエレナも、困惑した表情で立っている。

「そんなに人類が大事ならさ、今君たちがしたことは何なのさ? ねえ。あはは」

「…………?」

「自分たちの私怨の為に僕を殺して、魔族に人類が支配される事態を招こうとしたじゃないか」

 笑いすぎて目に浮かんだ涙を拭いながらアロードは告げる。

「僕たちは確かに魔法の実験なんかで何百人と殺してるけどさ、僕たちが居なかった頃はその何十倍も死んでたんだよ?」

「…………」

「安っぽい正義感で人類を滅ぼそうとするなんて、確かに僕ら人類にとって君は、魔王・・だね」

 大声で笑うアロードを前に、俺は言葉をなくしていた。

 実際その通りだからだ。俺のやろうとしていることは、この世界に生きる人達にとっては最低で、最悪な事だ。

 そんな俺が人類の味方なんて、確かに笑ってしまう。

 でも、それでも目の前で他の人や街が襲われていれば、俺は助けようとするだろう。

 ……俺はどうすれば、まさに偽善者じゃないか。

 

「まったく……なんて顔してるのかしら? 悠斗」

「っ!? フロリア?」

「人類の味方なんて、だいそれた事言うからそうなるのよ。私達ちっぽけな人間にできる事はただ、自分の味方でいることよ」

 突如として現れたフロリアは、スタスタと歩いていきアロードの前に堂々と立つ。

「久しぶりね? アロード」

「だね、フロリア。ご両親は元気?」
  
 ニヤニヤと笑みを浮かべるアロード。

 一瞬、ほんの一瞬だがフロリアの肩が震えた。

「……私は私の為に、勇者とアンタ達を殺すわ。必ずね」

「楽しみにしておくよ。フロリアお嬢様」

 小さな笑みを浮かべたまま、アロードはその姿を消した。

「瞬間移動?」

「違うわ。あれは分身よ」

 分身? どういうことだ?

「フロリア様、ご無事ですか!?」

 尋ねようと口を開きかけたところで、突如としてメアリーがフロリアの側に現れる。

 どうやらフロリアは女神によって転移され、その後を追ってメアリーがエリアテレポートで飛んできたようだ。

「問題ないわ」

「良かっ…………」

 息を切らしたメアリーが安堵のため息をつこうとした瞬間、その体はどさりと倒れた。

「え?」

「まさか……こんな早く……」

 そう呟くフロリアの顔は、驚愕というよりは困惑の表情を浮かべていた。

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