観測者と失われた記憶たち(メモリーズ)

奏せいや

這い寄る混沌5

 それらの声を向けられて、ホワイトはしかし――

「笑止」

 痛みに震える体を気力で立たせた。ホワイトの目は死んでいない。彼は諦めていない。青い瞳に宿る戦意は未だ健在。

「這い寄る混沌、ニャルラトホテプ。終わるのは貴様の方だ」

 声は決意に満ちている。燃え盛る信念を消してはいない。

 ホワイトは姿勢を正す。そして、片手を前に突き出した。

「螺旋に組み込まれた歯車よ、何故回る。それほどまでに生きたいか。生きる意味も知らぬのに」

 彼は防衛本能。白の王。王を退いた身であろうとも、かつての気高き志は変わっていない。アリスを守るため、彼はそのためだけに生まれてきたのだから。

 故に、アリスを害する者を許さない。白の王は見逃さない。

「生にしがみ付く哀れな者よ、ならば教えてやろう。ここは我が城。我が帝都。何人たりとも侵入を許さぬ鉄壁の要塞。新たな宿主を求める侵略者、ここに貴様の居場所はない」

 アリスが生まれ、世界が誕生したその日から、ホワイトのやるべきことは変わらない。彼が存在する理由はただ一つ。

 それは防衛。

 それは役目。

 それは意義。

 存在するものには意義があり、果たすべき役目があるのなら。

 敵と戦う彼は間違いなく、己の役目を実行していた。

「悔しいだろうなッ!」

 言葉の直後、ホワイトの後ろの空間に波紋が生じる。メモリーが出現した時と同じように、しかしそれは一つではなかった。

 別の場所でまた一つ。別の場所でもう一つ。次々に空間に波紋が出現する。

 それは体育館中、壁はもとより天井から地面まで。まるで豪雨の如き波紋が空間に現れる。

「こい、仕事の時間だ。白血球の衛兵よ!」

 号令一下、かつてワンダーランドを支配していた王が命令を下す。

 応えたのは、数えきれないほどの兵隊だった。波紋から続々と登場する。皆が白の甲冑か僧衣に身を包み、フルフェイスのヘルムか布で顔を隠している。

 それらが全てニャルラトホテプに襲い掛かる。

 一人はチェスのポーンのようだった。メイスを手に無数の腕と戦っている。

 一人はチェスのナイトのようだった。馬で戦場を駆け弓で攻撃していく。

 一人はチェスのビショップのようだった。唯一僧衣に身を包み魔法の杖で動きを封じる。

 一人はチェスのルークのようだった。大きな体躯をゆっくり動かし、戦斧を突き立てる。

 無論ニャルラトホテプも抵抗する。無数の腕は兵士を掴み上げ、ガラクタのように壊し地面に叩き付ける。有象無象の兵を蹴散らし吹き飛ばしていく。

 しかし、次から次へと兵隊は押し寄せる。次から次へと、津波のように。

 体育館は白の兵隊で飽和していた。ついにはニャルラトホテプの体を昇り始め攻撃していく。

「オノレェエエ!」

 多勢に無勢。圧倒的な数の差に、ついにニャルラトホテプの動きが止まった。無数の兵が体にしがみつき離れない。

 ポーン、ナイト、ビショップ、ルーク、兵一人一人の奮闘が戦場を優勢へと押し上げる。

 そんな彼らを見つめるのは白の王《キング》。ニャルラトホテプの動きが止まったのを見計らい、ホワイトはアンチマテリアルライフルを手に走り出した。

 王の進撃に兵が道を譲る。白い兵士が作り出す勝利の道を、ホワイトは走りながら片手を頭上に向けた。

「クトゥグア、こい!」

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