虐められていた僕はクラスごと転移した異世界で最強の能力を手に入れたので復讐することにした
23・槍の無い槍兵
優希が別行動をとってから数分。
優希は身をひそめながら、メアリーの【感索】で調べた各チームを観察していた。
やはり他に対抗しようとしたのか、いろいろな場所でチームが作られていき、戦場である庸人街は静かになってきている。
個々の対立つが無くなりチームとしての対立になってきているので、均衡状態になっているのだろう。これからは出会い頭の戦闘ではなく、狙っての大規模戦闘になる。その戦いに乗り遅れる前に優希たちもどこかのチームに所属しなければ。
「この先か……」
庸人街はかなり広いため、各チームの拠点は結構離れている。そうでなければ交戦中だ。近すぎず遠すぎず、絶妙な距離感で拠点を作っている。
優希が今向かっているのは、十二人のチーム。十二人なら後五、六人は欲しいだろう。人数的には打って付けだ。後は実力やチームワークだが。
「多分あのチームは無理だろうなぁ」
というにも理由がある。今優希が向かっているチームは、他のチームに対抗すべく、複数のチームが融合したチームだ。あくまで数合わせのチームで、それ故にお互いの手の内を明かさないでいる。信頼関係は皆無だろう。
「残念だけど、あんた達の仲間にはなれない。あんなやり方、あたしは我慢できない」
突然声が聞こえた。優希は周囲を見やすい屋根上を走っていたのだが、その声は自分より低位置から聞こえた。若い女性の声は活発そうで、セリフと声色からあまりほのぼのした空気ではない。明らかに緊張した状況だ。
優希は少し気になったので、声のする方へ行ってみる。
「あぁん? テメェ、リーダーに黙って抜けられると思うなよ」
「あんた達こそ、あんなやり方繰り返してたら、いずれ全員消えるよ。早めにあの男と縁を切ることね」
そこにいたのは、試験開始前気になっていた少女。神格高校の制服を身に着けた金髪美少女が、何やらもめている様だ。彼女を引き留めているのは二人の男女。目元に傷のある男は、獣使なのかすぐ隣には、優希の記憶にもあるあの狩猟虎。
そして家屋の陰で壁にもたれ掛かっているのは、盗賊のような格好で煙草を口にくわえる女。腰元に携帯するのは、銀色に輝き刀身に紋章が刻まれたダガー。
彼女らの会話から、神格高校の制服を着た少女が、二人の所属するチームから離脱しようとしている所を引き留められている様だ。拠点の場所から、優希が向かっていたチームのメンバーだろう。
それに、引き留められるってことは、金髪少女は相当強い、もしくは必要とされる何かがあるのだろう。でなければ引き留める必要はない。代わりの奴を勧誘すれば済む話だからだ。
「それにもうあたしの持ってたプレートは全部渡したまま。なら別に構わないだろ?」
「プレートを置いてったらいいってもんじゃないの。あんたが抜ければうちには攻撃力が無くなる。あたいらは結構あんたのご機嫌取ってたつもりだけど、何が不満なの?」
盗賊姿の女の質問に、金髪少女は力強く怒りの感情を舌に乗せて、
「何が不満? そんなの決まってるだろ。必要以上に相手を痛めつけて、何人死んだと思ってるの?」
「仕方ないだろ。リーダーの指示だ。それに、この試験はプレートを取られても失格にはならない。もしかしたら俺たちの能力を他のチームに売られる可能性があるんだ。口封じはしなくちゃならない」
この試験の合否判定はプレート百枚持って受付会場に戻ること。つまり自分のプレートが奪われても他のプレートを百枚奪って会場に戻れば合格になるのだ。ならプレートを奪っても油断はできない。戦闘したのなら力量という情報を持って他のチームに行かれる可能性があるのだ。
「あの三人組がやってたことは結果的に理にかなっていたんだな」
優希が想像したのは、クラッドとクラリスに出会った時にいた三人組。あの三人組は単に痛めつけることを楽しんでいたが、しっかりと理にかなっていた。
それに金髪少女は二人のいるチームの情報も持っているのだ。それは引き留めるだろう。
「それにアイツはあたし達を味方だと思っていない。道具にしか思ってないんだ」
「それはあん時のこと言ってんのか? あれはガキが指示を無視したからだろ。処罰されて当然だろ」
三人の脳裏には共通の記憶が再生されていた。
もちろんその内容を優希が知るわけもなく、ただ隠れて事の成り行きを見届ける。
つもりだったのだが、
「ちょっと待って。その前にそこでコソコソ隠れてる奴を片付けようか」
獣使の男は優希が様子を伺っていた屋根上の方を睥睨する。とっさに身を隠したがすでに遅く、明らかに感ずかれていた。優希はかくれんぼに関しては誰にも負けない自信はあったものの、気配の消し方など知らず、この世界では姿を現しているのと大差ないようだ。
仕方ないと高を括り、優希は屋根上から降りる。
二人は警戒、金髪少女は突然のことに目を見開く。
優希はしっかりと間近に少女を観察する。どう見ても神格高校の制服。クラスの連中にでももらったのかと思ったが、少女の顔はどこか記憶に引っかかる。
「隠れてたみたいだが、こいつの鼻はごまかせねぇよ。さっきからお前のことが気になっているようでな」
獣使の男は狩猟虎を撫でる。
獣の嗅覚は恐ろしいなと思いつつ、優希は冷静な表情を作る。
「俺のことは気にせず続けてもらっていいぞ。ええと、ガキ云々の話まで進んでいただろ」
「どこから聞いてたのか知らねえが、どのみち生かして返すわけにはいかねぇな。お前の選択肢は二つ。俺たちのチームに入るか、殺されるかの二つだ」
何のために優希が調査役に選ばれたのか分からない。四人で行動しなかったのは、人数が多ければバレる可能性が高いからだ。しかし、結果的にバレてしまった。
そして、優希が選ぶのは、
「なら三つ目、お前らを始末する、で」
挑発するように発言する。
優希はこのチームを切り捨てた。チーム内はリーダーと言われている奴が支配しているようで、会話の内容からチーム内の不満不服は多そうだ。あまり選べる立場ではないが、クラッドやクラリスはどうでもいいとして、メアリーとは相性が悪そうだ。
優希は拳を握ったり開いたりを繰り返し、指先までの感覚を確かめる。
一触即発だった空気に触れてしまったようで、ここはもう戦場へと化したのだ。
できれば優希は観戦する方が良かった。金髪少女と二人が戦えば、いろいろ情報がもらえそうだったからだ。それに、優希としてはこれが万全の状態での戦闘。武器も揃え能力もある程度理解した上での初戦闘だ。恐怖はなくともそれなりの緊張感はある。
「二対二、だけどあっちは即席チームだからこっちが有利ね」
盗賊姿の女はダガーを構える。
彼女の発言に優希は隣にいた金髪の少女を見る。そこには自分も戦うと言わんばかりにしっかりと構えて、夕日のような朱色の瞳で、目前の二人を睨みつけていた。
「状況がよくわからなくなってきたけど、あたしはあんたに加勢するよ」
優希がいなければ彼女は一対二で人数的に不利だった。なら、どこのだれか知らない優希でも加勢すれば勝率は上がる。
優希はすぐさま敵の方を見て、【鑑定】を使用する。敵の武器、盗賊姿の女のダガーは、しっかりと手入れされ、それなりの業物だが、警戒するようなものではない。獣使の男の主武器はやはり狩猟虎だろうが、彼自身もナイフを所持している。ナイフ自体は普通のナイフで、神器などではない。
対してこちらの味方である金髪少女は、何も持っておらず構えているので、武闘家だろうと予想する。
優希は鑑定士だが、一応近接戦闘を得意とするので、攻撃特化のタッグになる。相手は狩猟虎と獣使の男の連携でかく乱しつつ、盗賊姿の女が隙を突くスタイルだろうか、フォーメーションは獣使の男と狩猟虎が前に立ち、ダガーを持つ、つまりは剣士の女は後ろで隠れるように構えている。
剣士には一応遠距離の恵術はあるが、やはり一番力を発揮するのは近距離戦闘。そんな恩恵の彼女が後ろで構えるということは、遠距離恵術を仕掛けるか、獣使の男が作った隙を突くの二択。彼女が天恵を持っていれば話は別だが。
「あんたの恩恵は? あたしは槍兵。槍ないけど」
敵を見ているため、視界の外にいる優希の味方は、槍兵の恩恵でありながら槍を持っていない。確かに槍兵は素早さや精密さが特徴の為、他の恩恵と違って主武器がなくともそれなりの力は発揮できるが、それでも槍兵が槍を持っていないのはやる気の有無を疑う。
マジかよと先行きの不安を抱きながら、優希は自分の恩恵を敵の二人にも分かるように大声で、
「俺は剣士だ」
虚偽の恩恵。
優希は相手からしたら完全に素手だ。戦闘系恩恵なら武闘家か魔導士だと思うだろう。だが、コートの中に武器を隠している可能性もあるため、恩恵の特定は難しい。
なら、優希はどの恩恵を言っても可能性としてはあり得るのだ。なら、一番攻守ともに優れ、恩恵の中でも最も最強とされる剣士を言った方が、相手も警戒する。それに相手が剣士の恵術を知っていれば、無駄な憶測、推測をしてくれることもあるのだ。
「槍を持っていない槍兵と、剣を隠し持っている剣士。トリッキーな組み合わせだな。面白い」
獣使の男は目元の傷を撫でる。あれが俗に言う傷が疼くというものだろうか。
狩猟虎も殺気を纏い低い声で唸る。
そしてお互いに間を取りながら、仕掛けるタイミングを計る。全員が想像で戦闘を繰り広げている中、本能に従い行動するものが一匹。
「グラゥッッ!!」
狩猟虎が先攻を仕掛ける。優希に向かってその大爪を振り下ろす。
優希にとっては一度見た攻撃。以前とは違い半身を捻ってかわして力強く拳を握る。
【強撃】を使い、マナを握った拳に籠める。しかし、ここは野良と契約獣の違いが発揮される。
優希の攻撃を横腹に受けるも、手ごたえは無かった。明らかなマナの鎧が狩猟虎を包み込む。
「【魄冑】か……獣使って結構めんどくさいな」
【魄冑】は契約獣が使う【堅護】だ。獣使もかなりの熟練者、【魄冑】の防御力は高く、優希はゴムを殴っている感覚だ。
なら、優希が狙う対象は獣使の男。だが、それを素早く察し、行動したのは金髪の少女。
「はぁあ!」
金髪の少女は真っ直ぐ獣使の男へと向かう。その動きはとても素早い。
【迅脚】の速さはせいぜい時速五十キロ程。だが、彼女はもっと早い。
【瞬脚】――槍兵の専用恵術で、走力を強化する。【迅脚】の強化版だ。
彼女が槍兵であることは間違いないだろう。もちろん【瞬脚】など偽装する方法はいくらでもあるが、彼女の言動に嘘があるとは思えない。
「これで、終わり!」
彼女が獣使の男を自分の攻撃が取れる間合いに入れる。
しかし、彼女はとっさに獣使の男と距離を取った。
彼女の頬に一閃の傷。
獣使の男は血の付いたナイフを舌で舐め、彼女の血の味を堪能する。
「獣使ってのは本人はそれほど強くないっていう風潮があるが、誰でもそうとは限らねぇぞ、アリサ」
金髪の少女の名前はアリサということが判明。優希はその名がまた記憶に引っかかる。
アリサは頬を伝う血を制服の袖で拭う。
優希は襲い掛かる狩猟虎を相手にしていたが、余裕があったので彼女の戦いを見ていた。
彼女は自らの恩恵の主武器である槍を持っていないことを後悔していた。
なぜなら、ナイフ相手に槍のリーチはでかい。もちろん素手による近接格闘でも十分に戦えるが、相手は武器を持っている。つまりは一撃の危険性は相手の方が高い。
そして、かわしたとしても一度攻撃を掠らせた事実が、彼女を獣使の間合いに踏み込まさないでいる。
精神的威圧。アリサはあまり戦闘慣れしていないようだ。
そして、敵は獣使だけではない。
後ろで控えていた女の姿が見えない。
彼らの戦略は獣使の男が誘導、盗賊姿の女が本命の攻撃を仕掛けるのだろう。
なら優希は獣使の男を早々に仕留めるか、盗賊姿の女を探し出すかになるのだが。
「邪魔ッ!」
「クキャンッッ」
優希は狩猟虎の腹に強烈な蹴りを決め込む。
【強撃】による蹴りは【魄冑】を容易に破り、内臓を破壊する。
そして視線を周囲の建屋の中、屋根の上、物の陰など人が隠れられそうな場所を注意して観察する。聴覚に神経を集中させ、相手の呼吸、鼓動、服の擦れる音を探し出す。だが、それでも感知することは出来なかった。
しかしその時、僅かに拾った音はとても鋭く、徐々に近づく。
「――ッ!?」
その時、優希の〖行動命令〗が発動する。
体が勝手に設定に従って横跳びする。そして、横跳びした体が地面に着地する前に、優希は権能の発動原因をその目で確認する。
自分の頭があった位置に向けて矢が落下していた。この矢に反応したのだ。そしてその矢はそのまま地面へと、
「――なッ!」
刺さることなく、矢は物理法則を捻じ曲げ、九十度に方向転換。今ようやく受け身を取るために右手を着いた優希の方へと向かっていった。
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