虐められていた僕はクラスごと転移した異世界で最強の能力を手に入れたので復讐することにした

白兎

43・金獅子



 秀外恵中、眉目秀麗、英俊豪傑、穏和怜悧……彼の噂話などは女子にとって話の種だ。
 真面目で誰にでも優しく、周囲の中心にいながら、関わりの少ない者にまで気を遣い、どんな空気にも順応し、適応し、馴染んで、打ち解けて。


 そんな彼でも、周囲との空気の違いに吐きそうになることもある。いや、今回が初めてかもしれない。
 周囲の空気に、居心地の悪さを感じたのは――


「どうかしたか? そんなに挙動不審だとまるで不審者だぞ」


 前を歩いていた藤枝海斗が振り向むいてにそう言った。
 神格高校の制服を身に纏い、革靴から出る軽やかな音が、流れるような足取りで歩いていることがその音だけで認識出来る。


「一つ聞いていい?」


「なんだ?」


 海斗の声は至って穏やかだ。本来まだ踏み入れるはずのない場所を歩いているというのに。
 全体的に白い景観、花の香りが漂い、人々は魔族の存在など認知していないかのように笑っている。
 雲上街――貴族の貴族による貴族の為の街。


「海斗は一度雲上街に来たことがあるの?」


 帝都には外壁と内壁の二つの壁がある。
 外壁は帝都と全体を囲う壁、東西南北の門には衛兵が警備しており、入るにはそこで入都許可証が必要になり、入ればそこは庸人街。
 そして、帝都の内側に存在する内壁には三つの門が存在する。内壁に沿うように川が流れて、門へ短い橋が架かっている。門には外壁とは違って近衛騎士が警備しており、一般人が踏み入れることはない。


 そんな場所を二人は歩いていた。
 雲上街へ続く門へ向かって歩いていた時は驚いたが、雲上街に入ることが出来たのにはさらに驚き、海斗が近衛騎士団の人と親しげに話していた時には恐怖すら感じていた。
 海斗は薫の質問に中指で眼鏡を上げて、


「雲上街に入ったのはこれで三度目だ。アルカトラについて調べていた時に面白い人脈が出来てな。ま、それについてはもうすぐ分かるさ」




 そう言って海斗は再び止めていた足を動かす。事情も知らず、雲上街については一切の知識がない薫は、黙って海斗に続くしかなかった。
 それ以降、二人の間に会話はない。別に仲が悪いわけではない。この二人にはこの距離が丁度良いのだ。無理に会話を挟む必要もなければ、気まずいと感じることはない。
 数か月の付き合いだが、まるで昔から知っていたかのように感じられる。


「着いたぞ」


 数分間沈黙の移動を経て、海斗の足は静かに止まる。
 何かを見上げる海斗のレンズは日の光を反射させていた。誘導されるように薫も見上げ、そして驚く。
 石積みの城壁には汚れや傷が残っているが、それが歴史と伝統を視覚から訴えかける。
 庸人街からでも存在を確認できたが、こうして目の前に立つとその権威の権化に委縮してしまう。
 側塔から薫達を睥睨している近衛騎士と、来客など珍しいのか城門の奥に見える通路を歩く使用人が、薫達を物珍しそうに見つめている。
 帝都の象徴にして、シルヴェール帝国最高最大の建造物。


「これが王城……近くで見ると凄いな」


 そんな感想が無意識に零れた。視界を埋め尽くす城門は一体だれが通るのか疑問に思うほどに大きく、そこに門番として仁王立ちする二人の近衛騎士は、内壁を警備していた騎士よりも迫力と佇まいが違っている。
 善意と誇りを具現化したような純白の外套を羽織り、腰に携えた、金色の装飾が施された剣には、騎士団の象徴である獅子の紋章が刻まれている。
 両方三十代くらいの男で、衣服の上からでも分厚い胸板と折れることを知らない健脚、幾多の訓練と実践によって培われた剛腕。戦わなくとも戦闘のエキスパートであることは理解できた。


 気圧される薫をよそに、海斗は通常の足取りと、普段通りの落ち着いた表情で、城門に門番として立っている騎士の元に歩いて行った。
 海斗が足を止めた時、騎士の一人と海斗との距離は一メートルにも満たない。
 緊張が走る。お互い睨みつけるように目前に立つ人物を見ると、


「見張りご苦労様。団長に用があって来きたんだが、今は兵舎に?」


「これはこれはカイト様。団長なら今、修練所で新人を指南中ですよ。最近の者は根性がないですから、悲鳴やなんだで場所はすぐに分かると思いますよ」


 数秒前、戦場へ向かう戦士のような表情だったその騎士は、海斗を見た途端、子供をあやす父親のような表情で話している。それも海斗に様付けと敬意を表して。


「分かった、修練所に寄ってみる。……ん? どうした、早くいくぞ」


 唖然としている薫を呼ぶ海斗の表情は至って普通で、自分が今どれほどの立場にいるのか認識できていないように感じる。
 海斗の呼びかけにハッと現実世界に意識を戻された薫は速足で進んでいく海斗の後を追った。
 海斗とすれ違う使用人たちは、まるで海斗がこの城のある時価のようにお辞儀している。


「ねぇ、海斗って何者? 元王族かなんか?」


「何をいまさら。お前も良く知っているだろう。神格高校二年四組出席番号三十番、身長百七十六センチ、体重六十三キロ、趣味は読書、好きな食べ物はカレーライス、スリーサイズは上から――」


「いやそれは知ってるからっというかなんでスリーサイズまで公表?」


 海斗は無表情でボケるときがあるので、薫自身真面目に答えているのではと思うときもある。
 薫はそういうことじゃなくてと言った途端、海斗は薫の本意を受け取ったらしく、変わらず真面目な表情で、


「さっきい言った面白い人脈ってのは近衛騎士団の人でな、アルカトラについて調べている時、ちょっとトラブルに巻き込まれたんだが、そこで助けてもらってな。それがきっかけで知り合ったんだが、お互い持っている情報が有益らしく、何度か話しているうちにいつの間にか近衛騎士団と親密になってた」


「へぇ~一体どんな――」


 どんな人か尋ねようとしたとき、薫の鼓膜に衝撃が走った。
 行き先から聞こえるその声は、覇気のある咆哮のように感じられるが、同時に悲痛の叫びにも思えてくる。


「この先か。相変わらず激しい修練をしているな」


「この先にどんな地獄があればあんな断末魔じみた声が出るの?」


 苦笑いを浮かべながら薫足を進める。石畳の廊下が響かせる靴音を、十数人の叫び声がかき消していく。
 そして、おそらくこの奥からだろう扉の前に来た時、その声によって木製の扉が揺れて軋む。


「入るぞ」


 海斗は軽く薫に確認を取ってからその扉を押す。音の衝撃に押し戻されそうになるのは、扉に触れてない薫にも感じられた。
 そして、そこに広がる光景は悪く言えば地獄絵図、良く言えば激しい鍛錬の後だった。


「これはまた……」


 目前の光景は今日何度目かわからない苦笑いを薫から引き出した。
 最初に眼を引いたのは修練所の中央にいた人物。荒々しいが、気高さを感じ、獅子の鬣を連想させる金色の髪と翡翠色に輝く瞳、先ほどの断末魔のような声量を生み出す激しい修練だったはずなのに、未だ汚れ一つないその純白の外套は風に流れて、左手に握りしめられている木剣には血が付着し地面へと流れていく。
 腰に携えた日本の剣。一本は手入れされた名刀といった感じだが、もう一本は格の違いを解き放っている。間違いなく神器であることは所見の薫でも認識できていた。


 そして、その中央の人物に目が行くと自然と他の場所にも視線が流れていく。
 中央の人物を囲うように、他の騎士も真剣な表情で立っている。だが彼らは金色の獅子とは違い、息切れし、汚れて、手に握られている真剣を杖代わりにようやく立っている。


 そしてそのさらに外側には、もう立つことも出来ないのか、大地に身体を任せて天に向かって息を吹きかけている。
 状況を見るに、この光景を一人の人物が作り出したと思うと恐ろしい。


「いきます!」


「いつでもどうぞ」


 一人が叫びそして特攻する。それに鼓舞され促されるように他の騎士も中央の獅子に剣を振る。
 獅子は木剣、対して他の騎士は全員真剣。だが、そんなことは関係ない。


「ぐぁっ!?」


「うっ!」


「だぁっが!」


 同時に周囲からの攻撃を、獅子はその木剣で好きと無駄のない動きで腕を、銅を、足を、頭を、薫でさえも目がやっと追いつける速度で打ち付けて騎士を無力化する。
 それも本人は至って落ち着いた表情で、軽く笑みを刻んでいる。相手は若いとはいえ騎士、動きからも決して弱くない。単に中央の獅子との実力差が大きいだけなのだ。


 そして、獅子が全騎士を無力化した時、彼は一切の疲れを見せず、外から見守る二人に笑ってこう言った。


「おや? 来てたんだね。待っててね。すぐ準備するから」


 外から見守る二人に笑ってそう言った。






 ********************






「すまないね。約束の時間より早かったから何の準備も出来てないけど、まぁ、好きに寛いでくれて構わないよ。今お茶を用意するから」


 修練所から場所を変えて騎士館の団長室。とにらを開けて数歩進んだところにテーブルとそれを挟むようにソファーが並べられて、そのさらに奥には書斎机が置かれている。部屋の両サイドには本棚が置かれ、多くの本が綺麗にそろえられていた。


 インクの香りが漂うその部屋で、温かみを感じる紅茶の香りが鼻をくすぐり、その香りを生み出している紅茶と溶け込むように調和する甘い香りを発している菓子が、使用人によってソファーに座る薫達に出されて、金色の獅子は薫達の反対側のソファーに腰を掛ける。


「君は初めましてかな。オレは近衛騎士団団長、ウィリアム・アスラーンだ。よろしくね」


 笑みを刻む金色の獅子、ウィリアム・アスラーンは、軽い自己紹介と同時に薫へ右手を出す。
 薫も出された右手を立ち上がり中腰になりながら両手で握りしめて、


「こ、こちらこそ初めまして。ぼ、私は相沢薫と言います。よ、よろしくお願いします」


 薫は決して対人恐怖症などではない。むしろ人と話すのは得意な方だ。だが、そんな彼でも吃音を発してしまうほどに緊張する人物が、目前で笑いかけていた。


「はははっ。そんなに畏まらなくても構わないよ。君とは対等な立場でいたいからね」


 そうは言ってもと言いたげな視線を薫は送る。
 薫がここまで委縮してしまうのも無理はない。何せ彼の名前は知っているどころか、帝国で知らない者はいないほどの有名人だった。
 ウィリアム・アスラーン――十六歳で騎士団に入団、その圧倒的実力と統率力で二十歳という若さで騎士団の団長に就任した人物。彼が腰に携えている神器エクスカリバーを抜いた時、どんな敵でも一撃で葬られるという伝説と、一度帝国を救ったことがあり『英雄』や『金獅子』という肩書を持っている。
 故に金獅子と対峙した時は逃走が最善の手とされているが、それを許さないのが彼だ。彼が請け負った犯罪者の逮捕率は百パーセント。騎士団最強、帝国最強と謳われている。
 薫がこの世界について調べていた時、王族の次に名前を知った人物。
 そんな人物が目の前にいるのだ。人並みの緊張を抱いても無理はない。


「まぁ、あんたほどの相手を前にして畏まるなという方が無理がある。この空間に慣れるまでは俺が話を進めよう」


 紅茶で喉を潤した海斗がそう切り出した。一体どんなことをすればこれほど冷静に英雄の前にいられるのだろうか。それどころか海斗の態度はこの英雄と昔からの知り合いのように感じられる。
 それほどに堂々とソファーで寛ぎながら紅茶を啜る。


「さて、じゃあまずは君の悩みについて話そうか。後々重要になることだし」


 そう言うと、金獅子の笑みを刻んだ眼光が、一人の勇者の瞳を射抜いた。
  

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