虐められていた僕はクラスごと転移した異世界で最強の能力を手に入れたので復讐することにした
18・眷属資格
優希が止まっている部屋は、『始まりの町』で与えられた部屋より少々広く、パンドラが不安がっていたベッドの感触も上々。
部屋の窓から射しこむ光が、優希の浅い眠りを覚まさせる。
だが、優希はベッドから起き上がるまで数分かかった。
これは優希が最近意識するようにしている。
優希は戦闘経験が浅く、カルメンの時同様、睡眠時はかなり無防備だ。〖行動命令〗を使用しているとはいえ、寝起きはかなり無防備になる。
そこで、優希は目覚めても、意識がはっきりするまでは眠っているふりを心がけるようにした。
「……すぅ、はぁ」
朝一番の空気を取り込み、優希は起き上がり身支度を済ませる。
べリエルが洗濯してくれたのか、コートなどは畳んで置かれていた。
コートを羽織り、神器、暗器をいくつか仕込む。
昨日久しぶりの風呂にありついた体や髪はすっきりとして、綺麗な白髪は朝のそよ風でなめらかに揺れる。
「おい、もう起きてるか?」
「あぁ、今行く」
扉越しでノックをした後、起床確認してきたパンドラの声は、不機嫌には感じない。ベッドの寝心地は彼女にとっても良かったのだろう。
優希は扉を開けると、そこには銀髪を揺らし、腕を組んでパンドラが。彼女も風呂に入り、元々綺麗な髪は一層つやがある。
「これからどうする? とりあえ店主の口封じでもするか?」
ただの一般人ならそうしてもいいが、べリエルと一戦交えるとなれば優希もそれなの覚悟を決めなければならない。
「あいつはほっとけ。敵じゃないみたいだし、放置してても問題ないだろ」
今は面倒事は避けたい。
派手に暴れるのは優希には合わない。行動する上で衛兵の世話にだけはなりたくないのだ。
優希が最優先とするのは、帝都へ向かうための準備。主に食料だ。
「買うもん買ったらすぐに出て行くから準備しとけ。明日までに帝都に到着したい」
「何を急いでいるんだ?」
口調や身動きなど、どこか慌しく感じる優希。
優希はまだ程度での目的を伝えていなかった事を思い出し、
「眷属の資格試験だよ。三日後に受付が終わる。だから遅くても明日までには到着しときたいんだ」
「眷属の資格なんか必要か? 確かにあるに越したことはないが、取る理由も別段ないだろう。偽りとはいえ商人、商人が眷属だったら護衛を雇う方が怪しまれる。相手に近づきにくくなるぞ」
優希がジークの道具を、風竜種だけでなく、売り物まで奪ったのは商人の資格を有効活用するためだ。
商人なら眷属を護衛に雇っても不思議ではない。だが、商人自体が恩恵者の場合、護衛など魔界に行くような特例がない限り必要ないし、ましてや眷属なら雇う意味も無い。なぜなら、眷属の商人は大抵商人ギルドに所属しているからだ。商人ギルドに入籍していれば、護衛もギルド内で揃えられ、わざわざ高額な金額を支払ってまで雇う必要が無いのだ。
「眷属なんかプレートさえ見せなければ分からないし、弓兵じゃない俺は【封魄】を使えないからマナで恩恵者なのはすぐばれるし、どうせバレるなら眷属の資格を取ってても問題ないだろう。むしろあれは便利だからな」
【封魄】は弓兵の専用恵術で、魄籠からあ魄脈への通路を塞ぎ込めることにより、体内から無意識に漏れるマナを失くすことができる。これにより【感索】によるマナ感知を失くすことができる。弓兵ではない優希が【封魄】を使えるわけなく、優希が恩恵者でないことは【感索】ですぐにばれるのだ。
恩恵者は【感索】を消耗しない程度に維持するのが定石。マナの攻撃で不意をつかれたら一撃で終わる場合もあるのだ。
眷属の資格は多方面で役に立つ。まず眷属は魔族と最前線で戦うことも多く、毎月いくらか帝国から資金が支給される。それだけでも十分暮らしていける程度にはもらえるのだ。命がかかっている分最低限の保障と言えるだろう。しかし、集会所やギルドの記録から、支給金をもらうだけもらい、眷属としての仕事を行っていない場合は、資格剥奪もあり得る話だ。
次に集会所やギルドの仕事――クエストを請け負えるというもの。ただ単に恩恵者というだけでは集会所やギルドでクエストはもらえない。そして、集会所やギルドのクエストは内容にもよるが、多額の報酬を得られることが多い。一度のクエストで一商人の年収を上回るほど稼ぐ眷属もいるようだ。
最後に眷属の資格を持つことで得られる権利がある。
まずは雲上街の入街権。帝都には外側から庸人街、雲上街、王宮となっている。庸人街は資格がなくとも入ることは可能だが、雲上街は伯爵以上の階級、もしくは騎士団に加入していないと入ることは出来ない。庸人街と雲上街の間には巨大な壁があり、門番に眷属資格を見せれば入街できる。雲上街に住まう人は全員貴族で、帝都の庸人街に住んでいても拝むことは出来ないという。
次に眷属資格があれば逮捕権もあるどころか、殺人を犯しても無罪になる可能性が高い。
本来処刑まで行かない罪を犯した相手を手にかけようと、正当な理由があれば罪に問われない。この正当な理由の判断は曖昧で、貴族が主に実権を握るこの国では裁判所も公平ではなく、こんなものは無いに等しい。言い訳やこじ付けで合法的に人を殺める眷属もいるそうだ。
故に眷属は憧ればかりでなく、疎まれることも多い。むしろ帝国中の割合は後者の方が圧倒的に多い。
「支給金、合法殺人、活動範囲の拡大……これ以上の資格はないだろう」
「なるほどな。まぁ資格を取っても上手いこと言って近づくんだろう?」
「もちろん。あくまで資格は便利だから持っておくだけ。取ったら取ったで上手くやるさ」
優希の眷属資格証であるプレートは、優希の姿を模したジークの死体と一緒に置いてきた。
優希が死亡したと思わせる為だ。ジークとして動く方が明確に都合が良い。
「なんならついでにお前も取っとけよ。あると便利だぞ」
そう言って優希は一階、酒場へと続く階段を下りて行った。
そして誰も泊まっていないのか、優希が去ってからは自分の吐息以外何も聞こえないパンドラ。
そして、優希が冗談めかしく言った発言を脳内でもう一度再生し、
「眷属か……」
考え込むようにポツリと呟いた。
********************
「準備は良いか? そろそろ行くぞ」
時間は昼前。買い物を済ませて荷台に積み込み、手続きを済ませて優希が竜車を出す。
御者席から呼びかける優希の確認に、パンドラは荷台で眺めの銀髪をいじりながら、
「あのアリゴネのパスタとやらをもう一度食いたいな」
「心残りはないな。行くか」
パンドラの返答を無かったことにした優希は手綱を使って風竜種の足を進ませる。
その反応にパンドラはムスッとする。優希としてはその反応に異議を唱えたい。最初は知らなかったからともかく、誰が一人前、円換算二万五千円のパスタを食べようと思うだろうか。今の優希にそんな資金は当然ない。
御者席で風竜種を操るのは、パンドラではなく優希だ。適当に暇を見つけ、パンドラに口頭で扱い方だけ聞いた優希は初めて実際に風竜種を操る。が、鋭い感覚がコツを簡単に掴ませ、『リリナスの町』を出る頃には完璧に扱えていた。
先程は荷台で休んでいたため分からなかったが、今回は御者席で竜を操る。
直に風を受ける優希の髪は後ろになびき、とても心地良い。
風竜種の走りは好調、天気も良く、気温も適温、これ以上ない旅日和。
「夜には着くか。休憩挟んで明日の朝、野宿だなこりゃ」
優希の脳内にパンドラのベッド問題は後回し。故に、優希は野宿の選択肢を容易に選ぶ。
野宿するための道具は元から完備されていた。元の世界ほどではないが寝袋のような物もあり、寝る場所としてはキャラバンの荷台がある。野宿するには十分な装備だ。
「一応確認しとくか」
優希は後ろを振り向く。手綱から伝わる感覚でどういう風に走っているは分かっているため、前に何かが飛び出さない限り安全だ。
後ろを振り向くと荷台との間にあるカーテンの隙間。そこから覗くように顔を近づけ、
「おい、今晩野宿するけど問題ないな?」
念のための確認。正直何故パンドラの意見を通す必要があるのか優希自身分からないが、彼女が優希の権能を奪うことができるのは確か。上辺だけでも確認を取れば後で言い訳の一つ二つで何とかなるだろう。
だが、優希の確認に彼女は何も返さない。不思議に思った優希は聴覚を集中させ、荷台の中の様子を伺う。
そこから聞こえるのは――
「……ㇲゥ……ㇲゥ……」
微かな寝息。
(こいつ、マジで殴ってやろうか)
イラつきを覚えながら力のこもる優希の手は、着実に帝都へ竜を走らせていた。
気付けば夜。
風竜種は疲れたのか、勢いよく餌の生肉を食して今はぐっすりと眠っている。
そして、荷台の中には優希とパンドラ。中は光魔石によって照らされている。
優希が調達した食事は、衛兵などが遠征先でよく食べられる携帯食料。お世辞にも美味しいとは言えない。
「不味い。口の中がパサパサする。もっと他には無かったのか?」
「食べれればなんでもいいだろ。安い割に栄養もある。これで十分だ」
包装されたクッキーのような物。水分を良く取り、味はプレーン一つのみ。一個銀貨二枚で、四つも食えばお腹いっぱいになる。
文句を言うパンドラを優希は無表情でコストパフォーマンス重視の意見で一蹴。ちなみにこれ以外に食料は積んでない。明日には帝都につくため、一日分の食事など安い物で十分だと判断し、果物などには目も当てず、携帯食料を念のため二日分購入。水魔石と水分を浄化する輝石、浄石を組み合わせた魔道具、浄化水筒で、水分の確保はバッチリ。
「一つ良いか?」
眉をひそめながら携帯食料を口にするパンドラに。優希は浄化水筒から出した水を飲んで、乾いた喉を潤して言った。パンドラは同じく乾いた喉を潤してから「なんだ?」と返し、優希は携帯食料を包んでいた包装紙をクシャリと握りつぶして、
「今後のお前の名前を考えとけ」
「名前? 私はパンドラだが」
「お前脱走者だろ? なら本名はあんまり出さない方が良い」
パンドラは顎に手を当て考えてみる。だが、正直なんでも良かったパンドラは、
「何でもいいさ。適当に呼べ。それに元の名前も一度も呼んでないしな」
そう言えばそうだなと思いつつ、優希は彼女の言う通り適当に名前を考える。深くは考えていないため彼女が言ってから数秒で、
「んじゃメアリーでいいか」
「一応聞いておくが、由来は?」
「別に。適当に呼んでた漫画のキャラから取った。なんでもいいんだろ」
メアリーという名前を聞かせるようにパンドラは復唱する。
そして、笑顔で優希を見ると、
「なら改めて、私はメアリー、よろしくな」
「俺はサクラギユウキ、いや……ジークだ。よろしく」
改めての自己紹介。お互い仮の名前を呼び合い、不敵に笑う。
そして、優希は聞きそびれていたことを今になって思い出す。
「そういえば、メアリーってどこから脱走したんだ。俺と会った時は空から落ちてきたけど」
いきなりの名前呼びにパンドラ基メアリーは驚愕した表情。
脱走者と言っていた彼女。どこから脱走したのか聞いていなかった優希は一応程度、言わなければ言わなくていい程度の軽い感覚で聞いてみる。彼女が味方であることは確かだ。そんな彼女が今まで自分から言わなかったことから、脱走した場所はあまり気にしなくてもいいだろうと判断していた。時間の割に他に効きたいことがあったため流してきたが、今は完全に自由な時間。聞きたいことは聞いたため、一応聞いておこうと思った。
優希の質問に、メアリーは前に掛かった髪を後ろに流し、荷台の壁にもたれ掛かかった。
彼女の黒い瞳は、目の前で水を飲む優希をしっかりと映し、
「ユウキは『聖域』について知っているか?」
彼女が初めて優希の名前を呼んだことに一瞬表情の変化が見て取れたが、すぐに普段の無表情。
優希は記憶を探り、『聖域』についての知識を絞り出した。
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