異世界冒険EX
悠斗と茜⑥
「何もこんな所まで来なくても……」
「いやー、一回夜にも来てみたくてさ……」
俺と茜は秘密基地の中に居た。
茜は壁際で体操座りをして、腕に顔を乗せてこちらを見ている。
流石に暗すぎるので持ち込んでいたライトをつけるが、所詮電池式の勉強机に置いていた物なので薄暗い。
今度、お父さんに言ってランプとかそう言うロマンチックな奴を買って貰うことにしよう。
「……夜に出掛けるのって何かドキドキしない?」
「……そりゃするけどさ……色んな意味で」
茜はおでこを膝に乗せ、俯いてしまう。
「…………」
「…………」
長い沈黙が訪れ、少しだけ居心地が悪い。
俺もちょっとだけ話があるのだが、どう切り出したものかと、少し困っている。
……ふう、どうしたものか。
「あのね……本当、なんだ。さっきお姉ちゃんが言ってたこと」
沈黙を破ったのは茜の方だった。
俯いたまま、小さな声で呟く。
「……ボクが触れるとね、みんな、死んじゃうんだよ……。お母さんも、お父さんも……ボクのせい……」
「……茜……」
途切れ途切れで語られるその内容に俺は言葉を失くす。それが本当なら……俺に言えることなんて一つもない。
「どんなに好きでも……っ。大切に思っててもねっ、触る事も出来ないんだ……!」
時折聞こえてくる鼻をすする音が、嗚咽の声が、茜が今どんな顔をしているのか教えてくる。ちくしょう。
「……ボクは、誰かを殺したいなんて思ったことなんか……一度も無いのに……っ!」
そうだよね。だって茜は……あの時も。
「……俺はさ、茜と会ったばかりだけどさ、茜はその、普通の、いや……その、か、可愛いくて、優しい女の子にしか思えないよ」
俺はそう言いながら茜の隣に歩いていき、座る。膝と膝とが触れ合うほどに近く。
どうもこの夜の、特別な雰囲気に飲まれてしまったようだ。胸の鼓動がうるさい。
「覚えてるか? 公園でさ、俺が殴られてる時に戻ってきてくれたじゃん。今度からはちゃんと逃げて欲しいんだけど、正直あの時はめちゃくちゃ嬉しかった……」
「……あー……あったね。そんなことも」
俺は女の子の為ならある程度の事は覚悟しているけれど、それでも痛いし、怖い。
だからきっとあの時、俺は……。
「……悠斗くんはさ、暖かいね」
「……? 茜の方が体温高くない?」
茜のいきなりの言葉に俺がそう答えると、茜は俯いたまま小さく笑う。
「あはは……そうじゃないよ。ボクはね、両親が倒れて、ボクの呪いのようなこの力に気づいてからは、誰にも触らなかったし、誰からも触れられなかった……」
茜は静かに顔を上げると、俺の顔を真っ直ぐに見る。
「だからね。悠斗くんは知らないだろうけど、初めて悠斗くんがボクの手を握った時、ボクはめちゃくちゃ驚いたし、怖かったんだ……」
「え……?」
「だって、一瞬ならともかくあれだけ長く触れ合ってたらさ……」
「あ、あー! そういうことか! てっきり嫌だったのかと思ったよ……」
もしもそうなら死ぬしかないところだった。良かった。本当に良かった。
「そんな訳ないよ。それどころか……いや……まあ、そんな訳だからさ、心配で悠斗くんの家に見に行ったんだよ」
「あー、それでか」
……いくら何でも暇だからって、初めて会ったばかりの俺の家に来るなんておかしいと思ったんだよ。
あれは大丈夫かどうか見に来てくれてたのか。
「でも、悠斗くん全然平気そうにしてるしさ……何か久々にお姉ちゃん以外と会話して……楽しくて……」
そうか。最初の頃、何だか暗かったのは俺が死ぬかも知れないと思ってたからなのか……。
「それにもしかして、ボクの呪いもなくなったのかなって期待したんだ。……ちょっと弘君で試そうかなって思ったぐらいに」
中島の奴、意外と運がいいな。いや、逆に悪いのか。
茜の手を握る事が出来なかったんだから。
「でも、結局は何も変わってなかった……。突き飛ばされた時か、突き飛ばした時かわからないけど……一瞬触れただけでも……あんな事に……」
「……茜……」
また茜は俯いてしまう。
そうか……茜も混乱してたんだ。
初めて自分が触っても平気な奴が居て、もしかしてもう力がなくなってるのかなと考えて、でも試すわけにもいかず……。
そうやって考えてる内に、お姉さんに言うのを忘れてしまっていたのか。
「ボクは……さ。生きてるだけで皆を危険に晒しちゃうから、だからもう……死んじゃうか、もしくは部屋に閉じこもった方が良いのかも……」
「っ! そんな馬鹿な――」
「なんて考えてたんだけどさ! 楽しかったんだ! 本当に! ……普通に会話して、普通に遊んで、手を繋いで帰って……。し、幸せだって思ったんだ……!」
茜は俺の言葉を遮り、珍しく大きな声で叫ぶ。
「あの時、頭の中をそんなことがぐるぐる回ってさ、こうすべきって事はわかるんだけど、でも、それでもボクだって普通に生きたくて、でもそれはボクのワガママで……!」
茜はそこで鼻をすすり、言葉を詰まらせる。
……なるほどね。茜は馬鹿だなぁ。
「いいじゃん、別に」
「え?」
俺の返事が意外だったのか、茜は顔を上げ、俺を見る。
涙や鼻水でぐちゃぐちゃの酷い顔だ。まったく。
「だって俺たちは子供なんだよ? ワガママ言って何が悪いのさ?」
「いやだってボクは――」
俺は茜の反論を封じるように、両手で茜のほっぺたを引っ張る。
「は、はにふるのさ! ゆうほくん!」
「誰だよそれ」
俺が思わず笑うと、茜も俺のほっぺたを掴んで来る。
「ちょっ、やえろよ!? やかえ!」
「やかえって……」
茜もまた笑って、その振動で俺の手が離れる。
同時に茜も手を離す。
「本当はさ、明日誘おうと思ってたんだけど……明日、夜から夏祭りがあるんだ。一緒に行かないか?」
まっすぐに茜の目を見つめる。一瞬、目が合うがすぐに逸らされてしまう。
「……行きたい……でも、」
「でも、は禁止だ。俺たちは子供なんだから」
俺が茜のほっぺたに両手を持って行くと、慌ててほっぺたを押さえる茜。
まったく可愛いなぁ。
「お姉さんの事なら任せてよ。きっと説得してみせるから」
「うーん……でも、お姉ちゃん結構頑固だよ? 実際ボク、人が集まる所には絶対連れて行って貰えなかったし……」
「大丈夫だよ。きっと。俺に任せてよ」
勝算はあるし、最悪また今日みたいに攫うだけだ。
「じゃあ、帰ろう。ちょっと寒いしさ」
立ち上がり、腕を擦る。茜の隣に座っていた時は感じなかったのに、急に寒い。
「お互い半袖、半ズボンだからね」
「いやいや、茜のはもっと丈短いじゃん。大丈夫?」
俺のズボンは膝まであるが、茜のは太もも辺りまでだ。ちょっと失敗。
「大丈夫だよ。……ていうか、何だか視線がいやらしいよ? 悠斗くん」
思わず、茜の太もも辺りを見ていると茜がジトっとした目で睨んでくる。
「こ、この暗さで何言ってるのさ……」
動揺を悟られぬ様に秘密基地から外に出る。
茜も俺に疑わしいといった視線を向けながらも同様に外へと出る。
そんな俺達を待ち構えていたのは……。
「うわ……すっげえ……」
「はわあ……」
満天の星空だった。
無数の星が薄明るい夜空を照らし、大きな満月が美しく輝いている。
「まさに満点だな……」
「悠斗くん……親父臭いね」
思わず出た俺のダジャレに茜の鋭い突っ込みが入る。
少しだけ悲しい気持ちになった。
「じゃ、その、寒いしさ……」
そう言って俺は手を差し出す。
「あ、うん。そうだね……」
茜の暖かい手が俺の手を強く握り締める。
その強さに少しだけ驚いて茜を見ると、泣き笑いの様な、何とも言えない顔で笑っている。
何だか凄く胸が苦しい。
茜だけは、絶対に茜だけは幸せになってほしい……というか、俺が必ずしてみせる。
満点の星空に俺は、そう誓った。
「いやー、一回夜にも来てみたくてさ……」
俺と茜は秘密基地の中に居た。
茜は壁際で体操座りをして、腕に顔を乗せてこちらを見ている。
流石に暗すぎるので持ち込んでいたライトをつけるが、所詮電池式の勉強机に置いていた物なので薄暗い。
今度、お父さんに言ってランプとかそう言うロマンチックな奴を買って貰うことにしよう。
「……夜に出掛けるのって何かドキドキしない?」
「……そりゃするけどさ……色んな意味で」
茜はおでこを膝に乗せ、俯いてしまう。
「…………」
「…………」
長い沈黙が訪れ、少しだけ居心地が悪い。
俺もちょっとだけ話があるのだが、どう切り出したものかと、少し困っている。
……ふう、どうしたものか。
「あのね……本当、なんだ。さっきお姉ちゃんが言ってたこと」
沈黙を破ったのは茜の方だった。
俯いたまま、小さな声で呟く。
「……ボクが触れるとね、みんな、死んじゃうんだよ……。お母さんも、お父さんも……ボクのせい……」
「……茜……」
途切れ途切れで語られるその内容に俺は言葉を失くす。それが本当なら……俺に言えることなんて一つもない。
「どんなに好きでも……っ。大切に思っててもねっ、触る事も出来ないんだ……!」
時折聞こえてくる鼻をすする音が、嗚咽の声が、茜が今どんな顔をしているのか教えてくる。ちくしょう。
「……ボクは、誰かを殺したいなんて思ったことなんか……一度も無いのに……っ!」
そうだよね。だって茜は……あの時も。
「……俺はさ、茜と会ったばかりだけどさ、茜はその、普通の、いや……その、か、可愛いくて、優しい女の子にしか思えないよ」
俺はそう言いながら茜の隣に歩いていき、座る。膝と膝とが触れ合うほどに近く。
どうもこの夜の、特別な雰囲気に飲まれてしまったようだ。胸の鼓動がうるさい。
「覚えてるか? 公園でさ、俺が殴られてる時に戻ってきてくれたじゃん。今度からはちゃんと逃げて欲しいんだけど、正直あの時はめちゃくちゃ嬉しかった……」
「……あー……あったね。そんなことも」
俺は女の子の為ならある程度の事は覚悟しているけれど、それでも痛いし、怖い。
だからきっとあの時、俺は……。
「……悠斗くんはさ、暖かいね」
「……? 茜の方が体温高くない?」
茜のいきなりの言葉に俺がそう答えると、茜は俯いたまま小さく笑う。
「あはは……そうじゃないよ。ボクはね、両親が倒れて、ボクの呪いのようなこの力に気づいてからは、誰にも触らなかったし、誰からも触れられなかった……」
茜は静かに顔を上げると、俺の顔を真っ直ぐに見る。
「だからね。悠斗くんは知らないだろうけど、初めて悠斗くんがボクの手を握った時、ボクはめちゃくちゃ驚いたし、怖かったんだ……」
「え……?」
「だって、一瞬ならともかくあれだけ長く触れ合ってたらさ……」
「あ、あー! そういうことか! てっきり嫌だったのかと思ったよ……」
もしもそうなら死ぬしかないところだった。良かった。本当に良かった。
「そんな訳ないよ。それどころか……いや……まあ、そんな訳だからさ、心配で悠斗くんの家に見に行ったんだよ」
「あー、それでか」
……いくら何でも暇だからって、初めて会ったばかりの俺の家に来るなんておかしいと思ったんだよ。
あれは大丈夫かどうか見に来てくれてたのか。
「でも、悠斗くん全然平気そうにしてるしさ……何か久々にお姉ちゃん以外と会話して……楽しくて……」
そうか。最初の頃、何だか暗かったのは俺が死ぬかも知れないと思ってたからなのか……。
「それにもしかして、ボクの呪いもなくなったのかなって期待したんだ。……ちょっと弘君で試そうかなって思ったぐらいに」
中島の奴、意外と運がいいな。いや、逆に悪いのか。
茜の手を握る事が出来なかったんだから。
「でも、結局は何も変わってなかった……。突き飛ばされた時か、突き飛ばした時かわからないけど……一瞬触れただけでも……あんな事に……」
「……茜……」
また茜は俯いてしまう。
そうか……茜も混乱してたんだ。
初めて自分が触っても平気な奴が居て、もしかしてもう力がなくなってるのかなと考えて、でも試すわけにもいかず……。
そうやって考えてる内に、お姉さんに言うのを忘れてしまっていたのか。
「ボクは……さ。生きてるだけで皆を危険に晒しちゃうから、だからもう……死んじゃうか、もしくは部屋に閉じこもった方が良いのかも……」
「っ! そんな馬鹿な――」
「なんて考えてたんだけどさ! 楽しかったんだ! 本当に! ……普通に会話して、普通に遊んで、手を繋いで帰って……。し、幸せだって思ったんだ……!」
茜は俺の言葉を遮り、珍しく大きな声で叫ぶ。
「あの時、頭の中をそんなことがぐるぐる回ってさ、こうすべきって事はわかるんだけど、でも、それでもボクだって普通に生きたくて、でもそれはボクのワガママで……!」
茜はそこで鼻をすすり、言葉を詰まらせる。
……なるほどね。茜は馬鹿だなぁ。
「いいじゃん、別に」
「え?」
俺の返事が意外だったのか、茜は顔を上げ、俺を見る。
涙や鼻水でぐちゃぐちゃの酷い顔だ。まったく。
「だって俺たちは子供なんだよ? ワガママ言って何が悪いのさ?」
「いやだってボクは――」
俺は茜の反論を封じるように、両手で茜のほっぺたを引っ張る。
「は、はにふるのさ! ゆうほくん!」
「誰だよそれ」
俺が思わず笑うと、茜も俺のほっぺたを掴んで来る。
「ちょっ、やえろよ!? やかえ!」
「やかえって……」
茜もまた笑って、その振動で俺の手が離れる。
同時に茜も手を離す。
「本当はさ、明日誘おうと思ってたんだけど……明日、夜から夏祭りがあるんだ。一緒に行かないか?」
まっすぐに茜の目を見つめる。一瞬、目が合うがすぐに逸らされてしまう。
「……行きたい……でも、」
「でも、は禁止だ。俺たちは子供なんだから」
俺が茜のほっぺたに両手を持って行くと、慌ててほっぺたを押さえる茜。
まったく可愛いなぁ。
「お姉さんの事なら任せてよ。きっと説得してみせるから」
「うーん……でも、お姉ちゃん結構頑固だよ? 実際ボク、人が集まる所には絶対連れて行って貰えなかったし……」
「大丈夫だよ。きっと。俺に任せてよ」
勝算はあるし、最悪また今日みたいに攫うだけだ。
「じゃあ、帰ろう。ちょっと寒いしさ」
立ち上がり、腕を擦る。茜の隣に座っていた時は感じなかったのに、急に寒い。
「お互い半袖、半ズボンだからね」
「いやいや、茜のはもっと丈短いじゃん。大丈夫?」
俺のズボンは膝まであるが、茜のは太もも辺りまでだ。ちょっと失敗。
「大丈夫だよ。……ていうか、何だか視線がいやらしいよ? 悠斗くん」
思わず、茜の太もも辺りを見ていると茜がジトっとした目で睨んでくる。
「こ、この暗さで何言ってるのさ……」
動揺を悟られぬ様に秘密基地から外に出る。
茜も俺に疑わしいといった視線を向けながらも同様に外へと出る。
そんな俺達を待ち構えていたのは……。
「うわ……すっげえ……」
「はわあ……」
満天の星空だった。
無数の星が薄明るい夜空を照らし、大きな満月が美しく輝いている。
「まさに満点だな……」
「悠斗くん……親父臭いね」
思わず出た俺のダジャレに茜の鋭い突っ込みが入る。
少しだけ悲しい気持ちになった。
「じゃ、その、寒いしさ……」
そう言って俺は手を差し出す。
「あ、うん。そうだね……」
茜の暖かい手が俺の手を強く握り締める。
その強さに少しだけ驚いて茜を見ると、泣き笑いの様な、何とも言えない顔で笑っている。
何だか凄く胸が苦しい。
茜だけは、絶対に茜だけは幸せになってほしい……というか、俺が必ずしてみせる。
満点の星空に俺は、そう誓った。
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