生意気な義弟ができました。
生意気な義弟ができました。15話
「鴨野くん」
塾の休憩室で、大学で出された課題を進めていると、塾長が缶コーヒーをコトリと置いて話しかけてきた。俺はそれをありがたく受け取る。
「すみません、ここで課題開いちゃって…自習室だと学生の気が散るかなって思って」
俺はノートパソコンを閉じて缶コーヒーを開けた。
「いいのいいの、好きに使ってね。確か、麻海くんはしばらく教育実習だったかな?」
「はい、来月の半ばくらいに終わるそうですよ」
その間は麻海さんはシフトも入れていないため、その分俺も多く入ることにした。4年生の麻海さんと違って、3年生の俺はまだそこまで忙しくないのでいくらでも代わりがきく。
「あぁ、あと聞いたんだけどね、うちの甥と同じクラスだったんだって?」
「あっ、はい…高校のときに、同じだったんですよ。驚きました、まさか塾長の甥っ子だとは…」
「僕の妹の息子なんだよ、仲良かったのかい?」
俺はそう聞かれ、少しドキリとした。
「…あー…いや、そんなでも…ほら、早見くんは人気者で友達も多かったですし、俺のこと覚えてたのもびっくりするくらいです」
俺は曖昧に笑ってそう言った。すると、塾長も笑ってくれる。
「亮介くんは、妹譲りで昔からなんでも出来るような器用な子でね。妹の旦那、亮介くんのお父さんが立派なお医者さんだから、きっと将来を期待されてるんだろうね」
「大変、ですよね。医学部生って言ってましたけど、俺、上京して大学行ったんだと思ってました」
「あぁ、まだ一人暮らしはさせないって、妹がうるさく言ったみたいでね。家から通ってるらしいよ」
塾長は、まだ若いのに大変だね、とひとこと言って缶コーヒーを飲んだ。俺も同じようにしてもらった缶コーヒーを一口飲み込んだ。
……たしかに、高校のときだって誰よりも成績はよかったし…きっと早見くんはたくさん努力してたんだろうと思う。
立派な医者の一人息子に生まれて、将来有望って言われて。俺とはかけ離れすぎたような世界で、早見くんは生きてるんだろう。
彼と自分との違いをしみじみと感じていると、塾長がなにか思い出したように、声をあげた。
「そういえば、塾の前で君を待っている子がいたよ?ほら、最近一緒に帰ってる高校生の…」
「えっ、ほんとですか!?」
俺はガタッと席を立った。
……零央のやつ、何の連絡もなしに来るなよな…!
「新しくできたっていう、義弟くんかい?」
「あっ、そうです」
俺はノートパソコンをしまって鞄を背負いあげる。
「バイト先に迎えに来てくれるなんて、仲がいいんだね」
「あ、あはは、まぁそれなりに…コーヒーありがとうございました」
俺はそう言って、急ぎ足で塾を出た。塾長の言っていた通り、表では零央が壁にもたれてスマホをいじっていた。駐輪場でおしゃべりしている女子生徒たちは、チラチラと零央の方を見て落ち着かないようだった。
「れーお」
俺が呼びかけると、零央はスマホの画面からこちらへパッと視線を移した。
「いつも急なんだよ、連絡くらいしろよな」
「今しようと思ってた」
「言い訳するな。今日は遊んで帰れないぞ?テスト近いんだろおまえ、俺が連れ回したって知ったら巧さんに怒られる…」
俺がぶっきらぼうにそう言ってやると、零央は憎たらしい表情で笑った。
「はいはい、一緒に帰りたいだけだからいーの」
小声でそう言ってくる。何か言い返してやろうと思ったとき、誰かが声をかけてきた。
「あ、橋場?」
げっ。
俺の心がその声を聞いて悲鳴を上げた。塾の表で早見くんに遭遇する。
「は、早見くん…今日も自習室で?」
「うん、まぁ。そっちはこれから帰るんだ?なに、カレシ?」
早見くんはふざけたようにそう言ってからかってきた。まるで高校生のときに戻ったみたいに同じ調子だった。けど今ばかりは、そのからかいの言葉に心臓が痛いくらいドキッとする。
「…か、からかわないでよ…弟だって、義理の………!」
俺は内心焦りつつ訴える。
……冗談で言ってるのは分かるけど……一瞬ほんとにびっくりした…………。
すると、隣の零央が早見くんに向かって声を発した。
「あんた、誰?」
零央の早見くんを見る目はすごく冷たくて、なんだか背筋に緊張が走った。人を見た目や態度で判断するのか知らないけど、こいつは話す相手によってコロコロと態度を変える、器用な奴だ。
「随分生意気な義弟だな、どういう教育?」
早見くんは涼しい顔して、口角を少し上げて笑いながらそう言った。俺は、なんだか今にも殴り倒してしまいそうな様子の零央の前に、立ちはだかった。
零央から出る、コイツ殴ったろかオーラがすごい怖い……。
「ご、ごめん、こいつほんと生意気な奴で……。ほら零央、いいから帰るぞ?な?」
俺が言い聞かせるようにすると、零央はこちらを見た。何も言わずにスっと早見くんに視線を戻して、俺の肩に手をかける。
「誰だか知らないけど、おにーさんいじめてもいいのは俺だけだから」
…………………………はぁ…………?
俺は零央のその言葉を聞いて、硬直した。真剣な顔で早見くんを睨みつけて、そんなセリフを吐くこいつは、すごく攻撃的な雰囲気だ。すると早見くんが、ふっ、と鼻で笑うようにしてこちらを見た。
「橋場おまえ、義弟にいじめられてんのかよ?笑えるな、ほんと昔と変わんねー」
次第に、腹を抱えるほどの笑いに変わっていく。俺は笑う早見くんを、ただじっと見ることしか出来なかった。
……なに、余計なこと言ってんだ零央は……。
「おにーさん、早く帰るよ」
零央はそう言って早見くんを鋭い眼光で睨みつけてから、その横を通り過ぎて行った。俺もそれに続くようにして塾を後にする。早見くんは最後まで調子のいい笑みを浮かべていた。
「なにあの人」
「高校のときの同級生だってば、さっきから言ってるだろ」
「そうじゃなくて、なんであんなムカつく態度なわけ、人のこと下に見てるような目してた」
……鋭いなぁ、零央は……。
「昔からだよあれは…実際、頭脳も家柄も早見くんには敵わないしな。おまえ、誰にでも喧嘩売るなよな?」
「相手は選んでる、ムカつく奴はムカつく」
零央は、子供が駄々をこねるみたいにして言い張った。
早見くんに喧嘩を売って良いことは無い。だから高校の時だって誰も彼につっかからなかった。
「…てか零央、なにが、いじめていいのは俺だけ、だよ。意味わかんないこと言うな!」
「俺がおにーさんをいじめる分にはいいけど、他の奴がおにーさんで遊んでたら気に食わない。てか、昔あの人にいじめられてた?」
「いじめられてなんかないし、ただいつもからかわれてただけ。自分より弱いやつ見て面白がってるんだよ早見くんは」
そんなのいちいち気にしてなかったし、他にも俺みたいな奴につっかかっては笑ってるのを見て、ああいう人なんだと割り切ってた。だからこそ、再会なんて望んでいなかったけど…。まあとにかく、早見くんのことは今でも好かないっていうのは違いない。
「要らない対抗心燃やすなよ零央?喧嘩されても困るから…」
「勝手に燃やすくらいいいでしょ」
零央はそんなこと言って、俺に背を向けて先を歩く。どうにか零央の機嫌直しをしようと、俺はふと思いついたことを言った。
「なあ零央、誕生日プレゼント、なんか欲しいもの買ってやるよ?」
俺が駆け寄って言うと、零央はピタッと立ち止まってこちらを見た。
「欲しいもの?なんでもいいの」
「もちろん、なにがいい?」
「あー、デート、デートしよ。夜にさ」
欲しいものは自分で手に入れるから、と零央は言った。零央らしいと言えば、たしかに零央らしい。
「でも、デートなんていつでもできるだろ?」
「いーじゃん、ね?」
「おまえがそれでいいなら…あ、でも、当日は家族で祝うし、前日でいい?」
俺がそう聞くと、うん楽しみにしてる、と言って笑った。その笑顔に少しドキッとする。
…………今更だけど…なんか、恋人がいるっていいなって…………思ってしまう。
そして、零央の誕生日を明日に控えた今日も、俺はバイト中である。
先生ここ分かんなーい、と愚痴をこぼす生徒のそばへ駆け寄ってプリントを覗く。問題をさっと見てから伝わりやすいように生徒へ解説をしていくと、スッキリしたような顔でこちらを見てくれる。
俺のバイトが終わったら、零央がいつもように学校帰りに迎えに来てくれるという。もちろん、デートと言ったってどこに行くか俺は知らないし、零央もちゃんと考えているのかいないのかさえも分からない。
すると、ひとコマの終わりを告げるチャイム音が鳴る。生徒が一斉に席を立ち帰りの準備をしだすので、俺も零央へ連絡を入れようと、そそくさと休憩室へ戻った。
ポケットのスマホを開いて、零央へバイト終了を知らせるメッセージを送る。どうやらまだ零央は学校が終わっていないらしく、連絡は何も来ていない。
…………零央が来るまでどっかで時間潰そうかな…。
俺は塾を出て、道路を挟んで向かいにある喫茶店に入った。誠のところではコーヒーばかり飲んでしまうので、たまには別のものを頼んで、一息つく。
窓際の席から、向こう側の塾前で戯れる学生たちを呆然と眺めていると、向かいの席にガタッと誰かが座った。俺は驚いて、窓の外から視線を外して目の前に座った人物を見る。
「………早見、くん」
「なに、暇そうじゃん?」
それは早見くんで、俺のテンションは一気にガタ落ちする。
……ずっとここの塾通いつめてんのかな……最近よく会うよな…………。
「いや…暇っていうか…」
「暇ならさ、ちょっと飲みに行こうぜ?付き合えよ」
早見くんは、曖昧に濁した俺のセリフを最後まで聞かずにそう言う。
「の、飲みにって…なんで、」
「久しぶりにクラスメイトと再会したんだからいーだろそれくらい」
…………やばい……どうしよう、俺、こういうのが一番断るの苦手なんだよ……。
それで、結局……、
「ぁ〜…しかもなぁ…大学のせんせ、課題ばっか出しやがってぇ、やたらうちの授業だけ課題多くてやんなるっつぅのぉ……」
俺は、飲み屋の机に突っ伏した。
「はは、もうベロベロじゃん?早くない?しかも酒入ったら愚痴ばっかだなー橋場。初めて見た、ガリ勉優等生のお前が先生の愚痴かよ?」
俺と同じくらい飲んでるのに、酔ってるような素振りを見せない早見くんは笑いながら俺を見た。だが俺は早見くんに付き合わされて飲んだせいか、いつもよりペースも早くて頭が働かない。机におでこをつけていると、瞼が重くなって眠くなる。
………………眠いなぁ……。
そう呑気なことを思っていると、次第に耳に入ってくる音が小さくなっていく。
あったかい、そう感じて俺はうっすらと目を開けた。
…………あれ…俺…………。
どうやら俺は、誰かにおぶられているらしい。体は重くて動かす気にもなれなくて、その相手に俺は身を委ねた。
「…………ん……零央……………?」
夜道なのも相まって、俺のアルコールの入った頭では思考が追いつかない。
「れお?ああ、義弟か」
「………零央……零央ごめん、約束…してたのに……」
「ちょっと、義弟じゃないってば。てか降りる?あぁでも歩けないかな」
その人物は、面倒くさそうに愚痴を零しながら、俺を背中に抱えて夜道を歩く。どこに向かってるかは知らないけど、今の俺にはそんなのどうでもいいことだった。
「あぁもうほんと、こんな飲ませるんじゃなかった」
「…………零央、零央……好き」
俺は頭の中で、目の前の人物を零央だと思い込んで、ぎゅっと抱きつくようにした。
そのあと俺はまたすぐ眠ってしまったのか記憶が無くて、次に目を覚ましたときには、知らない部屋にいた。
「…ん、う………」
目を開けると、真っ白な高い天井が視界に入った。見覚えのないベッドに転がっているようだった。もちろん、全く知らない場所で、しばらくじっとして働かない頭を動かしてみる。
誰かの部屋のようで、俺はぐるりと見渡してみる。
「やっと起きた、酒弱いのはなんとなく予想してたけどさ、ちょっとくらい飲むの抵抗しろよな?おかげで、男の介抱しなきゃいけないとか散々だわ」
ベッドのそばに寄ってきたのは早見くんで、少し機嫌の悪そうな顔でこちらを見た。
「は、早見くん…………?あっ、え、あれ、俺の服は…」
よく見ると、俺は上半身裸でビックリしてベッドの中に潜る。知らない匂いのするベッドは落ち着かない。
「乾かしてんの。水飲ませようとしたら倒れて撒き散らすし、なんなのほんと」
「な、なん、なんで俺が、早見くんの家に…」
「家の場所聞いても義弟の名前呼んでばっかでなんも答えないから仕方なく。いじめられてんのに義弟が大好きなんだな?」
早見くんは、ちょっと馬鹿にするみたいにして笑った。俺の顔は真っ青になる。
…………俺……変なこと、口走ってないよな…?
「てか橋場さ、おぶってるときも思ったけどほんと細いよな?何食ったらそうなんの、昔から運動音痴なのは知ってたけど」
俺を馬鹿にしたいのか、早見くんはバッと布団をめくって俺を見た。俺はビクビクと身体を震わせて身構える。特に何をされるわけではないと思うけど、いつもの癖か少し緊張が走る。
「女子おぶってんのと大差なかったぜ?」
そう言って笑みを浮かべながら、俺の腰を掴んだ。
「ひっ、あ」
俺はビックリして思わず、変な声を出してしまった。急いで口元に手を当てて誤魔化す。が、早見くんはそれを聞き逃すはずもなく、少し目を丸くしてこちらを見ていた。
「…なに、なんなの?」
………………こっちのセリフだ……くそ、なんでよりにもよって早見くんの前で酒なんか飲んじゃったんだ……失敗した……。
俺は羞恥に体温が上がって、ふと大事なことを思い出した。
「……あ、」
「…なに?」
「す、スマホ…俺のスマホはっ?」
俺がベッドから身を乗り出して聞くと、早見くんはわざとらしく、どこやったっけかなー、と呟いた。俺はそれまで忘れかけていた彼の意地の悪さを思い出した。
「そういえばなんか言ってたっけ。もしかして義弟と約束してた?」
…………やっぱ早見くんの前でなんか口走ってたかな……やばい、ほんとに覚えてない。
「えっ、あ、いや…た、大した用じゃないんだけど………」
零央との仲を勘づかれるわけにもいかないので、テキトーに誤魔化す。
…………い、今何時だ……?零央と約束してたのに……。
俺は青ざめて、部屋の中を見渡す。向こうの壁にかけられた時計を見ると、針は夜の8時を指していた。
「早見くん…あの、ほんと、約束してて…」
「あのさー、ひとつ聞きたいことあるんだよな、これは俺の単なる好奇心なんだけど」
早見くんは、ベッドにギシッと腰をかけてこちらを見た。そのあとに続く言葉に、俺はドキドキとする。
「もしかしてさ、あの義弟とデキてたりする?」
俺は、ベッドの上で布団を手に握ったまま硬直した。
……………………な、なんでバレた……?いや、え……!?
「そうでしょ。俺のこと義弟と勘違いして抱きついてきたぜ?相当あの義弟が好きらしいじゃん」
早見くんからは、どんどん有り得ない言葉が出てきて、もはや俺のアルコールに浸った頭では処理しきれない。
な、なにがどうなってる……?俺が早見くんに抱きつく?いやまさか、零央にだってそんなことしないし、もしかしてデタラメ言ってるだけなんじゃ…。
「まさか、俺がデタラメ言ってるとでも思ってる?橋場ってさ、昔から俺のこと嫌いだろ。隠し切れてないぜ?」
……………………全部、見透かされている……。
お前に嘘なんかついてメリットあんの?と、早見くんはこちらを見た。
早見くんは、単なる好奇心だと言っていたけど、こちとらそんなものに構っている暇はないのだ。きっと、俺の困る反応を見て面白がってるんだ、何ら昔と変わらない。
「早見くん…俺、帰らないと……」
…とにかく、今は早く零央に会って謝らなくちゃいけない…。
すると、早見くんはふと何か思い出したようにした。
「あぁそういえば、さっきお前が寝てる時にその義弟から電話あったけど、俺が出た」
「えっ、出たのっ?」
「出た。なんかしつこかったし、そしたら、すげーキレてたけど?」
…………だ、だよなぁ…………約束すっぽかして飲み行ってたなんて言えない……。
「お兄ちゃんなら酒に潰れてるとこだって言っといた」
……………………既に手遅れだった……。
「…………酔い潰れて迷惑かけたのは、ごめん…お詫びなら、今度なにかするし…」
「そーじゃなくてさー。まだ答えてないじゃん、俺の質問に」
痛いところを突いてくる……一刻も早くこの早見くんとふたりっきりの空気から抜け出したい…。
「どーなの?気になるよな、あんなん見せつけられて」
「…あんなん…て…?」
「"おにーさんいじめてもいいのは俺だけ"だったっけ。傲慢なカレシだな?なに、どんなふうにいじめられてんの??」
早見くんは、問い詰めるようにどんどんと距離を縮めてくる。俺は早見くんから距離を取るように後ずさった。
「……どん、な……って、別に……いじめられてないし…」
俺が目を泳がせると、その隙をみて、早見くんが指先で俺の腹のあたりをするりとなぞった。
「ひゃっ」
突然のことにビクッと体を震わせると、早見くんは嫌な笑みでニヤリと口角を上げた。
「さっきから可愛い声出しちゃってさ、感度良好ってか。それとも義弟に教えてもらった?可愛く男を誘う方法」
そう言って、ドスッと俺の肩を掴んでベッドに押し倒した。俺は、ぎゃっ、とみっともない声を上げて目を瞑った。恐る恐る目を開けると、悪意のある楽しそうな笑顔を浮かべて俺を見下ろしていた。
「んな、ちょ、早見くん…………?」
跨る早見くんに抵抗しようと腕を振りかざすが、それはいとも簡単に制止されてしまう。
「全然力入ってねーな、酒飲み慣れてない?」
「な……なんで、早見くん、離して…」
「義弟と寝た?男同士って、どうするんだっけ」
早見くんは、俺の声なんか聞かずにどんどん話を進める。
…………やばい…………このままじゃほんとに俺、早見くんに…………。
いやダメだダメだ、絶対無い、そんなの無いだろ…………!
とは言っても、アルコールのせいか体には全然力が入らなくて、次第に焦りが頭の中を支配する。
「は、離して、頼むからっ……」
俺が抵抗すればするほど、早見くんは俺の腕をベッドのシーツに一層強い力で押し付けた。
「義弟と付き合っちゃうくらいだし、本当は誰でもいいんじゃねーの?相手してもらえれば誰でも」
意地悪く笑うその光景はなんだかデジャブで、零央が酒に酔って帰ってきたあの夜を思い出した。
あれはあれで恐怖だったに違いはないけど、目の前の早見くんはもっと得体がしれないもののように感じて恐ろしい。どうなっちゃうんだ、こんなの。零央とだってまだなのに、早見くんとなんて、あぁ、考えたくない。
俺は非力な自分が悔しくて、目頭がじーんと熱くなった。こんなときばっか零央のことが頭を過ぎって虚しくなる。
「なに、泣いてんの?そんなに義弟がいいんだ?」
「っ…泣いて、ない……」
「…まさか処女?まだ抱かれてねーのかよ。まぁいいや、感度良さそうだし、女と変わんないだろ?」
俺は、楽しそうな早見くんを見てまた涙が出てきた。泣いてないとは言いつつも、目からは涙が止まらない。
どうしよう、怖い、怖くてたまらない。何をされるのか分からない。早見くんを、零央以外の誰かを受け入れてしまったら、きっと俺は零央に嫌われてしまう。今は、それが一番怖い。
俺は目を瞑って、これ以上泣いてしまうのを耐えた。非力な俺の両腕は、早見くんの片手にすら勝てない。
早見くんの手のひらが無防備になった俺の上半身をすーっと撫でると、ゾワゾワと身体中の神経が逆立つ。その手はそのまま俺のズボンのベルトにかけられた。カチャカチャと金具をはずす音が嫌に耳に入って、俺の身体にはどんどん緊張感が張り詰める。
「…………やだ、早見くん……嫌だ、おねがい…離して、」
俺が藁にもすがる思いで嘆くと、早見くんはそれを鼻で笑った。
滑稽だって言われようが構わない、プライドなんてとっくのとうに捨ててる。こんなんで今の状況が変わるんなら、俺はなんだってする。
恐ろしさから、何も考えないように、ぐっ、と息を殺す。すると、突然部屋の扉がバンッと勢いよく開けられるのが分かった。
ものすごい音を立てて、開けられた反動で扉が壁と衝突する。俺と早見くんは、思わず動きを止めてそちらへ視線を持っていった。ズカズカと部屋に入ってきた人物は、俺たちを見るなり舌打ちをして近づいてくる。
その人は、俺に跨る早見くんの肩をガシッと後ろから掴んで振り向かせるなり、思いっきり早見くんの顔を殴りつけた。
あまりにも一瞬のことで、俺は体を硬直させたままそれを見つめていた。殴られて床に座り込んだ早見くんは、ゆっくりと殴ってきた相手を見上げた。
「…ってぇ…、おいおい…修羅場は好きじゃないんだけど?」
早見くんは、こんな状況でも口角を上げて言う。
「………………れ、お…」
俺は、殺気立ったその人物を見つめた。
「…ふざけんじゃねえよ。昔のクラスメイトだがなんだか知らねーけど、あんたにこの人はやらない」
零央は、ベッドの上で呆然とする俺を指さして、早見くんを睨みつけた。
「はっ、別に欲しくもないけどな。ちょっと遊んでやろうと思っただけで、本気で殴んなよな」
早見くんは居心地悪そうにして、立ち上がった。殴られた衝撃で口の中が切れたのか、口から血が出ている。
「この人の荷物は」
「……そこ。服は洗面所にあるぜ」
早見くんはあっさりと答えて、俺の方を見た。その視線はさっきまでの熱は持っていなくて冷めたものだった。
「帰るよ」
零央は、俺の目も見ずにそう言って、部屋から俺を連れ出した。言われた通り荷物を持って、洗面所に置いてあった俺の服を回収して着替え、そそくさと早見くんの家を出た。
俺は引っ張られるがままに歩いた。付近の景色は身に覚えがなくて、本当に自分が酔いつぶれてしまったことを痛感した。先を行く零央の顔は見えなくて、手は触れてるのに、なぜか零央がすごく遠く感じた。
しばらく歩くと、零央は俺をすぐそこの公園に引き連れた。夜8時を過ぎた公園は、子供はもちろん、誰一人としておらず物静かだった。すると、零央はピタリと立ち止まってこちらを振り向く。周りは暗くて零央の表情も見えない。
「脱いで」
零央は突然、そう言った。俺の頭はフリーズする。
「……な…、はっ……?こ、ここ、外」
「誰もいないし見てない」
零央は俺の返事を待たずに、バッと俺のTシャツを捲りあげた。俺はその行為にビクンっと肩を揺らす。
「な、なに、なんだよ…こんなとこで、やめろよ…」
俺が零央の腕を止めるように掴むと、零央は、はぁ、と溜息をついた。俺はそれに、またもやビクッと緊張が走る。
呆れられたんじゃないか、飽きられたんじゃないかって、嫌なことばかりが頭に浮かぶ。
零央は捲りあげたTシャツをそっと離す。
「……キスマはつけられてないか…つけてたらアイツのこと殺すとこだった」
どこか安心したような零央の声に、俺はポカンとしてしまう。じっと零央の顔を見つめると、やっと目が合った。
「…………れ…零央……怒ってないの……?」
「怒ってないわけないじゃん、馬鹿なの。酒は飲めないし非力なくせに、なんであんな奴と飲んじゃうわけ?意味わかんない、襲われたいの。あのままにしといた方がよかった?」
零央の口からは、どんどん俺を責め立てる言葉が出てくる。
「ち、違う…!断れなくて、まさか、あんなことになるとは……」
誰が予想するんだ、あんなの。昔の同級生に襲われるなんて、考えもしないだろ普通。
「知ってる、あんたがそんなの望んでないことくらい。でも、もっと考えて、無防備すぎるんだよ、酒ももう俺のいないとこで飲まないで」
「…………お酒は……反省してる…弱いくせに乗せられて飲みすぎた…。けど、まさか早見くんがあんなことするとは思わないだろ…?俺だってビックリして…」
さっきまで早見くんに押し倒されていたことを思い出して、俺は俯いて自分の肩を抱いた。零央はじっと俺を見つめた。
「あんたは、久しぶりに会った同級生をその気にさせるくらいの色気を持ってる、そういうことじゃん。だったらちゃんと、それを自覚してよ」
色気なんてこれっぽっちもない、そう言いたいところだけど、今そんなことを言えば零央の機嫌をさらに悪くしてしまいそうでやめた。
「……………やだ…………零央、嫌だ……おねがい、嫌いにならないで」
俺は、零央の服の裾を掴んで俯いた。
情けない、こんなの。
そうとは思いつつも、零央に離れていってほしくないという気持ちが涙と一緒に溢れる。
そうすると、零央は再び溜息をついてから、俺をぎゅっと抱きしめた。
「…そういうとこだよ、おにーさんのそういう可愛いところに、俺だってノせられたんだから」
少し気の抜けたような声でそう言う零央に、俺はぎゅうっと抱きついて顔をうずめた。泣いてる顔なんて見られたくない。
「…零央、ごめ、ごめん……もう俺、気をつけるから…酒も飲まないし、ちゃんとデートの約束だって、守るから……っ」
俺は必死で懇願するようにした。
嫌だ、零央が俺を飽きるなんて、嫌だ。
「………言われなくても、離さないし。おにーさんが離してって言っても絶対手離してやらないから」
「……………ぅ………零央ぉ…………俺、好き…めちゃくちゃ好き」
我を忘れてそう繰り返すと、零央は痛いくらいの力で俺の体を抱き寄せた。
「…………俺も…自分が思ってたよりもずっと、おにーさんに執着してる」
そんなの、ずるい。
もう抜け出せないくらい、俺に執着してくれていい、それくらいがきっとちょうどいい。
そのあと、帰り道は泣き止まない俺をずっと、小さな子供をあやすみたいにして、零央が隣を歩いてくれた。この前零央が俺に、甘えてくれてもいい、と言っていたのは、こういうことなんじゃないかって、少し分かった気がした。歳上で義理にも兄貴で、情けないけど、俺はずっと夜道を零央に泣きついて帰った。
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コメント
あみの
レオくん、ヤンデレ、なのか…?
まぁ、僕ヤンデレ系好きだからむしろ
嬉しいけど…┌(┌ ^o^)┐
きつね
早見くんちょっとやな感じするけど
真澄くんとレオくんの愛が深まった
から…許す!←何様
続き待ってます!o(`ω´ )o
砂糖漬け
待ってましたー!!ヾ(。>﹏<。)ノ゙✧*。
あんこ、
待ってました……(´;ω;`)ありがとうございます(´;ω;`)(´;ω;`)