生意気な義弟ができました。

鈴木ソラ

生意気な義弟ができました。33話




「真澄、どうすんの。零央くん心配してるんじゃねーの」

炭酸ジュースとコップを持って誠が部屋へ戻ってくる。俺はじっと下を俯いた。

「……心配っていうか…たぶん、すごいキレてると思う」

零央の言うことに反抗してここまで逃げて来てしまった。要らない意地を張ってるのは自分でも分かってるけど、今は少し、零央の顔は見たくない。

「でもずっとここにいるわけにもいかないだろ。ちゃんと話したら?」
「…話なんか、零央は聞かないって…。ただ…体調悪いのに家に置いてきたのは、ちょっと後悔してる…」

誠にはまだ詳しいことは話してないけど、確かにずっとここに居るわけにもいかない。

……どうしたら…、こんなの確かに、俺のわがままで出てきたようなものだ。勝手に嫉妬して、喚いて、飛び出して…馬鹿は俺だ。こんなことしたって零央には分からない、俺の気持ちなんて。

「まあいいけど、真澄ってただでさえ自己主張弱いんだし言いたいことあんならちゃんと言ってやれよ。零央くんだって、お前の気持ち汲み取れるほど器用じゃないんじゃねーの」

正論だ。誠の言うことはいつも筋が通ってて説得力がある。

「……ほんと、悪いな…迷惑かけて」

……とりあえず、スマホの電源だけでもつけるか…。

渋々、ポケットの中からスマホを取り出して起動させる。画面がつくなり、すぐさま数回の着信履歴が表示された。戻ってきて、とメッセージもいくつか送られてきていたようだ。零央の怒っている様子が容易に想像できて、背筋が凍る。

するといくつかの通知の中から、予期せぬ人からのメッセージを見つけた。

"取引の件、良いお返事を期待してますね"

相良くんだ。

零央に変なことをしないと約束する代わりに、俺が相良くんの遊び相手になる。そんな取引ふざけるなって思ったけど、なぜだか断りきれなくて、相良くんと連絡先を交換してしまった。こんなの知ったら零央はまた怒りそうだ。

……でも…相良くんに零央を盗られるのは絶対に嫌だ…。


「うわっ」

ボーッとスマホを見つめていると、手の中でバイブ音を鳴らして誰かから電話がかかってきた。

「ま、誠、ちょっと電話してくる」
「おー」

もう既にベッドの上で呑気に漫画を読み始めていた誠に一言告げて、俺は誠の部屋を出た。廊下の隅まで行って震え続けるスマホを耳に当てる。

「………も、もしもし…」
『あ、繋がった。電源落としてたんじゃないんですか?お兄さん』

妙に明るい調子で機嫌良さそうに、耳元から聞き慣れない声がした。

「……さ、相良くん…あの、取引のこと、なんだけど…」
『そうそう、悪魔の囁き・・・・・をしに来たんです。お兄さんって優柔不断そうだし、決断材料あった方が早く決められて楽でしょう?俺も気は長い方じゃないんで』
「……悪魔の囁き、って…」

自分と取引をすることが良くないことだって、自覚はあるくせに本当に性格が悪い。

『お兄さん、零央と付き合ってて違和感はありませんでしたか。考えてもみてください、違いすぎないと思いませんか、零央とお兄さんは』
「………どういう意味…」
『そのままです。どうしてそんな正反対な二人が上手くいくでしょうか。答えはノーです、上手くいくはずがないんです。お兄さんも薄々感じてたんじゃないですか、零央との価値観の違いを』

唐突な事なのに、嫌なくらいに相良くんの言う言葉がすんなりと頭に入ってくる。もう聞きたくないと、スマホを耳から外して投げ捨ててしまいたくなった。

「…………そんなこと、ない……。相良くんに、俺たちの何がわかるって言うの…」
『分かりますよ、少なくとも零央がどんな人間かなんてお兄さんよりずっと知ってます。どういう人間と付き合ってどう関係が崩れてきたのかも、俺は見てきましたよ。そもそも零央は人に深い愛情を注げるタイプじゃないんです、そういう人付き合いは零央には向いてない』
「う、嘘…零央はそんな奴じゃない…。…俺の知ってる零央は、自由奔放で、横暴で俺様だけど……ちゃんと、俺のことを思ってくれてる…」
『…本当ですか。お兄さん、ホントは零央のこと何も知らないでしょう?』

……零央のこと、何も知らない…?そんなことない、だって、同じ家に住んでて、義理の兄弟でもあって、恋人でもあって…最近は勉強だって教えるから一緒にいる時間は一番長いし、何も知らないなんて。

息が詰まったように言葉が出ない。心臓がドクドクと脈打っているのが聞こえる。

「…………」
『図星、ですよね。零央がただ他人を支配して遊びたいだけの俺様だって、気付きましたか?』

嘘だ…………だって…だってあいつは、いつだって自由で人を振り回して人のことはあれこれ言うくせに、自分のことなんかひとつも話さないじゃないか。

『分かりましたよね、零央とお兄さんじゃ上手くいかないってこと。じゃあ、駅前の公園で待ってます、ちょっとデートでもしましょう』

上機嫌にそう言って、相良くんは俺の返事も待たず一方的に電話を切った。

図星なんて、そんなはず、ないよな。





言われた通り、俺は誠に一言告げて家を出た。だんだん日も落ち始めた頃、駅前の公園まで行くと案の定相良くんは子供用の小さなブランコに座ってゆらゆらと揺さぶって待っていた。俺がゆっくりと近づくと、パッと目が合ってニコリと微笑まれた。

「来てくれると思ってましたよ、お兄さん」
「………なにブランコで遊んでるのさ…俺は真面目に、」
「失礼な、俺だって真面目なんですけど?」

零央とは正反対の愛想の良い笑顔を浮かべて、こちらをじっと見つめる。俺はふいっと目線を下げてできるだけ目を合わせないようにした。

「来てくれたってことは、もちろん俺と遊んでくれるってことでいいんですよね?」
「……………さ、相良くんは…零央が好きなんでしょ…?それなのになんで、俺なんか…」
「だから遊びですって、これを機にお兄さんも他の男と遊んでみたらいいんじゃないですか?」

そう言って相良くんは俺の頬に手のひらを当ててにこりと微笑んだ。俺はその手を叩いて払う。

「れ、零央に近づかないって…約束、してくれるんだよね…」
「お兄さん、そんなに零央に近づいてほしくないんですか?自分の身を犠牲にしてまで俺を零央から遠ざけようなんて、健気ですね。期待しちゃうなぁ、そんなに頑張られると」

楽しそうに俺をじっと見つめた。すると、相良くんは俺の手を握って歩き出した。

「それじゃあ、もうそろそろ暗くなってきたし、街のイルミネーションでも見に、どうですか?」
「…もう、なんでもいいよ…」
「よかった、じゃあ行きましょ」

相良くんはひとりだけ楽しそうにして俺の手を引いて行く。俺は複雑な気持ちのまま、黙って言うことを聞くことにした。




相良くんに連れられて、人の多い街まで来た。どうやら今は期間限定で街をイルミネーションで飾っているらしく、楽しそうに写真を撮る女子高生の集団や、肩を並べて歩く恋人同士で溢れている。そんな中になぜか俺と相良くんは違和感なく紛れている。

「綺麗ですよね、冬になるともっと大掛かりで盛大なイルミネーションになるらしいですけど」

相良くんが青白く光るイルミネーションを見て言う。確かに、街を明るく飾るイルミネーションをすごく綺麗だ。普段バイトと大学の行き来であまり気づかなかった街の綺麗さに、俺は思わず少し目を奪われた。

「どうせなら零央と来たかったって思いました?」
「…………べ、別に…」

俺が目線を下に落とすと、相良くんはイルミネーションをバックに俺の肩を引き寄せた。

「せっかくなんで写真撮りましょう?ほら、笑って」
「え、ちょ」

俺が抵抗する間もなく、俺と相良くんを写したスマホはシャッター音を鳴らした。

「SNSにアップしとくんで、後で見といてくださいね」

ニコッと人懐っこい笑顔でそう言った。

……SNSって…そういうのやってないんだけどな…。

一緒にいるのがキラキラした現役の男子高校生だということを思い知った。

…零央はあんまり、一緒に写真撮ったりとかしないよな…。まぁ…今の時期は勉強で忙しいし、しょうがないか…。

「このあと、どうしますか?」

相良くんが唐突に顔を覗き込んで聞いてくる。

そういえば、普通にイルミネーションを見に来てしまったけど…遊ぶ・・って、ただ出かけるだけってわけじゃないよな…。……今頃、零央は家で寝込んでいるだろうか。

「お兄さん、俺といる時くらい他の男のこと考えるのやめません?零央が心配だって、思いっきり顔に書いてありますよ」
「っ、ご、ごめん…」

…………って、なんで俺が謝らなきゃいけないんだ……。

「少し歩きましょうか」

なぜだかちょっと優しくそう言って、また俺の手を引いた。街の人は目の前のイルミネーションに夢中で、男同士で手を繋いでいたって気づく様子はない。

「……………相良くんって…何考えてるのか分からない」
「よく言われます、別に考えてることなんか普通ですけど。ちょっと頭が良いだけです」
「自分で言うのそれ…性格が悪いの間違いじゃない」

俺がそう言えば、相良くんは笑った。

「結構言いますね、お兄さん」
「……相手が相手だからね」

相良くんはこっちが何を言っても全く動じない。零央と並ぶくらい生意気だと思う。

すると突然、相良くんはピタリと歩みを止めた。俺もそれに釣られて立ち止まる。視線を下ろすと、流れで軽く繋がれたままの手のひらが視界に入って、なんだか酷く罪悪感を覚えて目を逸らした。

「お兄さん、今からうち来ません?」

大通りから少し離れた人気のない道で、相良くんがこちらを振り返って言った。その表情は、至ってさっきと変わらず飄々としている。

「もちろんそういうつもりで、俺に会いに来たんですよね?」

落ち着いた口調でそう言って、撫でるように俺の頬に触れる。俺がビクリと反応すると、少し鼻で笑うような声が聞こえた。

…………怖い、今俺が触れられているのは、零央じゃない……別人だ。

「零央以外は初めてですもんね?怖がるのは当然です。でも、零央よりずっと、優しくしますよ?」

にこりと目を細めて微笑む相良くんから、俺は目を離せなかった。心の奥底まで見透かされているようで落ち着かない。

…………俺がここで引き下がったら……零央が…。

そうは思うものの、何か喉を詰まったように言葉が出てこない。俺は黙り込んだまま俯いた。

「そんなに零央がいいんですか?きっとあいつじゃ、お兄さんのこと理解できないですよ」

上から落ちてくる相良くんの言葉が痛いくらい胸に刺さる。彼の言ってることは本当なのかもしれない。確かに、零央に俺の気持ちなんて分かるはずがない。俺とは何もかもが正反対で、なりふり構わない奴だから。俺には零央しかいなくても、零央にとってはきっとそうじゃない。俺じゃなくてもよくて、むしろ零央がその気になれば誰だって自ら寄ってくる。

そう思った途端、無意識に涙が溢れてきた。けど一度栓を緩めてしまったからには止まらなくて、視界がどんどん歪んでいく。

「…お兄さん」

いつもの明るい声とは変わって、少し低めの声が降ってくる。相良くんの指が流れる涙を拭うようにして頬を撫でる。

「っ、も………やだ…、"お兄さん"って、呼ばないで」

相良くんにそう呼ばれる度に、零央のことが頭をよぎる。

「…真澄さん」

優しくそう呼ぶ相良くんには、もういつもの笑顔はなかった。必死に顔を拭う俺の手首を掴んで、気づけば鼻先数センチのところまで相良くんの顔が近づいていた。


「っ……」







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