虐められていた僕はクラスごと転移した異世界で最強の能力を手に入れたので復讐することにした

白兎

2・アルカトラ

 
 目が覚めるとそこは、優希達もイメージが脳にあるような協会の中だった。構造は舟底天井で、中心の通路にレッドカーペットが敷かれ、その両側に長椅子が並べられている。奥の祭壇には立派なステンドグラス。そこに描き出されているのはまた、見知った顔で。


「あー神なんだあいつ」


「あれで神なんだあいつ」


「ふざけた神だなあいつ」


 エンスベルの描いたステンドグラスを見て思い浮かべるのは、ふざけた態度を取るエンスベル。その姿を知っているため、ステンドグラスの優雅で神々しい姿とのギャップに苦笑いしか出てこない。
 そして、一様に同じ表情を浮かべている生徒達の前に現れたのは、ドルトンと同じ格好をしているが、明らかに若い。二十歳過ぎぐらいの男性が生徒達の前にやって来た。


「初めまして召喚者の皆さま。この度皆様を案内させていただく、アランと申します」


 胸に手を当て一礼するアランに、つられて返す生徒達。そして、各々座れるところに座る。


「では、皆様の力も引き出させてもらいます。あ、座ったままで構いませんよ。めんどくさいんで一気に行いますから」


 あれちょっとエンスベルに似てる?


 そんなことを思っている生徒達にアランは、両手をかざしてそっと目を閉じる。そして、薫の時と同様に淡い光が生徒達一人一人包み込む。赤や青、黄色など様々な光だ。そして数秒経つとその光は収まって、皆それぞれ体の変化を確かめる。肩を回したり、ジャンプしたりと様々だが、どれも最終的には一つの答えに辿り着く。とてつもなく体が軽く、確かめるために動き回っても全然疲れない。それは優希もまた同じだった。


 アランはとりあえず生徒達の気が済むまで待ち、落ち着いたところで一人ずつプレートを配った。自分がどの恩恵を与えられるか気になり、少しワクワクしている生徒達。優希も貰った時はそんな心境だった。しかし、そんな感情も一瞬だけ。浮かび上がるのは一瞬で、それまた内容が内容だったからだ。薫の時同様、名前と練度が一なのは変わらない。しかし、一部違うところがあるようで。


「鑑定士……かぁ」


 与えられた恩恵に文句は言いたくないが、どうせなら剣士や槍兵など戦闘に役立ちそうな職業が良かった。それにドルトンの話によると、武器やアイテムは持ち帰れば一流の鑑定士が見てくれるため、わざわざ練度1の鑑定士など必要とされず、易者や筆写師のようにその場で役に立つ支援型の恩恵ではない。まさに使い道が少ない恩恵だ。
 そんな恩恵に恵まれた優希はため息をつきながらそっとプレートを制服のポケットに入れようとしたその時、手にあった金属の感触は引っ張られる力と同時に無くなって、優希はとっさに振り返った。そこには優希のプレートをこれ見逃しにちらつかせ、その内容を確認する竜崎がいた。そして、竜崎は優希の恩恵を確認すると、こみ上げる笑いを我慢できずに、


「グスッ、クククッ、お前どこの世界でも恵まれねぇな」


 わざわざ周りに聞こえるように笑って言う竜崎に、早く返してと叫びたいが、勿論出来るわけなく、下を向いて周りと目を合わせないようにした。皆それぞれ納得のいく恩恵になったのか、とても賑やかだ。これではクラスにいるときの状況と何ら変わらない。ただ場所が変わっただけだ。


「それでは、いろいろと説明させてもらいます」


 そこからは本当に元の世界の授業と相違なかった。アルカトラの歴史についてアランが語る。それは場所や内容こそ違えど、居づらさとこれからの不安と言ったところは、歴史の授業を受けている感覚だ。


 この世界、アルカトラは東西に延びるひし形の大陸一つで構成されている。
 その大陸を支配しているのはシルヴェール帝国。そして、帝国内、つまり大陸には中心に帝都と呼ばれる最も文化が発達した都がある。そして、その周りに散らばる七つの都が、この帝国の大まかな地図だ。
 この七つの都はもともと他の国だったが、二百五十年続いた戦争の末、四百年前にシルヴェール帝国が大陸を統一し、今の分布図になった。そして、戦争が終わっても人類に平和は訪れなかった。魔族と言われる人間ではない生命体が誕生し、急速に繁殖していった。それは、魔族は魔族の文明を築くほどに。


「それが魔境と言われる場所です。行商人などが希少素材を集める際は魔境に向かうのですが、その場合必ず眷属を数人雇います。でないと魔族に襲われますから。そして、魔族が特に繁殖しているのは魔界と言われる場所です。ここは魔族がいるだけの魔境と違い、環境そのものが魔族の住みやすいようになっています」


 アランの説明によれば、魔境は人間の空間に魔族がいる場所。魔界はまさに魔族のためにある場所と言ったところだ。魔界に行くには練度が3000はいるようだ。でないと、魔族の強さについていけないだけでなく、入った時点で溢れ出る瘴気に耐えられず失神、最悪死んでしまうそうだ。練度が上がればその瘴気にも耐えられるだけでなく、普段と変わらないように動けるそうだ。


 そして、魔界や魔境にはランクと言うものがある。
 魔境は下級、中級、上級とあり、魔界は低級と超級がある。
 下級魔境は数多く存在するが、超級魔界は五つしか存在しない。活動場所によって魔族も下級魔族や超級魔族などと呼ばれている。


「ここまでが簡単な歴史と土地の説明です」


「質問いいですか?」


 アランが説明を終えると、すっと手を挙げる薫。そして、アランも薫に笑みを浮かべて「どうぞ」と一言。質問の許可をもらった薫は立ち上がり、


「結局のところ、最終目標は何ですか? アルカトラを救ってほしいということは魔族の全滅ということでしょうか?」


 薫の質問に、間髪入れず「いいえ」と返した。てっきりそうだと思っていた薫は思わずきょとんとした表情。優希もまたそんな感じだ。ドルトンの話によるとアルカトラで魔族に脅かされている人類を救ってほしいとのことだった。つまり、魔族を全滅させることが世界を救うことと思っていたからだ。


「魔族を単純に全滅させることは不可能です。魔境中の魔族を倒しても、どういうわけか数時間後には元のように魔族で溢れています。で、あなた方には魔族の頭を倒してほしいのです」


「頭?」


 アランが言うには、魔族にもボスというのが存在するようだ。簡単にいうと魔王だ。ちなみに、今の魔王は五代目だそうだ。過去にも優希たちのように召喚された人はいるみたいで、それぞれ魔王を倒すことは成功している。しかし、倒しても数十年後には新しい魔王が復活するそうだ。結局、魔族を完全に倒ことはいまだに出来ていない。しかし、魔王を倒すと一時的に魔族が復活する勢いは収まるそうだ。


「つまり、魔王を倒して魔族全体が弱っている内に、次の魔王が復活しないように対策を立てるってことですか?」


「そういうことになります。まあ今までの召喚者達も魔王を倒すことは出来ても、復活を抑えることは出来ていないんで、あまり期待はしてませんがね」


 時々毒吐くなこの人……


 全員の思いが一緒になったところで、アランの説明は一区切りがついた。つまりは、魔王を倒して復活しないようにしてほしいとのことだ。が、肝心な魔王がどこにいるかは分からない上、復活を止める方法も四回もチャンスがあったというのに、一切進展していないようだ。これではアランが期待していないというのも分かる。


「では皆さま、これで説明会は終わらせていただきます。これからの予定ですが、はっきり言ってありません。これから配る地図に載っている宿には皆さまそれぞれの部屋が設けております。そこでそれぞれの恩恵に合った装備と資金を置いてありますので、この町でしっかり準備を整えてから出ていかれることをお勧めします。この町の周辺には帝都や水の都アクアリウムがありますので、まずはそちらに向かわれるといいでしょう」


 そう言いながら、アランは一人ずつ地図を配る。そして、渡すときに同情するかのような笑みを浮かべられながら、優希もアランからこの町の地図を受け取った。宿の場所にはマークされており、プレートに描かれていた、模様のような文字で『二〇五号室』書かれていた。優希の部屋だ。今いる協会から宿は歩いて数分といったところで、気が付くと他の生徒達はもう教会を出ており、完全に取り残されていた。


 優希もすぐさま地図を畳んでポケットにしまい、教会を出ようと席を立つ。優希の後ろの席には、優希のプレートが置いてあった。竜崎が置いていったのだろう。返すならちゃんと返してほしいとこだが、帰って来ただけマシかと自分に言い聞かせ、プレートを首にかけ出口の方に歩き出す。協会にはアランも生徒達もだれ一人おらず、優希の足音以外何も聞こえない静寂さだった。しかし、優希が出口である協会の素材同様木製の扉を開けようと、取っ手を握ったその時、


 ――助けてくれ……


 そんな少女の声が聞こえた気がして、優希はとっさに振り向いた。しかし、そこには誰一人おらず、再び静寂が包み込んだ。


「気のせいかな……」


 そう思い優希は両開きの扉を開けた。キィイといった甲高い音が静寂の教会に響き、優希自身もその不快感をそそる音を耳にしながら、外の景色に驚きを隠せずに固まった。石畳の道に走るのは車ではなく馬車。木と石で作られた家に、劇やテレビでしか見たことがない民族衣装のような服装をした人たちが行き交っていた。一言で言えばヨーロッパのようなこの街並みは、優希にとって新鮮でしかなくて、


「す、すごい……」


 思わずそんな言葉が漏れた。頬を撫でる風がこれが現実であると訴えかけているのだが、いまいち実感が沸かない。今ここで、温かい感覚に包まれながら目を開けると、自分の部屋の天井が目前に広がる方がまだ現実味がある。しかし、これは夢ではない。そこはしっかりと自覚し、覚悟を決めないと長生きできないだろう。もしこれが優希の知っている異世界ファンタジーの世界なら、いつ死んでもおかしくないのだ。完全に実力が物を言い、法律的なものは存在しているだろうが、元の世界ほど安全を保障されてるわけではないのだ。


 優希はポケットにしまった地図を開いて、現在地と宿の方向を確認した。教会を出て数メートルの庭を歩くと、人や馬車が行き交う石畳の道に出る。地図によると、ここは左に曲がり歩いて数分で宿につく。地図に従うように石畳の道を歩いていく。優希も珍しいもの見たさに目線をあちこちにやっているが、通り過ぎる人たちも制服が珍しいのか、優希の方に視線が集まる。そして、注目されることに慣れていない優希は、若干の恥ずかしさを感じながら、宿に辿り着いた。宿の外観は他の建物と変わらない。が、大きさと扉付近にある立てかけ看板にしっかりと宿と書かれているために、ここだということはすぐにわかった。


 できれば自分だけは他の宿にしてほしいのだが、そんな個人の事情を知られているわけはなく、当然他の生徒もここの宿だ。つまり、家ということになるだろうこの場所でも安心できないのだ。
 そして、悩んだところで状況が変わるわけもなく、優希は不安しかないその宿の扉をゆっくりと開けた。





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