虐められていた僕はクラスごと転移した異世界で最強の能力を手に入れたので復讐することにした

白兎

44・勇者の素質

 
「君の話はカイトから聞いているよ。練度の伸びが縮まないだってね。オレからしたら羨ましい限りだけどね」


 一人称に似合わない丁寧な話し方をする金髪の英雄はそう笑いかけると、紅茶を啜り瞳を閉じる。
 部屋の扉の反対側にある窓から射しこむ光が、彼の髪を輝かせている。


「確かに、練度の伸び率が悪くならないということは、それだけ成長も速いということ。だが、俺達召喚組はあまりこの世界について詳しくない。この現象、前向きに考えれば急成長の力、だが後ろ向きに考えれば何か副作用が存在するのではという考えが出る。解明しなければ不安要素でしかない」


 薫の言葉を代弁した海斗は、前屈みで手を合わせて座っており、日光を反射させたレンズを通してウィリアムをその瞳に映す。
 海斗の言葉を受け取って、ウィリアムは確かにと答えてから、


「でも大丈夫。君のそれは決して悪いものじゃない。むしろ誇っていいと思うよ。あまり公表しない方がいいとは思うけどね」


 ウィリアムは首にかけてあったアクセサリーを外して、薫の前、芳しい香り漂う紅茶の横に置く。
 彼が手を退けると、そのアクセサリーの姿が薫達の瞳に映る。
 漆黒に輝くそれは、薫が初めて見た練度一万越えの眷属プレート。


「これは……」


 そして注目すべきはその内容度。本来の眷属プレートには名前、恩恵、練度が記載され、ギルドなどに入っている場合はギルド名が追記される。しかし、彼のプレートに刻まれるそれ以上の情報量が、薫の資格から脳裏に飛び込む。


「なっ……剣士弓兵槍兵魔導士……全種類の恩恵と練度が……何故?」


 漆黒のプレートを手に取って、薫は自分の見間違いではないことを何度も見返して確認する。
 だが、何度見ても内容は変わらない。薫の持つ眷属プレートより小さな文字で全恩恵と各練度がそのプレートに刻み込まれていた。
 薫が呆気に取られている間に、ウィリアムは立ち上がり後ろの本棚から一冊の本を手に取って、薫の前に広げる。
 その本のそのページにはアルカトラの文字で、“素質”について書かれていた。


「素質って知ってるかい? 恩恵者のマナは基本的に恵術を発動させるエネルギー源なんだけど、稀にマナそのものに特別な力を持つ者がいるんだ」


「特別な力? 素質って?」


「おや? カイトから聞いていないのかい? カイト……話は事前に済ましてもらわないと困るよ。オレも暇じゃない。夜までに読まないといけない本が沢山あるんだ」


「それは仕事ではなく趣味だろう。それに素質についてはあまり詳しくない。一度俺から話すよりお前が直接話した方が早いだろう」


 二人がそんな会話をしているのか、薫は本に記載された数多くの素質を読む。
 箇条書きで記された素質の数々は名前と効果、そして騎士団が知る該当者の名前も記載されていた。


「霊験の素質……野獣の素質……覇王の素質……いっぱいあるんだね」


「現在発見されている素質は全部で七十六個。オレもそこに書かれている素質を持っていてね。ほら今見ているページの左側三行目」


 ウィリアムの言った場所に薫はなぞるように視線を動かして、目に付いた文字を読み上げる。


「英雄の素質……」


「それがオレの持つ素質。今のところ俺しか使用者はいない。効果はすべての恩恵を扱えるというもの。けど、天恵は一つしか使えないけど」


「それって凄いんじゃ……」


「確かに英雄の素質は強力だけど、君の持つ素質と比べれば微々たるものだよ。何せ、オレの素質は世界に一人だけど、君の素質は百年に一人だからね」


「百年に一人……」


 実感がない壮大さに思わずウィリアムの言葉を復唱した薫。
 ウィリアムは続けて自分の持つ薫の素質について話す。


「アルカトラに君たちのような召喚者が現れ始めたのは350年ほど前。そこから約100年周期でアルカトラに勇者が召喚されている」


 ウィリアムは素質が記載された本を手にとってページをめくり、再び薫の前に差し出す。
 そして、ウィリアムは一文を指差し、薫の視線を誘導した。


「召喚者に特定の決まりや条件はないけど、共通の力を持つ者が、必ず一人現れている」


「勇者の素質……これが僕の持つ素質……」


 ウィリアムが指差す一文には、勇者の素質と記載され、該当された人名は薫達よりも前、四回に渡る勇者召喚で魔王を打ち滅ぼしたとする名前ばかりだ。
 勇者の素質――練度の成長度が縮まらず、膨大で高密度のマナを所持する。


「代々勇者の素質を持つ者は魔王を打ち滅ぼす力をつけている。つまり、君は召喚組の中で最強の力を持っているわけだよ」


「なんだか僕には勿体ないですね……」


「そうかい? 君と会ってまだそれほど経ってないけど、俺は君が勇者の素質を持つに相応しい器があると思うよ。あくまでこれはオレの感覚だけどね」


 ウィリアムは薫に笑いかける。その時、薫は隣からティーカップが置かれる音を耳にして、音を立てたとされる人物に目をやる。
 説明についてはウィリアムに一任していた海斗。二人が話している間紅茶を楽しんでいたのか、彼のティーカップは空になっている。そして、薫の悩みについて解決したと判断した海斗は話を進めようと口を開いた。


「薫の力についてはこれで解決だな。お前は気にせず練度上げに励むと良い。さて、なら本題に入ろうか」


「そうだね。カイトに君を連れてきてもらったのは決して素質について話をしたいからじゃない。むしろ、オレはてっきり知っているものだと思っていたからね」


 空になった海斗のカップに紅茶が注がれて、事情を知らない薫はともかく、他二人はようやくスタート地点化のように話し出した。


「単刀直入に言おう。カオル君、君の力を貸してほしい」


 先ほどまでの落ち着いた表情とは打って変わって、今の彼は激しく熱の籠った視線を放っている。
 薫としては勇者の素質を持っているというだけで、結構な驚きをしたというのに、その話は本題の前菜でしかなかったことに心の整理を余儀なくされるが、目前で協力を要請する金獅子の姿に、薫も真剣な表情で応えた。


「その様子だと、まだ問題解決への糸口は見つかっていないらしいな」


「騎士団総出で調べてはいるんだけどね。さすが何十年もの間一切の痕跡を残さず勢力を増大させている幻魔教……完敗だよ」


 自嘲気に溜息を吐くウィリアム。騎士団の持つ情報網を掻い潜る幻魔教とは一体何なのかと薫は考える。
 ウィリアムは続いて、本棚から一冊の書物を手に取り机に広げる。だが、そこはたった一文書かれていただけで、それ以外は全くの白紙だった。


「これが現在分かっている幻魔教の情報だよ。と言っても情報と呼べる代物ではないけどね」


「確かにこれは情報と呼べるものではないな。幻魔教について分かっているのが、幻魔教という組織があるということだけ。人数、隠れ家、親玉、前科……一切何も分かっていない」


 海斗が話すと、薫はふと疑問に思ったことがある。そこまで何も分かっていないのに、何故騎士団は幻魔教の存在を認知出来たのか。


「予言だよ。それもほぼ確実な予言」


 薫の心を読んだのか、ウィリアムは幻魔教を知った理由を言った。だが、それはあまり実感がわくものではなかった。


「騎士団の協力者には高練度の易者がいてね、彼の恵術【予知】によると幻魔教と言われる組織が、一週間後に行われるシルヴェール帝国の建国祭で、幻魔教による襲撃、そして、グレゴワール様が殺される未来が見えたそうだ。当然、建国祭には俺を含む騎士団総出で護衛する算段だ。けれど、それだけでは足りないみたいでね。今は少しでも戦力が欲しいところなんだ」


「それで僕ですか。勿論、断る理由はないですけど、僕なんかがシルヴェール帝国の王様を護衛することが出来るのかどうか……」


「少なくともオレを含める騎士団だけでは無理なんだ。守れる守れないは後にして、力を貸してくれるだけで俺としては満足なんだけど?」


「それなら任せろ。一週間もあれば薫はお前以上の力を身に着けるぞ」


 何故か自慢げに話すのは海斗だ。確かに一週間もあれば薫はウィリアムほどには無理だが、それに近いくらいの実力を身に着けることが出来る。だがそれは薫が誇ることで、決して海斗が誇るものではないのだが、彼の表情に薫は何も言わず、ドヤ顔を決め込む海斗を横目で見た。


「頼もしいね。それじゃあ行こうか」


「行くっていったい何処に?」


「何を言っているんだい? 君が護衛するのは王族だよ。なら、挨拶に行くのは当然じゃないか」


 ウィリアムの笑み。王城に入るだけでも相当の緊張を体験したというのに、王族へ謁見することに薫の心臓は張り裂けそうなほどの緊張状態に陥った。
 

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