観測者と失われた記憶たち(メモリーズ)

奏せいや

登場4

「いいぞメモリー、触れてみるといい。たとえ君のメタテレパシーに耐えれても、直に触れてしまえば精神は今度こそ破壊される。いいね~、発狂した観測者か、それも見物じゃないか。表層世界は年中ハロウィンさ!」

 白うさぎが笑う。メモリーは触手を伸ばす。何本も伸びて、私を取り込もうとしてくる。

 近づく。近づく。長い舌のような動きで。もう目の前に触手の先端がある。逃げないと。早く立ち上がって逃げないと。

 そう思うのに、体が、動いてくれない。

「あ……」

 体も心も恐怖に屈して、迫る触手を眺め続ける。

 もう、駄目だった。

「忘却されしメモリー、クトゥルー」

「え?」

「ばかな!?」

 もう駄目だと、そう思った。しかしその直後に聞こえてきた声に、全身の硬直が解ける。

「母親を前にして興奮しているな」

 それは傲慢に。冷厳に。声は侮蔑すら含めて黒い世界に響く。

「しかし、遊びは終わりだ」

 瞬間、廊下の窓が割れ人影が私の前に入り込んできた。ガラスの破片に混じり、純白のコートを翻して。黒い世界に颯爽と白が登場する。それだけで、

「ホワイトぉお!」

 私の心は、彼の名前を叫んでいた。

「待たせたな」

 ホワイトが、そこにいた。大きな背中を見せて、顔だけを私に向ける。さらさらの銀髪の奥から青い瞳が見える。

 もう会えないかもしれないと思った。もし会えたらなんて言おうか、いろいろ用意もしていた。

 だけど、何も言えない。気持ちが溢れてしまって。

 私の胸は一杯で、ただ、ホワイトを見るだけ精一杯だった。

「馬鹿な、どうやって僕の迷彩結界を」

「二度も俺に同じ手が通用すると思うなよ、白うさぎ」

 ホワイトが白うさぎを見下ろす。冷厳な視線が刺し貫くほどの威圧を伴って、驚いている白うさぎに注がれる。

 そこでホワイトは白うさぎではなく、振り返ることなく私に聞いてきた。

「アリス、走れるか」

「え?」

「遅い」

 突然の質問に答えられなくて、つい聞き返してしまった。そんな私を遅いと叱咤しながら、

「ちょっと」

 ホワイトは振り返り、私を抱き上げた。がっしりと私の身体を支えて、そのまま走り出す。

 白うさぎとメモリーから逃げ出した。あそこにいるのは良くない、メタテレパシーの影響を受けてしまう。

 理由は分かる。ホワイトは正しいと分かる。だけど。

「なんでいつも、あなたは強引なのよッ」

「黙ってろ」

 私は拗ねた声でもがいてみせるがホワイトの筋肉質な腕はびくともしない。そんな力強さが懐かしくて、私はあの時を思い出す。彼に抱かれる感触を覚えてる。

 そこでホワイトが言ってくれた言葉も。

「お前を守るためだ」

 ホワイトは廊下を疾走しながら、そう言ってくれた。守ると。初めて出会った時と同じ。

 そして私はホワイトに抱えられ、メモリーたちから逃げ出した。

 白うさぎたちから離れ私たちは二階廊下の突き当たりで止まる。階段と特別教室の前で、ホワイトはゆっくりと私を下ろしてくれた。

「あ、ありがとう……」

 私は躊躇いがちに、けれどお礼だけはちゃんと言っておく。けれど彼は無言。相変わらず無愛想。でも、これが彼。私が知っているいつもの彼だ。

「ほ、ホワイト」

 私は触れてはいけないような、そんな危機感を持ちながら彼に声をかけた。

 私の危機にこうして彼は駆け付けてくれた。助けに来てくれた。

 だけどそれが、なんだか悪いことのように思えて。

「どうして」

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