異世界冒険EX
悠斗と茜②
「ただいまー」
「おかえりーってどうしたのその顔?」
扉を開け、玄関に入ると、リビングからひょっこりと顔を出したお母さんが顔をしかめる。
「え? あー、そうなんだよ。公園でね……」
待てよ。
俺も顔とか腹とか殴られたけれど金的にバッドの方が……悪い、かも?
「公園で……?」
……ダメだ。わからん。下手なことは言わない方がいいかな。
「転んだんだ。そう、もうびっくりするぐらいに」
「……ふーん……じゃあ中島君に聞いてみようかしら?」
「待って、待って。間違えた。帰り道でね、転んだんだ。だから中島は知らないよ」
「……大丈夫なの?」
「うん。大丈夫、大丈夫」
俺がそう言うとお母さんは俺の顔をジッと見つめ、一つため息をつく。
「ちょっと待ってなさい。今、救急箱持ってくるから」
「うん。ありがとー」
ふう。
誤魔化せてはいないけど、追求されなかったし良かった。
お母さんはなんだかんだ察してくれるから好きだなあ。ほんと。
「すみませーん!」
……っとチャイムの音だ。誰だろ? 一緒に聞こえた声は女の人だったけど。
「どちら様ですかー?」
「あ……」
扉を開けると朝、家に来た女性だった。
……あ、もしかして茜の母親かな。
いや、それにしては若いなあ。まだ二十代でも通じるんじゃないかな?
いや、むしろ十代でも……ギリギリアウトか。
「悠斗君だよね? ごめんね。茜のせいで」
「え? あの? 何の話ですか?」
「さっき茜から聞いたの。公園で絡まれてたのを、助けてくれたんでしょ?」
「いやー……どちらかというと助けてもらったような感じです」
「そうなの? 茜から聞いた話では絡まれてたら悠斗君が入ってきて、相手の子の股間をバットで叩いて手を繋いで逃げてきたって……」
「ちょっと待って! それは違うよ! 止めに入ったらボコボコにされて、それで茜ちゃんがバットで助けてくれて、まあ股間叩いたのは僕なんですけど……」
そんな最初から股間を狙いに行った訳じゃないよ。うん。
「……へー。それで、手を繋いだのは本当なのかな?」
「え? あ、はい」
気にする所そこか。もっとあるような気がするけど。
こちとら小学三年生だぞ、邪な気持ちなんて少ししかないよ。
「大丈夫? 体におかしなところとか無い?」
「え? あ、大丈夫です。相手も六年生とはいえ小学生ですから」
「……そう。本当ありがとうね。コレ良かったら食べて」
そう言って手渡されたのは高級そうなチョコレートの詰め合わせだった。……こんなの初めてみた。
「…………」
いや、ぷくぷくたい○きの美味しさはこんな物に負けない。うん。
そういえば実は、ぷくぷくたい○きの当たりの絵がしょぼい事を知ってるのは俺ぐらいじゃないか? みんな当たり付きという事自体知らないんじゃ……おっと。
「えーいや、大丈夫です。本当に。こんな物貰うほどのことはしてないので」
「いいからいいから。これからも茜と仲良くしてあげてね」
「それはもちろん! こちらからお願いしたいぐらいです! 是非! ええ!」
よし! 親御さんの承認は得たぞ! 仲良くするとも! あなたの想像以上に!
「そ、そう。茜も喜ぶわ。じゃあ、お母さん呼んでくれる?」
「…………」
どうやらちょっと勢いがつきすぎてしまったようで、少し引かれてしまった……。
にしてもお母さんはなあ。会わせてしまうと嘘がばれてしまうし……。
「えーと、お母さんはちょっと今……」
「呼んだ?」
「お母さん……」
タイミング良く、救急箱を片手に持ったおかーさまが登場されました。
ぐえー。
「……この度は申し訳ありませんでした」
「え、どうしたの? 森羅さん?」
「それが――」
茜の母親が説明を始める。ぐぬぬ。流石に邪魔は出来ないし……。
「……なるほど。そうだったんですか。うちの子はびっくりするぐらい転んだとか言っていたもので……」
ああ、視線が痛い。
「そちらの茜ちゃんは怪我は無かったのですか?」
「はい。少し膝をすりむいた程度ですね」
「それは良かったです。とりあえず……相手の子の親とも話さないといけないようですね」
「はい……」
「じゃあ、今から行きましょうか? お時間大丈夫ですか?」
「あ、大丈夫です」
どんどん面倒な事になってきたなあ。こういう雰囲気マジで苦手だ……。
「悠斗アレ出して」
「……はい」
「なんですかコレ?」
俺が取り出し、母親へ手渡したものを見て茜の母親が尋ねる。
「ボイスレコーダーです。子供の喧嘩とかって言った言ってない、やったやってないになりやすいじゃないですか。だから持たせてるんです」
「なるほどー。うちも持たせようかなー」
「じゃあ、行きましょうか」
そう言って二人は扉を開き、出て行く。
「…………」
どうなるかねえ。うーん……悪いのは相手だよな。
でもバットで股間は……うーん。
ていうか、俺の怪我は放置か。そうか。
いや、自分で出来るけども。……ちょっと抜けてるところもうちのお母様の魅力だよ。うん。ほんと。
「……あ、はい!」
またチャイムか。マミーが戻ってくるには早いし、誰だろ? 中島か?
「はい」
「……こんにちわ」
「あ、茜? どうしたの?」
玄関の扉を開くと、茜が立っていた。
なんと今度は娘の方か。ちょっと意外だ。なんの用だろ?
あ……もしかして手当てしてくれるイベントだったんじゃ……?
しまった。もう終わってしまったぞ。
「…………暇……」
……。
……え? それだけ?
「あ、えーと、そうだ! さっき茜のお母さんに貰ったチョコがあるから一緒に食べる?」
「……? うん」
何故か不思議そうな顔をした茜をとりあえず中に入れ、扉を閉める。
さてこれで邪魔は……じゃなくて。
暇って。嬉しいけど、なんか不思議な子だなあ。
◆◇◆
「うわっ……何コレ! めちゃくちゃ美味しい!」
「…………そう?」
とりあえず俺の部屋でチョコレートを食べているわけだが……。俺は初めて本当のチョコレートを食べたのかもしれない……。
「…………」
口に入った瞬間、融けだし甘さが口いっぱいに広がっていく。くどさも無く、チョコレートなのにさわやかさを感じる甘さだ。これはおいしい。
なんだこれ。俺がいつも食べてるチョコはなんだったんだ。
いや、ぷくぷくた○やきもブラックさ○だーも好きだけどさ。
「……そんなに美味しい?」
「うん。ってまさか茜、お菓子とかいつもこういうの食べてるのか?」
「……うん」
「……これが格差社会か」
「……それ小学三年生の言うことじゃないよ」
「あれ? なんで学年知ってるの? 言ったっけ?」
「……お姉ちゃんから聞いた」
「ん? ……あ、お姉さんだったんだ。いや、若いとは思ったんだよ」
なるほど。だから、あの時不思議そうな顔してたのか。
両親はどうしたんだろう。……うーん。聞いてもろくなことにならないな。
こんな見えてる地雷は踏めない。
「あ、そういえば茜の学年は?」
「……一緒」
「へー、じゃあ同じクラスなら良いな」
「……うん」
茜は食べ飽きているのか、用意した牛乳ばかり飲んで、あまりチョコレートには手を出さない。
おかげで、俺ばかり食べていて少し気まずい事になっている。
「いつから登校なの?」
「……夏休み明け」
「宿題は?」
「……ない」
「マジかー。羨ましい。俺まだちょっと残ってるんだよねー」
と、チラリと茜を見る。手伝ってくれとの意思を込めて。
「……手伝う?」
よしきた。やっぱり茜は優しいなあ。
「いいの!? じゃあ、俺は絵日記を捏造するから他の手伝って!」
「……わかった」
よしよし。
後三日でどうするか悩んでいたところだ。最悪、親に泣きつこうと思っていたけれど、茜のお陰で何とかなりそうだ。
これで、お小遣いの減額は避けられそうだ。
「本当ちょっとだから……」
そう言って机から夏休みの宿題を取り出し、テーブルの上に並べる。
「……ちょっと?」
パラパラとドリルやテキストを流し見しながら茜が呟く。
「ま、まあちょっとじゃないかもね、うん」
「……八割ぐらいある」
「あ、アイス食べるか? な?」
「……うん」
それから俺達は途中アイス食べたり、漫画を読んだりしながらもガンガン宿題を進めた。いや、まあうん。ジワジワかな。
茜は頭がいいようで、特に詰まることも無く解いていく。
「……あれ……?」
アイスは意外と茜にも好評で、既に三本目を食べている。がり○りくんは美味しいからなあ。特にナシ味。
うーん……それにしてもなんだろう。この感じ。いつもと違うような……。
今までも女の子を部屋に入れたことはあるけど、何だかこう――。
「……悠斗くん、これ間違ってる。……これも」
「マジで? あれ?」
茜の指差す問題を見るが、どこが間違っているのかわからない。
えーと、アレがこうで、コレがあれだから……
あれれ?
「……もしかして悠斗くんって……」
ジトっとした目で茜が俺を見る。
「なんだよその目は。分数なんてわからなくても困んないし、別にいいじゃん」
「いや、今現在困ってるじゃん」
「ぐぬぬ」
言い負かされてしまった。
「……明日も来るね。流石に一日じゃ終わらないよ」
「えー、明日は中島と秘密基地の改築に行く予定が……」
増築が正しいか? まあいいや。
「……改築って……悠斗くんって言葉使い変だよね」
「よく言われる」
言葉を話せるようになってから、ずっとこんな感じだ。両親の読み聞かせの結果か、はたまた別の理由かわからないけれど。
「……ボクも行っていいかな?」
「勿論いいけど。……ボク?」
「……あ」
しまった、と目を丸くする茜。いや、俺もちょっと驚いてるんだけれど。
「……茜も変だよ」
「……あ、悠斗くんこれも違う」
茜は白い頬を少し赤く染めながら、誤魔化すように俺の間違いを指摘してくる。
「げげー。おかしいなあ」
……自分のことボクって……まさか……。いや、そんなはずない。そんなエンドだけはやめて頂きたい……いや、ありえない。
でも……一応確認しておこう。
「あのー、茜って男の子じゃないよ、ね?」
「……カッチーン。……悠斗くんこそ女の子じゃないよね?」
口で言うな。口で。それに、
「俺はどう見ても男だろ!?」
「ボクもどう見ても女の子じゃん!」
「いや、ま、まあそうなんだけど……」
見た目は確かにそうなんだけど、むしろこんな可愛い子が男だったら何も信じられなくなっちゃうけどさ。
「悠斗くんこそ顔だけ見たら女の子みたいだよ!」
怒涛の勢いで追撃してくる茜。どうやら逆鱗だったようだ。
「いや、だって自分のことボクって言ってたから……」
「こ、これは昔、お姉ちゃんがキャラ付けとか言って……あっ」
「キャラ付け?」
「なんでもない! 明日何時なの?」
「え? あ、えーと昼の一時ぐらいかな。迎えに行くよ。隣だし」
「わかった! またね!」
そう言うと慌てて部屋を飛び出す茜。うーん……速い。俺で無きゃ見逃しちゃうね。
そして数秒後、玄関のドアの閉まる音がする。
「…………」
帰っていったみたいだけど……本当にわかんない子だなあ。最初、暗い子みたいだったのにさっきはあんな感じだし。
うーん……まあいいか。
にしても、なんだろうね。この感じ。うーん……。
◆◇◆
「ただいまー」
しばらく大人しく漫……読者感想文の為の本を読んでいた所、お母さんが帰ってきた。
「おかえりー。どうだった?」
「注意しとくって」
「えー? それだけ?」
まあ、そんなものか。俺の方はお咎めなしみたいだな。良かった。
「何か一人の子は私立の中学に進むつもりらしくて、大事にしないでくれって頼まれちゃったわ。それに何だかバタバタしてるみたいだったわね。救急車も来ていたし」
「ふーん……」
……まさか股間潰れた? いや、それなら流石にうちに文句言いに来るはずだ。
ただの偶然か。
「あんたの怪我次第では治療費とかも請求するけど、とりあえずあんたと茜ちゃんには近づかないように言っておいたから」
「ならいいけど」
「それと一応、明日病院に行くわよ。頭殴られちゃってるからね。これ以上馬鹿になっちゃたら……」
「お馬鹿キャラで芸能界入りだね」
「……はあ。もう古いわよ。まあ、大丈夫そうだし、明日にしましょうか。もうすぐお父さんも帰ってくるし」
俺の軽い冗談に、お母さんはため息をつきながらも突っ込んでくれる。ちょっと嬉しい。
「あ、でも明日は一時から中島と茜と遊ぶ約束してるんだけど」
「それまでには終わるわよ」
「ならいいけど」
「ただいまー」
ガチャリと鍵が回る音がして、お母さんと廊下に出ると、スーツ姿のお父さんが靴を脱いでいた。
「おかえりー」
「お帰りなさい。あなた」
二人で出迎えるとお父さんは、ポンと俺の頭の上に手を置き、撫でてくる。
「悠斗、聞いたぞ? お隣の娘さん助けたらしいな?」
「いやー……微妙な所なんだけど」
「可愛い子だったのか?」
「そりゃもう! 当たり前じゃん! じゃなかったら関わってないよ」
お父さんの質問に、身振り手振りを交えながら茜がどれだけ可愛いかを語る。
それをお母さんはジトっとした目で見てくる。
「はあ……。何でこんな子に育っちゃったのかねえ」
お母さんが本日三回目のため息をつく。
「そうか、そうか」
逆にお父さんはニッコリと笑顔を浮かべると、俺の肩を掴み、しっかりと目を合わせてくる。
「いいか? 悠斗。男の幸せはな、可愛い、もしくは美しい女性とイチャイチャすることにある」
「うん」
「だけどな、そういう女性は大人になる頃には大抵売り切れている……。だからな、今がチャンスなんだぞ!? 恥ずかしがって女の子と関わらないなんてなぁ、地球上で一番馬鹿がすることだ!」
「うん! わかってるよ! 俺は世界で一番幸せな男になるよ!」
お父さんの言葉に俺は元気よく答える。だって、お父さんの言うとおりにしていると、本当に毎日が幸せだ。
「悠斗……。良く言っ「お前のせいかー!」
「ちょっ……急にどうしたんだよ!? エリ! 痛い!」
しかし、お母さんは怒涛の勢いでお父さんの頭を片手で鷲掴みにする。
意外と大きいお母さんの手が、お父さんのこめかみを力の限り締め上げる。
「どうしたじゃないでしょうが! 何の教育してるのよ!」
「お、男の生き方についてだよ。こういうのは早いうちにしておかないと」
お父さんがお母さんの手を必死にタップしている。
痛いんだよなぁ……アレ。頭蓋骨が凹むイメージが浮かぶぐらいに。
「おかしいと思ったのよ……。悠斗の友達は綺麗な女の子ばっかりで、男の友達なんて中島君だけじゃない」
「なんだと? 悠斗に男の友達がいるのか?」
「そこは問題じゃないわよ!」
お父さんは掴まれたまま、視線だけ俺に向けると、呆れたような表情になる。
「おいおい、悠斗……男と遊んでても時間の無駄だぞ?」
わかってるとも、お父さん。
「ふふ。だけどね、その中島にはお姉さんがいるんだ」
「わかったぞ! その姉が可愛いんだな」
「そう! まあ、可愛いというよりは美人さんなんだけどさ!」
お父さんがグーの形で伸ばした手に、同じようにグーを作りタッチする。
「こ、こいつら……はあ、まあいいわ。食事にしましょ。すぐ作るから風呂にでも入ってて」
そう言って、お母さんは台所へと向かう。と、同時に俺とお父さんの表情が凍りつく。
「……あー、悠斗。お前は可愛いだけじゃなく、料理も上手な嫁さんを貰えよ」
「……もちろん」
それだけ言うと、お父さんはお母さんの後を追う。
「ちょっと待ってくれ! エリ。俺も手伝うよ」
「いいからお風呂入ってなさい」
「いや、手伝わせてください」
「? まあいいけど」
お母さんは不思議そうな顔をしているが、はっきり言ってお母さんがやっているのは調理じゃない、実験だ。
「……挑戦的過ぎるんだよなぁ」
その後、お父さんが「それは違う!」とか「火力!」とか「だからアレンジはいらないって!」とか色々叫んでいたけれど、いつもよりは美味しい晩ごはんを食べ、シャワーを浴び、眠りについた。
宿題はまた今度だ……。
「…………」
森羅茜ちゃんか……うーん。何だかなぁ、胸がモヤモヤする。
「おかえりーってどうしたのその顔?」
扉を開け、玄関に入ると、リビングからひょっこりと顔を出したお母さんが顔をしかめる。
「え? あー、そうなんだよ。公園でね……」
待てよ。
俺も顔とか腹とか殴られたけれど金的にバッドの方が……悪い、かも?
「公園で……?」
……ダメだ。わからん。下手なことは言わない方がいいかな。
「転んだんだ。そう、もうびっくりするぐらいに」
「……ふーん……じゃあ中島君に聞いてみようかしら?」
「待って、待って。間違えた。帰り道でね、転んだんだ。だから中島は知らないよ」
「……大丈夫なの?」
「うん。大丈夫、大丈夫」
俺がそう言うとお母さんは俺の顔をジッと見つめ、一つため息をつく。
「ちょっと待ってなさい。今、救急箱持ってくるから」
「うん。ありがとー」
ふう。
誤魔化せてはいないけど、追求されなかったし良かった。
お母さんはなんだかんだ察してくれるから好きだなあ。ほんと。
「すみませーん!」
……っとチャイムの音だ。誰だろ? 一緒に聞こえた声は女の人だったけど。
「どちら様ですかー?」
「あ……」
扉を開けると朝、家に来た女性だった。
……あ、もしかして茜の母親かな。
いや、それにしては若いなあ。まだ二十代でも通じるんじゃないかな?
いや、むしろ十代でも……ギリギリアウトか。
「悠斗君だよね? ごめんね。茜のせいで」
「え? あの? 何の話ですか?」
「さっき茜から聞いたの。公園で絡まれてたのを、助けてくれたんでしょ?」
「いやー……どちらかというと助けてもらったような感じです」
「そうなの? 茜から聞いた話では絡まれてたら悠斗君が入ってきて、相手の子の股間をバットで叩いて手を繋いで逃げてきたって……」
「ちょっと待って! それは違うよ! 止めに入ったらボコボコにされて、それで茜ちゃんがバットで助けてくれて、まあ股間叩いたのは僕なんですけど……」
そんな最初から股間を狙いに行った訳じゃないよ。うん。
「……へー。それで、手を繋いだのは本当なのかな?」
「え? あ、はい」
気にする所そこか。もっとあるような気がするけど。
こちとら小学三年生だぞ、邪な気持ちなんて少ししかないよ。
「大丈夫? 体におかしなところとか無い?」
「え? あ、大丈夫です。相手も六年生とはいえ小学生ですから」
「……そう。本当ありがとうね。コレ良かったら食べて」
そう言って手渡されたのは高級そうなチョコレートの詰め合わせだった。……こんなの初めてみた。
「…………」
いや、ぷくぷくたい○きの美味しさはこんな物に負けない。うん。
そういえば実は、ぷくぷくたい○きの当たりの絵がしょぼい事を知ってるのは俺ぐらいじゃないか? みんな当たり付きという事自体知らないんじゃ……おっと。
「えーいや、大丈夫です。本当に。こんな物貰うほどのことはしてないので」
「いいからいいから。これからも茜と仲良くしてあげてね」
「それはもちろん! こちらからお願いしたいぐらいです! 是非! ええ!」
よし! 親御さんの承認は得たぞ! 仲良くするとも! あなたの想像以上に!
「そ、そう。茜も喜ぶわ。じゃあ、お母さん呼んでくれる?」
「…………」
どうやらちょっと勢いがつきすぎてしまったようで、少し引かれてしまった……。
にしてもお母さんはなあ。会わせてしまうと嘘がばれてしまうし……。
「えーと、お母さんはちょっと今……」
「呼んだ?」
「お母さん……」
タイミング良く、救急箱を片手に持ったおかーさまが登場されました。
ぐえー。
「……この度は申し訳ありませんでした」
「え、どうしたの? 森羅さん?」
「それが――」
茜の母親が説明を始める。ぐぬぬ。流石に邪魔は出来ないし……。
「……なるほど。そうだったんですか。うちの子はびっくりするぐらい転んだとか言っていたもので……」
ああ、視線が痛い。
「そちらの茜ちゃんは怪我は無かったのですか?」
「はい。少し膝をすりむいた程度ですね」
「それは良かったです。とりあえず……相手の子の親とも話さないといけないようですね」
「はい……」
「じゃあ、今から行きましょうか? お時間大丈夫ですか?」
「あ、大丈夫です」
どんどん面倒な事になってきたなあ。こういう雰囲気マジで苦手だ……。
「悠斗アレ出して」
「……はい」
「なんですかコレ?」
俺が取り出し、母親へ手渡したものを見て茜の母親が尋ねる。
「ボイスレコーダーです。子供の喧嘩とかって言った言ってない、やったやってないになりやすいじゃないですか。だから持たせてるんです」
「なるほどー。うちも持たせようかなー」
「じゃあ、行きましょうか」
そう言って二人は扉を開き、出て行く。
「…………」
どうなるかねえ。うーん……悪いのは相手だよな。
でもバットで股間は……うーん。
ていうか、俺の怪我は放置か。そうか。
いや、自分で出来るけども。……ちょっと抜けてるところもうちのお母様の魅力だよ。うん。ほんと。
「……あ、はい!」
またチャイムか。マミーが戻ってくるには早いし、誰だろ? 中島か?
「はい」
「……こんにちわ」
「あ、茜? どうしたの?」
玄関の扉を開くと、茜が立っていた。
なんと今度は娘の方か。ちょっと意外だ。なんの用だろ?
あ……もしかして手当てしてくれるイベントだったんじゃ……?
しまった。もう終わってしまったぞ。
「…………暇……」
……。
……え? それだけ?
「あ、えーと、そうだ! さっき茜のお母さんに貰ったチョコがあるから一緒に食べる?」
「……? うん」
何故か不思議そうな顔をした茜をとりあえず中に入れ、扉を閉める。
さてこれで邪魔は……じゃなくて。
暇って。嬉しいけど、なんか不思議な子だなあ。
◆◇◆
「うわっ……何コレ! めちゃくちゃ美味しい!」
「…………そう?」
とりあえず俺の部屋でチョコレートを食べているわけだが……。俺は初めて本当のチョコレートを食べたのかもしれない……。
「…………」
口に入った瞬間、融けだし甘さが口いっぱいに広がっていく。くどさも無く、チョコレートなのにさわやかさを感じる甘さだ。これはおいしい。
なんだこれ。俺がいつも食べてるチョコはなんだったんだ。
いや、ぷくぷくた○やきもブラックさ○だーも好きだけどさ。
「……そんなに美味しい?」
「うん。ってまさか茜、お菓子とかいつもこういうの食べてるのか?」
「……うん」
「……これが格差社会か」
「……それ小学三年生の言うことじゃないよ」
「あれ? なんで学年知ってるの? 言ったっけ?」
「……お姉ちゃんから聞いた」
「ん? ……あ、お姉さんだったんだ。いや、若いとは思ったんだよ」
なるほど。だから、あの時不思議そうな顔してたのか。
両親はどうしたんだろう。……うーん。聞いてもろくなことにならないな。
こんな見えてる地雷は踏めない。
「あ、そういえば茜の学年は?」
「……一緒」
「へー、じゃあ同じクラスなら良いな」
「……うん」
茜は食べ飽きているのか、用意した牛乳ばかり飲んで、あまりチョコレートには手を出さない。
おかげで、俺ばかり食べていて少し気まずい事になっている。
「いつから登校なの?」
「……夏休み明け」
「宿題は?」
「……ない」
「マジかー。羨ましい。俺まだちょっと残ってるんだよねー」
と、チラリと茜を見る。手伝ってくれとの意思を込めて。
「……手伝う?」
よしきた。やっぱり茜は優しいなあ。
「いいの!? じゃあ、俺は絵日記を捏造するから他の手伝って!」
「……わかった」
よしよし。
後三日でどうするか悩んでいたところだ。最悪、親に泣きつこうと思っていたけれど、茜のお陰で何とかなりそうだ。
これで、お小遣いの減額は避けられそうだ。
「本当ちょっとだから……」
そう言って机から夏休みの宿題を取り出し、テーブルの上に並べる。
「……ちょっと?」
パラパラとドリルやテキストを流し見しながら茜が呟く。
「ま、まあちょっとじゃないかもね、うん」
「……八割ぐらいある」
「あ、アイス食べるか? な?」
「……うん」
それから俺達は途中アイス食べたり、漫画を読んだりしながらもガンガン宿題を進めた。いや、まあうん。ジワジワかな。
茜は頭がいいようで、特に詰まることも無く解いていく。
「……あれ……?」
アイスは意外と茜にも好評で、既に三本目を食べている。がり○りくんは美味しいからなあ。特にナシ味。
うーん……それにしてもなんだろう。この感じ。いつもと違うような……。
今までも女の子を部屋に入れたことはあるけど、何だかこう――。
「……悠斗くん、これ間違ってる。……これも」
「マジで? あれ?」
茜の指差す問題を見るが、どこが間違っているのかわからない。
えーと、アレがこうで、コレがあれだから……
あれれ?
「……もしかして悠斗くんって……」
ジトっとした目で茜が俺を見る。
「なんだよその目は。分数なんてわからなくても困んないし、別にいいじゃん」
「いや、今現在困ってるじゃん」
「ぐぬぬ」
言い負かされてしまった。
「……明日も来るね。流石に一日じゃ終わらないよ」
「えー、明日は中島と秘密基地の改築に行く予定が……」
増築が正しいか? まあいいや。
「……改築って……悠斗くんって言葉使い変だよね」
「よく言われる」
言葉を話せるようになってから、ずっとこんな感じだ。両親の読み聞かせの結果か、はたまた別の理由かわからないけれど。
「……ボクも行っていいかな?」
「勿論いいけど。……ボク?」
「……あ」
しまった、と目を丸くする茜。いや、俺もちょっと驚いてるんだけれど。
「……茜も変だよ」
「……あ、悠斗くんこれも違う」
茜は白い頬を少し赤く染めながら、誤魔化すように俺の間違いを指摘してくる。
「げげー。おかしいなあ」
……自分のことボクって……まさか……。いや、そんなはずない。そんなエンドだけはやめて頂きたい……いや、ありえない。
でも……一応確認しておこう。
「あのー、茜って男の子じゃないよ、ね?」
「……カッチーン。……悠斗くんこそ女の子じゃないよね?」
口で言うな。口で。それに、
「俺はどう見ても男だろ!?」
「ボクもどう見ても女の子じゃん!」
「いや、ま、まあそうなんだけど……」
見た目は確かにそうなんだけど、むしろこんな可愛い子が男だったら何も信じられなくなっちゃうけどさ。
「悠斗くんこそ顔だけ見たら女の子みたいだよ!」
怒涛の勢いで追撃してくる茜。どうやら逆鱗だったようだ。
「いや、だって自分のことボクって言ってたから……」
「こ、これは昔、お姉ちゃんがキャラ付けとか言って……あっ」
「キャラ付け?」
「なんでもない! 明日何時なの?」
「え? あ、えーと昼の一時ぐらいかな。迎えに行くよ。隣だし」
「わかった! またね!」
そう言うと慌てて部屋を飛び出す茜。うーん……速い。俺で無きゃ見逃しちゃうね。
そして数秒後、玄関のドアの閉まる音がする。
「…………」
帰っていったみたいだけど……本当にわかんない子だなあ。最初、暗い子みたいだったのにさっきはあんな感じだし。
うーん……まあいいか。
にしても、なんだろうね。この感じ。うーん……。
◆◇◆
「ただいまー」
しばらく大人しく漫……読者感想文の為の本を読んでいた所、お母さんが帰ってきた。
「おかえりー。どうだった?」
「注意しとくって」
「えー? それだけ?」
まあ、そんなものか。俺の方はお咎めなしみたいだな。良かった。
「何か一人の子は私立の中学に進むつもりらしくて、大事にしないでくれって頼まれちゃったわ。それに何だかバタバタしてるみたいだったわね。救急車も来ていたし」
「ふーん……」
……まさか股間潰れた? いや、それなら流石にうちに文句言いに来るはずだ。
ただの偶然か。
「あんたの怪我次第では治療費とかも請求するけど、とりあえずあんたと茜ちゃんには近づかないように言っておいたから」
「ならいいけど」
「それと一応、明日病院に行くわよ。頭殴られちゃってるからね。これ以上馬鹿になっちゃたら……」
「お馬鹿キャラで芸能界入りだね」
「……はあ。もう古いわよ。まあ、大丈夫そうだし、明日にしましょうか。もうすぐお父さんも帰ってくるし」
俺の軽い冗談に、お母さんはため息をつきながらも突っ込んでくれる。ちょっと嬉しい。
「あ、でも明日は一時から中島と茜と遊ぶ約束してるんだけど」
「それまでには終わるわよ」
「ならいいけど」
「ただいまー」
ガチャリと鍵が回る音がして、お母さんと廊下に出ると、スーツ姿のお父さんが靴を脱いでいた。
「おかえりー」
「お帰りなさい。あなた」
二人で出迎えるとお父さんは、ポンと俺の頭の上に手を置き、撫でてくる。
「悠斗、聞いたぞ? お隣の娘さん助けたらしいな?」
「いやー……微妙な所なんだけど」
「可愛い子だったのか?」
「そりゃもう! 当たり前じゃん! じゃなかったら関わってないよ」
お父さんの質問に、身振り手振りを交えながら茜がどれだけ可愛いかを語る。
それをお母さんはジトっとした目で見てくる。
「はあ……。何でこんな子に育っちゃったのかねえ」
お母さんが本日三回目のため息をつく。
「そうか、そうか」
逆にお父さんはニッコリと笑顔を浮かべると、俺の肩を掴み、しっかりと目を合わせてくる。
「いいか? 悠斗。男の幸せはな、可愛い、もしくは美しい女性とイチャイチャすることにある」
「うん」
「だけどな、そういう女性は大人になる頃には大抵売り切れている……。だからな、今がチャンスなんだぞ!? 恥ずかしがって女の子と関わらないなんてなぁ、地球上で一番馬鹿がすることだ!」
「うん! わかってるよ! 俺は世界で一番幸せな男になるよ!」
お父さんの言葉に俺は元気よく答える。だって、お父さんの言うとおりにしていると、本当に毎日が幸せだ。
「悠斗……。良く言っ「お前のせいかー!」
「ちょっ……急にどうしたんだよ!? エリ! 痛い!」
しかし、お母さんは怒涛の勢いでお父さんの頭を片手で鷲掴みにする。
意外と大きいお母さんの手が、お父さんのこめかみを力の限り締め上げる。
「どうしたじゃないでしょうが! 何の教育してるのよ!」
「お、男の生き方についてだよ。こういうのは早いうちにしておかないと」
お父さんがお母さんの手を必死にタップしている。
痛いんだよなぁ……アレ。頭蓋骨が凹むイメージが浮かぶぐらいに。
「おかしいと思ったのよ……。悠斗の友達は綺麗な女の子ばっかりで、男の友達なんて中島君だけじゃない」
「なんだと? 悠斗に男の友達がいるのか?」
「そこは問題じゃないわよ!」
お父さんは掴まれたまま、視線だけ俺に向けると、呆れたような表情になる。
「おいおい、悠斗……男と遊んでても時間の無駄だぞ?」
わかってるとも、お父さん。
「ふふ。だけどね、その中島にはお姉さんがいるんだ」
「わかったぞ! その姉が可愛いんだな」
「そう! まあ、可愛いというよりは美人さんなんだけどさ!」
お父さんがグーの形で伸ばした手に、同じようにグーを作りタッチする。
「こ、こいつら……はあ、まあいいわ。食事にしましょ。すぐ作るから風呂にでも入ってて」
そう言って、お母さんは台所へと向かう。と、同時に俺とお父さんの表情が凍りつく。
「……あー、悠斗。お前は可愛いだけじゃなく、料理も上手な嫁さんを貰えよ」
「……もちろん」
それだけ言うと、お父さんはお母さんの後を追う。
「ちょっと待ってくれ! エリ。俺も手伝うよ」
「いいからお風呂入ってなさい」
「いや、手伝わせてください」
「? まあいいけど」
お母さんは不思議そうな顔をしているが、はっきり言ってお母さんがやっているのは調理じゃない、実験だ。
「……挑戦的過ぎるんだよなぁ」
その後、お父さんが「それは違う!」とか「火力!」とか「だからアレンジはいらないって!」とか色々叫んでいたけれど、いつもよりは美味しい晩ごはんを食べ、シャワーを浴び、眠りについた。
宿題はまた今度だ……。
「…………」
森羅茜ちゃんか……うーん。何だかなぁ、胸がモヤモヤする。
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