【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります

平尾正和/ほーち

第1話『おっさん、見送る』

 ランバルグ商会への手入れを終えた数日後、ある程度取り調べを終えたところで、マーガレットを始め各所から派遣された天監たちは持ち場へと帰ることになった。
 会長であるドレイク・ランバルグを筆頭に、精人奴隷売買に深く関わった商会上層部の者たちは帝都にある天網府へと移され、さらに厳しい取り調べが待っているようだ。
 いまだ名ばかりの存在である天網府が実績を挙げられる数少ない機会である。
 その成果を高めるためであれば、彼らは手段を選ばないだろう。


「オーシタさま。それにみなさま、大変お世話になりました。そろそろ州都に帰ろうと思います」


 マーガレットは敏樹らに対して深々と頭を下げた。


「おつかれさまでした。また何かお手伝いできることがあれば、いつでも言ってください」
「はい。必要であれば遠慮なく頼らせていただきますね」


 そう言って微笑むマーガレットに、敏樹も笑みを返した。
 多少面倒なことに巻き込まれるかもしれないが、精人をできるだけ救出すると決めた以上、必要であればいくらでも尽力するつもりだ。


「よし、ではマーガレットよ。あとは頼んだぞ!」
「は……?」


 なにやら無責任な口調でそう言い放ち、踵を返したテレーザに対し、マーガレットは怪訝な視線を向ける。


「シゲル、早速ギルドでくんれ――ぐぇっ!?」


 そしてその場を立ち去ろうとしたテレーザの襟首を後ろから掴んだマーガレットは、力任せにぐいっと引っ張った。
 踏み潰された蛙のような声を上げた同僚の耳元に、マーガレットは顔を近づけて囁く。


「何を言っているんです? あなたも帰るんですよ?」
「うぐ……マーガレット……くるし……」


 苦しむ同僚の声を無視し、マーガレットは襟首を掴んだまま踵を返して歩き始めた。


「ささ、行きますよ!!」
「ぐぅ……シゲル……また、こんど……な」
「おーう。いつでも相手になるぜぇ」


 といった具合に天監のふたりとは別れを済ませた。


「さーて。ボクもこれから大変だぞ―!」


 会長を失ったランバルグ商会はやがて潰れることになるわけだが、いますぐという訳にはいかない。
 大きな商会がある日突然消えてしまったとなると、罪もない多くの取引先が連鎖的に倒産してしまうのだ。
 なので、商会の中でも有能かつ精人奴隷売買に深く関わっていなかった者を集め、可能な限り業務を継続しつつ、徐々にドハティ商会が中心となって他の商会へと引き継いでいくというかたちを取ることになった。
 そこでそれなりの働きを見せれば引き継ぎ先で再就職という可能性もあるため、彼らも必死になって働くことだろう。


「もうすぐ父さんも来るみたいだから、しばらくはあちこち駆けずり回ったりしないとだめかなぁ」
「私も簡単な書類整理くらいはできるようになりましたので、ファランの護衛をしつつお手伝いですかね」


 今回ランバルグ商会を追い詰めたのは天監と憲兵隊だが、その直前にファランがドハティ商会として面会していたことは既に知られているだろうし、その後業務を引き継ぐとなると、この捕物に一枚噛んでいることも程なく悟られるだろう。
 今回の件で損害を受けたり職を失ったりする者は多く、そのすべてを救済できるわけでもない。
 となれば一番狙いやすいドハティ商会に対して、よからぬことをしでかそうとする輩は現れるだろうから、ベアトリーチェの護衛としての役割は大きい。


「ウチらも似たようなもんやな」
「せやな。しばらくは服いじるんも我慢せないかんな」
「わたしもできるだけ手伝いますよぅ」


 そしてククココ姉妹にラケーレもファランを手伝うことにしたようだ。
 実をいうと彼女らも、敏樹の補助で戦闘系スキルをそれなりに習得している。
 自衛のため、という名目ではあるが、ドワーフや獣人といった身体能力に優れた種族特性に合わせて習得されれたスキルにより、彼女らはE~Dランク冒険者相当の戦闘能力を有しているのである。
 彼女らもまた、お手伝い兼護衛ということで万一に備えることとなった。


「あたしらは憲兵隊長のオヤジに泣きつかれてるから、町のゴロツキどもを締め上げるよ」


 この街でそれなりに幅を利かせていたゴロツキを50人以上討伐したことにより、裏社会のパワーバランスが崩れて秩序が大いに乱れるおそれがある。
 そこで憲兵隊は、多額の報酬を対価に冒険者ギルドへ町の治安維持を依頼したのだった。


「シーラが暴れすぎないように、わたくしがきっちり監督しておきますわ」
「よくいうよ。こないだ一番容赦なかったのメリダじゃんかぁ」
「ん、同感」
「あらあら、そうでしたっけ?」


 ぺろりと舌を出したメリダを見て、シーラはケタケタと笑い、ライリーはクスリと笑みをこぼした。
 そんな3人を見て、敏樹は苦笑を漏らしつつ口を開く。


「ま、報酬がしっかり払われるようでよかったよ」


 今回、憲兵隊が提示した報酬はかなり高いものであった。
 確かに大きな街の裏社会から、犯罪組織が敷いたとはいえそれなりに整っていた秩序が乱れるのだから、危険は大きい。
 しかし、そういった危険を考慮した上でも、憲兵隊が提示した報酬は高額だった。
 しかもその情報は近隣の町の冒険者ギルドにも周知されたため、他所からも多くの冒険者が報酬を目当てに集まっているらしく、ヘイダの町からはガンドやジールたちも来る予定とのことだった。


「ま、おっさんのおかげだな」


 その高額な報酬の出処は、憲兵隊員の私財であった。
 もともと大きな商会の次男三男が、箔付けのために入ることが多い商都の憲兵隊である。
 市民を犠牲にしてでも自分たちの身を守りたい彼ら、あるいは彼らの親を始めとする親族たちは、もちろんというべきか犯罪組織とズブズブの関係だった。
 それらの事実を『情報閲覧』で確認した敏樹は、すぐさま憲兵隊長であるドラモントに報告した。


『ふむう……困ったな。君が犯罪組織とつながっていたということを“彼女たち”が知ったらどう思うだろうか?』


 といった具合にドラモントからの“訓告”を受けた隊員およびその親族は大いに反省し、“自主的に”憲兵隊へと多額の寄付を行なった。
 その寄付金が、治安維持のための予算となったのだった。
 ちなみに“彼女たち”とは言うまでもなくシーラ、メリダ、ライリーのことであり、“訓告”を受けた隊員たちは、3人の容赦ない戦いぶりや積み上げられた死体の山を思い出したことだろう。


「さてと……。じゃあ俺たちは実家に帰ろうか?」
「え?」


 敏樹の提案に、ロロアは首を傾げる。


「あの、私たちもドラモントさんの依頼を受けないんですか?」
「あーうん。ちょっとやりたいことがあってさ。でもその前に……シゲル?」
「ん?」
「お前、俺の実家に興味あるか?」
「実家ぁ?」


 そう言われたシゲルはぼんやりと虚空を見つめたあと、すぐに敏樹へと向き直る。


「そこにゃ強ぇやつはいるのか?」
「……いや、いないかな」
「じゃあいいや。おれぁギルドにいってくらぁ」


 強者がいないと知った時点で敏樹の実家から興味が失せたのか、シゲルはいつものようにギルド方面へと消えていった。


「ま、そんなこったろうと思ったけどな。で、ロロアはどうする? こっちに残りたいんならそれでもいいけど」
「いいえ! トシキさんと一緒にいます」
「お、おう、そうか。じゃあちょっと人目につかないところへ……」


 思いの外ロロアが強く訴えてきたことに少し面食らいつつも、敏樹は人気のない所を目指して歩き始めた。
 ロロアとともに街を歩き、数分ほどでちょうどいい物陰を見つける。


「じゃあ」
「はい」


 敏樹がすっと右手を差し出し、ロロアは左手を乗せた。
 そしていつものセリフを口にしようとしたとき、ロロアが何か言いたげに自分を見つめていることに気づく。


「どした?」
「あの……私も言っていいですか?」
「ん?」


 一瞬首を傾げた敏樹だったが、すぐ彼女の意図に気付き、ふっと笑みをこぼした。


「いいよ。じゃ……せーの」
「「実家に帰らせていただきます!!」」


 そしてふたりの姿が世界から消えた。



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