【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります

平尾正和/ほーち

第7話『おっさん、納品する』

 新しい衣服と装備類を粗方揃えた敏樹らだったが、なんやかんやと時間がかかり、夕暮れ近くになった。


「ちょっと遅くなったけど、納品だけ行っとこうか」


 冒険者組はファランたちと別れて再び冒険者ギルドを訪れることにした。
 これまで狩った魔物や、討伐した賞金首を引き渡すためである。
 登録のついでに納品しなかったのには少しわけがあった。


「お待たせー。おかげでいい収納庫が使えるようになったよ。ありがとね、ファラン」
「いえいえー。シーラもウチの看板冒険者になると信じてるからねー」


 この世界には【収納】という魔術がある。
 これは〈格納庫ハンガー〉のように異空間へ物を出し入れする物ではなく、現実に存在する『収納庫』という施設を使って物を出し入れするもので、【収納】という名前ではあるが、実際は転移魔術である。
 そして【収納】は収納庫とセットになって初めて意味をなす魔術であり、契約した収納庫以外へ物を出し入れすることは当然出来ない。
 もし収納業者を変更する場合は【収納】も覚え直す必要がある。


「へぇ、じゃあ【収納】ってのは魔術師ギルドじゃなくて収納庫とセットで覚える物なんだ」
「おっさん、それ常識」


 ドハティ商会は収納庫も経営しており、通常の収納庫と冷蔵、冷凍機能のある収納庫の都合3つを、シーラー達はそれぞれ格安で契約していた。
 通常の収納庫は元の世界で言うところの貨物用コンテナ程度、冷蔵、冷凍機能のあるものはそれぞれその半分程度の容量だった。
 いつまでも甘えるわけにはいかないので半年から1年程度で正規料金に切り替えるのだという。
 とりあえず敏樹はヘイダの街に来るまでにシーラ達が狩った魔物をすべて彼女らが契約した収納庫に移したあと、一行は冒険者ギルドへ向かった。


 シーラ達はシーラ達で納品を行うので、敏樹とロロアは彼女らとは別の窓口に顔を出した。


「すいません。魔物の納品をお願いしたいのですが」
「かしこまりっす」


 応対したのはハーフリングの男性で名をベニートといった。
 身長は150センチ程度だが、純血のハーフリングにしては背が高い部類に入る。
 ハーフリングは身軽で頭の回転が速く、手先が器用なので、冒険者だと斥候を任されることが多いのだが、彼のように事務職を選ぶ者も少なくない。
 ただ、性格や口調も軽く、それを不快に思う冒険者も多いので、ベニートはあまり混み合わない時間帯で受付を任されることが多かった。


「んじゃここに出してもらえます?」
「あー、かなり多いんですけど」
「はぁ。どんぐらいっすか?」
「ゴブリンやらオークやらで都合100体ぐらい?」
「ひゃ……!? ちょ、ちょっと待って下さいね」


 と、ベニートは奥に姿を消した。


「あれ、どしたの? トラブル?」


 納品を終えたシーラ達が敏樹らの元へ来た。


「いや、こっちに来てから狩ったやつがたまりにたまってて……」
「あー……」


 無論、その心当たりのあるシーラは半ば呆れ、半ば納得したような表情を浮かべた。


「あ、そだ。あたしらFランクに昇格したよん」
「お、やったな」


 嬉しそうな表情でシーラがピースサインを出す。


「へええ。こっちにもピースサインってあるんんだ。いやVサインか? どっちの意味だ?」


 人差し指と中指を立てるハンドサインだが、敏樹らの世界ではピースサイン、あるいはVサインと呼ばれる。
 平和を意味するピースと、勝利Victoryを意味するVサインが全く同じハンドサインなのであるが、多くの人はそういう細かいことを考えず、嬉しいことがあった時に何となく使っているようだ。
 シーラの様子を見る限りはこちらの世界でもあまり変わらないようではあるが。


「あー、べつに深い意味はないけどね、これ。あたしはピースサインて呼んでるけど」


 実際シーラがどういう言葉を発しているのかはともかく、〈言語理解〉はピースサインと訳したようだ。


「じゃあこれは?」


 と、今度は親指を立ててみる。


「サムズアップ」
「これは?」


 人差し指と親指で円を作る。


「お金だね」
「じゃこっちは?」


 今度は人差し指と親指をこすり合わせてみる。


「あー、それもお金だね」


 この世界にはすでに紙幣が存在するので、硬化を意味する円と、紙幣を数える仕草がそれぞれ金銭を示すサインなのは日本と変わらないようである。
 敏樹はその他いくつかのハンドサインを確認した。


「ってか、さっきからなんなの?」
「いや、俺の故郷とハンドサインの常識が違ってたら嫌だなぁと思って」


 例えば人差し指と親指で円を作るサインは、国によっては尻の穴を示すこともあるので、何気なく使ったハンドサインがものすごく失礼に当たっては困ると思い、何となく聞いてみたのだった。


 そうやって時間を潰していると、ベニートが再び受付に現れた。


「すんませんけどウチのギルドマスターがお呼びですんで、来てもらってもいいっすか?」
「はいよ。シーラ達はどうする?」
「ウチらはパスしとくよ。魔術士ギルドにいくからさ」


 ふと視線を移すと、なにやらそわそわしているライリーの姿があった。
 彼女は町へ着く前に敏樹が習得させた魔術をすべて解除されており、魔術士ギルドで習得し直す必要があるのだった。
 魔術の習得にはかなり金がかかるのだが、これもドハティ商会がある程度援助してくれるようだ。


「おう、おつかれさん。ライリー、頑張ってな」
「ん」


 敏樹らは一旦シーラ達と分かれ、ベニートについていった。
 案内されたのは解体場だった。
 体育館ほどの大きさの施設で、各所で解体作業が行われている。
 臭いなどは魔術により処理されており、死骸などの目に入る物は多少グロテスクだが思ったほど不快な場所ではない。
 その解体場に、白い髭を生やしたローブ姿の老人が杖をついて立っていた。


「おう、来たか来たか」


 と、ベニートの姿を認めた老人が手招きする。


「こんな所ですまんな。儂はここヘイダの街の冒険者ギルド支部を預かるギルドマスター、バイロンと申す」
「どうも、敏樹です」
「あ、えっと、ロロアです」
「うむ、ではさっそく魔物の死骸を……、おう、ベニート。お主はもうよいぞ」
「うっす」


 軽く頭を下げたあと、ベニートは軽快な足取りで解体場から去って行った。


「解体済みで100体ほどありますけど?」
「うむ、聞いておるよ。そこの空いておる所に積み上げておいてくれ」
「魔石はこっちで貰っても?」
「その分査定が下がっていいなら好きにせい」
「はいよ」


 敏樹は空いたスペースに魔物の素材を積み上げた。突然現れた素材の山に、解体場にいた解体士達が驚きの声を上げる。
 そして、興味を惹かれたのか、数人が素材の山の元を訪れた。


「うわっ! これ、メチャクチャ綺麗に解体されてんじゃん!!」
「おお、ホントだ、すげぇ……」


 さすが〈格納庫ハンガー〉の解体機能である。


「ねぇ、これ君がやったの?」


 解体士の1人が敏樹に声をかけてきた。


「ええ、まぁ」
「君! 解体士にならないか!?」


 その解体士は、突然敏樹の手を取りキラキラと煌く視線を向けて訴えかけてきた。


「だめじゃだめじゃ。この者は我が冒険者ギルド期待の新人なのじゃ」
「いや、俺まだ登録したばっかですけど?」
「ふふ、儂も伊達に長いことギルドマスターをやっとるわけではないからの。お主はただものではないと、儂の勘がビンビン反応しとるわい」
「は、はぁ」


 と、バイロンは解体士の申し出を断ってしまった。
 まぁ敏樹としてもその申し出を受けるつもりはないのだが。


「えー。じゃあもっと解体士増やしてくださいよー、バイロンさぁん」
「そうだそうだ。全然手が足りないんだよぉ!!」
「悪いとは思っておるが、そのぶん報酬は出しとるじゃろが」
「わかってないなぁ。バイロンさんあれみてよ」


 と解体士が示した先には、未解体の魔物の死骸が山積みになっていた。


「俺ら的にはさぁ。解体が間に合わなくて素材が劣化するってのが許せないんっすよね」
「あーわかるわー。肉の食べごろ逃したりとかマジ辛ぇよなぁ」
「ってか、もっと冒険者に初歩の解体技術を叩き込んどいてよ。血抜きしてない冷凍の死骸渡されてどうしろってんだよ」
「ホントそれな。てめぇのせいで買取額が下がってるってのに、文句だけはいっちょまえなんだからよ、冒険者ってのは。高く買い取ってほしいなら血抜きと臓物取りぐらいやっとけっての」
「最低限、【浄化】ぐらいしといてほしいよな?」
「「「それなー」」」


 次々に噴出する苦情に、バイロンは頭を抱えて首を振っていた


「わかったわかった。とりあえず解体講座を開いて冒険者の解体技術の底上げをするよう務めるからの。すまんけどコイツの査定を――」
「んなもんギルド職員にでもやらせとけっての。見た感じ最高レベルの解体だから数だけ数えて定価出しときゃいいって。ってか、マジ解体士になんねぇ?」
「あー、いや、ごめんなさい」


 解体士たちの気苦労もわからなくはない敏樹だったが、とりあえず冒険者になったばかりだし、しばらくはシーラたちの様子も見たい。
 せめて自分が倒した魔物ぐらいは解体してやるというところで、勘弁願おう。
 とりあえずひとしきり文句を言ってすっきりしたのか、解体士たちは再び持ち場にもどっていった。


「ああ、それからお主らはEランクに昇格じゃ」
「はい? Fじゃなくて?」
「うむ。ざっとみてそれぐらいの評価は得られる仕事をしておるわ」
「……俺らふたりだけでやったんじゃないかも知れないですよ?」
「それならそれでかまわん。分不相応なランクを得てもしんどいのは本人じゃからの」
「はぁ、そんなもんですか」


 さきほどからバイロンとの応対はすべて敏樹が行っている。
 ロロアはバイロンから半身を隠すように敏樹の陰に隠れていた。
 今はフードを外して顔を晒しているが、コンプレックスが完全に解消されたわけではない。
 敏樹やシーラ達だけならともかく、それ以外の人がいると、どうしても気後れしてしまうのだ。
 簡単に言えば重度の人見知りなのである。
 ただ、冒険者には色んなタイプの者がいるので、バイロンの方でも別にロロアの態度をどうこう言うつもりはないようであり、彼はロロアの実力もかなりのものではないかと予想していた。



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