あなたの未来を許さない

Syousa.

第五夜:01【スカー】

第五夜:01【スカー】

 スマートフォンの時計は、「十月三十日 午前一時五十二分」を表示している。
 食後の恵梨香とのSNS交流を経て、仮眠をとり精神を落ち着かせた小夜子。現在彼女は部屋の中央で胡座を組み、キョウカはその周囲をくるんくるんと回っていた。
 相談の結果、本日分の面談時間振り分けは夜食時に三十分、対戦開始前に十五分、対戦終了後に十五分。現在対戦直前の小夜子とキョウカは、最後の打ち合わせをしていたのだ。

『服装の変更?』
「そう。今ふと気付いたんだけどさ。できるか運営のシステムに問い合わせて欲しいの」
『うーんどうかなあ……視聴者受けと公平さを考慮して、対戦時の服装は普段の制服姿をベースに構築される、というのは説明済みだよね』
「ええ。だから普段の冬、学校へ行く時にしていた格好になら、服装を変えられないかと思ったのよ」

 小夜子は【グラスホッパー】が羽織っていたPコートを思い出しつつ、尋ねた。

『ああ、確かにそれも普段通学している格好にはあたるよね』
「私、冬場寒い時期は黒いタイツと手袋、そして黒いマフラーをしてるんだけど」
『手袋にマフラーまで黒か。華が無いねえ』
「それよ。紺のセーラーとそれを合わせれば、肌がかなりの部分、暗い色で隠せるわ。もし戦場が夜だった場合、夜間迷彩の足しになるんじゃないかと思って」

 実際には暗色と言えど単色ばかりでは夜間迷彩として機能しにくい。結局は地形に合わせた選択が必要なのである。だが肌が露出するよりかはずっとマシであるし、暗闇に紛れやすいのは、確かだ。
 眼鏡による反射も心配だが……こればかりはどうしようもない。コンタクトレンズは、一度も試したことすらないのだから。
 依頼を受けたキョウカは数十秒程目を閉じてじっとしていたが、やがて、

『大丈夫だってさ。夏服だって可能だそうだよ』

 親指を立てて伝えてきた。

「夏服は白いからいらない。じゃあこれからは、冬の通学の格好で対戦するよう、変更なり申請なりしておいてくれる?」
『オッケー』

 先程同様に目を閉じたキョウカの動きが止まり、そしてやはり数十秒後。

『できた! これで今回からは冬の格好だね』
「お使いありがとうねえ、お嬢ちゃん」
『……僕は大学生で君は高校生だぞ。子供扱いするな』

 妖精の頬が、ぷくりと膨れた。小夜子はゴメンゴメンと言いながら愉快げに笑う。
 キョウカがまだ、子供の年齢だということ。それはキョウカにとって不本意なアプローチではあったものの、結果的に小夜子との距離を縮める手助けになっていた。

「そろそろかな」
『そうだね』
「じゃあ、行ってくるわ相棒」
『誰が相棒だよ。馬鹿じゃないの、馬鹿じゃないの』

 そう言いつつも、声がやや浮つくキョウカ。

「ふふふ、馬鹿っていうほうが馬鹿なのよ」

 キョウカは恵梨香を危機に追いやり、やがて小夜子に死をもたらす未来人の一味である。本来であれば、負の関係しか成立し得ない二人だ。
 だが、内心の吐露と同盟を経て……小夜子とキョウカの間には、奇妙な友誼が成立しつつあった。

『えっ。汚言症の君がそれを言うのかい』
「誰が汚言症よ!」
『自覚ないのかよ……』

 戯れるうちに、時間が来る。

『健闘を祈ってるよ』
「私じゃなくて、えりちゃんの健闘を祈っておいて頂戴」
『じゃあ、二人分祈っておこう』
「そうね」

 そこまで話したところで小夜子の意識は途切れ、闇へと深く沈み込んでいった。



 どくん!

 鼓動とともに、小夜子の視界が蘇る。

(暗いな)

 今回の戦場は夜間のようだ。足元はどうやら、アスファルトらしい。
 周囲を見回すと、ぽつ、ぽつと街灯のようなものが灯っているのが見えた。だが圧倒的に光量は足りず、灯りの直下以外は、弱々しい月明かりに依存せねばならない様子。

(草木の匂いが強い。町中じゃないわね)

 闇の中にぼんやり浮かぶシルエットは、木々ばかりであった。それでいて虫の声が全く聞こえないのには違和感があるが……これは、ここが複製空間だからなのだろう。

(自分の格好は、と)

 いつもの紺のセーラーに加え黒い手袋、黒いマフラー、黒タイツ。キョウカとの打ち合わせ通り、冬の通学スタイルにしっかりと変更されている様子である。一応ポケットをまさぐるが、中には何も無し。これは今までと同様だ。

『空間複製完了。領域固定完了。対戦者の転送完了』

 既に聞き慣れたと言ってもいい男の声が、小夜子の頭の中に響く。このアナウンスは人工知能が喋っている、という話は既にキョウカから聞かされていた。AIだと思うと、もう腹も立たない。

『Aサイドッ、能力名【アァァクセレラータァァ】! 監督者【ゲラーシー=ブルイキン】ッ!』

 小夜子の近くに【アクセレラータ】という能力名と、監督者名が文字となって浮かび上がる。戦績は、「三勝〇敗一引き分け」。昨晩の【モバイルアーマー】と同じ、「やる気になっている」側の人間だ。小夜子の左頬が、小刻みに痙攣する。

『Bサイドゥ、能力名【スゥカァァァ】! 監督者【キョウカ=クリバヤシ】!』

 同様に自陣営の情報が浮かび上がる。戦績は「二勝〇敗二引き分け」。

『領域はこの「県民の森」、その一部となります。戦場は暗い上に広く、目印になりやすい外壁で仕切られてはおりません。対戦者の皆さんは各自で対戦領域の確認を行い、把握しておいて下さい。今回も対戦相手の死亡か、制限時間二時間の時間切れで対戦は終了します。対戦中は監督者の助言は得られません。それでは対戦開始! 皆さんの健闘を祈っております!』

 ぽーん。

 と鳴る、開始音。
 周囲を改めて見回す小夜子。足元も、もう一度確認する。今立っているアスファルトは、どうやら遊歩道だったようだ。その脇には、小さな側溝もある。
 歩き寄り、中を覗き込む。顔を近付けるまで暗さで分かりにくかったが、手袋を外して指を突き入れてみると、冷たくぬるりとした感触が返ってくる。どうやら、溝の底には泥が溜まっている様子。

「丁度いいわ」

 躊躇なく手で掬い、顔へ塗りつける小夜子。泥の不快な感触が肌に広がり、土の匂いが鼻腔に入り込む。それらを一顧だにせず彼女はその顔に、その首に、その手首に。しっかりと、丁寧に塗りつけていった。

「これでよし」

 塗り終え、眼鏡をかけ直す。泥の上からマフラーを首に巻き、汚れた手に手袋をつける。赤いタイは外し、ポケットへ。こんな運命でなければ、おそらく一生することのないメイクと着こなしだ。

「まずは武器の調達と戦場の把握。それから相手能力の考察、できれば確認」

 深呼吸。
 吸って。もっと吸って。吐く。
 そして長い吐息の後に唇を歪ませ、小夜子は目を細めながら呟いた。

「さあ、行くわよ【スカー】。これからは、狩りの時間よ」

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