観測者と失われた記憶たち(メモリーズ)

奏せいや

ありがとう2

「だから泣くな。お前を傷つけるもの全て、俺が取り除いてやる」

 理解と納得が胸を透き通る。固い疑問が崩れ、私の胸の内が晴れていく。

「そう、だったんだ」

 彼が私の防衛本能なら、きっと守ってくれたのは今回だけじゃないだろう。それこそ生まれた時から、彼は私を守ってくれていたに違いない。ずっとずっと、私のそばで。

 私は知らなかった。そこにいたのに、私を守っていてくれていたのに。

 この世界には特別なことで溢れてる。それを私が知らないだけで。あなたも、そうだったのね。

「ねえ、ホワイト」

 私は顔を横にして、頬を彼の胸に当てた。

「以前、私が三人の男に絡まれた時、あの時助けてくれた人も、あなただったの?」

 私の問いに、しかし彼は無言。でもそれだけで十分だった。彼は私に嘘をつかないから。

「……そっか」

 私の表情が少しだけ明るくなる。なんだか嬉しかったから。言葉では、うまく説明出来ないけれど。

 私はホワイトの腕から抜け出した。正面に立って、彼の顔がちゃんと見える位置で私は見つめる。

「ホワイト」

「?」

 そこにいるホワイトは、いつもより少しだけ優しい気がした。廊下に立つ彼。鋭い瞳はちょっとだけ柔らかで、薄い表情は冷淡だけど儚さがある。そんな彼を、身近に感じる。

「この一言で足りるかは分からない。ううん、きっと足らない。私は何度もあなたに言わなくちゃ駄目だと思う。でも、時間がないから、一言で言うね」

 私は片手を胸に当てて、そこにある思いを乗せて。

 ホワイトに、真っ直ぐに言った。

「今までありがとう、私を守ってくれて」

 私が育っていく上で、いくつもの危険があっただろう。それを人知れず守ってくれたあなたへ、私はようやく言えた。

 形式上のお礼じゃない。あなたを知って、理解して、私は初めてあなたに感謝できた。

 ありがとうと、今度こそ正面から言えた。

「…………」

 ホワイトは黙ったまま、私の感謝を聞いていた。ずっと私を見ながら。そんな彼が「ふん」と小さく呟いて、背中を見せてしまった。

「別に、俺は礼が欲しくてしているわけではない。それが役目なだけだ」

 そう言う彼はやっぱりいつもの彼で無愛想。露悪的というか、人の感謝を素直に受け取らない人。

 でも、振り返るその瞬間、彼の目が光った気がして、私はつい聞いてしまった。

「ホワイト、今、泣いてた?」

「阿呆。本能に心があるか、俺に涙はない」

「そう、よね」

 背中越しにそう言われ頷いてしまう。ホワイトは防衛本能だ、そんなものに心があるはずがない。そう思って、だけどすぐに別の思いが過る。

「え、ならなんで怒ったりする――」

「オオオオオン!」

 の、と言い終える前だった。

 薄暗い廊下に響き渡るメモリーの叫び声。振り向けば、私たちとは反対側の階段からメモリーが上がってきた。

 暗闇に赤い目が一つ浮かんでいる。三つの教室を挟んだ向かい側に、触手を使いメモリーが這ってきた。

 恐怖が全身に広がるのを感じる。これを認識した途端、スイッチが入ったように恐怖が湧き上がる。手足が震え、寒気が走る。身体が上手く動かない。

 でも、今は一人じゃない。私には、私を守ってくれる彼がいる。

「ホワイトッ!」

「分かっている」

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