【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります
第14話『おっさん、後処理をする』
谷村親子はそれぞれ異なる表情を敏樹に向けていた。
「ごめんなさい、わけがわからないわ……」
「すっげー! おっさん、異世界ってマジかよー!!」
異世界についての説明を終えたあとの、ふたりの反応である。
祐輔はいつの間にかおっさん呼ばわりに戻っていた。
余談ではあるが、優子は未婚のまま祐輔を産んだので、姓は谷村のままである。
「とりあえず百聞は一見に如かずと言うし、実際に見てもらおうか」
ひととおり説明を終えた敏樹は、ふたりを促してテントを出た。
「ひぃっ!!」
「うおおお! リザードマンっ!!」
集落内をうろうろと歩き回る蜥蜴頭の水精人たちを見てもらったところでさらに詳しく説明し、なんとか優子にはここが異世界であることを理解してもらった。
一方祐輔だが……。
「なあ、おっさん! 冒険者ギルドとかある!? 俺、冒険者になりてぇっ!!」
と大はしゃぎだった。どうやら親子が離ればなれになる心配はなさそうである。
(いまは興奮してるからアレだけど、落ち着いたらホームシックにかかるかもなぁ)
そのときはこっそり日本に連れて帰ってやるのもいいだろう。
「あの、トシキさん、あの男性はどうします?」
遅れてテントから出てきたロロアが敏樹に尋ねる。
「なんとかしないとだよなぁ……」
谷村親子が行方不明になったとしても、書き置きなりなんなり残しておけばさして問題にはならないだろう。
しかしあのスウェットの男がいなくなれば、よからぬ連中が動き出す可能性は高い。
そうなったとき、彼が行方をくらました近辺を調べるような連中が出てくると厄介だ。
「証拠隠滅くらいはしとくか」
しばらく考えあぐねた結果、敏樹は通信箱を使ってファランに連絡を取った。
――そして翌日。
「早いな。あとなんでベアトリーチェまでいるの?」
熊獣人のベアトリーチェと浣熊獣人のラケーレが集落を訪れていた。
ふたりともヘイダの町にいたはずなので、かなり早い到着だ。
「至急といわれていたので、クァドリコーンを貸してもらえました。ラケーレひとりでは乗れないので私が馬を駆ってきたわけですよ、トシキさん」
集落の広場に目をやると、頭に4本の角を持つ巨馬が住人によって世話をされていた。
「ずっとお馬さんにまたがってたから、お尻と内ももが痛いですよぅ」
とラケーレが愚痴をいう。
なるほど、通常の馬とは比べものにならない身体機能に加え、〈慣性制御〉や〈重力制御〉の能力を持つクァドリコーンに直接乗ってきたのであれば、一日足らずで集落に来られるのも納得である。
「でも、いまいろいろと大変なんじゃないの?」
「ええ。でも自分は大丈夫だからトシキさんの用事を優先するように、とファランから言いつけられてますから」
「そっか。彼女がそう言うんなら甘えようか。正直ベアトリーチェがいてくれるのはありがたい」
ふたりを迎え入れた敏樹は事情を説明するのだった。
**********
――日本。
敏樹のガレージから、三人の男女が姿を現した。
ひとりはもちろん敏樹で、残るはベアトリーチェとラケーレである。
敏樹は手ぶらで、ベアトリーチェとラケーレはそれぞれバッグを担いでいた。
「ラケーレ、持ってやるぞ?」
「いいですよぅ。お掃除道具は自分で持ちたいんでぇ」
ちなみにラケーレはショルダーバッグを肩にかけており、彼女が言うように掃除道具が入っている。
一方ベアトリーチェは、大きなリュックサックを担いでいた。
敏樹が彼女に荷物を持とうかと問いかけないのは、彼ではおそらく担ぐことが困難だからだ。
「着いたぞ」
訪れたのは谷村親子が借りていたマンションである。
一応合鍵は預かってきたが、ドアの鍵は開いたままだった。
「……よし、だれかが入った形跡はないな」
ドアを開けるなり、生臭い血の臭いが鼻を突いた。
目を向ければ、玄関からも見える場所に乾いた血だまりがあった。
優子に刺されたスウェット男の流した血の痕である。
「ラケーレ、頼む」
「はいはーい」
ショルダーバッグから掃除道具を出したラケーレは、鼻歌交じりに掃除を始めた。
「一応漂白剤は酸素系と塩素系両方使ってくれ。あ、絶対に混ぜるなよ?」
「『混ぜるな危険』ですよねぇ? わかってますよぅ」
まず窓を開けてキッチンの換気扇を回したあと、血液汚れを落とすのに最も適した酸素系漂白剤を薄めた液体を血痕に拭きかけ、ある程度汚れを浮かせたところでペット用のトイレシートを使ってそれを吸い取っていく。
これを何度か繰り返して完全に血痕が見えなくなったところで、同じく酸素系漂白剤の原液を使って床を拭き、その後水拭きを繰り返して漂白剤を拭い取った。
「ここで念のためにそれ、使っとこうか」
「はいはぁい。んふふー、たーのしーぃですぅー」
敏樹の指示でクエン酸配合のスプレー洗剤を拭きかけて、雑巾で拭い去り、最後に塩素系漂白剤でダメ押し。
「床の色が薄くなったけど、修繕費多めに置いときゃいいだろう」
これによって肉眼ではまったく見えなくなったとはいえ完全に血の痕が消え去るわけではないが、二種類の漂白剤とクエン酸にはDNA情報を破壊する効果がある、と敏樹はドラマで見たことがあった。
なので、仮にルミノール液などで血痕を見つけられても、誰のものかはわからなくしておこうという考えたのだった。
まぁ順調にいけばここに鑑識が入る可能性はないので、あくまで念のためであるが。
「この匂い、好きなんですけどねぇ」
塩素系漂白剤独特の刺激臭がほとんどしなくなるまで念入りに水拭きをしたところで、ラケーレが呟く。
「俺もあんまり気にならないかな」
「うーん、私は苦手ですね。頭がクラクラします。とりあえずこれ、下ろしていいですか?」
「ああ、ごめんごめん。もう大丈夫だよ」
敏樹の返答を待って、ベアトリーチェは担いでいたリュックサックを下ろした。そしてジッパーを開き、中身を取り出す。
「ん……うーん……」
中からは例のスウェット男が出てきた。切り裂かれて血まみれだったスウェットだが、〈格納庫〉の機能を使って傷を塞ぎ汚れを落としている。
「さて、ほっときゃ起きるだろうし、起きたらとりあえず誰かに連絡するだろう。ここはこれで良し、と」
【昏倒】の魔術は日本にきた時点ですでに効果が切れているので、男はいつ起きるとも知れない。
敏樹らは速やかに部屋を出た。
このあとの男の行動は未知数だが、いくら誰に何を訴えたところで“なにも起こっていない”のだから、それほど相手にされることはないだろう。
もちろんこの部屋を優子が借りていることは露見するだろうし、敏樹に疑いの目が来る可能性もなくはないが、谷村親子が自分から姿を消したと知れば、本格的な調査が入ようなことはあるまいと、敏樹は考えていた。
「ま、最悪近藤さんならなんとかしてくれそうだし、後のことは後で考えよう」
世界的に有名なブランドの日本法人社長にどれほどの力があるのかは未知数だが、金の卵を産む鶏である敏樹になにか不都合があれば可能な限り力になってくれるだろう。
そういうつもりで付き合いを始めたわけではないが、必要なら彼の力を借りることを厭うつもりはない。
「じゃ、悪いけど留守番頼むわ」
「はい、おまかせを」
「はいはぁい」
車でひとり駅に向かった敏樹は、そのまま電車に乗って首都へと向かった。
そして最も人が賑わう時間に人の多そうな場所で優子のスマートフォンに電源を入れ、まずは例のアパートと、首都の住居を管理している業者にそれぞれ退去する意思をメールで伝えておく。
「メール1本でどうこうなるような問題じゃないだろうけど、気休めにはなるかな」
さすがに賃貸契約書を持ち出してわざわざ解約届を出すのも面倒だし、そこから足が着くのは避けたいところである。
そこでとりあえず解約の意思があることをメールでだけでも伝えておけば、業者は定期的に確認を取るだろうし、長期間住んでいる形跡がないとなればその後の処理も何かとやりやすかろうと思われる。
まぁ迷惑なことに変わりはないが、なにもしないよりはマシだろう。
「あとは、ここと、こいつと、それから……」
指示された相手に“もう疲れました。探さないでください”というメッセージを送った。
それだけを済ませた敏樹は、スマートフォンの電源を切って、念のため買っておいた電波遮断ケースに入れ、再び電車に揺られて実家に帰った。
その後、優子が働いていた店や関係者のあいだでどのような処理が行なわれたのかは不明だが、谷村親子に対して捜索願などが出されることはなかった。
「ごめんなさい、わけがわからないわ……」
「すっげー! おっさん、異世界ってマジかよー!!」
異世界についての説明を終えたあとの、ふたりの反応である。
祐輔はいつの間にかおっさん呼ばわりに戻っていた。
余談ではあるが、優子は未婚のまま祐輔を産んだので、姓は谷村のままである。
「とりあえず百聞は一見に如かずと言うし、実際に見てもらおうか」
ひととおり説明を終えた敏樹は、ふたりを促してテントを出た。
「ひぃっ!!」
「うおおお! リザードマンっ!!」
集落内をうろうろと歩き回る蜥蜴頭の水精人たちを見てもらったところでさらに詳しく説明し、なんとか優子にはここが異世界であることを理解してもらった。
一方祐輔だが……。
「なあ、おっさん! 冒険者ギルドとかある!? 俺、冒険者になりてぇっ!!」
と大はしゃぎだった。どうやら親子が離ればなれになる心配はなさそうである。
(いまは興奮してるからアレだけど、落ち着いたらホームシックにかかるかもなぁ)
そのときはこっそり日本に連れて帰ってやるのもいいだろう。
「あの、トシキさん、あの男性はどうします?」
遅れてテントから出てきたロロアが敏樹に尋ねる。
「なんとかしないとだよなぁ……」
谷村親子が行方不明になったとしても、書き置きなりなんなり残しておけばさして問題にはならないだろう。
しかしあのスウェットの男がいなくなれば、よからぬ連中が動き出す可能性は高い。
そうなったとき、彼が行方をくらました近辺を調べるような連中が出てくると厄介だ。
「証拠隠滅くらいはしとくか」
しばらく考えあぐねた結果、敏樹は通信箱を使ってファランに連絡を取った。
――そして翌日。
「早いな。あとなんでベアトリーチェまでいるの?」
熊獣人のベアトリーチェと浣熊獣人のラケーレが集落を訪れていた。
ふたりともヘイダの町にいたはずなので、かなり早い到着だ。
「至急といわれていたので、クァドリコーンを貸してもらえました。ラケーレひとりでは乗れないので私が馬を駆ってきたわけですよ、トシキさん」
集落の広場に目をやると、頭に4本の角を持つ巨馬が住人によって世話をされていた。
「ずっとお馬さんにまたがってたから、お尻と内ももが痛いですよぅ」
とラケーレが愚痴をいう。
なるほど、通常の馬とは比べものにならない身体機能に加え、〈慣性制御〉や〈重力制御〉の能力を持つクァドリコーンに直接乗ってきたのであれば、一日足らずで集落に来られるのも納得である。
「でも、いまいろいろと大変なんじゃないの?」
「ええ。でも自分は大丈夫だからトシキさんの用事を優先するように、とファランから言いつけられてますから」
「そっか。彼女がそう言うんなら甘えようか。正直ベアトリーチェがいてくれるのはありがたい」
ふたりを迎え入れた敏樹は事情を説明するのだった。
**********
――日本。
敏樹のガレージから、三人の男女が姿を現した。
ひとりはもちろん敏樹で、残るはベアトリーチェとラケーレである。
敏樹は手ぶらで、ベアトリーチェとラケーレはそれぞれバッグを担いでいた。
「ラケーレ、持ってやるぞ?」
「いいですよぅ。お掃除道具は自分で持ちたいんでぇ」
ちなみにラケーレはショルダーバッグを肩にかけており、彼女が言うように掃除道具が入っている。
一方ベアトリーチェは、大きなリュックサックを担いでいた。
敏樹が彼女に荷物を持とうかと問いかけないのは、彼ではおそらく担ぐことが困難だからだ。
「着いたぞ」
訪れたのは谷村親子が借りていたマンションである。
一応合鍵は預かってきたが、ドアの鍵は開いたままだった。
「……よし、だれかが入った形跡はないな」
ドアを開けるなり、生臭い血の臭いが鼻を突いた。
目を向ければ、玄関からも見える場所に乾いた血だまりがあった。
優子に刺されたスウェット男の流した血の痕である。
「ラケーレ、頼む」
「はいはーい」
ショルダーバッグから掃除道具を出したラケーレは、鼻歌交じりに掃除を始めた。
「一応漂白剤は酸素系と塩素系両方使ってくれ。あ、絶対に混ぜるなよ?」
「『混ぜるな危険』ですよねぇ? わかってますよぅ」
まず窓を開けてキッチンの換気扇を回したあと、血液汚れを落とすのに最も適した酸素系漂白剤を薄めた液体を血痕に拭きかけ、ある程度汚れを浮かせたところでペット用のトイレシートを使ってそれを吸い取っていく。
これを何度か繰り返して完全に血痕が見えなくなったところで、同じく酸素系漂白剤の原液を使って床を拭き、その後水拭きを繰り返して漂白剤を拭い取った。
「ここで念のためにそれ、使っとこうか」
「はいはぁい。んふふー、たーのしーぃですぅー」
敏樹の指示でクエン酸配合のスプレー洗剤を拭きかけて、雑巾で拭い去り、最後に塩素系漂白剤でダメ押し。
「床の色が薄くなったけど、修繕費多めに置いときゃいいだろう」
これによって肉眼ではまったく見えなくなったとはいえ完全に血の痕が消え去るわけではないが、二種類の漂白剤とクエン酸にはDNA情報を破壊する効果がある、と敏樹はドラマで見たことがあった。
なので、仮にルミノール液などで血痕を見つけられても、誰のものかはわからなくしておこうという考えたのだった。
まぁ順調にいけばここに鑑識が入る可能性はないので、あくまで念のためであるが。
「この匂い、好きなんですけどねぇ」
塩素系漂白剤独特の刺激臭がほとんどしなくなるまで念入りに水拭きをしたところで、ラケーレが呟く。
「俺もあんまり気にならないかな」
「うーん、私は苦手ですね。頭がクラクラします。とりあえずこれ、下ろしていいですか?」
「ああ、ごめんごめん。もう大丈夫だよ」
敏樹の返答を待って、ベアトリーチェは担いでいたリュックサックを下ろした。そしてジッパーを開き、中身を取り出す。
「ん……うーん……」
中からは例のスウェット男が出てきた。切り裂かれて血まみれだったスウェットだが、〈格納庫〉の機能を使って傷を塞ぎ汚れを落としている。
「さて、ほっときゃ起きるだろうし、起きたらとりあえず誰かに連絡するだろう。ここはこれで良し、と」
【昏倒】の魔術は日本にきた時点ですでに効果が切れているので、男はいつ起きるとも知れない。
敏樹らは速やかに部屋を出た。
このあとの男の行動は未知数だが、いくら誰に何を訴えたところで“なにも起こっていない”のだから、それほど相手にされることはないだろう。
もちろんこの部屋を優子が借りていることは露見するだろうし、敏樹に疑いの目が来る可能性もなくはないが、谷村親子が自分から姿を消したと知れば、本格的な調査が入ようなことはあるまいと、敏樹は考えていた。
「ま、最悪近藤さんならなんとかしてくれそうだし、後のことは後で考えよう」
世界的に有名なブランドの日本法人社長にどれほどの力があるのかは未知数だが、金の卵を産む鶏である敏樹になにか不都合があれば可能な限り力になってくれるだろう。
そういうつもりで付き合いを始めたわけではないが、必要なら彼の力を借りることを厭うつもりはない。
「じゃ、悪いけど留守番頼むわ」
「はい、おまかせを」
「はいはぁい」
車でひとり駅に向かった敏樹は、そのまま電車に乗って首都へと向かった。
そして最も人が賑わう時間に人の多そうな場所で優子のスマートフォンに電源を入れ、まずは例のアパートと、首都の住居を管理している業者にそれぞれ退去する意思をメールで伝えておく。
「メール1本でどうこうなるような問題じゃないだろうけど、気休めにはなるかな」
さすがに賃貸契約書を持ち出してわざわざ解約届を出すのも面倒だし、そこから足が着くのは避けたいところである。
そこでとりあえず解約の意思があることをメールでだけでも伝えておけば、業者は定期的に確認を取るだろうし、長期間住んでいる形跡がないとなればその後の処理も何かとやりやすかろうと思われる。
まぁ迷惑なことに変わりはないが、なにもしないよりはマシだろう。
「あとは、ここと、こいつと、それから……」
指示された相手に“もう疲れました。探さないでください”というメッセージを送った。
それだけを済ませた敏樹は、スマートフォンの電源を切って、念のため買っておいた電波遮断ケースに入れ、再び電車に揺られて実家に帰った。
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