あなたの未来を許さない

Syousa.

第四日:01【御堂小夜子】

第四日:01【御堂小夜子】

 ちゃらら! ちゃらららららららら らーらららー ららら
 ちゃらら! ららら! ら……

 ぽち。

 朝の目覚まし用にかけてある、スマートフォンのデイリーアラーム。その古いロボットアニメの主題歌にイントロの時点でストップをかけ、小夜子は「ふう」と一息をついた。
 液晶画面には「午前六時三十分 十月二十八日 水曜日」と表示されている。

 あれから彼女はずっと勉強机に向かい、ノートパソコンで調べ物をしていたのだ。
 画面に映るのは、有名な大手検索エンジン。キーワードを入れる箇所にマウスカーソルが重なっており、検索履歴がポップアップで入力例として表示されていた。
 そこには「テルミット」「ドライアイス」「ガソリン」「硫化水素」「塩素ガス」「粉塵爆発」をはじめとした、極めて不穏当なキーワードが並んでいる。
 その画面を見つめながら、腕組み考え込む少女。

(対戦時にアルミ粉末なんか調達できないし、ドライアイスだってこの間のスーパーならともかく、ほとんどの戦場では手に入らないわ。それに狙ったタイミングで爆破する時限装置もリモコン装置も無い。雷管なんて、そもそも何処で手に入れるのよ。まあこれじゃあ、爆発物は作ったところで、自爆の危険があるだけね)

 そもそも化学の知識も成績も惨憺たる小夜子に、現場で適切な調合などできるはずもない。
 戦場への空間転送に関しても、現在世界から自由に物を持ち込める仕組みとはなっていない様子であるし、爆発物の路線は、諦めたほうが良さそうである。

 ……キョウカが受けているイジメのせいで、小夜子には他の対戦者と違い、特殊能力は与えられていない。
 よって独力で敵を倒さなければならないが、彼女は腕力も体力も、体格そして運動神経も明らかに平均以下なのである。
 強力な武器が必要と考え、即席で作れるものはないかと調べ物を続けていたのだが……事は、そう簡単ではないようだ。

(やっぱり硫化水素や塩素ガスといった、毒ガスを使うべきね。これなら広範囲に攻撃することができるし、命中させる必要もない。場合によっては、相手に姿を見せることなく倒せるかもしれないわ。戦場に商店があれば材料を調達しやすいし、給湯室やトイレのある建屋でも、手に入れられる可能性があるもの)

 まずはそのあたりに絞ろうと小夜子は決め、ガスの特性や調合方法、材料について調べ始めていく。

 ……しばらくして、ノートパソコンの画面右下を見る少女。時刻は「七時三十五分」と表示されている。

「もうじき、待ち合わせ時間だわ」

 スマートフォンを手に取り、恵梨香へ電話をかけようとする小夜子。
 だが指の震えが、電話発信のタップを拒否した。画面を戻し、机の上に置き直す。

(どう話したらいいの)

 まともに話す自信は、まるで無かった。
 おそらく声を聞くだけで、感情は限界を振り切ってしまうだろう。現に恵梨香のことを思うだけで、小夜子の頬は熱く濡れてしまっている。ひっ、ぐ、ひ、と情けない声を漏らしながら、慟哭を押さえつけるだけで精一杯だ。
 電話を諦めた小夜子はSNSアプリを開き、恵梨香へメッセージを送る。

《えりちゃんごめーん! 私風邪ひいたー! 今日休むー》

 いつもと同じ、砕けた文章だ。まるで、異常など何も無かったかのような。

 ……昨晩。
 恵梨香を目撃した後、小夜子は泣きながら這いずり、彼女から逃げていた。姿を見せぬように。自分だと悟られぬように。感情の濁流が理性の堤防を決壊させる前に、小夜子は誘導灯の明かりが届かぬ一角を目指し、身を潜めたのだ。
 そのため彼女の姿は完全に闇の中にあり、恵梨香からは隠されていた。
 恵梨香もおそらく、あの場からは動いてはいないはずだ。いや多少動いたところで、あの暗闇の中にいる相手が幼馴染みだと分かるはずもない。
 声だってあんな咽せたものしか聞こえていないなら、小夜子とはそうそう分かるまい。ましてや向こうとて、極限の精神状態である。

(えりちゃんは、私が【対戦者】であることを知らない)

 そして知られるにはいかないのだ。
 そう、何としても。

 ……恵梨香の能力【ガンスターヒロインズ】は強力だ。
 銃自体を見たわけではないが、自動小銃とショットガンが出たのは既に確認済み。そして能力内容は「銃器を召喚する」という記述。制限や条件が分からないので希望的観測に留まるものの、小回りの利く拳銃、遠距離でも狙える狙撃銃ですら召喚できるのかもしれない。
 全体で見れば他にどんな能力者が存在するかは分からないが、使い勝手といい汎用性といい殺傷力といい、間違いなく大当たりの部類に属する能力である。
 使いこなせるかどうかは別として、小夜子に付き合ってFPSを遊んだり、ミリタリー漫画や映画も観ていたこともある恵梨香には、ある程度の知識が期待できた。防戦と牽制に徹すれば、そうそう負けはしないだろう。

 本来であればその能力を使って敵を倒してくれるのが、最も確実だ。【ガンスターヒロインズ】は強力な牽制力を持つ能力ではあるが、それ以上に攻撃に適した能力なのだから。
 だが恵梨香をよく知る小夜子であるからこそ、それが一番不可能であると痛いほど理解していた。

(あの子は、人を殺すくらいなら自分が殺されるのを選ぶわ。ましてや保身のために人を殺すなんて、ありえない)

 それは愛おしい美点だが、この対戦においては弱点であり、問題点であった。
 たとえ監督者から神経干渉の激痛で脅されたとしても、彼女は人を殺めはしないだろう。だがもしあれを繰り返し使われでもしたら、それだけで廃人にすらなりかねない。
 だからこそ恵梨香が持ちこたえている間に、小夜子は出会う対戦者を全て殺さねばならないのだ。
 いつまで恵梨香が持ちこたえられるかなど、分からない。それに関しては祈るしかない。
 だが未来人との圧倒的な力の差を考えれば……小夜子が恵梨香を救うには、もうそれ以外に手段は残されていないのであった。

 恵梨香を除く全ての対戦者を殺し、自らの命も絶つ。
 これが小夜子の、新たな計画である。だからそのことを、恵梨香に知られるわけにはいかない。
 絶対に。絶対にだ。

 やがて「ぴろりん」と着信音が鳴った。恵梨香からの返信だ。絵文字を織り交ぜ、いつもと変わらない調子で綴られた文章。

《ええええ!? 風邪で休むなんて初めてじゃない!? 大丈夫なの!?》

 あんなに怖い目に遭ったのに。あんなに辛い目に遭ったのに。

(えりちゃんは、こんな時でも周囲を心配させまいと平静を装っているんだわ)

 スマートフォンの画面にぽたり、ぽたりと水滴が落ちた。感情がまた溢れる。こみあげる熱いものが、何もかもを溶かしていく。
 ううう、と低く呻きながら、小夜子は机に泣き崩れるのだった。



 ぴろりん。

 恵梨香のスマートフォンが鳴る。小夜子からのメッセージだ。

《だからセンセーに言っといてー。熱が三十七度ゴブリンだって。ズル休みじゃないってちゃんと説明しておいてくれないと、後で貴様の乳を揉みしだく》

 それを読んだ恵梨香は、家の前から心配そうに幼馴染みの部屋をしばらく見上げていたものの……やがて諦めたように息をつくと、学校へ向け歩き出していった。

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