【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります

平尾正和/ほーち

第4話『おっさん、所有権を得る』

 異世界にバイクを持ち込んで数日、敏樹は森の中をバイクで駆けていた。
 初日にイキがって世紀末的な奇声を上げてしまったことに関しては、思い出すと少し顔が熱くなってしまう。


 いわゆるオフロード走行の経験がない敏樹は、最初のころは何度も転倒していた。
 なにか有用なスキルはないものかと試しに〈騎乗〉を習得したところ、それなりに走行が安定し、いまは時速20キロメートル前後で森の中を走れるようになっていた。
 公道を走る感覚でいえばかなり遅いが、それは仕方のないことである。
 自分の脚で走ることに比べればずいぶん速いのだ。


 その後自動車のほうも無事納車され、『パンテラモータース』の親父さんに頼んで解体してもらっていた。
 それも何日かに分けて運び込んだが、ボディなどの大きな部品はどうにもならず、ガレージの中にぽつねんと取り残されている。
 この森の中にいる限り小型とはいえ自動車に乗るというのはほぼ不可能なので、ボディの持ち込みは後回しでいいだろうと、敏樹は考えていた。




「うりゃっ!! そりゃっ!!」


 バイクを少しゆっくりめに走らせながら、敏樹が左手をかざしつつかけ声を上げると、その先にいる魔物の頭や胸に風穴が空いていく。
 敏樹はバイクに乗りながら魔物を倒す方法として、魔術を使っており、いま使ったのは風の槍で敵を貫く【風槍】という魔術だった。
 中級攻撃魔術だけあって威力はなかなかのものであり、当たり所さえよければオークであっても一撃で倒すことが出来る。
 その分消費魔力量も多いので、そう乱発できるものではないのだが。


「フゴオオッ!!」


 敏樹の向かう先にオークが立ちはだかる。
 魔力残量が心許なくなった敏樹は魔術の使用をやめ、左手でクラッチレバーを握ってギアを一段階上げた。
 幸いオークとの間に目立つ障害物はない。
 アクセルを回しスピードを上げながらオークに迫る。
 そして彼我の距離がある程度縮まったところで、敏樹は左手をハンドルから離して振り上げると、そこに片手斧槍ハンドハルバードが現れた。


「おおおおおおっ!!」


 かなりのスピードでオークに肉薄した敏樹は、巧みにハンドルを切ってオークをよけた。
 そして雄叫びとともにオークの頭をめがけて片手斧槍を振り抜いた。


「ボブファッ……!!」


 バイクの勢いを借りたその一撃で、オークの頭は砕かれるように分断され、断末魔の悲鳴が森の中に響き渡った。
 敏樹はバイクを反転させて倒れたオークのもとへ戻ると、軽くバイクを傾けてオークの死骸を足で踏み、〈格納庫〉に収納した。
 手であれ足であれ、触れてさえいれば〈格納庫〉への収納は可能なのだ。


「うん、こっちもいけるな」


 敏樹はバイクにまたがったまま、左手に持った片手斧槍をブンっと振る。
 〈騎乗戦技〉というスキルのおかげで、敏樹はバイクにまたがった状態でも習得した武術系スキルをある程度高いパフォーマンスで発揮できるようになっていた。


「さてと、今日も1日頑張ったし、そろそろ実家に帰らせていただきますか」


**********


 実家に帰って一眠りしたあと、敏樹はダイニングで母親と夕食をともにしていた。


「そういえば町田さん、あれから一ヶ月も経つのに全然来ないじゃない」
「いや、だからあの人は仕事先の人で、プライベートで会うような人じゃないから」
「そうなの? 残念ねぇ……」
「ったく…………、って、一ヶ月? もう一ヶ月も経つのか」
「あら? やっぱり会えなくてさみしいんじゃない」
「ああ、いや、そういうわけじゃないんだけど……。前に町田さんが来たのっていつだっけ?」
「えーっと、確かあの日はお向かいさんとお食事に……」


 そう言いながら立ち上がった母親は、ダイニングの壁に掛けたカレンダーの元へ行った。 そのカレンダーには母親のスケジュールがいくつか書き込まれていた。


「病院に行ったのが月曜日で……その前の週のあれだから…………。うん、今日でちょうど一ヶ月ね」
「そっか、ありがと」


 一ヶ月。
 それは町田から告げられた例のタブレットPCの使用期限であった。


「確か、消えてなくなるって話だったよな……」


 敏樹は自室のベッドに寝転がっていたが、どこか落ち着かない様子であった。
 先ほどから壁に掛けられた時計を何度も見ており、気を紛らわすためにスマートフォンでウェブ小説を読んでいるのだが、まったく頭に入ってこないといった様子である。
 それから何十、いや何百回目かに時計を見たとき、カチリと音を立てて長針が動いた。


「よしっ」


 前回〈拠点転移〉を使ってちょうど24時間が経過し、スキルを使える感覚が戻ってきた。装備類は10分ほど前にすべて着用済みである。


「んじゃ、いってきます」


 例の洞穴を目標に〈拠点転移〉が発動され、景色が変わるのと同時に敏樹は〈格納庫〉からタブレットPCを取り出した。


「ぅおーっし!!」


 手元には問題なくタブレットPCが現れ、起動するといつも通りのメニューが現れる。
 ざっと確認したが、機能もいままで通り使えそうであったが、機能制限がかかってないかどうかなど細かいところまで確認するために、今回はこの洞穴を転移先にしたのであった。


「ん、なんだ?」


 敏樹がある程度タブレットPCの確認を終え、洞穴の中で休憩していたところ、突然着信音のような物が聞こえた。
 ただし、実際音が聞こえているというわけではなく、頭の中で鳴っているような感覚だ。


「……タブレットか?」


 ひと通りの機能確認を終えたあと敏樹はタブレットPCをいつものように〈格納庫〉に収めたのだが、どうやら庫内で着信音が鳴っているらしいことが把握できた。
 慌てて〈格納庫〉からタブレットPCを取り出すと、そのモニターには『世界管理局 町田』と表示されていた。


「やっほー、大下さん」


 応答ボタンをタップすると画面が切り替わり、そこには町田の姿が映し出されたのだった。


「……なにやってんですか?」
「なにって、大下さんがいま手に持っているそれのことですよー」
「このタブレット?」
「そうでーす。いやー1000億、使っちゃいましたねー」
「ええ、まぁ」


 そう。敏樹は1000億ポイントを使って〈管理者用タブレットPC〉にチェックを入れていたのであった。


「ほんとによかったんですかー? 1000億ですよ、1000億! いまならまだクーリングオフできますよー?」
「いや、いいです。しっかり考えた上での決断ですから」


 『情報閲覧』に『スキル習得』
 それは何物にも代えがたい機能であると、敏樹は考えたのだった。


「さすが、目の付け所が違いますねー、大下さん」
「どうも」
「ではそのタブレットの所有権を正式に大下さんへ移譲しますねー。もう返品はききませんよー?」
「お願いします」
「……はいっ、オッケー!! じゃあこれからもよい旅を――」
「あ、ちょい待ち」
「……なんでしょう?」
「せっかくなので、ひとつだけ質問いいですか?」
「私に答えられるものであればー」
「なんで俺をこの世界に?」
「最初に行ったじゃないですかー、厳正な審査の結果選ばれましたよーって」
「いや、そういう意味じゃなくて、なぜこの世界に異世界人を喚んだのかってことを訊きたいんですよ」
「質問はひとつだけですよねー? じゃ、さよならー」


 町田はうっすらと笑みをたたえた表情を1ミリも崩すことなくそう告げたあと、画面から消えた。


「ちょ、おいっ!! もしもし? もしもーし!?」


 ホーム画面に戻ったタブレットPCに向かって敏樹は何度も呼びかけたが、結局町田がそれに応えることはなかった。


**********


 タブレットPCの正式な所有権を得て数日、敏樹は森を抜けることに成功した。
 少し開けた荒れ地の向こうに、目当ての集落らしきものが見える。


「やっと人に会える……!!」


 異世界を訪れて1ヶ月と少し。
 敏樹はようやく異世界人と接触できる機会を得たのだった。
 念のため少し戻った森の浅い部分を拠点に設定したあと、身長に荒れ地を進んでいく。


「さーて、どんな人たちがいるかなー?」


 タブレットPCを手に入れたのだから、その集落にどのような人が、どれくらいの規模で、どういった生活をしているのか、ということは『情報閲覧』で調べることは容易である。
 しかし敏樹はあえてそれを調べなかった。
 事前に知っていれば楽しみがなくなってしまうという心情はもちろんあるが、慎重を期すのであれば多少楽しみを削がれても事前に調べておくべきであろう。
 実のところ、そんな敏樹の心情などより重要な問題があり、それを理由に敏樹はあまり事前調査をしないようにしていたのだった。


 その重要なものとはなんなのか?


 ――ポイントである。




「結局ポイントってなんなんです?」


 敏樹は2度目の異世界訪問の前に、実家の庭で町田にいくつか質問したときのことを思い出していた。


「まー、ひと言で言えば経験値ですかねー」
「経験値? つまり魔物を倒したらもらえる、的な?」
「あははー。どんだけゲーム脳なんですか、大下さーん?」
「う……いや、その……」
「ふふ。経験値は文字通りの意味での経験値、つまり、経験に応じて獲得できる物ですよー」
「経験に応じて? それは戦闘に限らず?」
「もちろんですよー。経験によって魂が受けた影響に応じて獲得できる物ですからねー」
「……すいません、よくわからないです」
「そうですねー……。簡単に言えば、その経験でどれだけ感情が動いたか、という認識でいいでしょうかねー」
「感情が……?」
「そうです。感情の振り幅が大きいほどたくさんポイントもらえるー、ぐらいに思っててくださーい」
「じゃあ、事前に何でも調べておくってのは……」
「おすすめしませんねー。なんでもかんでもネタバレしてたんじゃあ楽しくないじゃないですかー」
「それはそうなんですけど……」


 敏樹にとってポイントとは、なにもスキル習得に必用な対価というだけではない。
 どういう理屈か分からないが、ポイントとメインバンクの残高が完全に連動しているのである。
 つまり、日本に帰って何かを物を買うのにもポイントを要するのだ。


「今さら普通の仕事はしたくないしなぁ」


 敏樹はこの一ヶ月の間、ちょっとした時間を見つけては受けていた仕事をちまちまと消化していたのだが、それはもう苦痛でしかなかった。
 新たな仕事は受けられなくなったと説明しており、このまま日本で仕事をせずに異世界生活と実家暮らしを両立できるようであれば、正式に仕事を辞めるつもりであった。
 血湧き肉躍る異世界での生活に比べて、日本での仕事は敏樹にとって退屈すぎるのだ。


 とにかく、敏樹にとってポイントというものは非常に重要なのである。
 まだ億単位のポイントが残っているとはいえ、高ポイントを要するスキルや、日本で買える高額な商品など、この先何が必要になるかも分からない。
 ポイントは稼げるときに稼いでおくべきであり、その機会を自ら手放すような真似はしないほうがいいだろう。


「ま、何かあれば転移でにげればいいしな」


 〈拠点転移〉発動できるようになっているので、もし身の危険が迫ったとしても、実家なり例の洞穴なりに転移すればいいだけのことである。


 周りに魔物の気配がないことは確認できているので、武器は持たず、不審に見えそうなヘルメットも脱いでいる。
 万が一危険があったとしても、武器はいつでも〈格納庫〉から出せるし、魔術を使えるよう準備もしていた。


 少しずつだが集落の様子が見えてきた。
 そこは柵に囲われた小規模な集落のようで、簡素な木造の家やテントがちらほらと目に付いた。
 柵の一部が開いておりその前に槍を持った門番らしき者が2人立っていた。
 その内の1人が敏樹に気付き、もう1人に声をかけているようであった。
 2人の視線が敏樹を捉え、警戒するように腰を落として槍を構えた。


「おーい、敵意はないですよー」


 まだ声が届く距離でもなく、独り言のようにそうつぶやきながら、敏樹は両手を挙げて敵意がないことを示しながら集落へと近づいていった。
 一歩二歩と近づくにつれ、2人の姿がはっきりと見えるようになってきたのだが、敏樹は彼らを見て眉をひそめ、首をかしげた。


「リザードマン? もしかして魔物の集落か? いや、でも……」


 はっきりと視認できるようになった2人の内、1人は蜥蜴とかげのような頭を持つ人型の存在であり、それはまさにリザードマンと呼ぶにふさわしい姿であった。
 しかしもう1人は、遠目に見る限りでは人に近い姿のように見える。


「最初の異世界人がリザードマンかもしれないとは……。さすがベリーハードだな」


 敏樹はいつでも〈拠点転移〉を発動できるよう、警戒しながら歩いていく。
 転移先は実家ではなく例の洞穴にした方がいいだろう。
 もし何らかの攻撃を受けて怪我をした場合、実家では〈無病息災〉が発動しないからである。


 そんなことを考えながら、敏樹はゆっくりと歩いていく。
 もうお互いの表情も確認できる位置である。
 蜥蜴頭の者に関してはいまいち表情を読み取れないが、人に近い姿の者からは敵意や恐怖が読み取れた。


「そこで止まれっ!! なんの用だ!?」


 声を発したのは、蜥蜴頭のほうだった。敏樹はその言葉を理解できたことに、少し安堵するのだった。



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