【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります

平尾正和/ほーち

第12話『おっさん、みんなと食卓を囲む』

 シゲルを中心としたギルドの訓練は随分冒険者たちに好評だったが、夕刻になったとろで切り上げさせてもらった。
 この日の夕食はクロエの実家へ招待されていたので、シゲルを含むパーティーメンバー全員を連れて、敏樹はギルドを後にした。


「トシさん、みんな、いらっしゃい。ようこそ黄金の稲穂亭へ」


 敏樹らが到着すると、クロエが笑顔で迎え入れてくれた。
 『黄金の稲穂亭』というのが、彼女の実家が経営している食堂の名であった。


「ちょっとー! みんな遅いよ? ボクもうお腹ペコペコー!」
「ほんまやで! ウチら結構前から待ってんねんからなっ!!」
「せやせや! 腹と背中がくっついてまうでぇ」


 と、どうやらファランとククココ姉妹はすでに着席しているようだ。
 それだけではない。


「やっほぅトシキっちー! ひさしぶりー!」
「といっても、数日ぶりなんですけどね。でも、会えて嬉しいです」


 故郷に帰った浣熊獣人のラケーレと熊獣人のベアトリーチェも、席に座っていた。
 彼女らの参加も事前に決まっており、ドハティ商会の馬車で迎えにいっていたのだ。


「ごめんな。ギルドで色々あって遅くなったわ」


 一同は数日ぶりの再会などを喜びながら、席についていく。


「じゃ、お料理並べていきますね」


 店名から想像できる通り、ここ黄金の稲穂亭は米料理を出す店で、ヘイダの町ではそこそこ人気のある、庶民向けの食堂である。
 クロエ、そして彼女の両親らの手によって、テーブルには、パエリアやリゾット、ピラフといった米料理が並べられていった。


 この日のディナータイムは、この食事会のため貸し切りとなっていた。
 クロエとその両親はランチタイム終了後から店を閉め、この食事会のための準備を行っていたのだった。


「温かい内に食べていってくださいね」
「クロエ、あなたももういいわよ。みなさんと一緒に食べなさい」
「はーい」


 テーブルの半分ほどが料理で埋まり、全員に飲み物が行き渡ったところで、クロエも席に着いた。
 飲み物はそれぞれ個人の好みに合わせ、ワインや果実酒、どぶろく、ビール、そして清酒が並べられていた。
 ちなみに用意されたビールだが、これは日本で一般的に飲まれているラガービールではなく、エールビールと呼ばれるものだった。
 魔術による温度管理技術があるので、この世界でもラガービールは飲めるのだが、“異世界ファンタジーと言えばエール!”という少々偏った固定観念のもと、敏樹はエールを頼んでいた。


「じゃあトシキさん、せっかくだし乾杯の音頭とってよ」


 ファランのすすめで敏樹が乾杯の音頭を取ることになった。
 あまりそういうのは得意ではないのだが、この場で音頭を取るのは自分がいちばん相応しいことも理解できるし、他のメンバーからも期待の視線を向けられたので、敏樹はファランの提案を受け入れることにした。


「えーと、ですね、あんまりごちゃごちゃと喋るのは苦手なので手短に……」


 エールの入ったグラスを片手に、敏樹は立ち上がった。


「えー、まずはクロエのご両親。このような素敵な場を設けていただき、ありがとうございます」


 敏樹がそういってグラスを片手に持ったまま、厨房に向かって頭を下げると、そこから料理を運ぼうとしていたクロエの母は手を止めてほほ笑み、父親は厨房から顔を出して軽く頭を下げた。


「えー、いろいろなことがありましたが、ベアトリーチェ、ラケーレ、ファラン、クロエは無事家に変えることができました。ククココ姉妹はちゃんと就職できたし、シーラ、メリダ、ライリーは念願の冒険者となれました。俺とロロアも一緒に冒険者となりました。あー、それから新しいメンバーとしてシゲルを迎え入れることができ……、あとは……そうだな……」
「おっさん、長い」
「えぇっ? そうか?」


 “手短に”と言った割には長かったようで、シーラからツッコミが入った。
 日本にいたころ、敏樹は飲み会の幹事をするようなことはほとんどなく、人前で乾杯の音頭を取るといった経験もないため、つらつらと思いついたことを話してしまったようである。


「あー、じゃあ、数日ぶりの再会と新しい出会いを祝して……、乾杯!」
『乾杯!!』


 乾杯を済ませた一同は、めいめい食事に手を付け始めた。
 異なる世界でのことなので、ここに並べられている料理が元の世界のそれらの料理と全く同じかと問われれば多少の差異はあるが、少なくとも〈言語理解〉はパエリア風のものはパエリアと、リゾット風のものはリゾットと、ピラフ風のものはピラフと訳されているので、まったく別物と考える必要はあるまい。
 それに、リゾットやピラフはともかく、パエリアなどは敏樹も日本にいた頃ですら食べた記憶が無いので、ここで食べたものがスタンダードになりそうである。


 料理に関しては、こういった生米から調理するものだけでなく、白米のご飯が入ったお櫃も用意されていた。


「この米はクロエが?」
「はい」
「完璧だな。さすが」
「ふふ、ありがとうございます」


 白米の炊き加減を褒められ、クロエが嬉しそうに微笑む。


「やっぱこっちじゃ白飯を食べる文化ってないの?」
「いえ、それが……」


 クロエがまだこの町で暮らしていたほんの数年前までは、彼女自身白米を食べた経験などなく、一般的にも米はリゾットやピラフのような料理で食べられていた。
 しかし数年前から大きな町を中心に、白米を扱う店などが増えてきたらしい。
 どうやら王都あたりでは10年近く前から、王族を中心に富裕層のあいだで食べられるようになったのだとか。


「ただ、白米のご飯が富裕層、とくに道楽貴公子のお気に入りということで、炊飯技術が高級な料理店で独占されているようなんです」
「道楽貴公子?」
「たしか、王弟のお子さんで、美食家で有名な方らしいです」
「へええ。じゃあ白米を炊けるようになったこのお店は、高級店の仲間入り?」
「そんな! うちはできれば庶民向けの食堂を続けたいと思ってますので……」
「そこでボクの出番ってわけさ」


 敏樹とクロエの間に、ファランが割って入る。


「うちはまぁまぁ大きな商会だし、王都なんかの高級料理店に出入りすることもあるんだよ。で、白米のご飯を大いに気に入った父さんが、自分の町の食堂でそれを食べられるように尽力した結果、このお店の隠れメニューとするくらいのことはできるってわけ」
「……まぁ、富裕層が独占してる技術を庶民に向けて解放したら、いろいろとめんどうなことになるか。一応きくけど、親父さんは白米のご飯好きなの?」
「うん。クロエちゃんがおにぎり作って持っていったら一発で気に入ってくれたよ」
「そっか。そりゃよかった」


 つまり、王都の高級料理店で白飯を食べて気に入った、というわけではないようだが、そのあたりの細かいところをあまり気にする必要はないだろう。


「あ、そうだ。トシキさん、例の話だけど……」
「例の話?」


 そう問い返したが、ファランの表情が少し真剣なものになっていたので、敏樹は彼女が何を言わんとしているのかなんとなく察した。
 そして、そんなふたりの様子を見たクロエは、隣りに座っていたベアトリーチェと会話を始めた。


「なんとかなりそうだって」
「そうか!」
「うん。ウチの商会がうまく受け皿になれば、そこまで混乱することはないし、美味しいところを任せてやれば、食いついてくる商人はいくらでもいるだろうからって」
「わかった。また近いうちに親父さんと話してみるよ」
「うん。ボクにできることはなんでもするから、遠慮なく言ってね」
「おう。ところでさ、その……、親父さんとは、話したのか?」


 敏樹は少し心配するような視線を向け、それを受けたファランの表情がわずかに曇る。


「……うん。夜中までじっくり」
「ごめんな。辛かったろ?」
「まぁ、ね。話す分にはどうってことないんだけどさ。その、聞いてる父さんの顔を見るのが、ちょっとキツかったかも」
「……そう」
「今日の昼ぐらいまで死人みたいな顔してたよ……、ふふ」


 ファランは思い出したように、そして自嘲気味に小さな笑みをこぼす。


「……ホント、ごめんな」
「ううん。あれは多分ボクたち親子にとっても必要なことだったんだよ。ちゃんと話せてよかったと思ってるし、その機会を作ってくれたトシキさんには感謝してるよ」


 そう言いながら浮かべたファランの力のない笑みが、敏樹の胸に刺さった。


「……もう、なんて顔してんのさ。ホントに大丈夫だって。父さんもしばらくしたら持ち直したし、さっき出てくる前は、ちゃんと話を聞けてよかったって、言ってたから」
「そっか……」


 申し訳なさそうにそう呟く敏樹の背中を、ファランが少し強めに叩く。


「だからぁ、そんな顔しないの! さ、食べよう食べよう」


 先ほどまでとは異なり、明るい笑顔となったファランに促され、敏樹は半分ほど残っていたエールを一気に飲み干した。


**********


「じゃあ今夜はロロアもみんなと同じ部屋ってことでいいんだな?」
「はい、いいですか?」
「もちろん」


 夜遅くまで続いた賑やかな食事会のあと、一緒にバルナーフィルドホテルにたどり着いた敏樹たちだったが、ファランが大部屋を取り、そこに女性陣が全員泊まるようだ。
 当初はベアトリーチェとラケーレをファランの家に泊める予定だったのだが――、


「えー。ボクもっとみんなとおしゃべりしたいよー」


 と、ファランが言い出し、他のメンバーも同意したため、せっかくだからとホテルをとったのだった。
 なので、いつものメンバーとベアトリーチェ、ラケーレ以外に、ファランとクロエもホテルに来ていた。


「おっさんも来るか?」
「はは。ガールズトークの邪魔するほど野暮じゃないよ」
「がーるず……、なんだそりゃ?」
「女の子だけで楽しくお話することだよ。じゃあ明日は休みにするから、ロロアもシーラたちも、ゆっくりしなよ」
「おおー、話がわかるねぇ」


 敏樹とシーラがそんなやり取りをしていると、ロロアがおずおずと前に出てくる。


「あの、いいんでしょうか、そんなに簡単にお休みして……?」
「いや、働くも働かないも自由に決められるのが、フリーランス……というか、冒険者の特権だろ? あんまりダラダラしすぎるのもよくないけど、明日一日くらいのんびり過ごしたってバチは当たらないさ。だから、今夜はたっぷり夜更かしして、みんなで楽しく過ごしてくれよ」


 言いながら敏樹は、依頼や仕事、移動で疲れているであろう女性たちに回復術をかけてやる。
 そして女性たちからちょっとした歓声があがり、口々に礼を述べた。


「じゃあ俺は自分の部屋にもどるから。シゲル、いくぞ」
「おうよ」
「じゃあみんな、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」


 ロロアに続いて他のメンバーとも挨拶を交わした敏樹は、シゲルを彼の部屋に入れ、自分の部屋に戻った。



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