生意気な義弟ができました。

鈴木ソラ

生意気な義弟ができました。31話



「なんで、接触禁止って言ったよね」

零央はこの間よりもさらに機嫌の悪そうな顔で俺をギロリと睨んだ。俺はそれにビクリと緊張を走らせる。

「ご、ごめん…」
「まぁそう怒るなよ零央、見舞い見舞い。ほら、今日は甘いもの買ってきたけど食べる?」

ひとりだけ相変わらず呑気な調子でコンビニ袋を漁る。そんな相良くんにイラついたのか、零央がベッドから飛び出して相良くんへ掴みかかろうとする。

「あんなことしておいてよく呑気に顔出せるよなっ…………って、おにーさん、邪魔」

相良くんの胸ぐらを掴む直前に、俺は零央の目の前に立ちはだかって制止した。

「……い、いいから、おまえは早く体調治せ!」

肩を押して、何とかベッドの上に零央を戻らせる。

二人に近づかれると、なんとなくキスしていたのが頭を過ぎる、なんて女々しいことは口には出さないけど…やっぱり、できるだけ近づいて欲しくはない。相良くんのことだから、何を仕出かすか分かったものじゃない。さっきの取引の話だって……。

「熱なんかもうほとんど無いじゃん、明日は学校行くし」
「…そうやってまた無理するんだろ零央は…どちらにしろ病み上がりだ!机にも向かうなよ?」

俺が軽く叱責すれば、零央は不満そうにこちらを見ながらも、何も反論してくることはなかった。

「そういえば、零央って進路決めたんでしたっけ?たしかあの有名なS大?」

相良くんは俺たちの会話を聞いて、後ろから興味津々に問いかけてきた。俺に聞いてくるあたり、本人に聞いても答えてもらえないと十分に踏んでいるのだろう。

「…まあ、一応…零央なら努力圏内ではあるけど…」

零央はやればできるし何より飲み込みが早い。難しいことでもすぐ自分のものにしてみせる。零央らしいというかなんというか。

「へえ、変わったよね零央も。前はそんな真面目な奴じゃなかったけど。ほら、宝の持ち腐れ?いいもん持ってるくせに何もやろうとしない感じ」

そういえば相良くんは、零央の親友だと名乗っていたけれど、実際どれくらい零央と親交があるのだろう。前はっていうのは、どれくらい前のことを言うのだろう。零央と俺なんか、相良くんに比べれば最近出会ったことに他ならないのだろう。

「そんなのどうでもいい。それよりお前は、この間のアレがどういう事なのか説明しろ。なんでキスなんかしたわけ?」

零央は、単刀直入にあの行動の真意を問いた。その話題に俺の思考は凍る。

「新手の嫌がらせ?何考えてんの」

なんで気づかないんだ、零央は。それとも気づかない振りをしているのか。どちらにしろ、返ってくる答えはひとつだ。

「なんでって、好きだから?」
「は?ふざけんな真剣に聞いてるんだよ」
「酷いなーふざけてないって」

零央は信じてないのか。相良くんを信用する気は一ミリも無いらしい。

俺はもうこんな話題、一刻も早く抜け出したい……。

「……れ、零央…ちょっとは信じてあげたらいいだろ?…相良くんのこと」
「……はぁ?なんでおにーさんがコイツの肩持つわけ」
「っ、そ、そんなんじゃないけど…!」

零央は眉間に皺を寄せてこちらをギロリと睨む。

…というかなんで、なんで俺がここに居なきゃならないんだ。二人の間の色恋に巻き込まれて、そりゃ確かに、俺は零央の恋人…ではあるけど、俺なんかがどうこうできる問題じゃないだろこんなの。とにかく、もうこの空間から早く逃げ出したい。

「ちょっと、おにーさん話聞いてる?」
「っ、も、もういい!勝手にしろ…!」

俺は最後にそう言い捨てて、バタンッと部屋から逃げ出した。そのまま俺は、零央と相良くんを残して家を飛び出て走る。

零央が相良くんの言うことを信じようが信じまいが、結局、相良くんの零央への好意を変えられるわけじゃない。

人気のない道をただひたすら走って、俺はふと立ち止まった。息を切らす自分の呼吸だけが聞こえて虚しくなる。

……これじゃまるで、駄々をこねる子供だ…。零央といると、どんどん独占欲が強くなっていく。

今になって、二人を家に残して出てきたことを酷く後悔した。なんだか、相良くんの思うツボだ。

目頭が熱くなってぐっと涙をこらえると、ポケットでスマホがブーッと揺れた。仕方なくスマホを取って、耳に当てる。

「…………もしもし」
『ちょっとおにーさん、なんで出てくの?意味わかんない、何が気に入らないわけ??』

零央の、少し焦燥に駆られたような声がスマホから聞こえてくる。声は枯れ混じりで、そういえばこいつが体調を崩していたことを思い出した。

……馬鹿だ、平気な顔するから、こっちだってすぐにそんなの忘れちゃうだろ…。

『黙ってないでなんとか言ってよ。コイツが、相良が俺の事好きって言うのは信憑性に欠けるし、俺は絶対信じないけど、おにーさんがただヤキモチ妬いてるだけなら今すぐ戻ってきてよね』

そう言う零央の声の奥から、酷い言い草だなー俺をなんだと思ってるの、と相良くんの愚痴が微かに聞こえた。零央はそんな相良くんに黙ってろと一言告げる。

『…とにかく、今俺はこんな状態だし追いかけようにも追いかけられない。早く戻ってきて』

諭すような優しい零央の声に、思わずこらえていた涙が頬をつたう。

「……………バカ零央…っ」

俺は一言そう言い捨てて電話を切った。ついでにスマホの電源も落として、涙に濡れた頬を拭った。

戻れるわけないだろバカ……こんなみっともない顔、見せてやるもんか…。










   


「で、ここまで走ってきたわけ?」
「……う、だって行くとこ無くて……金も持ってないし…」

呆れた顔をして、誠が玄関の前で立ち尽くして俺を見下ろす。俺は申し訳なさを前面に出して俯いた。

「……はぁこんな真昼間から痴話喧嘩に巻き込むなよな…。わかったとりあえず上がれ」
「う、わ、悪い…」

家に入ると、玄関にはいつもより靴の数が多く感じた。たしか誠の家は、父親が海外赴任してて、お姉さんの愛美まなみさんが弟達のまとめ役で。

そんなことを考えながらリビングへ行くと、突然目の前からものすごい勢いで誰かが飛びついてきた。

「真澄くんじゃない!久しぶり〜!やだほんと可愛い会いたかった!」
「へっ、あ、離れてください愛美さん…!」

嬉しそうにする愛美さんに苦しいほど抱きしめられ、俺は必死に抗議する。誠はただそれを呆れ顔で見ているだけだ。

「んも〜私の第三の弟なんだからもっと遊びに来てくれてもいいじゃない真澄くん〜」

ずっと前にこの誠のお姉さんと顔を合わせてから、なぜか異様に気に入られてしまったようで、会えば必ずこうして喜んでくれる。最近は顔を合わせていなかったので余計だ。

「なんで真澄はこうも歳上に好かれんだか。ああいや彼氏は歳下だったなー」

誠はさも当然のようにそう言うので、思わず俺も聞き流すところだった。

「……え?真澄くん彼氏いるの?彼女じゃなくて??」

心底驚くような反応でこちらをじっと見つめてくる愛美さん。俺の頭はフリーズしてサッと目を逸らした。

……いや誠なに普通に口滑らせてんの!?

当人の誠も、気まずいような顔で俺から即座に目を逸らした。

「えぇそうなんだ〜確かにそんな感じするよね、真澄くんってなんか構ってあげたくなるもん」
「そ、そんなことはないと思います」

反応は意外と普通だったので、少しほっとした。俺と誠は苦笑いでその場をやり過ごす。

「っていうかどうしたの?真澄くん今日遊びに来る予定だったっけ?」
「あっいや、ちょっといろいろあって…急にお邪魔してすみません」
「ううんいいのいいの!そうだ、そういえばおいしいお菓子もらってね〜」

愛美さんは、上機嫌でキッチンの方へと向かった。

「姉貴がこんな機嫌いいのそう無いな…、今日は珍しく客人が多いからか」
「あ、やっぱ、他にも誰か来てるのか」

玄関に靴が多く置いてあったのはやはりそういうことか。

俺が聞くと、誠は天井を指さして答える。

「二階に成樹の友達が来てる。…まぁ、ほんとに友達か怪しいけどな」
「えっ、彼女っ?」

俺が興味津々に食いつくと、誠は少し呆れたような顔で笑った。

「いいや、カレシ?」
「……えっ、」

俺は叫びそうになる口を両手のひらで押さえる。衝撃的な話に心臓が跳ねた。

真面目な話、ホモってうつる訳じゃないよな!?いや別に俺ホモじゃないけど!最近身の回りが目まぐるしく変わっていく。いや、ただ俺が知らなかっただけなのかもしれないけど。

「……あ、あの成樹くんがっ?」

俺は小声で誠に耳打ちする。

「あぁ、なんかちょっと前から、クラスに新しく来た転入生と仲良くなったらしいな。でもまぁ、いい子そうだったぜ?大人しくて控えめの」
「へ、へぇ…。愛美さんは…?このこと……っていうか、誠のこともそうだけど、男と付き合ってるの知ってんの??」
「はは、まさか。そんなん言ったら飯出てこないどころか家から追い出されるな」

誠は笑い混じりにそんなことを言った。

けれど、さっきの俺への反応から見るに意外と大丈夫だったりしないだろうか。しかしまあ、弟の友達である俺と、血の繋がった誠や成樹くんとでは話が違うのが当然か。誠はこれからずっと、マスターとの関係を隠したままでいるつもりなのだろうか。

「…あ、これ知ってんの成樹にも内緒な?あくまでただの憶測だし」

なんだか少し、波乱の予感がした。




コメント

  • きつね

    待ってました!零央くんもう少しだけでいいから真澄くんの気持ちを感じてあげて!!次回も楽しみにしてます
    <(_ _)>〈 ゴン!〕

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