生意気な義弟ができました。

鈴木ソラ

生意気な義弟ができました。8話


コンコン、とドアをノックすると、部屋の中からは、なにー、とやる気のない返事が返ってきた。ガチャリとドアを開けると、零央はまだ寝起きなのかベッドの上でスマホをいじっていた。

「麻海さん帰ったけど、零央朝ごはんは?食べたの」
「…いや、まだ、てか今起きた」
「だと思った。じゃあテキトーに作るな」

俺がそう言って立ち去ろうとすると、零央が、ねえ、と言って引き止めた。

「あの人と、ヤったの」

いつでもこいつはどストレートに言葉を吐いてくるなほんと。

「なっ、す、するわけないだろ…俺と麻海さんは、………いや…わかんないけど、今は、ただの後輩先輩だっつの」
「抱かれれば楽なのに、あんなイケメン滅多に捕まんないって、将来有望そうだし」

零央はふざけたようにそんなことを言う。

「……いや…………その前に、男だし…」

一番の問題を突きつけてやる

麻海さんの言っていたとおり、俺たちが男女であったならきっと、麻海さんのようないい人すぐに受け入れられるんだろうと思う。

「関係ないでしょ。ってか、おにーさんならいけるっしょ」
「…いけるって、なにが」

零央は起き上がってスマホをベッドに放り投げた。

「男だけど抱けそうってこと」

俺は間抜けにもポカンとしてしまう。

………………いや…………意味わからん……。

「……いや…………なんで?」
「知らない。けどいけんじゃね」

いや、だからなぜ。

零央が急にそんなことを言うので、さらに頭が混乱し始める。俺がぼーっと部屋の出入口で突っ立っていると、零央が立ち上がって寄ってくる。

「腹減った、早く朝飯食おーぜ」
「あ、あぁ…うん」

俺がはっと我に返ると、すれ違い際に零央が俺の首あたりを覗き込んだ。

「うわ、すっげぇ執念。こりゃ相当恨まれてんな俺」

あはは、笑えねー、と愚痴を零しつつ零央は階段を降りていった。

「………………お前のせいだっつの……」

あいつには、ほんと振り回されてばっかりでムカつく。
























「…………なぁ誠」
「んー」

大学の講義中、俺は隣に座ってノートに落書きする誠に小声で話しかけた。

「………お前…知ってたの…?麻海さんが、その………俺のこと、そういうふうに見てるの……」

恐る恐る聞くと、誠は目を真ん丸くしてこちらを見た。さっきまで一度も止まることのなかった落書きの手が、あっさりとシャーペンを手放す。

「…………そりゃまぁ、知ってた、けど………」

誠は、しばらくしてからずいっと詰め寄ってきた。

「……麻海さん、告ったのかよ?」

心底驚いたみたいにして言う。

「……まぁ…告られた、っていうか…」
「へぇ〜、とうとう言ったのかぁ」

誠は、感慨深いみたいな顔してニヤニヤと笑った。

「とうとうって…お前、いつから知ってたの、ってかなんで知ってた?」
「待て待て、まぁお前は悲しいくらい鈍感な奴だからしょうがないけど、俺が知ってる限りは、いっちばん始めから」
「はぁ?真面目に答えろって」
「いや至って真面目だけど。俺が麻海さんと知り合ったときには、既に真澄を見る目が他と違ったな、なんつーかこう、ギラギラしてた」

……それ…零央も同じこと言ってたような…。

「たしか麻海さんと真澄って、大学入る前から知り合ってたんだろ?」
「…うん、バイト先の塾でも、先輩だった。もともと馴染みの通ってた塾だし、高校のときから顔は合わせてた。あそこの塾長めちゃくちゃいい人でさ、自習室とか勝手に使ってよく一緒に勉強してた」

俺が受験生の時、頻繁に塾の自習室を借りて勉強させてもらってた。麻海さんはそのとき大学1年生で、馴染みの塾ってことで顔見知りではあったし、1個上の麻海さんが自習室で勉強教えてくれたり。とにかく、受験の時期はおかげで勉強も飽きなくてかなり助けられた。

「へーえ、じゃあどちらにしろだいぶ前なんだろーな、少なくとも3年以上はお前のこと想い続けてるぜあの人」
「…………な……なんで俺、気づかないんだろう…」
「まぁ真澄だからなぁ。俺もだんだん麻海さんが気の毒に見えてきちゃって、俺が言ってやろうかと思ったわ」

誠はがはは、と笑った。するとまたもや、講義中の先生に指をさされ注意を受ける誠。いつもと同じパターンだ。お前も喋ってたのにずるくね?ときまりが悪そうに小声で訴えてくるが、俺はそれを無視した。俺は今それどころじゃないんだ、アンラッキーくん。

「あ、麻海さん」
「えっ!!」

誠が指さす方を見て俺は席を勢いよく立ち上がった。

「こらそこいい加減にしなさい!!」
「あっ、す、すんません」

周りの生徒にはクスクスと笑われ、俺は恥ずかしさでおずおずと椅子に座り直した。隣で笑いをこらえる誠を睨んでやった。

…ったく誠のやつ、からかいやがって…。
















「へぇ、真澄くんが先生に叱られるなんて、らしくないね」
「そっすよねーほんと、今までどんなに講義中駄弁ってても怒られんのは俺だけだってのに」
「別に俺のせいじゃないだろそれ…」

学食で麻海さんを見かけ、一人だったので声をかけて三人でテーブルを囲む。

「真澄くんいつもそれだね、好きなの?」
「トンカツ定食ですか?別にそういうわけじゃないんですけど…あはは、そういえばなんでいつもこれなんですかね…」

自分でも分からなくてなんだか馬鹿丸出しだ。

俺が誤魔化すように笑ってみせると、俺はそこでふととあることに気づいた。


…………目が、合う……。

試しに麻海さんをじっと見つめてみると、驚くほど向こうも見つめ返してくる。いや、こっちが目を逸らしたくなるほど、麻海さんは1ミリたりとも俺から目を逸らさないのだ。

「どうしたの?」
「えっ、あ、いや。今日は、なんかすごい見られてるなぁ……なんて………」

不思議そうな顔をする麻海さんに不意に問いかけられ、俺は思わずホントのことを言ってしまう。

……これ…………なんか……、墓穴掘った…?

一度ぽかんと驚いたような顔をしたあと、麻海さんは、ふふ、とどこか嬉しそうに笑った。

「いつもだよ。俺はいつも真澄くんを見てるよ?」

麻海さんは、優しい顔をしてそんなことを言った。俺は、思わず視線を少しずつ麻海さんからズラす。

「…………そ……そう、だったんです、か…………」
「やっと気づいたね。ちょっとは俺のこと意識してくれた証拠かな?」

麻海さんは恥ずかしげもなく、俺をじっと見つめている。
 
「ちょっと〜。俺いるの忘れないでもらえますー」

誠が、不満そうに訴える。

「なに、デキてんの?どうなんすか麻海さん」
「あはは、まだ俺の片想いかな」
「ちょ、麻海さん…」
「ったく、居ずらいことありゃしねーなー…あとは若いおふたりさんでどーぞ」

誠はふざけたようにそう言うと、ひらひらと手を振って席を立って帰ってしまった。俺と麻海さんはいつものように取り残される。

「…あ、あいつ、いつもバイトって言って俺たちのこと残しますけど、ほんとは…」
「気をつかってくれてたのかもね、俺に」
「……………いや、やっぱバイトっていうのはほんとですよ、バイト大好きだし。たぶんこれからバイト先直行ですよあれは」

俺は学食を出ていく誠の後ろ姿を見て笑ってやった。

「…真澄くん、ごめんね、いきなりあんなことして。困ったよね」

麻海さんは、なんの前振りもなく深刻な顔をして謝ってきた。

「ちょっと感情的になっちゃった、カッコ悪いね」
「…………し、正直、ほんとに驚いてて……まだ、頭の整理がついてないっていうか…」
「うん、焦らなくていいから」

麻海さんは、いつもの優しい笑顔で笑ってくれる。

「……あの……俺の、どこがそんなに良かったんですか…?」

俺は思いきって聞きたかったことを口にする。すると、麻海さんはしばらく考えるような素振りをしてから、こちらを見た。

「…お人好しで優しいところとか、たまに意地張って強がっちゃうところとか、真面目でしっかり者なのにちょっと抜けてるのも可愛いし、誰よりも頑張り屋さんで努力家なのも、それから、」
「も、もういいです!十分です!」

俺は、聞いてるうちに恥ずかしくなってきて、まだ何か言おうとすると麻海さんの口を塞いだ。すると、麻海さんはその手首を捕まえて、俺の耳元にゆっくりと顔を近づけた。

「俺にヤラシイことされて、顔真っ赤にしちゃう真澄くんも可愛かった」

耳元でそんなことを囁かれ、俺の恥ずかしさはMAXへ登りつめる。かぁっと体温が急上昇してくるのが嫌でもわかって、俺の心臓はドクドクと脈打つ。

「ごめんごめん、真澄くんはいつも予想通りの反応をくれるね」

麻海さんはそう言ってパッと掴んでいた俺の手首を離した。

「でも、ほんとにごめんね?真澄くんの嫌がることはしたくないのに、あのときは自制が効かなくて…………嫌われちゃったかな」
「き、嫌わないです!そんなことで、麻海さんを嫌いになんてなれない」
「…ありがとう。真澄くんはほんとに優しいね」

麻海さんのことを嫌いになんてなれるはずがない……、大学受験の時だってお世話になったし、麻海さんのおかげで受かったと言っても過言ではないと思う。他にもたくさん、俺よりもずっと大人な麻海さんには、感謝してもしたりないことばかりだ。

「ま、麻海さん…俺、真剣に考えたくて………、性別とか…そういうの関係なしに、麻海さんのそういう気持ちとちゃんと向き合って、答え出したいんです…だから……」
「もちろん、待ってるよ。真澄くんが納得いくまで考えて、それでから、返事ちょうだい」

…こんなに優しくていい人なのに、どうして俺はすぐに答えを出せないんだろう…………男だとか、そういうの以外に…………何か、別のものが引っかかってる……。

恋愛経験値が底辺な俺は、考えれば考えるほどモヤモヤと霧がかかったように分からなくなっていく。今まで誰かと付き合ったことも、もちろん告白されたことだって一度も無かった。そんな俺に、ここまで本気になってくれる人がいるとは、思ってなかった。

「あ、そうだ。明後日さ、夏祭り行かない?ふたりでさ」
「夏祭りですか?たしか近くの神社でやるんでしたっけ。あそこ、花火も綺麗なんですよね」
「そうそう。それとも先約いた?」
「いや、行きましょ!楽しみにしてます」

お祭りなんて久しぶりだ、行っても屋台の手伝いとかだったから。
























「えー…これ、ほんとに似合ってる?」

慣れないオシャレなお店で、俺は姿見を何度も見た。

「いいんじゃね、似合ってる似合ってる」

零央はいつもの軽い調子でそう言った。

祭りのために、俺は服のコーディネートを零央に頼んだ。何せ、あのオシャレでイケメンな麻海さんの隣を歩くのだ、いつもの格好はどう考えても見劣りする。

「テキトーに言ってないだろうな……まぁいいや…」

俺がろくな服持ってないからって言って、今日は零央と服を買いに来た。まさか、こいつと出かけることがあるなんて思ってもみなかった。

…………でもまぁたしかに…やっぱセンスはいいよな。でもやっぱり身の丈に合ってないような気もする…。

「服決まったんだし、早くそれ買って飯食いに行こーよおにーさん」
「はいはい」
「気になってた店あるんだけど、そこでいい?」
「え?あぁ、うん」

俺よりもずっと街を歩き慣れてて、なんだか変な感じだ。最近の高校生はほんとに高校生なのかってくらい大人びている。零央みたいなあからさまな陽キャといると、自分がなんだか情けなく思えて、やっぱり苦手だ。


「なに考え事してんの」
「……あ…いや、なんでもない」

ハッと我に返ると、目の前には美味しそうなパスタが置いてあった。俺はそれに手をつける。

「ん、うまい」
「でしょ、今人気らしい」
「お前、女子みたいにそういう情報集めてくるよな…どっから来るのそういうの」
「別に、普通じゃね?食べたいと思ったら食べるし、欲しいと思ったら買うし」

…………まぁ…そりゃそうなんだけど……、そこまでの行動力、俺にはないな。

「この店は友達から聞いた。ほら、値段的にもなかなか来れないし?今日はおにーさんの奢りだから、遠慮なく」
「…まぁ、たまにはな…。てか、零央バイトとかしてたの」
「まぁ、ちょっと前にやめたけど。ほら、受験で忙しいし。うわ、見てこれ、スイーツもうまそう」

零央はパスタを食べながら、テーブルの隅に置かれたメニューを見て言った。目の前にパスタがあるのに、いろんなものに目移りして忙しそうな奴だ。

「好きに食えば、コーディネートのお礼だし」
「そーいうとこ律儀だよなおにーさん」

零央は珍しく子供っぽい笑顔で笑った。

いつもそういうふうにしてれば、ちょっとは可愛げもあるというものだ。



























「待たせちゃってすみません、麻海さん」

待ち合わせ場所に行けば、麻海さんが待っていた。立っているだけで女の子たちの視線を集める天才だ。

「全然、待ってないよ」

とか言いつつ、きっとちょっと待ったんだろうなぁ……。出てく直前に、零央がせっかくだから髪をセットしてくれると言ったので、急いでやってもらった。

「真澄くん、いつもと感じ違うね」
「ち、ちょっと、オシャレしようかなぁなんて…に、似合ってませんかね…?」
「ううん、すっごく似合ってるよ」

そう言う麻海さんも、いつもオシャレでかっこいいけど、今日はもっと磨きがかかっているように見える。だからか、さっきからいつも以上に女の子たちの熱視線を感じる。

「もうちょっと歩けば屋台見えてくると思うよ」

そう言って、麻海さんは俺の隣を歩く。
向こうからガヤガヤと子供の声や楽しげな音楽が聴こえてくる。毎年のように、たくさんの人で賑わっているようだ。

「こういう楽しげなお祭りの感じ、すっごいワクワクしますよね」
「そうだね、子供の頃よくはしゃいだのを思い出すよ」
「麻海さん、お祭り来たら絶対食べるっていうのありますか?ちなみに俺は、かき氷は欠かせません!」

ちっちゃなガキの頃、どこの祭り行ってもよく食べてたっけ、と懐かしくなった。

「そうだなー、焼きそばとか食べてたかな。親戚の人がよく作ってくれるのがおいしくてさ」
「いいですね、お腹空いたし、焼きそば並びましょ!」

俺は、見えてきた屋台の方を指さして麻海さんを振り返った。麻海さんはいつものように優しく笑ってくれるので、思わず子供のような自分に恥ずかしくなった。


宣言通り焼きそばの屋台に並ぶ。

「いくらですかね?」
「いいよ、ご飯代くらい俺が出す」

麻海さんは、そう言って財布を出す俺の手を止めた。

「えっ、いや、自分で出しますよ」
「いいから。好きな子にお金出させたくないんだ」

俺が誘ったんだし、ね? と、耳打ちして、麻海さんはニコッと笑った。言った方じゃなくて、言われた俺が逆に恥ずかしくなって、何も言えずに財布をしまった。

「…あ、真澄くん」
「え?」

俺たちの順番が回ってくると、麻海さんは焼きそばを作ってる人を見て俺に声をかけた。

「えっ、零央」

俺が名前を呼ぶと、向こうもこちらを向いた。

「あ」

俺と麻海さんも驚いているが、零央もちょっとばかり目を丸くしてこちらを見ている。

「なんで、お前焼きそば作ってんの…?」
「あれ、言ってなかったっけ。体調崩した友達の代わりで手伝いに来た」

二人分ね、と言って手際よく作っていく。

「この間はどうも」

零央は、麻海さんを見てそう言った。

「あぁ、まさか祭りでも会うなんてね」

麻海さんはニコリと笑いかける。お金と焼きそばを交換する際に、零央が口を開いた。

「おにーさんのコーディネート、俺がしたんですよ」
「あっ、ちょ、それ言うなよ…!」
「…へえ、センスいいんだね」

義弟にやってもらったなんて、カッコつかないじゃないか。

「も、いいですよ麻海さん、行きましょ…!」
「あぁ、うん」

もう零央に構うのはやめよう、と俺は麻海さんの服の裾を引っ張った。零央は、じゃあ楽しんで、とテキトーな愛想笑いをこちらに向けてきた。まだいつもの憎たらしい笑みの方がマシだ。

「真澄くん、怒ってる?」
「えっ?あ、いや、そういうわけじゃ…」

俺はピタッと立ち止まって、引っ張っていた麻海さんの服を離した。すると、麻海さんは笑った。

「なんか、牽制されちゃったね」
「…牽制?…違いますよ、生意気なだけです」

俺はぶっきらぼうに言った。そうすると麻海さんは、あはは、と笑った。

「花火、もうちょっとしたら始まるかな。先に場所取っておこうか?」
「あ、じゃあ先に行って待っててもらえますか?俺、かき氷買ってから行きますね。麻海さん何味食べますか?」
「真澄くんの好きなのでいいよ、一緒に食べよう?あそこの空いてるスペースで待ってるよ」

麻海さんがそう言うので、俺はコクリとうなづいてかき氷の屋台へ向かった。
















いちご味のかき氷を持って、俺は人混みの中を歩いた。すれ違う人達はみんな楽しそうにしている。

……そろそろ花火始まっちゃうかな…。

そう思って麻海さんが待っているであろう場所まで急ぎ足で行く。けれど、待っていると言っていた場所に麻海さんの姿は無かった。

…………どこ行っちゃったんだろ……。

周りをキョロキョロと見回してみるが、それらしき人物は見当たらない。連絡を取ってみようとポケットの中をまさぐる。

「……あれ……嘘でしょ…」

どうやらどこかにスマホを落としてしまったらしい。

……とりあえず、スマホも麻海さんも探さないと…。

そう思って辺りを歩こうと振り返ったら、誰かにドンッとぶつかった。

「わ、すみませ…………あ、」
「…おにーさん?なにしてんの」

目の前には、見覚えある人物がいた。

「零央!あれ、屋台の手伝いしてたんじゃないの」
「もう売り切れたし、あとは自由にしていいって。てかおにーさんこそ、あの人は?もう花火始まるでしょ」
「あ、あぁ……この辺で待ってるって言ってたんだけどいなくて…はぐれたのかも…」

俺は俯いて言った。

「連絡は?したの?」
「スマホ、どっかで落としたみたいで…」
「はぁ?なにしてんの、馬鹿なの」
「は、は?しょうがないだろ、気づかなかったんだよ」

すると、零央は俺の手を引っ張って、人の波に逆らうようにして歩いていった。

「とりあえずスマホ先でしょ、そしたら連絡つくかもだし。落し物だったら神社の方に預けられてるかも」
「あ、う、うん…」

俺は言われるがまま、零央について行った。神社まで行くと、俺のスマホは確かに預けられていた。

「さっき家族連れの方が拾ったみたいで預けに来ましたよ、でも、壊れちゃったみたいで」

渡されたスマホは確かに俺のものだったが、落とした衝撃か、ボロボロになって電源もつかなくなっていた。

「あ、ありがとうございます」

…………どうしよ……これじゃどちらにしろ連絡つかないな……。

「どうすんの、もう花火、」

零央がそう言いかけたとき、ドンッ花火の上がる音がした。

「…始まったみたい……麻海さんに、謝んなきゃな…」

神社は木に囲まれていて花火は見えなかった。そのせいか、人も全然いなくて、遠くに賑やかな音が少し聞こえる。

…………せっかく誘ってくれたのに、こんなことになってしまった。

俺が壊れたスマホを見つめて溜息をつくと、それよりも大きな溜息を、わざとらしく吐いて、零央は俺の腕を引っ張った。

「こっち、花火見えるかも」
「えっ、零央…」

境内の奥の方へ回り込むと、零央の予想通り、木の背が低いところから花火が少し覗いて見えた。

「お、綺麗じゃん」
「……うん、久しぶりかも、こうしてちゃんと花火見れるの」

俺はフェンスを背にもたれて上を見上げた。

「…零央、一緒に探してくれて、ありがとな」
 
花火を見ながら一応礼を言うと、突然目の前に零央が立ちはだかった。

「おにーさん、あの人のこと好きなの?」
「……………え…?」

零央は俺が逃げられないように両手のひらをフェンスにかけて、俺の左右を塞ぐ。せっかくの花火は、これじゃ音しか聞えない。

「…………麻海さんは、俺にはもったいないぐらいの優しい人だけど……、キスとか、されても…………どうしても、したくないっていう気持ちの方が強くなっちゃって。…尊敬してるんだ、麻海さんのことは…」

……たぶんだけど……恋愛の好きには、なれない……。

なんで素直に零央にこんなこと話してるのかわからないけど、自分でも驚くほど、こいつを前にボロボロと言葉が出てしまう。

すると、零央の顔が耳元まで近づいてくる。見えなかった花火が視界に写った。

「なら、落としてもいい?」
「…………は…?」

俺が聞き返すと、すっとこちらを見つめて零央は言った。

「俺、あんたのことマジで落としにいくから、覚悟しといて」

俺はその言葉を聞いてもしばらくフリーズするばかりで、何も言えなかった。やっと振り絞った声には、動揺が隠しきれない。

「…………な………は…何言って、なんで…」
「俺も焦ってる。まさか、男相手に本気マジになると思ってなかったし、最初は興味本位のつもりだったし、おにーさんの反応がおもしろいから自分でも遊んでるだけなんだと思ってた」
「……い、いや……意味わかんない、」

俺は逃げるように零央からふいっと目を背けた。

これが夢なら、いい。

「逃げんなよ、こっち向いて」

そう言った声は、ちょっと震え気味にも感じて、俺は思わず零央を見つめてしまった。その目は、まっすぐと俺を捕らえていている。

「俺も逃げないから、あんたも逃げんな」

フェンスにかけられた零央の手は少し震えていた。

…………そりゃ…そうだよな…………男相手に告白するなんて、普通よりも、怖いよな…。

俺は今の状況に、妙に納得してしまった。

「……わかんない、けど…………ちゃんと考えるから…」

俺は零央の目をまっすぐと見つめ返してそう答えた。すると、零央は俺が気を抜いた隙に唇を重ねてくる。

「んっ、ふ…」

舌が侵入してくるが、この前の少し乱暴なキスとは違くて、まるで味わうみたいに濃厚で、身体が痺れに似たような感覚に襲われる。

「…ちょ…まって、むり…っ」

俺がふいっと顔を背けると、それをも追うようにしてキスを続ける。ずっと手に持っていたかき氷は溶けて、指先が冷たい。

なに、この熱いキス、今までのとなんか、違う。

「…ぁ、は…っ、ん」

苦しいくらいに長くて、なかなか終わらない。

ふわふわと朦朧とした意識の中で、不意にこの前見たあの夢が頭をよぎった。タイミングが悪いとしか言い様がない、俺が見た零央の夢。

……な、んでこんなときに、あんなの思い出したら、まずいって……。

それなのに零央のキスはまだ終わらなくて、本気で俺も焦ってきた。とうとうガクッと俺の腰が砕ける。

「っは、ん……ぁ、零央、くるし…っ」
「…あ、ごめん。あんまり抵抗しなくなったから、つい」

さりげなく、俺の腰を支えるように回ってる手も、全部ムカつく…これ以上は、ほんとに…。

「おにーさん、勃ってる」
「っ!!ば、お前のせいだ馬鹿…!」
「はぁ、これでも好きとは言わないんだもんなおにーさん」
「せ、生理現象だって言ってんの…頼むから、離れて…」

この距離は、本気でやばい…俺の心臓もバクバク言ってるけど、それ以上にこいつの心臓の音も聞こえてきて…こいつが俺に本気だっていうことを嫌でも実感してしまう。温度とか零央の匂いとか、鮮明にあの夢を思い出してしまう。

俺が泣きそうになりながらそう言うと、零央は意外にも素直に離れてくれた。とにかく俺はすばやく零央と距離を取った。

「…あっち向いてろよ、こっち来んな……萎えること考えるから…」
「はは、なにそれ。花火は?」
「も、もういい」

零央は俺の言ったとおりにこっちへは寄らないで花火を眺めていた。俺はうずくまって手に持っていた、かき氷であったはずの色水を見つめた。

「ねぇ、萎えることって?何考えてんの」

笑い混じりで聞いてくるので、俺は仕方なく答えた。

「……誠…友達が、酔っ払って俺の家で真っ裸になったこと…」
「はは、それは確かに萎える」

結局俺は、花火はほとんど音だけしか楽しめなかった。

































「あ、麻海さん!」

花火会場から離れていく人の波の中に、麻海さんを見つけた。

「真澄くん、ごめんね、いなくなったりして。ちょっといろいろゴタゴタして…」
「あ、いや、会えてよかったです。俺の方こそすみません、スマホ落としてたみたいで連絡取れなくて…」

麻海さんは、じっと俺を見つめてきた。さっきまで零央といたことに、なんだか少し罪悪感を感じる。零央とは、屋台の片付けを手伝うらしくさっき別れた。

「花火、一緒に見れませんでしたね」
「うん、また来年、来ようか」
「…はい、そうですね」

麻海さんは、何があっても優しい。そんな優しさに、俺は甘えてしまっている。

「…麻海さん、俺、ちゃんと言わなきゃって…思って」
「…うん、なに?」

麻海さんは妙に落ち着いていて、まるで全部見透かされているような気分になった。

「…ごめんなさい、俺、やっぱり麻海さんのことはそういうふうに見れません…………俺の麻海さんに対する好きは、恋愛とか、そういうんじゃないんです……どうしても俺、麻海さんを尊敬してて…」

俺がそう言うと、麻海さんはしばらく黙った。

「…………そっか…でも、びっくりした。てっきり、零央くんが好きだからフラれるんだと思ってた」

少し悲しそうな顔をしてそう言った。

「…零央は…関係ないです、ただ俺が、俺の、問題なんです」
「…そう、いいよ、はっきり言ってくれてありがとう」

麻海さんはこんなときまで大人で、やっぱり俺には敵わない。

「でも俺は、真澄くんが大好きだから、そう簡単には諦められないと思う。もし真澄くんに恋人ができたとしても、隙があればいつでも奪いに行く」

諦めが悪くてごめんね、と困ったように笑った。

「帰ろうか、送ってくよ」

麻海さんはいつも通りの笑顔に戻って、何も変わらないように振舞ってくれた。俺はそんな麻海さんを、どこまでも尊敬してる。




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