あなたの未来を許さない

Syousa.

第二日:06【御堂小夜子】

第二日:06【御堂小夜子】

「未来に繋がっていない? それってどういうこと?」
『言葉通りさ』
「私が子供を作らないとかそういう意味? そりゃ私は、結婚も何もする気はないけど」

 一瞬恵梨香の顔が脳裏によぎるが、小夜子は頭を振ってそのイメージを掻き消す。

『考え方が原始的で単純だね。歴史っていうのは、血の繋がりだけじゃない。それだけじゃあ、ないんだよ』

 上手く話を誘導できたとばかりに浮ついているのが、キョウカのアバターからは見て取れた。本体もその通りの表情をしているならば、やはり大した映像科学技術なのだろう。

『君が言う通り歴史の結果から見て、御堂小夜子、君は生涯独身で子供を残さずに死ぬ。御堂の遺伝子は君で途絶えるわけだね。残念! お気の毒様!』
「ああ、そう」

 残念でも何でも無い。
 それはずっと小夜子自身が予測し、納得し続けてきた未来だ。

『だがそれだけでは、「未来に繋がっていない」とまではならない。言っただろう? 歴史は血脈だけじゃあない、と』

 妖精がチッチッチと口ずさみながら、指を左右に振る。

『君が死ぬまでの間、君が成すことで他者の人生に影響を与える可能性は、何も無い。君が話すことでも、君が書いたものでも、君が作ったものでも、だ。それが誰かの参考になることも、誰かの助けになることも、誰かのインスピレーションになることも、全く無い』

 そう、と呟きながら小夜子は無表情に話を聞く。キョウカは、したり顔で続けていた。

『つまり君は、歴史上において何の存在意味も無い、良くも悪くも「脇役」ですらない存在なんだ。君は何者にもなれなかったし、何にも繋がらなかった。人生自体に何の価値もなかったのさ。まさに「いてもいなくても変わらない」存在! これが、未来の僕らが精査した結論なんだよ』



 未来から来たとか。
 第五次まで世界大戦があったとか。
 アメリカの国名が変わったとか。
 SFみたいな階級社会になっていそうだとか。
 未来の大学がどうだとか。
 テレビ番組がどう、とか。
 そんなことより。
 そんなことよりも遥かに。

『君は何者にもなれなかったし、何にも繋がらなかった』

 この一言が。
 少女が自分の心を縛り続けていた鎖に証明書を付ける、この言葉が。
 何よりも、どんな説得よりも。
 小夜子に、キョウカの話を信じさせる力を帯びていたのだ。



『……話、聴いてる?』

 というキョウカの声で、ハッとする小夜子。

「ちょっとぼうっとしてた」

 合点が行き過ぎて、軽く茫然自失していたようだ。
 本やテレビで見かける「人生を変えた一言」というフレーズを、少女は今までずっと馬鹿にしてきた。だがあるいはそれは、このように心……いやもっと精神の根深い箇所を揺さぶるような、こんな一言を指していたのかもしれない。
 小夜子は、そう思った。

『ひどいな、人が一生懸命説明してるのに』
「ゴメン」

 キョウカは発した言葉が小夜子に与えた衝撃が、自らの意図せざるものであったことに気付いていない様子であった。
 いや気付いたとしても、何が彼女の心を掴んだかについては理解できないだろう。それは小夜子だけが理解できる、暗く湿った哲学なのだから。

『で、ここまで説明したところで理解して欲しいんだけど』
「何について?」
『僕らは君に救いの手を差し伸べに来た存在、という事実さ』
「は!?」

 反射的に荒くなる声。
 勝手に押しかけて理不尽に殺し合わせておきながら、一体どこをどう考えればそんな認識ができるというのか。
 睨め付ける小夜子に鼻白むキョウカだったが、『おほん』と咳払いして話を再開する。

『今回の僕たちの試験に参加してもらう君ら対戦者は全員、先程言ったように未来に繋がらない、いてもいなくても今後の歴史には何も影響のない人間だ。存在自体、いや、生きている意味すら無い、と言っていい』

 いやその理屈はおかしい、と否定しようとする小夜子であったが……彼女自身が自分の存在に全く価値を見出していないのである。その認識がキョウカの言葉に説得力をもたせてしまい、少女は自縛により口をつぐんだ。

(少なくとも、私に関してはその通りだ)

 小夜子の自己否定は、そのままキョウカの理屈への肯定に繋がってしまっている。

『だから僕たちは、試験のトップに協力した対戦者には、未来と生きる価値の可能性を与えることにした。これは大変な慈善活動だよ?』

 小学生男子が「すごいだろ!」と自慢する顔。
 小夜子はキョウカの表情を見て、それを連想した。

「……それってアンタたち的に、過去の改竄になるんじゃないの?」
『君らは今後、僕たちの現代……「現代」だとややこしいから二十七世紀と呼んでおこうか……そこに至るまでの時間で、生物としての血脈は勿論、関与した事柄が何も繋がっていないことが、歴史上の事実として明らかになっている。これは学校の天体量子コンピュータで手間をかけて検証し計算したものだから、間違いない。今更君たちを、歴史上意味があった存在に仕立てあげる、なんてのは歴史の改竄だ。それは時間犯罪だし、そもそも僕ら程度の力では、歴史の復元力を上回る関与は叶わないだろう』

 歴史の復元力、という耳慣れない言葉に対して首を傾げる小夜子。キョウカは少女の疑問に気付いていないのか無視しているのか、そのまま話を続けていく。
 キョウカの常識と小夜子の常識は一致しない。だからどこで疑問を抱かれるか、ということにも気付きにくいのだろう。

『だが君らが二十七世紀「以降」の未来に繋がるかどうかは、僕たちの時代では何も確定していない。当然だね。僕ら二十七世紀人自身にも、それは何も分からない未来なんだから』
「タイムマシン持ってるくせに、未来のことは分からないっていうの?」
『色々事情や制限があるんだよ、そういうのは』

 未来人でも自身の未来は知り得ない、ということなのか。

『君たちは二十一世紀から二十七世紀までの歴史上、何も存在価値は無い。それは確実だ。歴史の復元力もあるから、そこから救ってあげることもできない。可愛そうだけどね。だが二十七世紀以降、僕らの未来においては、君たちにも生きる意味と価値が発生するかもしれないんだ! これはどういう意味か分かるかい? サヨコ』

 続けざまにまくし立てられて、少々理解が追いつかない小夜子であったが……少し頭の中で整理して考えた後、躊躇いながら口を開く。

「……二十七世紀に私たちが行けばいい……ということ?」
『ゴメイトゥ! その通り! だから君たちの中で生き残った一人を、一人だけを、僕らの二十七世紀まで連れていってあげる! 勝者はそこから改めて、確定していない未来へと踏み出す権利が与えられるんだよ、僕らと同じようにね! 君らにとってもこれは悪い取引じゃない。いやむしろ差し伸べられた救いの手以外、何物でもないはずだ』

 えへん、と咳払いをするキョウカ。

「何よそれ……未来に行きたくない、と言ったらこの時代に残れるの?」
『それはノーだよサヨコ。勝者を一名、二十七世紀に連れて行くことは各方面にも申請済みだ。今更変更は利かない。それに言い方は悪いが、口封じも兼ねている。まぁもっとも、未来人がやってきた! なんて話なんか、二十一世紀初頭の人間は誰も信じないだろうがね』
「勝ち残った人を二十七世紀に連れて行ったとして、そこから先の未来に影響するかもしれないんじゃないの」
『ひょっとしたらそうかもしれないね。連れて行った子が僕らの時代では大化けして政治家や企業家、あるいは二十一世紀の頑健な肉体を活かして、スポーツ選手にでもなれるかもしれない。少なくともメディアは放っておかないだろうね。その繋がりから芸能人や俳優にだってなるかもしれないよ』

 小夜子はそんなことに何の興味も無い。無いが、あるいは芸能人やメディアとかいう言葉に惹かれる対戦者もいるのだろうか、と気にはなった。

「じゃあなおさら過去の人間を二十七世紀へ連れて行くのは、『二十七世紀より未来』にとってもあまりよろしくないんじゃない? もし連れて行った二十一世紀人が歴史的な大人物にでもなったら、困るでしょ?」
『何も問題は無いよ。なればいいんじゃない? 要件を満たして連れて行った時点で既に、その二十一世紀人は僕らと同じ二十七世紀の人間だ。二十七世紀人が二十七世紀の時間軸で何をしようと、それはあくまで僕らが切り拓く正当な「現在」に過ぎない。つまり僕らの未来からすれば、守るべき正当な「過去」だろうね』
「ぐ……」

 二十七世紀人がさも当然と語る理屈にそれ以上うまく言い返せず、唸るように黙る二十一世紀少女。

『時間を移動する術を手に入れるまで、人類は未来に対し責任を負ってきたそうだがね。けどタイムマシンができた以降の人類は、過去に対して責任を持つようになったんだよ。だから僕らの時代では、歴史要件を変えさえしなければ何をやってもいいんだ。まあ君たちの時代では、理解し難い常識だとは思うけど。未来人は、過去にのみ責任を負うのさ』

 小夜子の目前にいる妖精の姿をした未来人は、したり顔でそう語った。
 きっと何処かにいる本人も、同じような表情をしているに違いない。

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