【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります
第15話『おっさん、新規事業開拓の手伝いをする』
カラン、とドアベルが乾いた音を立てる。
開いたドアをの隙間から光が漏れることはなく、店内は街灯のみが照らす夜の町とさほど変わらない明るさだった。
「いらっしゃいませ」
女性の声に促され、敏樹とロロアは奥へと進んだ。
静かな店内のカウンター席には先客がいた。
「おや、トシキさんですか?」
「ああ、モロウさん」
敏樹は先客の名を呼びながら、ひとつ離れた席に腰を下ろし、その隣にロロアが座った。
「あれ、モロウさんってお酒飲まないんじゃ?」
「ウチはモクテルも扱ってるからね」
先ほどふたりを迎えた女性が割って入り、おしぼりを敏樹らの前に置く。
「お、谷村さんこっちにいるの?」
「ええ。クラブのほうはミリアさんに任せておけばいいし、他はちょっと騒がしくてね」
シャツにベストというバーテンダー然とした恰好の優子が、そう言って微笑んだ。
『酔乱斧槍』の異名を持つBランク冒険者ガンドと初めて会ったときのことである。
彼はとにかく女性から酌をしてもらうことにこだわり、できれば会話もしたいと望んだ。
そのとき周りにいたジールをはじめとする男性冒険者の多くが、酒の席で女性に相手をしてもらうことを望みながらも、それがかなわないことを嘆いていた。
それを見た敏樹は、もしかしてキャバクラやガールズバーのようなものがあれば流行るのではないかと、ふと考えたのだった。
先日、多くの奴隷をドハティ商会が引き受けることになり、その七割ほどが女性だった。
それはある程度事前にわかっていたことなので、敏樹はキャバクラ的なものを作って引き受けた奴隷たちに働いてもらえばいいのではないかと、密かに考えていた。
相手が奴隷であっても、正当な報酬を払えば労働者として扱っていいことはすでに確認していた。
もちろんその賃金を積み立てて自分を買い取り、奴隷から解放されることも可能だ。
しかし、客としてもほとんど水商売に関わったことのない敏樹には、そう言った店の経営ノウハウがなかった。
そんなとき、優子と再会した。
彼女をこちらの世界に連れてきたのは偶然だったが、優子が過去にいくつかの店を経営したことがあること、そして経営に関してはとくに嫌な思いがないことを聞いたとき、敏樹はこの同級生に手伝ってもらえるのではないかと考えたのだ。
なので、日本での生活に未練がないかを確認したのだった。
『おお、ついにあの計画がはじまるわけですな!? ユウコさん、ぜひ私どもにお力添えを!!』
『ふふ……、他ならぬ大下くんの頼みだものね。よろこんで協力させていただくわ』
ファランの父クレイグと優子とを引き合わせて以降、敏樹はこの件をふたりに任せた。
文化の違う彼らのあいだではいろいろな行き違いや衝突もままあったが、そういうときは上手く敏樹が取り持った。
そして富裕層をターゲットにした会員制のクラブ、冒険者や一般人をターゲットにしたキャバクラ、接待よりも軽い会話を求める客のためのガールズバーを開業し、成功を収めた。
ある程度そのあたりの店が軌道に乗ったところで優子は一線から身を引き、新たにショットバーを開いたと聞いたので、今夜敏樹はロロアを連れて訪れていたのだった。
「で、モクテルってなに?」
「ノンアルコールカクテルのことよ。知らないの?」
「初めて聞いたよ。でもわざわざショットバーにきてお酒を飲まないってのはどうなの?」
「わかってないわね大下くん。バーっていうのは、こういう雰囲気を楽しむところなのよ。お酒を飲まなきゃダメって決まりはないわ。むしろお酒が苦手な人も遠慮なく来て欲しいわね」
優子の言葉にモロウはうなずき、軽くグラスを傾けた。
「ふぅ……ユウコさんの言うとおり、僕はこのお店の雰囲気が好きでしてね。ジールたちのようにキャバクラでワイワイ飲むのは苦手です」
そう言ったあとモロウは再びグラスを傾け、すべて飲み干したところで席を立った。
「じゃあ僕はこれで」
「ありがとうございました、またぞうど」
モロウを見送ったあと、カクテルを飲みながら3人は落ち着いた雰囲気で会話を楽しんだ。
「そういや祐輔君はどうしてんの?」
「ふふ、あの子ったらすっかりゲレウさんに懐いちゃって、いまじゃ“一人前の狩人になるんだー”って意気込んでるわよ」
冒険者になりたいという祐輔だったが、敏樹のように強力なスキルを持っているわけでもない、平和な日本で暮らしていた少年の願いをほいほいと叶えてやるわけにもいない。
そこで戦闘やサバイバルの手ほどきを、ロロアの伯父であるゲレウにまかせたのだが、思いのほかふたりの相性はよかったようだ。
「はは、冒険者になるってあれだけ息巻いてたのに、いまは狩人か」
「伯父さんも、まんざらじゃないみたいですよ」
カラン、とドアベルが鳴り、新たな客が入ってきた。
「ほらぁ、やっぱりトシキさんはここにいただろぉ?」
「あれー? おっさんエロいからキャバクラで鼻の下伸ばしてると思ったんだけどなー」
ふたりの入店によって、静かだった店内が少し賑やかになった。
「ユウコさん、ボク甘いのー」
「あたしはビールね」
「はいはい」
注文を終えたファランとシーラは、ロロアの隣に並んで座った。
「おいおい、シーラはともかくファランはダメだろ。子供が来る店じゃないぞ?」
「ざんねーん! ここはニホンじゃないから15歳で成人なんですー」
「ったく……」
そんなやりとりを見ながら優子はフッと穏やかに微笑んだ。
「んまぁーい! やっぱカクテルって大人の飲み物って感じだよねぇ」
「あんま飲み過ぎるなよ?」
呆れたようにファランの様子を見る敏樹に、優子がバーカウンター越しに身を乗り出して顔を近づける。
「大丈夫、あれはモクテルだから」
バーテンダーは同級生の耳元で囁き、少しいたずらっぽい笑みを浮かべた。
その後も四人の客とバーテンダーとのあいだで、店の雰囲気に対して少々賑やかな談笑が続く。
「ねーねートシキさーん、また温泉行きたーい」
「へぇ、こっちにも温泉って文化があるのね」
「いや、このあいだ日本の温泉宿に連れて行ってやってな」
「ふぅん、日本の……」
日本という言葉を聞いた瞬間、優子の目に寂しげな光が灯る。
「あの! 次はユウコさんも来ませんか?」
それに気付いたかどうかはわからないが、ロロアが身を乗り出して優子に詰め寄る。
「は? え? 私、も……?」
「はい! あの、嫌……でしょうか?」
「えっと、嫌ってことはないけど……ねぇ……?」
優子はロロアの問いに答えながら、困ったように敏樹を見た。
「トシキさん、だめですか……?」
そしてロロアも縋るような視線を向け、さらにファランとシーラも興味深げに敏樹を見る。
「まぁ、ほとぼりも冷めたころだろうし、1日2日くらいなら大丈夫じゃないかな? それに」
そこで言葉を切った敏樹は、ファランとシーラのほうを見て苦笑を漏らした。
「できれば女性陣の引率が欲しいと思ってたところなんだよね」
その言葉に、ロロアはぱぁっと花が咲いたような笑みを浮かべた。
「え、じゃあ前に入れなかった広いとこいけるの? やったー!!」
「いいねぇ。あそこも悪かないけど、みんなで一緒に入るにはちょっと狭かったんだよねぇ」
先日温泉宿に泊まったとき、大浴場に入りたがっていたファランは大喜びし、部屋風呂を狭く感じていたシーラも嬉しそうだった。
「そっか。ありがとね、大下くん」
伏し目がちに微笑んだ優子は、すぐに自信ありげな不敵な笑みを浮かべて敏樹に向き直った。
「さて、そういうことなら私にまかせなさいよ。全国津々浦々、いろんな温泉宿の情報が頭に入ってるからね」
「おお、そういうの助かるよ。でもまぁ次は前回のリベンジってことで地元のだな……」
「ふふ、いいわよー。じゃぁねぇ……」
それから敏樹らはワイワイと温泉旅行計画を話し合い始めた。
そうして異世界の夜は、穏やかに更けていくのだった。
開いたドアをの隙間から光が漏れることはなく、店内は街灯のみが照らす夜の町とさほど変わらない明るさだった。
「いらっしゃいませ」
女性の声に促され、敏樹とロロアは奥へと進んだ。
静かな店内のカウンター席には先客がいた。
「おや、トシキさんですか?」
「ああ、モロウさん」
敏樹は先客の名を呼びながら、ひとつ離れた席に腰を下ろし、その隣にロロアが座った。
「あれ、モロウさんってお酒飲まないんじゃ?」
「ウチはモクテルも扱ってるからね」
先ほどふたりを迎えた女性が割って入り、おしぼりを敏樹らの前に置く。
「お、谷村さんこっちにいるの?」
「ええ。クラブのほうはミリアさんに任せておけばいいし、他はちょっと騒がしくてね」
シャツにベストというバーテンダー然とした恰好の優子が、そう言って微笑んだ。
『酔乱斧槍』の異名を持つBランク冒険者ガンドと初めて会ったときのことである。
彼はとにかく女性から酌をしてもらうことにこだわり、できれば会話もしたいと望んだ。
そのとき周りにいたジールをはじめとする男性冒険者の多くが、酒の席で女性に相手をしてもらうことを望みながらも、それがかなわないことを嘆いていた。
それを見た敏樹は、もしかしてキャバクラやガールズバーのようなものがあれば流行るのではないかと、ふと考えたのだった。
先日、多くの奴隷をドハティ商会が引き受けることになり、その七割ほどが女性だった。
それはある程度事前にわかっていたことなので、敏樹はキャバクラ的なものを作って引き受けた奴隷たちに働いてもらえばいいのではないかと、密かに考えていた。
相手が奴隷であっても、正当な報酬を払えば労働者として扱っていいことはすでに確認していた。
もちろんその賃金を積み立てて自分を買い取り、奴隷から解放されることも可能だ。
しかし、客としてもほとんど水商売に関わったことのない敏樹には、そう言った店の経営ノウハウがなかった。
そんなとき、優子と再会した。
彼女をこちらの世界に連れてきたのは偶然だったが、優子が過去にいくつかの店を経営したことがあること、そして経営に関してはとくに嫌な思いがないことを聞いたとき、敏樹はこの同級生に手伝ってもらえるのではないかと考えたのだ。
なので、日本での生活に未練がないかを確認したのだった。
『おお、ついにあの計画がはじまるわけですな!? ユウコさん、ぜひ私どもにお力添えを!!』
『ふふ……、他ならぬ大下くんの頼みだものね。よろこんで協力させていただくわ』
ファランの父クレイグと優子とを引き合わせて以降、敏樹はこの件をふたりに任せた。
文化の違う彼らのあいだではいろいろな行き違いや衝突もままあったが、そういうときは上手く敏樹が取り持った。
そして富裕層をターゲットにした会員制のクラブ、冒険者や一般人をターゲットにしたキャバクラ、接待よりも軽い会話を求める客のためのガールズバーを開業し、成功を収めた。
ある程度そのあたりの店が軌道に乗ったところで優子は一線から身を引き、新たにショットバーを開いたと聞いたので、今夜敏樹はロロアを連れて訪れていたのだった。
「で、モクテルってなに?」
「ノンアルコールカクテルのことよ。知らないの?」
「初めて聞いたよ。でもわざわざショットバーにきてお酒を飲まないってのはどうなの?」
「わかってないわね大下くん。バーっていうのは、こういう雰囲気を楽しむところなのよ。お酒を飲まなきゃダメって決まりはないわ。むしろお酒が苦手な人も遠慮なく来て欲しいわね」
優子の言葉にモロウはうなずき、軽くグラスを傾けた。
「ふぅ……ユウコさんの言うとおり、僕はこのお店の雰囲気が好きでしてね。ジールたちのようにキャバクラでワイワイ飲むのは苦手です」
そう言ったあとモロウは再びグラスを傾け、すべて飲み干したところで席を立った。
「じゃあ僕はこれで」
「ありがとうございました、またぞうど」
モロウを見送ったあと、カクテルを飲みながら3人は落ち着いた雰囲気で会話を楽しんだ。
「そういや祐輔君はどうしてんの?」
「ふふ、あの子ったらすっかりゲレウさんに懐いちゃって、いまじゃ“一人前の狩人になるんだー”って意気込んでるわよ」
冒険者になりたいという祐輔だったが、敏樹のように強力なスキルを持っているわけでもない、平和な日本で暮らしていた少年の願いをほいほいと叶えてやるわけにもいない。
そこで戦闘やサバイバルの手ほどきを、ロロアの伯父であるゲレウにまかせたのだが、思いのほかふたりの相性はよかったようだ。
「はは、冒険者になるってあれだけ息巻いてたのに、いまは狩人か」
「伯父さんも、まんざらじゃないみたいですよ」
カラン、とドアベルが鳴り、新たな客が入ってきた。
「ほらぁ、やっぱりトシキさんはここにいただろぉ?」
「あれー? おっさんエロいからキャバクラで鼻の下伸ばしてると思ったんだけどなー」
ふたりの入店によって、静かだった店内が少し賑やかになった。
「ユウコさん、ボク甘いのー」
「あたしはビールね」
「はいはい」
注文を終えたファランとシーラは、ロロアの隣に並んで座った。
「おいおい、シーラはともかくファランはダメだろ。子供が来る店じゃないぞ?」
「ざんねーん! ここはニホンじゃないから15歳で成人なんですー」
「ったく……」
そんなやりとりを見ながら優子はフッと穏やかに微笑んだ。
「んまぁーい! やっぱカクテルって大人の飲み物って感じだよねぇ」
「あんま飲み過ぎるなよ?」
呆れたようにファランの様子を見る敏樹に、優子がバーカウンター越しに身を乗り出して顔を近づける。
「大丈夫、あれはモクテルだから」
バーテンダーは同級生の耳元で囁き、少しいたずらっぽい笑みを浮かべた。
その後も四人の客とバーテンダーとのあいだで、店の雰囲気に対して少々賑やかな談笑が続く。
「ねーねートシキさーん、また温泉行きたーい」
「へぇ、こっちにも温泉って文化があるのね」
「いや、このあいだ日本の温泉宿に連れて行ってやってな」
「ふぅん、日本の……」
日本という言葉を聞いた瞬間、優子の目に寂しげな光が灯る。
「あの! 次はユウコさんも来ませんか?」
それに気付いたかどうかはわからないが、ロロアが身を乗り出して優子に詰め寄る。
「は? え? 私、も……?」
「はい! あの、嫌……でしょうか?」
「えっと、嫌ってことはないけど……ねぇ……?」
優子はロロアの問いに答えながら、困ったように敏樹を見た。
「トシキさん、だめですか……?」
そしてロロアも縋るような視線を向け、さらにファランとシーラも興味深げに敏樹を見る。
「まぁ、ほとぼりも冷めたころだろうし、1日2日くらいなら大丈夫じゃないかな? それに」
そこで言葉を切った敏樹は、ファランとシーラのほうを見て苦笑を漏らした。
「できれば女性陣の引率が欲しいと思ってたところなんだよね」
その言葉に、ロロアはぱぁっと花が咲いたような笑みを浮かべた。
「え、じゃあ前に入れなかった広いとこいけるの? やったー!!」
「いいねぇ。あそこも悪かないけど、みんなで一緒に入るにはちょっと狭かったんだよねぇ」
先日温泉宿に泊まったとき、大浴場に入りたがっていたファランは大喜びし、部屋風呂を狭く感じていたシーラも嬉しそうだった。
「そっか。ありがとね、大下くん」
伏し目がちに微笑んだ優子は、すぐに自信ありげな不敵な笑みを浮かべて敏樹に向き直った。
「さて、そういうことなら私にまかせなさいよ。全国津々浦々、いろんな温泉宿の情報が頭に入ってるからね」
「おお、そういうの助かるよ。でもまぁ次は前回のリベンジってことで地元のだな……」
「ふふ、いいわよー。じゃぁねぇ……」
それから敏樹らはワイワイと温泉旅行計画を話し合い始めた。
そうして異世界の夜は、穏やかに更けていくのだった。
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