【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります

平尾正和/ほーち

第8話『おっさん、みんなを温泉旅館に連れていく』

 敏樹が近藤からブランド品のリペア業務を請け負い初めて10日ほどが経った。
 別の時系列で表わすなら、ランバルグ商会に踏み込んでからひと月程度のころである。
 この時点で敏樹は数点のリペアを終わらせ、日本円にそこそこ余裕ができており、異世界ではドハティ商会によるランバルグ商会の業務引き継ぎが一段落ついていた。


 この日敏樹はみんなを乗せて、先日パンテラモータースで購入した14人乗りのワゴン車を走らせていた。
 業務引き継ぎに奔走したファランたちや、憲兵隊からの依頼をこなし続けていたシーラたちを連れて、地元の温泉旅館へと慰安旅行に訪れていたのである。


 慰安旅行に参加するのは、敏樹とロロアに加え、ドハティ商会会長令嬢のファランとその護衛の熊獣人ベアトリーチェ。同じくドハティ商会所属の職人であるドワーフ姉妹のククとココ。最近なんとなくドハティ商会組と行動をともにすることが多い浣熊あらいぐま獣人のラケーレ。敏樹と同じく冒険者として活動する犬獣人の双剣士シーラ、ハーフエルフの弓士メリダ、魔術士ライリー。ヘイダの町の大衆食堂『黄金の稲穂亭』の娘クロエ。そして敏樹の子分で人化した黒いオーク、シゲルの計12名である。
 温泉旅行と聞いてノリノリだった女性陣に対し、シゲルはあまり興味がなさそうだったが、たまには付き合えという敏樹の言葉に頷いて同行していた。


「しかしまぁ、11人も異世界向こうの人を連れてとなると、泊まる場所が問題だよなぁ……」


 といったことをポロリと漏らすと、それに徹が反応した。


「吉井先輩が旅館に勤めてますから、相談してみたらどうっすか? ほら、あそこ……えーっと、たまに2時間ドラマのロケ地になる」
「あー、あそこか……」


 それは県内屈指の大きな旅館で、ひと昔前はそこで結婚式をあげるのがある種のステータスになるようなところだった。
 そのあたりはやたら階段の多い神社や地方歌舞伎が有名で、もともとそれなりの観光名所だったが、近年温泉が湧出したり近くで大規模な音楽フェスティバルが開催されるようになってさらに活気づいた場所である。


 旅館に連絡して吉井に取り次いでもらい、昔話に花を咲かせながら話し合った結果、快く迎え入れてくれることになった。
 敏樹のガレージからおよそ30分ワゴン車を走らせ、一行は無事旅館に到着する。


「いらっしゃいませー」


 営業スマイルで敏樹らを出迎えたのは、スラックスとシャツという軽くフォーマルな服の上に旅館の法被はっぴを羽織った吉井だけであった。
 結構な団体客ではあるが、あまり目立ちたくないという敏樹の意図をくんでの配慮である。
 敏樹の運転するワゴン車を事前に空けておいた駐車スペースに誘導した吉井は、車から降りる敏樹を営業色のない笑顔で迎えた。


「おう、久しぶりだな大下」
「ええ。ご無沙汰してます」


 吉井は敏樹と同じ高校に通っていた、ひとつ上の先輩である。


「しかしわざわざそんなデカイ車運転してこなくても、こっちから送迎出したのに」
「あー、まぁせっかく免許取ったんで……」


 打ち合わせの段階で送迎用のマイクロバスを無料で出してくれると申し出てくれたとき、敏樹は思わず肩を落とした。
 高い金を出して中型免許を取り、14人乗りのワゴン車を購入したのは無駄だったのかと。


(まぁでも、こっちで遠出するようなことがあるかも知れないしな。無駄じゃないさ、うん)


 とすぐに思い直したのだが。


「あの、今日はよろしくおねがいします」


 敏樹に続いて車を降りたロロアが吉井に頭を下げる。
 その後ぞろぞろと車を降り、口々に軽い挨拶をする同行者たちの姿に、吉井は目を瞠った。


「お、おい、大下……ちょっとこい」
「え? あ、はぁ」


 敏樹は吉井に袖を引かれ、ロロアたちから少し離れた場所に連れてこられた。


「お前、一体なんの仕事してるんだ?」
「はぁ?」


 今回の慰安旅行は、仕事でお世話になった外国の知人をもてなす、という体で行われている。
 なので、ロロアたちは外国人ということになっていた。


「美人ばっかじゃないかよ! いったいなんの仕事すりゃああんなコらと知り合えるんだ?」
「あー、いや……あはは……」
「あとあの色黒の奴なにもんだよ? めちゃくちゃ強そうじゃないか。格闘家かなにかか?」
「えーっと、彼女らの素性についてはあまり突っ込まないでいただけると……。いろいろややこしいんで」
「む、そうか……」


 一応それなりに格式の高い旅館に勤めている吉井である。
 後輩とは言え客のプライバシーを侵害するようなことは控えるべきだ、という意識は持ち合わせていた。


「まぁいい。せっかく遠くからお越しいただいたんだ。しっかり楽しんでくれよ?」
「はい。お世話になります」


**********


「わぁすごい! お部屋にお風呂がありますよ!?」


 部屋を案内するなりロロアが感嘆の声を上げる。
 他の女性陣も同様に驚き、喜んでいるようだ。


「いやぁこんないい宿が地元にあたんですねぇ」
「あんま目立ちたくないってんなら、大浴場よりこっちのほうがいいだろう?」


 地元とはいえ……、というより地元だからこそ訪れたことのない由緒ある旅館の贅沢な部屋に敏樹もまた感動し、吉井はそれを見て誇らしげな笑みを浮かべた。


 今回吉井が用意してくれたのは、12畳半と6畳二間続きに露天風呂が付いてる、この旅館屈指の大部屋だった。
 全部で3室しかないうちの2室を利用することとなる。


「食事も宴会場よりこっちに運んだほうがいいよな? それぞれの部屋に運ぶか?」
「あー、いえ。できれば全員で一緒のほうが……」
「わかった」


 夕食は舟盛りを始めとした海鮮がメインの豪華なものであり、皆一様に舌鼓をうった。
 食堂の娘であるクロエだけはなにやら真剣な表情でブツブツと呟きながら食べていたが。


 食事のあと、しばらく全員でわいわいと騒いだあと、部屋割りを決めて分かれることになった。
 ただ、男性2人と女性10人でそれぞれひと部屋という、非常にバランスの悪い分かれ方ではあるが。


「シゲル、風呂にでも入るか」
「おーう」


 二間合わせて18畳半という広いスペースを持て余した敏樹は、シゲルを伴って露天風呂に入った。


「ふぅー……いい湯だな」
「おー、こういうのもたまには悪かねぇなぁ」


 敏樹は徳利とっくりとお猪口ちょこを乗せた盆を湯に浮かべた。


「そういやシゲル。お前酒はいけるの?」
「おう。たまに熊のおっさんに誘われて飲むけど、嫌いじゃないぜぇ」
「そうか。じゃあ付き合ってくれ」


 一応ふたつ用意してあったお猪口のひとつをシゲルに持たせ、徳利に入った日本酒を注ぐ。
 自分の分は手酌で注いだ。


「じゃ、とりあえず乾杯ってことで」
「ういー」


 敏樹とシゲルはそれぞれ軽く杯を掲げたあと、くいっと中身を飲み干した。


「くぅー……! ほんと、たまにはこいうのも悪くないな」
「そうだな親父ぃ」


 普段好んで酒を飲む性質たちではない敏樹だったが、こういう場所では雰囲気を楽しむのも大事なのである。


「……なんか、隣が騒がしくなってきたなぁ」


 徳利が空になるころ、隣の部屋の女性陣が入浴をはじめたようで、姦しい声が仕切りを挟んで漏れ聞こえてきた。


「おー、見てみぃクク! 浮いとるでぇ」
「ほんまや! そんだけ大きいとぷかぷか浮くんやなぁ」
「あー、まぁ実際お風呂に浸かると浮いてくれるから楽でいいよねぇ、ロロアちゃん?」
「え? あ……うん……」
「ほう……そりゃあたしたちに喧嘩売ってるってことかい?」
「ん、それを言ったら戦争」
「わ、わたくしは気にしておりませんわよ? 弓を射つのに邪魔になるだけですし」
「メリダ、悲しくなるからやめよう? ね?」
「んふー! ビーチェの髪、洗い甲斐あるよぅ」
「あんまりこすらないでね、傷むから……」


 部屋付きの露天風呂なので10人がいっぺんに浸かれるわけではないが、浴場自体はそれなりに広く、どうやら全員がいるらしい。


「……出るか」
「へーい」


 湯も酒も充分楽しんだので、敏樹はシゲルを連れて風呂を出た。


**********


 ――翌朝。
 早い時間なら人が少ないということで、朝食は食堂へ行き、ビュッフェを楽しんだ。


「じゃあ、またいつでも来いよ」
「はい。お世話になりました」


 朝食後、ひと息ついた一行は、旅館を後にした。


「ねーねートシキさん」
「なんだ、ファラン?」
「すっごくいい宿だったけど、次はもっと広いお風呂がいいなぁ」
「あそこも一応大浴場はあるんだけどな」
「ホントに!? じゃあ次はそこに入りたい!!」
「んー、そうだなぁ……」


 敏樹としても、できれば広々とした露天風呂を使わせてやりたかったが、自分の目の届かないところで面倒事をが起こる可能性を考えると、どうしても踏み出せないところである。
 かといって女湯に付き添うわけにもいかず、といって混浴となればそれはそれでまた別の問題が発生しそうだ。


(だれか引率役が欲しいところだけど……)


 ここはロロアあたりにこちらの常識を勉強してもらうしかないのだろうかと、少々頭を悩ませる敏樹だった。



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