虐められていた僕はクラスごと転移した異世界で最強の能力を手に入れたので復讐することにした
30・別れ
目を開けると薄暗い部屋の中だった。
周囲には眠っているのか死んでいるのか、微動だにしない、それでも二本足でしっかりと立っている受験者達。
意識だけが飛ばされたというのに、どういう訳か足元に散らばる沢山の木製プレート。
「お帰りなさい。あなたが最初の帰還者にして、本試験の合格者となります」
洒落た服を着た試験管、アルの言葉で合格を実感する。
「では他の合格者の意識が戻り次第正式な眷属プレートをお渡ししますのでもう少々お待ちください」
「この試験で終わりなのか?」
眷属の資格試験の内容は毎年これといって決まりはない。今回のように一次試験で合否判定が降る事も珍しくない。
優希の質問にアルは周囲の意識を失った受験者達を見渡して、
「はい。予定では三次試験まであったのですが、一次試験で予想以上に脱落者が多い為、本年度の試験の合格者の目安を下回ったので、今回はこの試験で合格とします」
優希もアルと同じように他の受験者達を見る。足元にプレートが散らばっている受験者は全員見知った顔だ。
亜梨沙、クラリス、クラッド、ルミナス、そして、メアリー。
それぞれ丁度百枚ずつ置いている。
ルミナスはそういう取引だったので、百枚分、他はメアリーを確実に合格させる為それぞれ百枚。他のプレートは優希が所持している。
クラリス達が必要最低限だけプレートを確保して他の合格者が出てしまうという面倒臭い可能性を潰しておいた。
案の定、それぞれ百枚ずつ持って受付会場に着いたようで、順番に目を覚まし始める。
「ふぁ〜ぁ、中々楽しかったぞ」
欠伸をしながら話しかけてくるメアリー。
彼女には他の受験者の目を引きつけるのを亜梨沙達と共に頼んだのだが、今の彼女を見ると、何処か静かな場所で眠っていたのだろうことはすぐに分かった。
順々に目を覚まし、本試験の合格者が決まった時点で、アルが恵術を解く。
プレートを数枚しか持っていないものも、目覚めていき、まだ目を覚まさずに倒れている受験者は全員死んでしまったのだろう。
プレートは足し元に散らかっている為、試験が終わった今から奪う者もいたが、その場合は試験管のアルが実力行使で阻止していた。
そんな軽い騒動がありつつ、ようやくアルは優希達六人を眷属プレートの受け渡し場所に案内してくれた。
受付会場の広間から少し歩いたところ、書斎部屋のような小部屋に案内される。
インクの香りが漂う部屋の仕事机には、山のような積み上げられた書類。本棚には綺麗に本が並べられている。
そして、その部屋で唯一の椅子に座る一人の女性。
「六人……今回は思ったより少ないかな~」
紺色の短髪は黒いハットによって隠さ、猫目と八重歯によって小生意気さが感じられる。
身長は優希の肩までの高さと同じくらいか。タキシードの服に洒落たステッキというマジシャンのような服装。
彼女は優希達一人ひとりと目を合わせて、
「まずは合格おめー。今からプレート配るわけだけど、ワタシから一ついいかな~?」
ステッキに自身の体重を任せつつ、空いた片手を挙げて彼女は言った。
「死んで」
さっきまでの明るい声が一変、冷徹で鋭い声とともに、彼女はステッキを構えた。
その発言と同時に動いたのは、ルミナスと優希。
「――――ッ!」
戦うには狭い部屋。
ステッキを構える少女に先手を仕掛けるルミナスと優希。少し遅れてクラッドと亜梨沙、クラリスも状況を理解し臨戦態勢を整える。
一対六、いや、メアリーは相変わらずなので、一対五。
それでもタキシードの彼女の方が有利に思える。
「ハハハハハ、ガンバガンバ~」
優希の〖行動命令〗を凌駕する攻撃の手数、ルミナスの実践経験など素人のように思える体の使い方。亜里沙やクラッド、クラリスの変則的な攻撃パターンも完全に読み取る。
たった一人の少女にここまでの実力差が現れるものなのだろうか。
そんな疑問が浮かびながらも優希は休むことなく攻め続ける。
タキシードの彼女はとても楽しそうだ。
これは力試しなのか、それとも彼女の悪戯に付き合わされているのか、どちらにせよこれが最終試験だと優希は認識した。
そして、散らかるばかりの部屋に響く戦闘の騒音が消えた時、彼女は首元に突き付けられた銀剣を見てにこりと笑い、
「ハハ、合格ごうかーく。いや~今回は人数が少ない分全員意気が良いようで何より」
満足げに笑う彼女にまたがる優希は、袖口から突出している銀剣をしまい、彼女の上から身体を退かす。
タキシードの彼女は笑みを崩さず起き上がり、ようやく終わったと亜梨沙達もほっと一息ついている。
「にゃはは~ゴメンね。キミ達の実力が気になってね~」
着崩れたタキシードを整えて謝罪と意図を述べる。
そして彼女は遅めの自己紹介。
「ワタシは眷属資格試験総責任者カナリア。普段は宮廷眷属やってま~す」
宮廷眷属とは五人しかいない王宮に仕える眷属で、騎士団と宮廷眷属は帝国の双璧とまで言われている。
その一人が目の前の彼女、散らかった書類や家具をアルに片付けさせている彼女が、帝国で最強クラスの眷属。
当然彼女はクラリスの存在も知っている。
「姫様もゴメンねぇ、ちょっと貴族が眷属っていうのも気になっちゃって」
「姫様?」
「誰だそれ?」
事情を知らない亜梨沙とクラッドは小首をかしげる。そのことについてクラリスは「後でお話しします」ととりあえず後回しにする。
そして、カナリアはようやく眷属プレートを用意する。
銅色に輝くそれは優希と亜梨沙には見知ったもので、
「あぁ眷属プレートってそれか。あたしそれ盗まれたんだけど……」
思い出し、気まずそうに亜梨沙は言う。それを聞いてアルカナは今まで以上の大爆笑を決め込み、
「そんな人いるんだ~。にゃははは、まぁ気にしないでいいよ。眷属プレートは他の人が長時間手にしていた場合、消滅するように作ってあるから」
仕組みはともかく、この眷属プレートもまた魔道具ということだ。
亜梨沙はほっと安堵の吐息。
「じゃあ配るねぇ~」
カナリアは一人ずつプレートを配る。それぞれおめでとうと祝いの言葉を述べる。
メアリーにも配り、最後は優希。だが、優希に述べたのは祝いの言葉ではなかった。
「キミ、中々面白いねぇ。また会えることを楽しみにしてるよ」
彼女の笑顔に秘められた目は全然笑っていなくて。
優希は明らかに敵意を向けられたのを理解し、
「出来ればもう会いたくないな」
本音を言ってカナリアからプレートをもらうと、彼女の笑顔は純粋なものへと変わる。
そしていつの間にか片付いた部屋、ボロボロになった為新しく用意された椅子にカナリアは足を組んで座り、
「そのプレートにマナを流すとキミ達の現練度、名前、恩恵が表示され、眷属プレートの完成。他の方法ははちょ~っとめんどくさいけど、この書類にサインしてプレートを作るって方法もありまーす」
これは恩恵者でない人が合格した場合の処置だ。稀に恩恵者でない人が受験し、合格することが過去に何回かあった為、書類による手続きでプレートを作る手段も用意した。
当然優希は後者を選択する。今の優希はほぼほぼジークの身体を再現しているが、魄籠や魄脈、マナといったジークになかったものは優希のものだ。マナを流してプレートを作った場合、優希の情報でプレートが表示される可能性がある。
メアリーの方も偽名を使うため書類による作成になる。
この方法をとった場合、眷属のプレートが練度によって変わらないため、実績などを集会所などに報告してプレートを銅から銀、金、黒に上げることになる。
そのぐらいの手間は何ら苦ではない。優希はプレートの色よりも、プレートを持つことが目的だからだ。
そして、それぞれの方法で眷属プレートを作り、一段落ついた頃。
受付会場の外で亜梨沙達は集まっていた。
ルミナスの存在はなく、他の合格者だけだ。
優希としては目的は果たしたのでとっととこの場を去りたいのだが、メアリーが何故か輪の中にいるため、優希は少し離れたところで様子を見ていた。
「そんじゃ、こっからは別行動だな。縁があればまた会おうぜ」
一番最初に抜けたのはクラッドだ。背中越しに手を振り、別れの言葉を述べて去っていく。
そんな彼を見送り、亜梨沙は頭の後ろに手をやり、
「あたしはこれからどうすっかなー。とりあえず適当にあちこち行こうかな」
「まだ出会ってそれほど経っていないですけれど、何故かとてもあなたらしく感じますね」
あの後、クラリスの立場を知った亜梨沙はなかなか困惑していたものの、今では普通に仲良く過ごしている。
クラリスもそれを望んでいたようで、畏まられるよりも今のようにフランクに接してくれる方が楽しそうだ。
その場にいるメアリーは、
「私はアイツといろいろ巡る予定だ。もしかしたら何処ぞで会うかもな。その時はよろしく」
メアリーの予定に、クラリスと亜梨沙は気になっていたことを質問してみる。
「ねぇ、メアリーとジークってどういう関係? 恋人って感じでもなさそうだし、姉弟って感じでもなさそうだし」
「そうですね。わたくしも二人の関係性が少し気になります」
二人の質問に、メアリーは離れた場所で退屈そうに待っている優希を一瞥した後、
「アイツと私の関係は協力者。それ以上でも以下でもない。アイツはアイツの目的を果たすため、私は私の目的を果たすため、お互いを利用することを許容した関係」
意外な関係性。メアリー自身は何も感じずそう言うが、二人の表情はあまりよくない。
お互いがお互い道具のような関係、それは二人にとって寂しく感じる。
「ま、今はこの関係も悪くないと思っている。なんだかんだ、アイツと行動するのは楽しいんでな」
メアリーは愉悦に浸る笑みを浮かべる。
その反応に二人の曇った表情は和らぐ。
「では私もそろそろ行く。今度会うときは敵か味方か……どちらにせよ良い再会になることを願っておこう」
「敵だなんて縁起でもない。もうわたくしたちは友達ではないですか」
「それじゃああたしもそろそろ行くわ。今度会ったら王宮に入らせてね」
「もちろんです。いつでも遊びに来てくださいね」
それぞれ友好的に挨拶をかわし、亜梨沙はクラッドの去っていった方向とは別の方向に歩いていき、メアリーは優希の方へと歩いていく。
その頃、クラリスの方も迎えが来たようで、煌びやかな装飾が施されている竜車がやってきた。
彼女はそれに乗って王宮に戻るのだが、その前に、
「ジークさん!」
突然の呼びかけに優希は声の方を振り向く。
こちらに歩いてくるメアリーの背後から走ってくる桃髪の少女。
走り方も上品でさっきまで戦場にいたとは思えない立ち振る舞い。
「なんだ?」
優希が言うと、彼女の表情は笑顔ではなく、とても真剣な眼差しを優希に向けていた。
メアリーは自分を追い越したクラリスの存在を確認すると立ち止まり、二人の会話に耳を傾けていた。
「今回の試験で出た死者は、五人みたいです。それぞれ丁重に埋葬させてもらいました」
「ふーん。で?」
「あなたの言う通り、わたくしは甘いのかもしれません。けれど、」
そこまで言うとクラリスの真剣な表情に僅かながら微笑が含まれる。
それは覚悟の表れか、優希に強い意志を感じさせた。
「それでもわたくしは、考えを改めるつもりはありません。いつかきっと、人々の心、絆をもってこの国を変えてみせます。あなたが過去に何があったのかは存じません。あなたがわたくしを敵として見たとしても、あなたを排除するのではなく、関係を気付くことで乗り越えて見せます」
クラリスの言葉を優希はただ黙然と聞いていた。
それほどまでに彼女は真剣に語っていたのだ。
「ですから、次会うときは友達として会えることを祈っています」
そういうとクラリスは手を差し出す。
握手を求めたその手に、優希は自分の右手を重ねる。
特に何も言わず、クラリスの行動に合わせて。
「あと、あんなこと言っておいてなんですけれど、ありがとうございました。わたくしを救ってくれて」
それはレクラムに自由を奪われた時。
あの時彼女は優希に感謝するよりも、レクラムを助けられなかった自分の不甲斐なと優希の非情な行動に、憤りを感じていたが、実際クラリスを助けたのは事実。それについては一言お礼を言っておきたかったのだ。
「ではまた、今度は同じ志を目指すものとして、友達としてお二方に会えることを願っています。ではごきげんよう」
そういってクラリスは深々と頭を下げた後、迎えの竜車に乗ってその場を去ったのだった。
残された二人は、その竜車を見送った後、
「帝国の姫に目をつけられたな。さて、彼女は敵になるか味方になるか、どちらにせよ楽しそうだ」
「どうでもいい。敵として現れるなら排除する。そうでなければ利用する。それだけだ」
先ほどのやり取りなど、記憶から削除したように興味薄な表情でそういった後、優希もその場を去るように歩き出した。
その後ろ姿を見て、
「これはこれで楽しめそうだ」
微笑を含ませた視線は優希の居抜き、メアリーも歩いていく優希に続いて行った。
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