【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります

平尾正和/ほーち

第3話『おっさん、再び実家に帰る』

 異世界からの2回目となる帰還に成功した敏樹は、実家の自室に立っていた。
 もともと大下家の桜の木の前に設定されていた拠点だが、出現の瞬間を誰かに見られるリスクがあるため自室に変更していた。
 ここなら常に施錠されているので敏樹以外が入ることはなく、人目につく可能性はほぼない。
 土足のまま帰れるよう、彼は自室の一部に一畳程度に折りたたんだブルーシートを敷き、その一角を実家での拠点としていたのだった。


「何も無理をする必要なんぞないんだよな」


 敏樹はその場で軽く身体を伸ばしたあと、身につけていたプロテクター類を外し、靴を脱いでブルーシートを下りた。


「こっちだと〈格納庫ハンガー〉を使えないのがつらいな」


 そうぼやきながらクローゼットから部屋着になりそうなジャージを引っ張り出して着替え、ベッドに寝転がり、そのまま眠りについた。




「さーて、風呂だ風呂」


 3時間ほどの睡眠ですっきりとした敏樹は、風呂に入ることにした。
 こちらの世界では〈無病息災〉をはじめとするスキルが発動しない以上、睡眠効果は異世界の方が高いはずなのだが、自室での睡眠は短時間であるにもかかわらず敏樹の気分を晴れさせた。
 やはり気分的な問題というのは非常に重要であるようだ。


 異世界の拠点である例の洞穴には、当たり前だが風呂がない。
 一応タンク式の携帯シャワーを持って行っており、湧き水を【加熱】という生活魔術で温めて浴びることはできるし、【浄化】という生活魔術を使えば身体や衣服を清潔に保つことは可能なのだが、それはそれこれはこれというやつである。


「おや敏樹、帰ってたんだ」


 リビングでは母親がテレビを見ながらリラックスしていた。


「ああ、ただいま。風呂は入れる?」
「洗ってはあるからスイッチ入れりゃいつでも入れるけど」
「お、ありがたい」


 母親と話しながら敏樹は給湯器の操作パネルのもとへ行き、自動湯張りスイッチを押した。


「晩ご飯は?」
「あとでいいや」
「そう。新しい仕事どうなの?」
「うん。まあいい感じかな」


 敏樹は現在の状況を“新しい仕事を始めた関係でほとんど家に帰れなくなるかも知れない”というふうに説明していた。
 守秘義務があるので詳しい仕事内容は話せないと言っておけば、深く詮索されることもない。
 実際のところ在宅業務をやっていればそこそこ重要なシステムや個人情報に触れることもあり、秘密保持契約などは当たり前のように交わされるものなので、彼の母親はそのあたりの理解もそれなりに深かった。
 母親を騙しているようで申し訳ないが、かといって事実を話したところで信じてはもらえないだろうし、逆に信じられても困る話である。


「そういえば町田さんとはどうなの? 仲直りした?」
「ん? まぁ、ぼちぼち」


 町田に関しては、新しい仕事の関係者であること、先日揉めたのは仕事関係のトラブルから、ということにしている。


「それにしてもアンタ、顔つき変わったねぇ」
「そう?」
「やっぱり部屋に引きこもってちゃ駄目なのよ。何の仕事か知らないけど頑張んな」
「お、おう……」


 なんというか、母親が褒めてくれるのは嬉しいのだが、いままでの仕事をけなされたような気もしたので、なんとも微妙な気分になる敏樹であった。


 そうやって母親となんとなしに雑談しているうちに風呂が沸いたので、敏樹はさっさと入力することにした。


「ふいぃ~……、極楽じゃぁ……」


 ことさら風呂が好きというわけではない敏樹だったが、それでも一週間ぶりの入浴というのは格別なものがあり、敏樹は思う存分入浴を楽しんだのであった。


「……確かに、顔つき変わったかも。あと身体も」


 風呂上がりに洗面台の鏡に映った自分を見て、敏樹はそう漏らした。
 顔つきは自分で見ても分かるほど精悍になり、血色もよくなっている。
 鏡に映る上半身は、胸板がそこそこ厚くなり、腹筋もいい具合に割れていた。
 腕は一回り太くなり、視線を下に落とせば同じく脚も太くなったのがわかった。無論筋肉によってである。


「一週間……いや、前回のも合わせると二週間ぐらいか。たったそれだけでずいぶん変わったな」


 敏樹にはあまり自覚がないのだが、〈無病息災〉によるこまめな超回復の効果は絶大であった。


「うーん、でもこれ以上筋肉だるまっぽくなるのはちょっとな……」


 敏樹がいまのスタイルをベストコンディションだと意識すれば、〈無病息災〉はそれを維持しようとするであろう。
 そして最上位スキルであるだけに、この体型を維持したまま筋力のみが増加するということもありえるのだ。


「そういや最近服が小さく感じてたんだけど、こんだけ体型変わりゃしょうがないよな」


 敏樹は風呂から上がって一息ついたあと、まだ近所のショッピングモールがまだ営業していることに思い至り、家の車を借りて適当に服を買った。
 用事は済んだとばかりに帰ろうとしたところ、併設されたホームセンターの灯りが目に入り、ひとつ欲しいものがあったことを思い出した敏樹は、そのまま店内に躍り込んだ。


「こういうのって、なぜか電気屋じゃなくてホームセンターに置いてあったりするんだよなー」


 といいながら敏樹がカートに乗せたのは、2升炊きの大型炊飯器であった。毎食バーベキューのような料理を食べていた敏樹が米を欲しいと何度思ったか。
 出発前に米を炊き、向こうに着いて〈格納庫〉に収めればいつでも炊きたてのご飯が食べられるということに、今さらながら思い至った敏樹なのであった。


**********


「大下先輩ちぃーっす」


 翌日、敏樹は先日契約したガレージへ徹を呼びつけ、彼は軽トラックにバイクを乗せて現れた。


「どしたんすか、ここ?」
「借りたんだよ。いろいろあってね」
「へええ。結構いい感じっすねぇ」
「だろ? もともと工場だったらしいけどな」


 敏樹が借りたガレージは廃工場をリノベーションしたものだった。
 まぁリノベーションといっても中を空っぽにして内壁や外壁を雑に塗り直した程度ではあるが、元々工場なだけあって建物自体はそこそこ頑丈である。
 工場としてみれば少し手狭かも知れないが、ガレージとして見ればかなりの広さとなり、自動車を10台は停められそうであった。
 ちょっとした流し台と浄化槽付きの水洗トイレがあるのもありがたい。


「じゃーん!!」


 後輩がガレージ内まで乗り付けていた軽トラックの荷台のシートを勢いよくめくると、その下からオフロードバイクが現れた。


「おおー、改めて見るとかっこいいな!!」
「でしょー? オフロードバイクっすけど、街乗りオンリーで乗ってる人も多いっすからね。ま、コイツはもうガチカチのクロカン使用にカスタマイズしてますけどねー」


 白地に緑の模様を施したそのバイクは、綺麗に磨かれてピカピカに輝いていた。


「……で、大下先輩、マジでやるんすか?」
「おう。頼むわ」
「どうなってもしらないっすよー?」
「はは。もし駄目だったらまたお願いするよ」
「わかりやした。じゃさっそく始めますね」


 後輩は軽トラックからバイクを下ろすと、助手席に積んであった工具類も下ろして適当に広げ、そしてバイクの解体を始めたのだった。


「これをこうして……ここを、こうで……よしっ……」


 解体が始まって10分程度。敏樹が購入したバイクは、いくつかの部品にわけられていた。


「とりあえずこんなもんっすかね」


 敏樹のバイクは、フレーム、シート、ガソリンタンク、エンジン、ハンドル、マフラー、そしてタイヤといった具合にバラされていた。


「もと細かくバラせますけど?」
「いや、こんなもんでいいかな。この中で一番重いのってどれ?」
「うーん、エンジンか……、フレームっすかねぇ」
「どれどれ……、よっこいせっと」


 敏樹はエンジンとフレームをそれぞれ持ち上げてみた。


「うん、いけそうだな」
「なんか知らないっすけど、大丈夫みたいっすね」
「おう、ありがとな」
「じゃあ、また組み立てるときにわかんなくなったらいつでも呼んでください」
「おう、じゃあな」


 ガレージの外に出て後輩を見送ったあと、シャッターを下ろして施錠し、通用口から入り直して内側から鍵をかけ、敏樹は解体されたバイクに向き直った。


「よし、行くか」


 敏樹はガレージの脇に置いてあったバックパックを手に取り、中からプロテクターやヘルメットを取り出しては身につけていく。
 そして空になったバックパックにマフラーやハンドルなど比較的小さな、あるいは細長い部品を突っ込んだあと、背中に担いだ。


「んじゃ、改めて……、よっこらせっと」


 次にタイヤ二本とガソリンタンクを抱え上げる。


「お、重……」


 少しよろめいたが、抱えた物が地面から離れたことを確認した瞬間、敏樹は〈拠点転移〉を発動した。


「よしっ」


 腕の中にタイヤとガソリンタンクを抱えたまま景色が変わるのを確認したあと、敏樹は担いだバックパックも含めて〈格納庫〉に収納し、即座に片手斧槍を取り出して構え、あたりを警戒した。


「あのオークは……いないな」


 敏樹が今回の転移先に選んだのは、実家に帰る直前に設定した最新の拠点だった。
 つまり、最後にオークと遭遇した場所である。


「ふぅ……」


 周りに魔物の気配を感じられないことを確認した敏樹は、片手斧槍を持ったままだらりと両腕を下げた。
 一応〈気配察知〉〈魔力感知〉〈熱探知〉など、周囲の警戒に役立ちそうなスキルは片っ端から習得しており、常に警戒しながら森を歩いているのでスキルレベルもそこそこ上がっている。
 おかげで敏樹は武道の達人よろしく“気配を察知する”ということもできるようになっているのだ。


「よし、あとはこれを何回か繰り返せば……」


 異世界探索用にバイクや車を買った敏樹だったが、転移の際に持ち運べるのは手荷物や身につけたもののみとなる。
 厳密には、手に持つか身につけるかして“地面に着いていない”状態でなくてはならない。
 じゃあ靴はどうなんだという話になるのだが、靴と衣服は例外であるらしい。
 なので、寝転がっていても服だけが取り残されるということはないそうだ。




 とにかく、バイクや車をひとりで持ち上げるというのはほぼ不可能である。
 ではどうやって運べばいいのか、ということろで“解体して少しずつ運び、運んだ先で組み立てる”という方法を敏樹は思いついたのだった。
 バイクに関しては大まかに解体してもらったおかげか意外とパーツも少なかったので、あと2~3回転移を繰り返せばすべて運び込むことが出来るだろう。


「せっかくだし、先に進んでおくか」


 今回敏樹は転移先に例の洞穴ではなく最前線を選んだ。どうせ24時間待たねばならないのであれば、少しでも進んでおこうという心づもりである。
 一度実家に帰ってリフレッシュした敏樹の気分は、そこそこ晴れやかであった。




「さて、そろそろ実家に帰らせてもらうかな」




 バイクのタイヤなどを持ち運んでから24時間が経過した。
 敏樹は無理のないペースで進み、休憩、食事などを取りながら、たまに遭遇する魔物を倒しつつ森を進んでいた。
 単独行動なので仮眠といえども睡眠を取るわけにはいかないが、睡眠不足は立派な状態異常なので〈無病息災〉が解消してくれるため、あえて眠る必要はないのである。
 とはいえあまりに睡眠を取らなすぎると気分がすさんでくる恐れもあるので、実家に帰ったあと、敏樹はひたすら眠るつもりであった。どうせ24時間は待機する必要があるのだ。


「……あれ、もしかしてわざわざ洞穴に帰る必要ってなかった?」


 実家への二度目の帰還を果たすまで、敏樹は最前線と例の洞穴を律儀に行き来していたが、戻る先はなにもあの洞穴である必要はなく、最前線と実家とをダイレクトに行き来すればいいということに、今さらながら気付く敏樹であった。


**********


 その後実家との行き来を数回経て、敏樹はバイクのパーツすべてを異世界に持ち込むことが出来た。あとはこれをどうやって組み立てるのか、であるが……。


「よし、いくぞ…………『再構築』!!」


 〈格納庫〉内でバラバラになったバイクの存在を認識していた敏樹は、スキルの機能のひとつである『再構築』を実行した。


「お? いけたか!?」


 組み上がったと思われるバイクを〈格納庫〉から取り出す。


「おおー!!」


 一応きれいに組み上がっているようには見えた。
 あとはこれがちゃんと動くかどうかである。


「まずはガソリンを入れないとな」


 異世界に持ち込む際にガソリンタンクを抱え上げることは想定していたので、納車の際はタンクを空にしておくよう、後輩には言い含めておき、敏樹は別途20リットルの携行缶を使ってガソリンを持ち込んでいた。


「……給油も〈格納庫〉の中でできないかな?」


 そう思いついた敏樹は、一旦取り出したバイクを〈格納庫〉に収めた。


「まずは……ガソリンを出した方がいいか?」


 『分解』機能を使い、携行缶と中身のガソリンを分けてみたところ、これは問題なく成功した。


「次は……『調整』かな?」


 『調整』機能を使い、ガソリンをバイクのガソリンタンクへ入れるようイメージする。


「……お、できたっ!!」


 一応灯油用の給油ポンプは持参していた敏樹であったが、給油に関しては〈格納庫〉内で行なったほうが楽なようである。


「おーっし。じゃさっそく……」


 再びバイクを取り出した敏樹は、ハンドルをしっかりと握り、脚を上げてまたがった。
 悪路走行時に邪魔になるだろうと後輩からの助言により、スタンドは取り付けていない。
 一時停車でアレなんであれ、下りるときは〈格納庫〉にしまうので問題ないのである。


 バイクにまたがった敏樹は、キーを差仕込んで回し、スタンバイ状態にして スタートスイッチを押した。
 アクセルを回すとバルンッっとエンジンがうなりをあげ、シートから全身に振動が伝わってきた。


「おおー、いいねぇ」


 クラッチを握りギアを変え、レバーをゆっくりと離しながら一度戻したアクセルをゆっくりと回していく。


「おうっふ……!!」


 バイクはエンストを起こし、ガクンと止まってしまった。


「くそう……久しぶりだからなぁ……」


 その後も何度かエンストを繰り返しながらも、なんとか敏樹は教習所時代の感覚を取り戻し、無事スタートすることが出来た。
 一度走り出せばその後のギアチェンジはそれほど難しくないのである。


「ヒィヤッハァァァーッ!!」


 そして異世界の森の中に甲高いエンジン音と敏樹の奇声が響き渡るのだった。



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コメント

  • ノベルバユーザー251799

    やっぱりアホだ

    0
  • ノベルバユーザー236996

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